プロローグ
「た、隊長、隊長ーっ」
ここはアルトファリア王国の西端に近い、旧文明遺跡の発掘現場。
すでに夜半になり、山と湖に囲まれた現場周辺には大きな篝火が置かれ、幻想的な光が辺りを照らしている。
発掘隊の副隊長エドモンドが、スキンヘッドに筋骨隆々の巨体を揺らしながら、休憩用に設けられた天幕に向かって駆けて来た。
屋根だけの天幕の下では、隊長アルバートとその娘アリシアが、現場見取図を広げたテーブルを挟んでここまでの進捗を確認しているところだった。
彼らはいずれも考古学者であり、一万年前に繁栄を極めるも突如滅び去ったと言われる旧文明の研究をしている。
「た、大変です、隊長。ああもう、二人とものんきにお茶なんぞ飲んでる場合じゃねえですって」
普段は、見た目にふさわしくあまり物事に動じないエドモンドだったが、今は必死の形相である。
「落ち着け。どうしたんだ、そんなに慌てて?」
アルバートがなだめるように尋ねた。
彼は50代半ばで、考古学者らしく知的な顔立ちと小洒落た口ひげ、文化人らしい瀟洒な雰囲気を持っていた。髪に白いものが混じってはいるが、長年の発掘作業のせいか日に焼けており、仕事に必要なだけ筋肉がついているようであった。
一方、彼の娘アリシアはまだ若く、透き通るような肌、腰まで届くような滑らかな金髪を後ろでまとめ、切れ長の深いブルーの瞳が知性を感じさせる。美しいが冷たい印象はなく、朗らかに浮かんだ微笑みが人懐こく活発な雰囲気を漂わせていた。
「魔物でも出たの?」
「い、いえっ、違います。ひ、棺です。棺らしきものが出土しやした」
「なんだと!」
「なんですって!」
エドモンドの興奮が移ったかのように、二人とも飛び上がった。
各地で様々な旧文明の遺跡が発見されてきたが、考古学史上、棺の発見はほとんど例がない。事実ならまさに世紀の大発見である。
「い、いま掘り出している最中ですが、比較的状態はいいようです。リンツが調べてます」
「よし、すぐに案内しろ。ガイウス殿、念のため貴殿も来てくれ」
「分かった」
少し離れたところに立って様子を見ていた初老の男が頷いた。彼はやや小柄で若くはなかったが、数人の部下とともに警護役として発掘隊に同行する傭兵である。
一行が現場に行くと、すでに棺らしき白い箱が掘り起こされていた。篝火が置かれているため、オレンジ色に照らされている。
棺といっても普通のものより大きく、なめらかな丸みを帯びていた。また、見慣れない金属でできているらしく表面はツルツルしている。
すでに、そばには学者らしい風情の若者がしゃがんで食い入るように観察していた。もう一人の隊員、若手学者のリンツである。
人足として発掘に駆り出された村人たちは立場をわきまえて遠慮しているのか、少し後ろに下がって遠巻きに見守っていた。
「リンツ、どうだ?」
アルバートが声をかけ、すぐに棺の横にしゃがんで調べ始める。
「はい、30年前に発見されたのと同じ物だと思われます」
「あの時は確か、空の状態だったのよね」
「ええ。内部にミイラや骨などもなくて、結局未使用だったのではないかと考えられてるんです」
リンツは、アリシアよりも数才年上だったが、普段から丁寧で落ち着いた言葉遣いで話していた。ただ、今はこの発見に興奮しているのか、やや声に緊張の響きが感じられる。
「今回は、骨の欠片でも構わないから残っていてほしいものね」
「全くです」
「よし、開けてみよう。同じ種類の棺なら、蓋を開く機構が付けられていて、どこかにボタンがあるはずだ」
彼らは棺の下部に頭を寄せ、手で探り始めた。
「ありやしたぜ」
棺の足側にいたエドモンドが、棺下部の何かから指を離さないようにしながら、身を起こした。ボタンに指を置いているらしい。アルバートとリンツもそれを聞いてすぐに身を起こす。
アリシアはそばに立って、じっと見守っている。
「どうします。押しますかい?」
エドモンドが緊張のまなざしでアルバートを見た。
警護役のガイウスは一歩離れたところから身じろぎもせず、警戒心を露わにその様子を見つめている。
「いいだろう、開けてくれ」
アルバートが力強くうなずいた。
「了解。いきやす」
やや張り詰めた声でそう言って、ボタンを押した。
すると、気体が急激に漏れるような音がして、棺の蓋が真ん中から縦に割れた。隙間から冷気のような霞があふれ出る。
そして、機械の駆動音とともに蓋全体が左右に割れ広がり、そのまま棺の内側に格納されていく。
その瞬間。
「あっ!」
「こ、これは……」
人々が大きく息を呑んだ。
棺の中に横たわっていたもの、それは若い男性であった。
しかも、胸の上で両手を組み目を閉じている姿は、単に眠っているようにしか見えない。
年はアリシアよりも2~3才上に見える。端正な顔と少しくせのある黒髪が篝火に照らされている。
簡素だがこれまで見たことのないような白衣を着ており、上半身から膝下までを覆っていた。その下には襟のついた黒いシャツと濃いグレーのスボンが見える。
