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27 それでも、俺は死にたくないから

 夜になっても男は起きなかった。そのまま放置して、俺は家に帰してもらった。久しぶりにベッドで寝る。


 一週間近くソファーで眠ってたから、疲労が溜まってたみたいで、寝坊した。

 っていうか、今日は休みだった。でもやることもないし、恭弥に会いに行く。あの男も起きてるかもしれないし。


 会社に着いたら、他にも人がいた。奥に行くと、男が床に倒れていて、恭弥がその前に立っている。他の社員は外で待機してるみたいだ。


「おっ。お前も気になるか。こいつ、今のデッドオーバーに会いたいんだってよ」

「……」

「太陽……」


 この男、転がったまま俺の名前を呼んだ。


「なんで……」

「おいおい、お前、親友である俺に嘘ついたのか?」

「ち、違う。本当にこんな奴知らない」

「へっ、まぁどうでもいいけど」


 男は這ってドアに向かう。


「あいつに、あいつに……」

「待てよ。まずお前は何なんだ」

「恭弥……」

「は? テメェ、俺のことまで……」


 恭弥が俺の目を見る。

 この世界で俺のことを知ってるのは、刑事施設の人たちと、被害者。そして、デッドオーバー。恭弥は、こいつがデッドオーバーの仲間だって言いたいのかな。


「オレはあいつに騙された……!」

「あいつって、デッドオーバーのことか?」

「この脚は治るはずだった」


 床を這って移動してるのは、脚が動かないからだったのか。


「どういうことだよ」

「お前らを弄んだのは、あいつの言いなりになったから」


 男は説明を始めた。

 脚に障害を抱えるこの男の前に、デッドオーバーは現れた。そしてこう言ったそうだ。

『我はお前に自由を与えてやろう。しかし条件がある。人の感情を引き出すのだ』


 そしてこの男はデッドオーバーに取り込まれた。


「フンッ、そんな上手い話があるわけないだろ。それに、知らない奴を信じるなんて、お前は――」

「わかってる。でもオレはその時、自暴自棄になってた。死ぬくらいなら、他人を犠牲にして脚を治そうと思った」


 取り込まれた後、男は自我を失ったそうだ。他人が何かやってるのを、後ろから見てる状態。

 ほとんど自分の意思と違う動きをした。その時点で、言われたことと違うと気付きながら。


「それで、今のデッドオーバーは別人が入ってて、その1つ前がお前だったと」


 だから俺たちの名前も覚えてたんだ。


「あー……分かったよ。俺は別にお前に対して、何か思うことはない。ただ……あの野郎は許せねぇ」


 恭弥はドアを開けて、この男を外に移動させた。デッドオーバーの行き先はこの男にもわからないらしいけど、秘密を知る人を置いとくはずがないって恭弥が。


「……えっ。なんでそいつが出てきてるの」


 デッドオーバーは出てこなかったが、代わりに女が現れた。

 この顔……見たことあるけど、ちょっと違う。髪型が違うせいか。それとも化粧で作られてるのか。

 俺のことを知ってる女なんて、1人しかいない。


「杏珠、こいつは更生したんだ。なっ?」

「えっ。えっと……うん」


 恭弥が女のことを杏珠と呼んだ。急に話を振られて、何も考えずに答えてしまった。でも、更生したのは本当だ。

 女の名前を聞いても、今は何も思わない。


「その名前で呼ばないでって言ったでしょ。ねぇ、なんでもう出てきたの? まだ刑期は終わってないよね」

「ああ。いいだろ、反省してるんだから」

「直接謝ってもらってない」


 俺との関係は、加害者と被害者。恭弥は許してくれてるって言ってたはずだけど。


「謝られても困るけど。私は顔も見たくないの。言ってたことと違うじゃない」

「あ? まだそんなことに拘ってんのかよ。お前も完全に治ったんだから、過去のことは忘れろよ」

「はぁ……あなたって、いつもそう」


 女はそれだけ言って、立ち去った。


「ほう……騙す者と、騙される者か。ハハハ」

「お前にとっての難は去って、真打の登場だ」


 デッドオーバーが空から降りてきた。見てたのか。こいつはそういう奴だった。


「お前の残したこいつは、もうただの腑抜けだ。俺はこいつじゃなく、お前に用があるんだ」

「そんなことを言われても、我は記憶を持っていないのだ。残念だが、お前の願いは叶わないな」

「そうかよ」


 恭弥は笑顔を浮かべて余裕そうにしている。


「オレの、オレのこの脚は……?」

「だから言っただろう。我は何も知らぬ。契約とは、双方の同意が必要なものだ。我が認識していないのだから、契約など無いも同然」

「くっ……!」


 這いつくばる男は、拳を握りしめた。デッドオーバーの奴、全部知らない知らないって……。


「じゃあ、あの時俺に協力したのも……」

「うるさい奴だ。さっきから言っているだろう。既に我は、お前らの知る者ではない」

「悪いな……オレも記憶がないみたいだ」


 喋りながら、デッドオーバーは男に近付く。宙に浮いた黒い手が、男の首にかけられた。

 恭弥がデッドオーバーの手を剥がそうと、しがみつく。


「無駄なことを」


 デッドオーバーは男を掴んだまま、空高く上昇していった。その途中で、恭弥は振り落とされた。


「うっ!」

「大丈夫? 恭弥」

「あいつ……クソッ!」


 男は自力では逃げられなかった。首を締められて、手をジタバタさせているだけ。


