3 孤高の闘い
眠りの途中、恭弥は夢を見ていた。
恭弥の母親が語りかける。
「お皿洗ってくれたの? 恭弥は偉いね。もう一人で何でもできるんだね。それじゃああれもお願いしちゃおっかな?」
同じように父親が語りかける。
「恭弥、いつも頑張ってくれてるお前にプレゼントだ。パパはまた仕事でいなくなっちゃうけど、これがあれば寂しくないな?」
「ごめんね、今日も帰れないから食事は……あっ、恭弥はもう一人で大丈夫だもんね?」
目を覚ます恭弥。
デッドオーバーの顔が目の前にある。
「うわああっ‼」
掛け布団をデッドオーバーに投げて被せる。
その声に起こされた太陽は、布団を被ったまま壁まで離れ、状況を確認する。
「はぁ……はぁ……!」
デッドオーバーが布団を剥ぐと、恭弥は呆れたように言う。
「なんだ、お前か……驚かせやがって……」
「フン、のんきなもんだ。我という得体の知れない者がいるというのに、ゆっくり眠るとは」
「クソッ。最悪な目覚めだ……」
「すぐに朝食を摂れ。修行はその後に始める」
「チッ、俺に指図するのか……」
恭弥はサラダ、ベーコンエッグに白米、パンと牛乳を用意して食べる。
太陽は白米にふりかけをかけて食べる。
それを見兼ねた恭弥は指摘する。
「おい、これから修行だってのに、その程度でもつ訳ないだろ」
太陽は少しの間固まった後、テーブルの真ん中に置いてあるパンを取ってかぶりつく。
休憩してから二人が外に出ると、待機していたデッドオーバーが声をかける。
「始めようか」
「おい! その前に聞きたいことがある」
威勢のいい恭弥を見る太陽。
「俺が力を付けるためなのに、なぜこいつが必要なんだ」
「忘れたか……?」
「なに?」
「お前が力を欲しがる理由……前にも言ったはずだ、強い肉体は強い精神に宿る。……ついてこい」
歩き出す太陽。
「テメェは何の疑問も持たねぇのか……」
「……」
二人は歩いてついていく。
そこには背の高い崖が立ちはだかる。
「ここを登ってもらう」
「これじゃ一人でやってるのと同じじゃねぇか!」
「……お前は話を聞かないな」
太陽の肩を掴むデッドオーバー。
「こいつは聞き分けがいいみたいだ」
崖の上を見つめる太陽。
聞き分けがいい? 臆病なだけだ。太陽はそう思っていたが、表には出さない。
太陽から離れてデッドオーバーは言う。
「崖に突っ走れ」
困惑する太陽をよそに、恭弥は崖を駆け上がる。
すると崖に向かって垂直に立つ。
「これは……?」
後ろを向くと、左手をかざすデッドオーバーが見える。
「そのまま真っ直ぐだ」
恭弥にアドバイスを送る。
続いて太陽が駆け上がり、崖に掴まろうとすると、両手をかざしたデッドオーバーが言う。
「おい! 真っ直ぐ立て。落ちるぞ」
落ちるっ……‼ と思った瞬間、体が丸まったまま太陽は地面に落ちる。
「うっ……! ああ……いってぇ……」
「言わんこっちゃない」
垂直のままゆっくり崖を歩く恭弥。
「重心を動かすな。垂直を保て」
走ろうと力を入れると、少し滑り落ちる。
再び歩き出そうとすると、体が曲がり足が崖から離れる。
「はっ……」
落ちてくる恭弥をデッドオーバーが受け止める。
しゃがみ込む恭弥。
「はぁっ、ふぅ……」
太陽がもう一度崖を登ろうとするが、滑り落ちる。
「くっ……」
恐怖を捨てろ。恐くない……俺は岩だ……俺は、岩だ!
自己暗示をして腹から声を出し、駆け上がって目を閉じる。
そして恐る恐る目を開ける。
「できたじゃないか」
でき……てる……? こっ、こっからどうやって動けば……。
戸惑う太陽に対し、恭弥が軽々と崖を駆け上がると、横から太陽を蹴り飛ばす。
呻き声と共に落下する太陽。
「ゴハッ……!」
見下ろす恭弥。
「お前の実力はその程度か?」
そう言うと走って登る。
「くっ……負けて……たまるか!」
恭弥のあとを追って崖を走ったはいいが、体が硬直する。
「ハァ、こんなところで……! ぐっ……」
固まる脚を無理矢理動かしていく。
その頃恭弥は崖を登り切る。
「フン。あいつ、まだあんな所にいるよ。全然ダメだな。俺の足下にも及ばない。……って、何であんなヤツと比べてんだ」
「恭弥が登り切った。終わりにしよう」
「えっ……!?」
「恭弥! 下りられるか?」
「ああ!」
二人は崖から下りる。
太陽は無言でデッドオーバーを見つめる。
「反抗的な目だ……」
「あっ……」
「言っておくが……これは恭弥の修行であって、太陽、お前の修行ではない」
言い返すこともなく、三人は小屋に戻る。
「本の一つもないのか?」
小屋の中を改めて確認して言う恭弥に、デッドオーバーが返す。
「読みたいものがあるなら取り寄せるぞ」
恭弥が欲しいものを挙げると、瞬時に本が現れる。
恭弥はそれを黙々と読み進めていく。
ただ座っているだけの太陽にデッドオーバーが声をかける。
「いいのか? あいつはちゃんとやってるが……」
「別に欲しいものなんてないし……」
昼過ぎに、恭弥は走り込む。
一通りこの世界を見て回り、帰ってくるとこう言う。
「虫の一匹もいないなんて、気持ち悪い世界だ」