2 月明かりを遮るもの
太陽が学校を休むことを決めたその頃、恭弥は学校に到着。
すぐにクラスメイトが集まってきて、挨拶を交わす。
「おはよう。その怪我どうしたの?」
太陽を取り巻いていた男子の一人が、恭弥の右手に巻かれた包帯を見て言う。
「あぁ……ちょっとな」
隣で聞いていた女子も声をかける。
「えー、大変だね」
その日の夜。恭弥は自宅で一人縁側に座り、電気も付けず満月の夜空を見上げる。
恭弥にとって、一日中両親が帰ってこないことは珍しくなかった。
自分の右手を見ながら、恭弥はつぶやく。
「あの野郎……俺は間違ったことはしてない……」
恭弥の視界の端に一瞬、何かが通る。
「ッ! 何だ?」
玄関を出て追いかける。
路地に出たところで、人影が角を曲がるのが見えた。
走って追いかけるも、開けた直線道路で見失う。
「チッ、見失ったか」
帰ろうとすると、後ろからドスの利いた声が聞こえる。
「斉堂恭弥」
「ッ……!」
恭弥が振り向く。そこにいたものは、地に足が付いておらず、黒いマントの左右には黒い手が、上にはツノの生えた黒い獣の顔が浮いている。
「何だお前……なぜ俺の名前を――」
「強くなりたいか?」
鋭く伸びる牙を光らせながら、謎の生き物は言う。
「何を言ってるんだ?」
「強くなりたければ、今憎んでいる相手を連れて来い」
「俺の質問に答えろ。お前は何者なんだ」
「我が名はデッドオーバー。死を超える者」
「死を超える者……?」
「お前の強くなりたいという意思が、我を呼んだのだ」
「俺が……」
「期限は一週間。一週間以内に、お前が一番憎いと思う相手を連れて来い。その時修行を開始する」
「修行? 力をくれるんじゃないのか?」
「何事にも過程が必要だ。タダで力を得る者はいない」
恭弥は舌打ちして静かに言う。
「それには完全同意だ」
デッドオーバーと名乗る者はペースを乱さず続ける。
「これを始めるには、二度とここには戻って来られないと、覚悟しろ」
「……ここに連れて来ればいいのか?」
「そうだ。我はここでお前を待っている」
そう言い残して、デッドオーバーは消えていった。
「俺が、憎む相手……」
翌日。今日も太陽は学校に来ていない。
休み時間の内に、女子が恭弥に話しかける。
「ねぇ、恭弥って太陽と仲良いでしょ? 何あったか知らない?」
「……さぁ。俺も心配してるんだが、家のことがあってな……」
「えーこの状況でも家の手伝いしてるんだ、偉いね」
女子が離れていくと、恭弥は周りを見渡し、自分の右手を見つめ、拳を握る。
そして六日後、約束の一週間最後の日。
恭弥は、この一週間学校に来なかった太陽の家に向かう。
ドアを開ける前に、呼吸を整える。
玄関には靴が一足。
恭弥は部屋を眺めながら階段を登り、太陽の部屋のドアをノックする。
「太陽、いるか?」
返事はない。
「入るぞ」
いつもと変わらない部屋に、盛り上がった布団。
恭弥が布団を剥がすと、寝ながらゲームをしている太陽がいる。
太陽はチラッと恭弥を見て、ゲームを続ける。
「お前、何で学校に来なかった?」
またも返事はない。
「言いたくないか」
恭弥は気だるげに机のイスに座る。
「はぁ……俺とは絶交ってことか」
二人の間に沈黙が流れる。
「お前、こんな生活抜け出したいと思わないか?」
その言葉を聞いた太陽は一瞬、恭弥を見る。
「お前にいい話がある。もう二度と、この場所に戻ってこなくていいと思えるような」
言い終わると恭弥は立ち上がり、ゲームを取り上げる。
太陽は小さく声を漏らし、布団の上で座る。
「ゲームの中だけで強くなったって意味ねぇだろ。実際に強くならないとな」
「そんなの無理だよ……」
やっと太陽が口を利く。
「それが……うまい話があるんだ。俺についてくれば分かる」
太陽は着替えを済ませて、二人であの場所へ行く。
「デッドオーバー! 連れてきたぞ!」
二人は辺りを見回す。
すると、デッドオーバーが前方に降りてくる。
「ご苦労。準備はいいか?」
「ああ」
太陽は二人のやり取りを見て、顔を強張らせる。
デッドオーバーがマントを広げると、一行は消えた。
夕陽が昇る崖の上、一行はワープしてくる。
さっきまでとは違う景色に目を配らせる恭弥。
「ここは……?」
「見ろ、美しい夕陽だ」
デッドオーバーが言うと、太陽は目を輝かせて空を見て、感嘆の声を漏らす。
「そんなことはどうでもいい、修行はどうした」
恭弥は夕陽に目もくれずに言う。
「まぁ焦るな……強い肉体は強い精神に宿る」
「ケッ」
夕陽が北の崖に隠れた時、デッドオーバーが口を開く。
「これからお前達には、決闘をしてもらう」
何も知らない太陽は動揺する。
「話が違うじゃないか! 修行はどうした! こいつとやったところで結果は見えてるだろ!」
「どうだろうな」
「何だと――」
「あいつはやる気があるみたいだ」
恭弥を真っ直ぐ見つめる太陽。
「お前に足りないのはやる気だ。結果が判っているからといって諦めていたら、結果まで変わってしまう」
見つめ合う恭弥と太陽。二人は目を逸らさず並走する。
それを傍観するデッドオーバー。
「死ぬまでやるなよ?」
太陽はファイティングポーズでやる気を見せていたが、普段の運動不足がたたって、防戦一方。地面に倒れ込む。
這って恭弥の脚にしがみつくと、噛みつく。
戦いに飢えた恭弥、反対の足で遠慮なく太陽を踏みつける。
「グフッ!」
噛みつく力がゆるんだところで脚を引き抜き、胸ぐらを掴むと後方に回し投げる。
立ち上がる機会を失った太陽に駆け寄る恭弥、不意に突き出された足に顎を蹴り上げられる。
「ゴハッ……!」
受け身を取る余裕もなく後ろに倒れる。
息を切らして立ち上がる太陽。
波の音が、二人の間を通る。
「………………ガハッ‼ ゴホッ、ゴホッ!」
ゼェゼェと呼吸を再開した恭弥。
太陽は崩れるように前方に倒れる。
「決着か……」
独り言を漏らすデッドオーバー。
ゆっくり立ち上がる恭弥に、デッドオーバーが言う。
「結果は変わらなかったか」
「当たり前だろ」
「その割には、随分苦戦していたようだが……」
「チッ!」
「……ここは日が落ちる時も昇る時もない」
三人は小屋の中へ。
「食事はここで摂れ。材料なら用意してある」
「作れってか?」
不機嫌そうに恭弥が言う。
自由時間を終えて就寝の時間になると、二人は小屋で眠り、デッドオーバーは外に出る。
フッと笑うと、デッドオーバーは風のように消えていった。