「ぐふっ……ぐっ」


 もがいていた腕は静かになって、脱力した。


「っ……!」


 俺の中でまどろんでいた感情が、呼び覚まされたようだった。

 あいつ、やったんだ。しかも、ためらいもなく。

 し、死んだ。


「太陽。恐いか?」

「えっ……?」

「人を刺したことがあるお前なら、あいつをやれる。お前は戦士になれるんだ」

「お、俺が……? でも、それは悪意で……」

「うるせぇ。ゴタゴタ言うな」


 手に重いものが乗った。恭弥が俺の手に、刀を握らせた。


「わかってんだろ」

「……どういうこと?」

「俺が囮になる。俺はお前を信じてる」


 デッドオーバーを、殺せってことかよ。そんな、実体のない奴相手に……。無茶だけど、やるしかない。

 この絶望を、終わらせる。


 満足して降りてきたデッドオーバーに、恭弥が斬りかかる。


「無駄だ。我は実体を持たない」


 刀がデッドオーバーの顔に当たってるけど、効いてない。全部すり抜ける。

 そんなはずはないんだ。どこかに本体があって、そこを斬れば……。


 恭弥が目配せして俺に合図をする。うなずいたら、恭弥はアクションを開始した。

 斬撃を繰り返して、デッドオーバーが身を引いたところで恭弥は上着を投げつけた。


 目隠しをしてる今がチャンスだ。


「ふっ!」


 デッドオーバーの心臓があるだろう場所を刀で突いた。

 時間が止まったみたいに、辺りが急にシンとした。

 どうだ? 倒れる様子もない。やっぱり、駄目……?


「ぐはっ……!」


 デッドオーバーのマントの下から、また男が出てきた。

 これって、もしかしてさっきの男と同じ……。


 その男は、胸に刀を刺したまま地面に倒れた。

 傷口から、どんどん血が流れていく。ああ、これが被害者か……。俺はこんなことをしようとしていたのか。

 男の呼吸音は小さくなっていって、目を閉じたら動かなくなった。


「まだ終わってねぇぞ」


 そう言ったのは恭弥だった。


「こいつはバケモンなんだ。俺が……俺が求めた力を持つ!」

「恭弥……?」

「お前はこいつばっかりに手を貸しやがって! なんで俺じゃねぇんだ! ぜってぇ俺のほうが楽しいだろ!」


 な、何を言ってるんだ。


「ふざけんじゃねぇ! テメェ! 俺に取り憑け。そして二度と、テメェの好き勝手できねぇようにしてやるよ!」


 まさか、こんな得体の知れない奴に、乗っ取られていいって言うのかよ。おかしいよ、恭弥。そんなの。

 なんで恭弥が犠牲に……。


「待って!」


 って言ったって、恭弥は聞いてくれない。何も言わないデッドオーバーの抜け殻が、親友に近付いていく。


「駄目だ……」


 こいつに取り入れられたら、意識がなくなって、恭弥が恭弥じゃなくなる。

 さっきの人たちみたいに、殺されるんだ。


「そんなの……!」


 恭弥の体が、黒いマントに飲み込まれていく。なんでそんなことしなきゃいけないんだよ。

 違う人でいいわけじゃない。でもだからって、恭弥じゃなくてもいいだろ!

 そんな奴、ここで仕留めて……。


「え……?」


 恭弥は自分の腹に刀を向けている。


「だから、言ったよな。俺はお前を信じてるって。お前も俺を、信じてくれるか?」

「恭弥……!」

「俺はこいつが憎い。お前はどうだ。……フッ。まぁどっちでもいいけど。俺が死に損なったら、後は頼む」

「そんなこと……」

「できねぇとは言わせねぇ! お前だって、更生したんだろ。俺の最後の望み、聞いてくれるか」


 これから起こることを考えると、涙が止まらなかった。前が見えないほど涙でぐちゃぐちゃで、でも時間は止まってくれない。

 やるしか……やるしかないんだ。


 恭弥は、自分の腹を刺した。でも上手く刺さらなくて、俺が手伝わないといけない。

 デッドオーバーと一体化しようとしてる瞬間。ここじゃないと駄目だって、恭弥はわかってたんだ。


 手に持った刀は捨てて、腹に刺さった刀を、押し込んだ。


「ぐっ……!」

「う……うぅっ……!」

「俺の、見込んだ……通り……」


 何度目かの、肉を斬る感触。

 恭弥……いや、デッドオーバーの体から黒い霧が発生する。

 恭弥の体に流れ込んだそれは、外に向かって放出された。


「ぐわぁぁぁ……!」


 悪魔は、断末魔を上げて消えていった。

 そいつは恭弥と、他の死んだ2人を一緒に連れていった。


 変わったはずなのに、まるで変わってない景色。心が現実を拒んでる。

 目の前にあるものが、本当なのかどうか、わからない。

 何、してたっけ……。




 遺体はなくても、葬儀は行われるらしい。

 社員たちが準備を進めている。俺はというと、手にかけたけど、証拠は全部消えたから罪に問われない。


 デッドオーバー……あいつが現れなければ、この世界に来ることもなかったのに。

 でも、あいつがいなかったら、俺はどうしようもないままで、死んでいたかもしれない。


 これがよかったなんて、言えないけど。

 親友を失った世界。そこで俺は、親友の会社を継ぐ。それはまだ未来のことだけど。

 会社のことを知らせてから、俺を昇格させるらしい。

 全然上手くいくビジョンが見えない。


 でも、親友が残したものだから。


 黒のスーツに身を包んだら、俺はこの世界で、今日も生きていく。

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