6 反撃の反動
昼、人が行き交う街。街外れのスーパー店内。
菓子パンを二つ持った女が商品棚の陰に隠れる。その場所を離れると、さっきまで手に持っていたはずの菓子パンがなくなっている。
女はそのままスーパーを出て、走る。
遅れて黒いジャケットの男が女を追う。
一連の流れをパラレルワールドで見ていた恭弥。
「窃盗か……ならこれくらいでいいか」
走る女の前で片足を出すと、女は躓いて転ぶ。その間に男が追いつき、女を捕まえて言う。
「さっきパン入れてるの見てるんですよ。店に戻りましょう」
「万引きGメンってやつか」
独り言を漏らす恭弥を置いて、二人はスーパーへ戻る。
成人女性が家を出る瞬間に、室内に入る恭弥。
「潜入成功」
居間にあるテレビをつけ、ニュース番組にチャンネルを合わせる。
「今日神奈川県で男性三人が襲われ、うち二人が軽傷、一人が死亡する事件があり――」
「一人か。ならそいつを殺せば済むな」
「警察は犯人の男の行方を追っています」
「おい! この犯人のいる場所に送ってくれ」
恭弥が要求を出すと、路地裏にワープする。
「ここにいるのか?」
前方から男が走ってくる。
「あれか?」
デッドオーバーは姿を見せないまま返事をする。
「ああ」
「こいつを殺せばいいんだなぁ……」
右手に日本刀を実体化させながら言う。
刀を振りかぶり、男が前に来たところで、全力で振り下ろす。
「死ねぇぇっ‼」
男を頭から真っ二つにする。血飛沫が上がるが、恭弥には一滴も付かない。
「……そろそろ帰るか。おい!」
空に向かって呼びかけると、あの夕陽の世界へ戻される。
小屋の前、刀で竹を斬る太陽。そこへ恭弥が帰ってくる。
「あっ……恭弥。どこ行ってたの?」
「ん? 知りたいか? そうだな……お前は知らなくていいよ。人には人に合ったやり方がある。それを他人に教えてもらっちゃ上手くいかない。自分で見つけなきゃ意味がない」
やっぱり恭弥はすごいや。と納得する太陽。
翌日、日本でこんなニュースが報道された。
「昨日神奈川県で起きた殺傷事件の犯人と見られる男が、落ちてきた看板に当たり、死亡したということです」
その後半年間、恭弥は夕陽の世界と地球のパラレルワールドを行き来して、犯罪者を裁き続けた。
太陽はそんな裏側に気付かず過ごした。
午後四時。小屋の外で休憩中の太陽はデッドオーバーに訊く。
「なぁ、恭弥がしばらく帰ってこない理由、知ってるんだろ?」
手に持った新聞紙を見せつけながら続ける。
「ここ数ヶ月、犯罪者が立て続けに不審死を遂げている。昨日だって、殺人犯が運悪く交通事故で亡くなった。こんなことが起こると思うか?」
「……フン」
「お前がやったんだろ? 恭弥に何を吹き込んだ」
「さて、何のことか」
「まだ隠すのかッ……」
デッドオーバーは姿を消す。
太陽は日本刀を手に持ち、竹を今一番憎い奴に見立て、一刀両断する。
パラレルワールドの日本、東京にいる恭弥の前にデッドオーバーが現れる。
「恭弥、そろそろ潮時だ」
「は?」
「あいつもいよいよ勘付いてる」
「ふ〜ん……」
小屋から離れた崖の先。背中に満月を見据え、夕陽の反射で煌く海を見つめる太陽。
「よぉ」
後ろから声をかけてきたのは、デッドオーバーを引き連れた恭弥。
「恭弥……」
「お前、俺のことが知りたいんだってな。いいだろう、教えてやるよ。俺は下劣な犯罪者を殺した」
その言葉を聞いた瞬間、太陽は目を見開き、硬直する。
「それをこいつが、現実世界で不自然がないように見せかけている」
当たり前のように語る恭弥と、頭の中を憶測が飛び交う太陽。
「ころ、した……恭弥が……?」
恭弥の顔にはうっすら笑みが浮かぶ。
「ああ。あの腐った世界でバカを裁くことはできないからな。だから代わりに俺が殺してやった。どうだ、お前の恨みもこの俺が晴らしてやろうか」
「ふざけるなァ‼」
恭弥は顔を歪ませて笑う。
「俺が憎いか……? お前が放っとける訳ないもんなァ。だったら俺を殺してみろよ……やって見せろよ臆病者がッ‼」
臆病者……その言葉が太陽の頭にこだまする。荒い呼吸の音が、その言葉をかき消していく。
拳を握った後、雄叫びを上げ、恭弥に向かって走り出す。
「あああッ‼」
「どうしたァ。ヤケになったか? 素手で俺に勝てると思ってんのかァ!」
――さよなら、恭弥。
涙を輝かせながら掲げられた太陽の両手には、今まで見たことがない巨大な炎を纏う刀が握られていた。
「――ッ! どこにそんな力をッ……!」
この時初めて、恭弥に冷たい視線が送られる。
恭弥は剣を体の前に構える。
振り下ろされた刀は剣を焼き切って、恭弥の体を貫く。
そして亡骸は砂になって流れていった。
沈黙に刀が地面をこする音がする。
「うわあああ‼」