22 断たれた光
退院後すぐに警察が来た。
警察署で取り調べを受ける。
その前に服を全部脱がされて、完全に全裸になった。用意された服を着て色んな検査をされる。
取調室のイスに座る。向かいにはスーツ姿の刑事が座る。
「浹川太陽、でいいんだな?」
直後に名前を呼ばれた。反応できないでいると、すぐ次の言葉に移る。
「被害者の女性は今入院中だ。刀で腹を刺されて重傷だと。お前がやったということで間違いないな?」
迷いのない口調でまくし立てる。そこにいたのは俺と杏珠だけなんだし、拒否してもめんどくさいだけだな。
「はい」
「その腹の傷、まだ痛むだろ?」
「……」
「どうしてこんなことしたんだ? 痴情のもつれか何かか?」
「杏珠は……俺を裏切ったんです」
刑事は鼻から息を吐いて、黙って俺の話を聞く。
恭弥に杏珠を取られて、かと思えばその女は誰にでも体を許す女。デッドオーバーのおかげで透明になってやったことは言わなかった。
証拠もなし、言う必要がない。
杏珠と知り合ってそう長くないから深掘りされなかった。
恭弥との関係を聞かれて、中学生の頃の話をする。ついでに家庭のことも聞かれたから、いつも文句を言う母親と俺に関心がない父親のことも言った。
最後に署名と押印を求められた。嘘はついてない。紙に書かれたことをざっと見たところ、俺が言った通りのことが書かれてる。要求に応じておいた。
「お前が撃たれた時、パトカーが来てたことは知ってるか?」
「えっ……」
うっすらパトカーの音が聞こえた気がする。
「興奮状態で、聞こえてなかっただろ? お前の犯行は現場に駆け付けた警察官が見てるんだよ」
否定しても無駄だった、ってことか。
取り調べが終わったと思えば、まだ何かあるみたいだ。
目がおかしいとか言われて、尿検査をしろと。そんなことまでわかるのか。
近くにあるトイレをスルーして、わざわざ留置場内のトイレに連れてかれる。
丁度トイレしたかったところだから、紙コップに出す。
こんなしょうもないことで罪を重くするのか……。杏珠に一撃を食らわせたのはいいが、こんなことまで咎められるのはな……。
尿検査で大麻の使用がバレた。しかし、葉っぱを持ってないから罪に問えないらしい。
これから留置場で過ごすことになるのか。薬が欲しい。
何とかデッドオーバーを呼べないか。
常に監視の目があって、会話でもしようものなら怪しまれそうだ。
二度目のトイレの時に上を向く。
特に注意されることもないが、デッドオーバーは来ない。
トイレには低いついたてがあるだけでほぼ丸見えだ。
それからしばらく、何もしない時間を過ごした。薬なしでも、一日くらいなら耐えられそうではある。
夕食が小窓から差し入れられた。コンビニ弁当のおかずを減らしたようなものだ。しかも冷えたままで、米が固い。
食事が終わったら、容器を小窓から担当の警官に手渡す。
また数時間、娯楽も何もないまま過ごす。
収容者が順番に布団のある部屋に行って、自分の部屋に持っていく。
それから点呼。正座をさせられて、番号が呼ばれたら返事をする。手も挙げないといけない。
消灯――といっても電気はついたまま――の時間になった。
これで寝ろっていうのかよ。夜になったらデッドオーバーを呼べると思ったのに。常に監視の目はあるってことか。
「デッドオーバー、デッドオーバー」
掛け布団を頭まで被って小声で呼んでみたが、それでも来なかった。
「ダメダメ、頭出しなさい」
頭の上から声が飛んでくる。
この中じゃ、頭まで布団を被るのも駄目ならしい。まぶたを閉じても光が差し込む。
見られながら寝るっていうのも、気分が悪い。仕方がない。しばらくしたらデッドオーバーが何とかしてくれるだろ。
「起床ー!」
うるさっ。くそっ、寝付きも悪くて体がだるい。明らかに睡眠時間が足りてない。
