十四
私は、流木か死体かもわからないモノの問いかけに答えずに結論を探していた。
「この霧の深さと言い、物静かさと言い、ここは屹度三途の川ね」
『三途の川って死者が、あの世に行くときに渡る川?』
「そうよ。そして私たちの居るここは賽の河原」
『賽の河原』
「だから私たちは、まだ生きていて、ここに未練を残しているの」
『未練なんて僕にはないよ。だって僕は自分自身が流木なのか人間なのかさえ分かっていないのだから』
私は考える。未練とは一体なんだろうと。
そして、そもそも自分自身ここに来て何か未練らしい物事を思い浮かべただろうかと考えたが、そんなことを考えたり思ったりした記憶などなかった。
でも、ここに留まっていることは未練に他ならない。
『どうするの?』
「どうするって……?」
彼の言葉に思わず躊躇った。
『渡るの?渡らないの?』
渡るか渡らないかの二者択一に戸惑ったが、すぐ答えは一つしかないことに気が付き、勇気を出して言った。「渡るわよ」と。
『……』
止めてくれると思っていたけれど、彼は何も言わない。だから、こう付け加えた。「でも、それがいつなのかは、まだ決めれない」と。
すると、彼がこの言葉に喰いついて来た。
『どうして?未練があるから?』
どうしてと聞かれて、なにか痛いところを指摘された気がしたので返事をせずに黙った。
長いと感じられる沈黙の時間。それが数秒のことだったのか数日のことだったのか測る術もない。ただ目の前には濃い霧に包まれた音も動きもない景色が広がるだけなのだ。
『ゴトン』
不気味な暗い音がしたかと思うと、あの流木だか死体だか分からないものが川の流れに沿って動き始めた。
霧が彼の進む川沿いに薄くなる。
私は流されて行く彼を呆然と眺めている。
彼の体は川の中央付近に達するとクルリと回り、私の足が一歩その方向に踏み込む。
それまで俯けだったものが仰向けになったのか、その逆なのか分からないけれど、これまで川に流されるままだった彼が自主的に動いた初めての行動に居ても経っても居られなくなる。
”彼は未だ一所懸命生きている”
何とか助けてあげたいけれど、その術を知らないで戸惑っていた。
回転した彼は枝だか腕だか分からないものを天に突き出していて、そこには何か赤い花のようなものが握られているように見えた。