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26 忘れられたもの

 縛られて寝かされ、いつの間にか眠っていた。人の足音がする。


「おい、大丈夫か」


 社員の1人の声だ。


「悪いんだけど、俺も捕まっちゃってて……」


 社員も捕まった? じゃあ変な暴漢が入ってきて、それで捕まったってことか?

 ドアが開く音がして、口に詰まったタオルが取り除かれた。そして座らされた。


「あがっ、おぇっ……」

「水だ」


 また声が聞こえてきて、口に水が流し込まれた。


「ごほっ!」


 強引に飲まされて、今度は飯があるとも言われた。

 見えないし動けないままで、男が飯を口に運ぶ。

 腹が減ってたから助かるけど、男に食わされるとか気持ち悪いな。どんな趣味してんだこいつ。


 汚れた部分を拭き取って、男は出ていったのか、ドアが閉まる音がした。


「君、まだいるのか?」

「あ、はい」


 捕まった男が声をかけてくれる。言っちゃ悪いが、人がいるとなんだか安心するんだな。

 トイレの場所は教えてもらった。なんだかまた刑務所みたいな生活だな。

 別に慣れたわけじゃない。というか慣れるわけがない。できることなら普通に生活したい。

 でも今は無理だ。


 同じ状況の男と、2人でどうやって出ようか話し合った。壁を叩いたりもしてみたが、犯人と思われる男が何回も出入りして、あんまり動けなかった。


 この生活が、5日続いた。飯も用意してくれるから、それで困ることはなかった。

 気持ち悪いのは、俺を捕まえた意図がわからないこと。男を養う男って……。




「はぁ。駄目か」


 5日目で、恭弥らしき声が聞こえた。

 目隠しが外される。眩しさに少しずつ慣れた目に、恭弥が映る。


「えっ」


 もう1人捕まった男は既に拘束を外されたのか、何も付いてなかった。

 恭弥の目は、俺を蔑むものだった。助けてくれたのは、友だちだからだよな?

 俺が情けないって言いたいのか。


「答え合わせだ」


 そう言って、恭弥はスマホで映像を見せてきた。

 俺と、もう1人の捕まった社員が喋ってるところ。でも捕まったはずの社員は、縛られてなかった。

 なんで恭弥がこんな映像を?


「これは全部、俺が仕向けたことだ」

「……え?」

「だからつまり、俺の責任であって、こいつらには罪がない」


 恭弥はニヤッと歯ぐきを見せた。


「お前は騙されたんだよ。俺にな。お前、帰っていいぞ」

「はい」


 言われた社員が部屋を出た。


「さて、邪魔者はいなくなったな」


 雰囲気が変わった。あの日を思い出す。恭弥と2人きりだった、夕陽の世界。

 その時はデッドオーバーがいた。でも今は、本当に2人きり。


 テーブルの上に、2本の刀が置かれた。


「俺は覚えてるんだぜ。お前に負けたってこと。ま、あの時は負けてやったんだけどな。お前があまりにも惨めだから」


 どうするっていうんだ。戦うとか言うんじゃないだろうな。俺はもうそんな気はない。一緒に過ごせたら、それだけでいいんだよ。

 恭弥は経験ないんだろうけど、刑務所から出てきたら、もう戻りたくないんだよ。


「こっちはお前のだ。ほら、受け取れ」


 投げられた刀が、足元に転がる。


「何してんだ。早く拾えよ」

「……」

「俺を負け犬のままにしておきたいのか?」

「嫌だ」

「は?」

「できない!」


 何もかも失って、それから恭弥も失うのは嫌だ。


「……そうか。俺に、殺されたいのか」

「え……?」


 ……恭弥が望むなら、それもいいと思えた。でも、それじゃ何のために今まで……。

 鞘が投げ捨てられた。刃に照明が当たって光を反射する。

 ……本気なのか。

 そうだ、恭弥は突飛な行動も平気でやるような奴だった。


 刀の影が顔を横切る。考えるより先に、体が動いていた。刀を拾って、鞘をつけたまま、振り下ろされた刃を受けた。


「やる気になったか」

「くっ……!」


 やりたくなんてない。できれば何もなく終わってほしい。でも恭弥は1度決めたら曲げない。そこがかっこよくて、でも悪いところ。


 何回か振られる刀を受ける。振りが遅い。まだ本気じゃないんだ。『鞘から抜け』そう言うんだろうな。

 壁に追いやられた。刃が壁に突き刺さる。

 そして何度も壁に刃を刺す恭弥。


「うっ……!」


 もしかして、恐怖を与えようとしてる? この状況を楽しんでるってこと?

 俺の馬鹿な姿を見たいのは、あいつだけじゃなかったのか。

 そうか、だから俺をいじめて……。


 刃に刀をぶつけた。


「っ……。ハハ……ハハハッ!」


 恭弥は狂気に満ちた笑顔を見せる。何が楽しいんだ。俺はただ、戻ってほしいだけなんだ。

 勢いに任せて刀を振ると、2本の刃は折れた。


「フフフ……ハハハ……! 面白いことをしているな」


 この上から降りてくる声は……。低くて不気味な、あの声。


「デッドオーバー……!」


 先に声を出したのは恭弥だった。


「テメェ、今更のこのこ現れやがって……!」

「フフフ……」


 恭弥の顔は歓喜に歪む。まるでこいつを待ってたかのように。


「テメェには言いたいことが山ほどある。こいつと共に過ごした時間は、楽しかったか?」

「……」

「おいおい、何か都合の悪いことでもあるのかよ」

「何のことだ?」

「テメェ! しらばっくれるな!」


 いつものニヤニヤ顔で出てきたかと思えば、忘れたかのような口振り。


「俺も、聞きたいことがある。あの後、どうして出てこなくなった」

「……お前のような友人を持った覚えはないのだが」

「どういうことだ。まさか本当に忘れちまったのか。デッドオーバー、こいつの名前がわかるか?」

「……知らんな」

「チッ。はぁ……あー! クソッ、これじゃあ……」


 恭弥がブツブツ何かを言ってるが、背中を向けたからよく聞こえない。

 恨みを持ってるのはわかる。俺についてる間、恭弥のほうには行かなかったんだな。


「何のことか知らないが、お前らにプレゼントがある」


 デッドオーバーが、浮いた手をかざすと、黒い服の男が落ちてきた。

 意識はないみたいだ。


「お目当てはこれだろう。こいつはもはや必要ない存在。怒りの全てはこいつにぶつけるのだな。フフフ……」


 男を置いて、消えていった。知らない男。見たこともない。


「おい、こいつ誰だよ」

「知らない」

「こいつ運ぶから、お前そっち持て」


 謎の男をソファーに移動させる。


「どうすんだ? まぁ、あいつが出したってことは、何かあんだろうな。そうだ、お前に仕事やるよ。こいつの見張りだ」

「えっ」

「縛り付けて悪かったな。起きたら言うように。その間は何してもいいぞ」


 それだけ言って、俺と男を残して恭弥は出ていった。

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