プロローグ ―― 発掘された旧文明人
「た、隊長、隊長ーっ」
夜半を過ぎた発掘現場に、大男の声が響き渡った。
山と湖に囲まれた旧文明遺跡。その闇を、いくつもの篝火が赤々と照らしている。
スキンヘッドの男が、筋骨隆々の巨体を揺らしながら駆け込んできた。
副隊長のエドモンドだった。
「た、大変です、隊長。ああもう、二人とものんきにお茶なんぞ飲んでる場合じゃねえですって」
雨よけの天幕の下では、隊長アルバートとその娘アリシアが、明日の発掘作業の段取りを話し合っているところだった。
「落ち着け。どうしたんだ、そんなに慌てて?」
「魔物でも出たの?」
「い、いえっ、違います。ひ、棺です。棺らしきものが出土しやした」
「なんだと!」
「なんですって!」
二人が激しく立ち上がった。
各地で様々な旧文明の遺跡が発見されてきたが、棺の発見はほとんど例がない。
本当に旧文明の棺なら、歴史を塗り替えるほどの大発見である。
「い、いま掘り出している最中ですが、比較的状態はいいようです。リンツが調べてます」
「よし、すぐに案内しろ。ガイウス殿、念のため貴殿も来てくれ」
「分かった」
天幕の柱に寄りかかっていた小柄な初老の男――警護役の傭兵ガイウスが短くうなずいた。
一行が現場に行くと、すでに白い箱状の物体が掘り出されていた。
篝火でオレンジ色に照らされている。
普通の棺より大きく、全体的に丸みを帯びていた。また、見慣れない金属でできているらしく、表面は腐食もせず磨き上げられたように滑らかだった。
そばには学者らしい風情の若者がしゃがんで食い入るように観察していた。
もう一人の隊員、若手学者のリンツである。
発掘に駆り出された村人たちは、少し後ろに下がって固唾をのんで見守っている。
「リンツ、どうだ?」
アルバートも、すぐに棺の横にしゃがんで調べ始める。
「はい、三十年前に発見されたのと同じ物だと思われます」
「あの時は確か、空の状態だったのよね」
「ええ。内部にミイラや骨などもなくて、結局未使用だったのではないかと考えられてるんです」
普段は穏やかなリンツの声にも、今はわずかな震えが混じっていた。
「骨の欠片でも残っていたら、王都の学者連中もひっくり返るわね」
「全くです」
目を輝かせているアリシアを見て、リンツも苦笑した。
「よし、開けてみよう。同じ種類の棺なら、蓋を開くための機構がある。どこかにボタンがあるはずだ」
彼らは棺の下部へ手を伸ばし、慎重に探り始めた。
「ありやしたぜ」
棺の足側にいたエドモンドが動きを止めた。
「どうします。押しますかい?」
ボタンに指をかけたまま、緊張した目をアルバートに向けた。
アリシアとリンツは黙って見守っている。
警護役のガイウスは一歩離れ、いつでも動けるように身構えていた。
「いいだろう、開けてくれ」
アルバートが力強くうなずいた。
「了解。いきやす」
やや張り詰めた声でそう言って、ボタンを押した。
すると、シューッと気体が漏れるような音がして、棺の蓋が真ん中から縦に割れた。
隙間から白い霞のような冷気があふれ出る。
そして、低い機械音とともに蓋全体が左右にスライドして、そのまま棺の内側に格納されていく。
その瞬間。
「あっ!」
「こ、これは……」
人々が大きく息を呑んだ。
棺の中に横たわっていたもの――それは若い男であった。
しかも、胸の上で両手を組み、目を閉じている姿は、単に眠っているようにしか見えない。
年はアリシアよりも数歳上に見える。端正な顔と少しくせのある黒髪が篝火に照らされている。
簡素だがこれまで見たことのないような白衣を着ており、上半身から膝下までを覆っていた。その下には襟のついた黒いシャツと濃いグレーのズボンが見える。
「で、伝説と……同じです……」
リンツが、まるで男を起こしてしまうのを恐れているかのように、小さな声でつぶやく。
