六
重い頭を細い首で漸く支えて駅まで歩き電車に乗り、そしてまた電車を降りる。
電車を降りるとき、誰かが私のお尻に触れた気がしたけれど、確かではない。手すりや鞄と擦れるのはいいとして、不用意に人の体の一部に触れるのもまだ許される。
けれども、悪意を持った手で触られるのは嫌だ。
私は急いでトイレに駆け込むと、触られた部分を払い落とし手を石鹸で洗った。
痴漢に狙われるほど、ボリュームのあるスタイルではない。
特別胸が大きいとか、脚が細くてモデル並みとか、ぽっちゃりでもなく痩せぎすでもない。ただ一つ気になるのは骨盤が広くてお尻が大きいのが悩みの種。
高校の時このことを気にしていた私に、死んだお婆ちゃんが安産型で丈夫な赤ん坊が沢山産めると褒めてくれたけれど、そういう当てもないし嫌だ。
トイレを出たあとは、慌てて会社に駆け込んで始業五分前に部屋に滑り込んだら早速課長にお説教を喰らう。
”始業前の心の準備が、なっていない”と。
私が課長にお説教を喰らっている向こうのドアから、何気ない顔をして入って来たあの誰でも入れる芸術大卒の芳君が、私を見てニヤッと笑ってデスクに着いた。
漢字も書けないし、電卓なしには簡単な計算も出来ない。そして私より後に出社してきた彼には、おとがめなしって不条理すぎる。
だけど、目の前にある営業成績を示す棒グラフでは、私は彼の足元にも及ばないのが癪に障る。
”詐欺師”
そう、私は彼のように詐欺師的な営業は出来ない。
製品知識は負けないけれど、相手の立場や使い方を考えてナカナカ高機能製品を薦められずに、いつも普及品を薦めるから一台当たりの利益が少なくなる。
そんな私に対して、彼はいつも相手の手に余る最上級品を売りつけてくる。
当然、買った方はそれが使えなくてサポートを要求して来るけれど、それを担当するのは彼ではなく私。当然私はサポートする一日を無駄に過ごすので営業成績が更に落ちると言う悪循環だ。
更に最近図に乗った彼は、私に提案書まで要求して来る。文章が苦手だからだ。
私が断ると、課長がやって来て代わりに作るように命じてくる。
それは彼の提案書があまりにも幼稚だからだ。