四
思いがけず重い瓶を持って帰ることになった私。
しかも、こいつは手荒に扱うと割れて周囲を赤色に染める。
丁度行きつけのスーパーで、お弁当やお惣菜に半額引きのシールが貼られる時間。だけど、こいつのおかげで今日は、あの戦いに身を投じるわけにはいかない。なぜなら、誰かに押されて転倒でもしようものなら瓶が割れて赤い液が飛び散る。スーパーの冷たい通路に仰向けに転んだ私から飛び散る赤い液体と、その体の周囲からドロドロと広がってゆく赤い液体は血の色にも見え、まるでお茶の間で人気のサスペンスドラマそのものだ。
だから私はスーパーには入らず、人が居ない事で有名な(私的に有名なだけです)萎びた蕎麦屋で掛けそばを食べて帰る。
本来なら、そばを”すすって”帰ると粋に言いたいところだったけれど、私は”すすれない”のだ。
アパートに帰り、シャワーを浴びる間一旦持ち帰ったボジョレーヌーボーを冷蔵庫に仕舞う。
ことわっておくが、これは買ってきたボジョレーヌーボーが逃げ出さないためでもなく、私の部屋は汚くはない。どちらかと言うと、汚くするほど物がないのだ。
そして、もう一つことわっておきたいけれど、私はアブラギッシュではなく乾燥肌だし、毛深くもないし、第一ムダ毛の処理はキチンと二日おきにはしている。と、あの男の勝手な妄想をしたおかげで、自分にいいわけする羽目になったことをシャワーを浴びながら呪った。
髪を乾かせて、いよいよボジョレーヌーボーと対峙する。
場所は、ちゃぶ台の上。
お互いに助っ人は居ない。
行事は、二人の間に立つワイングラス。
トクトクと、そのチェコ製のワイングラスに赤い液体を注ぐ。
甘いはずの葡萄の香りを楽しむ振りをしながら、鼻の前でグラスをクルクルと回してみる。
何度臭いを嗅いでも、百パーセント葡萄濃縮還元ジュースのような香りはしなくて、何かを切り裂きそうな鋭く凶悪になった葡萄軍団の匂いしか感じられない。
試しに口に含み下の中で転がす。
”うっ。し・渋い”
子供の時に、兄に騙されてかじった渋柿のよう。慌ててそれを一気に呑み込んだ。
”こんな物が本当に美容に良いのか?”
台所に水を汲みに行った私は、そこでお風呂場の鏡を覗き込む。そこには霧の中に立つ美少女が切なげな顔をしてこちらを見ていた。