悠久の時を超えて目覚めた「聖なる少女」の伝説は、この国に住む者なら誰でも知っている。
彼女もまた旧文明の遺跡から眠った状態で発見されたと伝えられている。
「……これは、生きてるんですかい?」
エドモンドが恐る恐る尋ねた。
「ええ、そうね……死んでいるならとっくに白骨化しているはずよ」
アリシアも、魅入られたように目を離すことができない。
「でも、単に眠っているにしては、すこし顔色が悪いような気がするわね」
確かに男の顔色は青白かった。
「こ、これが、もし伝説の再現だとしたら、そのうち目を覚ますのかもしれません」
リンツの声も心なしか震えている。
「どうしたら起きやすかね」
「いや、待て……。見ろ、顔色がよくなってきた」
アルバートの言葉通り、青白かった男の顔に血の気が戻っていった。
同時に、閉じていたまぶたがわずかに震えた。
そして、今、ゆっくりと――開いていく。
「あ、目を覚ますぞ」
「おお」
「なんということだ……」
男は完全に目を開いた。最初、焦点が合っていないようだったが、次第に目に力が戻ってきた。やがて困惑の表情を浮かべたかと思うと、いきなり激しく身を起こした。
「おおっ」
その突然の動作に、アルバートは思わず身を引いた。
さらに、その後ろでは信心深い村人たちが一様に平伏していた。
「ははーっ」
「御使様だ……」
「降臨なさったのだ」
「おお……」
村人のおののく声が聞こえる。
同時に、アルバートたちも言葉を失い、ただ男を見つめていた。
彼らは学者として、これが神の使いとは考えていなかった。
ただ、一万年前から眠り続けた男と、それを可能にした文明には、深い畏敬の念を抱いていたのだ。
一方の男は、なにやら考え事をしているようだったが、やがて、こちらに向かって話しかけてきた。
「※※※、※※※※※※? ※※、※※※※※※※※※※※※※※※?」
それは全く理解できない言語だった。
「なっ……」
「しゃ、しゃべったぞ!!」
後ろに控えていた村人たちは、もう神の声を直接聞いたと言わんばかりにガタガタと震えだした。何人かが腰を抜かして、両手を合わせて必死に祈る姿も見える。
アルバートたちは口々に話しかけた。
「私の言うことが理解できますか?」
「あなたは誰ですか?」
彼は、しばらくその言葉に耳を傾けていたが、首を横に振った。そして、右手の人差し指を唇に当てたあと、両手を二度、軽く押し出すような仕草を見せた。
「どういうことだろう?」
「きっと、向こうも言葉が通じないのに気がついて、何か考えているのではないかしら」
アリシアが思案げに言った。
「唇に手をやったというのは、話しかけるなってことよね、きっと……」
「そうかもしれない。すこし待ってみよう」
アルバートも同意する。
「隊長……」
エドモンドの声はかすれていた。
「何だ?」
「もし言い伝え通りだったら……」
「ああ、この後、この男性は我々の言葉を話すはずだ……」
伝説では、神の使いは目覚めた後、誰も理解できない聖なる言葉を口にし、その後、人間の言葉で話しかけてきた、とある。
一同は、もう一言も話すことなく、じっと男を見守っている。
彼は、ふと星空を見上げた。
だが、しばらくすると、その表情が強張った。そして、突然頭を抱えてうなだれた。
「え、どうしたんだ」
「何かあったのか」
「どうしました? 具合でも悪いのですか?」
神の使いが頭を抱えたなどという記述は伝説にはない。一同は慌てふためく。
「ねえ、私の言うことが分かる?」
男は、アリシアを見た。
そのまなざしは、先ほどまでとは明らかに違っていた。
そして、はっきりとうなずいた。
「――ああ。分かるよ」
もはや、誰も動けなかった。
「……ほ、ほんとに伝説通りになっちまった……」
ややあって、エドモンドのかすれた声が漏れた。




