8 変わり果てた現実
俺が死んでから四年半、今は二十歳。
家賃を払わなくてもいい家を借りて住んでいる。
俺は相変わらず一人だ。生きる意味がわからなかった……。
家庭は荒み、学校では将来を生きるための勉強。生きる意味を感じてないのに、どうして生きるための勉強なんかしなきゃいけないんだ?
そう思っていた。あいつと会うまでは……。
この街に、いや、世界に来てから行きつけのカフェがある。ある人とそこで待ち合わせ。
ここの店主は事故で左腕を失ったそうだ。
近くに障害者が集まる憩いの場がある。俺はそこで、自分の浅はかさと、人の温かみを知った。
「ごめん、待たせたかな……」
「あ、いや……大丈夫」
俺に声をかけ、杖でイスの位置を確認しながら向かいに座るこの男は、俺の悩みに向き合ってくれる、今の友だち。
彼の目は完全に光を失った訳ではないが、物の輪郭がはっきりしないという。
「太陽、恭弥くんが見つかったよ」
「え……!?」
こっちに来てからまだ一度も会ってない恭弥を、捜してもらっていたんだ。
やっと……会える。言いたいことがあるんだ。それに、謝らなきゃいけない。
俺は準備して教えられた場所へ向かう。
人里離れた山奥に一軒の家が見えてきた。そこへ辿り着く前に声をかけられる。
「なんだお前」
不機嫌そうで、まるでここに来るのを好ましく思っていないような――。
「ッ……」
俺は言葉を失った。今目の前にいるのは、恭弥。
「チッ。お前誰だよ……」
「きょ――」
「あ? その陰気くせー顔。もしかして太陽か? あーそういえばいたなぁそんなヤツ」
えっ……。
「久しぶりだなぁ。あれから四年だっけぇ。あの時は血迷って……おっと失礼、ちっぽけな正義感でお前に殺されたんだっけぇ。痛かったなぁ。俺が殺してきた犯罪者に殺された人達も、きっとあんな痛みを感じたんだろうなぁ……で、俺に何の用?」
「うっ、えっと……」
俺は手に持っていたプレゼントを渡すことを渋った。俺のしたことは間違いだったと、はっきり判ったからだ。
だからこそ、渡したかった。
「これ――」
「何。俺にくれるって言うの? そっかぁ、ありがとう」
半ば強引に取っていく。
「今開けていい?」
頷くと次の瞬間、掲げられた恭弥の右手に剣が握られ、振り下ろされるとプレゼントを真っ二つにした。
俺は放り出されたプレゼントの箱を見ることしかできなかった。
「こんな物、受け取る訳ないだろう。お前ごときに奢られなくても、豊かな生活してるよ。俺に会いに来たってことは、お前にも信頼できるお友達ができたんだろ?」
フンッと鼻で笑った恭弥は、歪んだ表情を更に歪ませ、背を向ける。
「あ、そうだ。また何か困った時には俺に言えよ?」
恭弥が俺の方に歩いてきて、耳元に顔を近付ける。
「何度でも同じことをしてやる。フフフ……」
そう囁くと、恭弥は高笑いしながら向こうの家へ歩いていった。
放置されたプレゼントと俺は立ち尽くす。別に涙は出なかった。あの程度の反応は予測できた。それよりも、俺は恭弥があんな姿になってしまったことが悲しい。
これ以上は刺激しない方がいいと思って、今日のところは引き返した。
昼頃に惣菜を買って帰る。今は食べる気にはなれないので冷蔵庫に入れて、布団に横になる。
気付くと俺は眠っていたようで、家の床をオレンジ色の光が照らす。時計の針は五時を指していた。
この夕陽が、いつまでもあの時の感覚を思い出させる。その時一緒にいた化物、デッドオーバーもあの時以来姿を見せない。
一体何を考えていたのか……。
やることもない俺は、スマホでインターネットを見て過ごす。
午後六時半、買っておいた惣菜と、冷凍した米をレンジで温めてテーブルに並べる。
朝は軽くしか食べてないし、昼食も抜いて疲労が溜まってる。その穴を埋めるように、無我夢中で食らいつく。
茶碗二杯分の米と、惣菜二パック。
「うっ……」
体はこの量を受け付けなかった。
トイレへ駆け込む。
「ウエェッ……! カッ、ハァ……」
胃が飛び跳ねて、体中が激しく震え出す。
「ウッ……オエェェ……!」
暑いのか寒いのか判らないが、大量の汗が吹き出す。
息苦しい……。
喉は焼けるような痛みがある。
少しは楽になったかな……。
洗面所で口や鼻に広がった吐瀉物を洗浄する。目まで行き届いた胃液は流石に洗えない。
体力を使い果たして、もう動けない。
這って布団まで行き、眠りに就く。