一万年前の棺から、生きたまま眠っている人間が見つかった。
これだけでも衝撃的である。だが、彼らが驚いているのはそれだけではなかった。
「ま、まさに、伝説の再現だ……」
リンツが、まるで男を起こしてしまうのを恐れているかのように、小さな声でつぶやく。
一万年の時を超えて目覚めた聖なる少女の伝説は、この国に住む者なら誰でも知っている。神殿も建立され、今でも神の使いとして崇められているほどだ。そして、彼女は旧文明の遺跡から眠った状態で発見された。その時と全く同じ状況だったのだ。
「……これは、生きてるんですかい?」
エドモンドが恐る恐る尋ねた。
「ええ、そうね……、死んでいるならとっくに白骨化しているはずよ」
アリシアも、魅入られたように目を離すことができない。
「この肌の色とつやといい、単に眠っているとしか思えないわ。ただ、すこし顔色が悪いようだけど」
確かに男の顔色は血の気が引いた状態に見えた。単に寝ているというわけではないようだ。
「こ、これが、もし伝説の再現だとしたら、そのうち目を覚ますのかもしれません」
リンツの声も心なしか震えている。
「どうしたら起きやすかね」
「いや、待て……。見ろ、顔色がよくなってきた」
アルバートの言葉通り、男の顔に血の気が戻り、頬にも赤みが差してきた。
同時に、まぶたが微かに震えて、少しずつ開いていく。
「あ、目を覚ますぞ」
「おお」
「なんということだ……」
男は完全に目を開いた。最初、焦点が合っていないようだったが、やがて意識もはっきりしてきたらしく、目に力が戻って来た。それと同時に困惑の表情になり、いきなり激しく身を起こした。
「おおっ」
その突然の動作に、驚いて身を引くアルバートたち。さらに、その後ろでは、
「ははーっ」
信心深い村人たちが一様に平伏していた。彼らにとっては、この男は神の使いも同然である。それが目覚めた現場に居合わせたことで、まさに畏れおののいていたのだ。
アルバートたちは学者として、これが神の使いなどではないことを知っているため、むやみに神聖なもの扱いしてひれ伏したりはしなかった。ただ、1万年前から眠り続けた男性と、その男性をかくも長く生きた状態にしておくことができる文明に対して深い畏敬の念を持っていたのだ。
「……」
「……」
あまりのことに言葉を失い、ただ男性を見つめるだけの一同。しばらくの間誰も口を開くことが出来なかった。
一方の男性は、なにやら困惑の表情で考え事をしているようだったが、やがて、こちらに向かって話しかけてきた。
「※※※、※※※※※※? ※※、※※※※※※※※※※※※※※※?」
しかし、それは全く理解できない言語だった。
だが、男が自分たちに向かって何かを話してきたことが、一同にさらに大きな衝撃を与えた。
「しゃべったぞ!!」
後ろに控えていた村人たちは、もう神の声を直接聞いたと言わんばかりにガタガタと震えだした。何人かが腰を抜かして、両手を合わせて必死に祈る姿も見える。
アルバートたちは口々に話しかけた。
「私の言うことが理解できますか?」
「あなたは誰ですか?」
彼は、しばらくその言葉に耳を傾けていたが、首を横に振った。そして、右手の人差し指を唇に当てたあと、両手の手のひらを二度押し出すような仕草を見せた。
「どういうことだろう?」
「きっと、向こうも言葉が通じないのに気がついて、何か考えているのではないかしら」
アリシアが思案げに言った。
「唇に手をやったというのは、話しかけるなってことよね、きっと……」
「そうかもしれない。すこし待ってみよう」
アルバートも同意する。
「隊長……」
エドモンドの声はかすれていた。
「何だ?」
「もし言い伝え通りだったら……」
「ああ、この後、この男性は我々の言葉を話すはずだ……」
伝説では、神の使いは目覚めた後、誰も理解できない聖なる言葉を口にし、その後、人間の言葉で話しかけてきた、とある。
一同は、もう一言も話すことなく、じっと男を見守っている。
彼は、ふと星空を見上げ、何か考え事をするようにみえた。
だが、しばらくすると、いきなり動揺した様子を見せ、頭を抱えてうなだれた。
「え、どうしたんだ」
「何かあったのか」
「どうしました? 具合でも悪いのですか?」
神の使いが頭を抱えたなどという記述は伝説にはない。一同は慌てふためく。
「ねえ、私の言うことが分かる?」
思わず声をかけたアリシアだったが、彼はこれまでとは違い、理解できている者の確かさで彼女の方を見て、うなずいた。そして、はっきりとした口調で言った。
「ああ。分かるよ」
「!!」
そのときの衝撃は、男性が目を覚ましたときよりも大きかった。
一同は凍りついたように身動きすることすらできない。
「……ほ、ほんとに伝説通りになっちまった……」
ややあって、エドモンドがつぶやくのが聞こえる。
伝説は、今、再現されたのである。