布団を畳んでまた点呼。布団をあった場所に戻していく。
掃除機、トイレのブラシ、雑巾を渡されて掃除をさせられる。
それから朝食。昨日食べたものの更に量が減ったもの。その中で唯一温かいものは味噌汁。
数十分休んだら鉄格子が開けられて、別の部屋に連れていかれる。
広さはほぼ一緒で、空が見える。その場所に、俺と同じ服装の人たちが集められる。
ヒゲを剃る人や話をする人。
「昨日から来た人だよね?」
突っ立っていると、収容者の男に声をかけられた。
「あ、はい……」
「何で来たの?」
「えーっと」
さすがに殺人未遂とか言うのは気が引けるなぁ。
「人を傷付けちゃって」
「そうなんだ。俺は強盗」
「強盗……」
「うん。わかる? 物盗むことだけど、殴ったら強盗。殴んなかったら窃盗」
一瞬目を合わせた時、男の目はギラギラしてたけど、人を信用してないものだった。俺と同じ、心を閉ざした目。
それだけ話すと、沈黙が訪れる。
担当の警官と話す人や雑談する人もいる。自由時間って感じだな。
個室に戻る。その時に本を借りていく人がちらほらいる。俺も一冊借りていく。
漫画を持って開くんだが、自分の手が震えすぎて読みづらい。うまく眠れてないのもあるが、一番の原因は……。
この漫画、日常ものなんだがつまらない。しかし他のは歴史だったり古かったりして興味を惹かれない。
眠くなってきた。横になって読み進める。こんなものでもないよりはマシだ。
というか、寝転がっても何も言われないんだな。
「この声には反応するな」
デッドオーバーの声が聞こえた。急に聞こえたから息を呑んでしまった。せきをしてごまかしておく。
「床についた部分以外を見えるようにしてある。薬を嗅がせてやるから、動くなよ」
漫画をずっと見てると、全身真っ黒でツノが生えた奴、デッドオーバーが出てきた。手に持ったビニール袋を口元に寄せてくる。
袋の口が開かれると、落ち着くにおいがしてくる。
「ふー」
鼻で大きく吸って、ため息を吐く。
おっと、変な息遣いでバレるかもしれない。普通に呼吸することを心がける。
一分くらいで袋を離して、デッドオーバーは天井をすり抜けて出ていった。
それから、寝たり同じ漫画を何回も読み返したりと、とにかく何もない退屈な時間を過ごした。
昼食はパン四枚と小袋入りジャムが三袋。それと紙パックの小さい牛乳。小学校で出るようなセットだ。
二十超えてこんな食事をすることになるとは……。
食後の昼寝をしてたら部屋から出された。どうやらまた取り調べらしい。
逃げも隠れもしないのに無駄に拘束されて、取調室のイスに座ると拘束が外される。
前と同じ刑事だ。今度は杏珠との馴れ初めを聞かれた。
「ほーん、キャバ嬢ね。それで本気で恋しちゃったんだ」
杏珠はまだ入院中で話が聞けないそうだ。
「他に共犯者とか、誰かにそそのかされたとかないか?」
「いえ、ないです」
デッドオーバーがいるけど、別にやれと言われたわけでもないし、この件は俺だけでやったんだ。
デッドオーバーの存在は認識されてないみたいだし、このまま言わなくてもよさそうだ。
「薬、切れて大丈夫か?」
突然話題を変えられた。今朝吸引したのがバレた? いや、そんなはずはない。
「常習者は離脱症状といって、薬やってない時にはそれのことばっかり考えたり、暴れたりなんかするもんだが」
なんだそんなことか。俺は一か月もやってないし、常習してないと嘘つけばいいか。
「そんなにやってませんし」
「……そうか。お前、一度指紋取られてるな」
指紋? あぁ、俺がホテルを転々とするきっかけになったあれか。やっぱり俺のことだったか。検査の時に指紋を取られたんだけど、それで判明したみたいだな。
「異臭騒ぎの通報。薬はどこで手に入れた?」
「え……ネットで」
「何てサイト?」
うっ……適当に言っても通用しない。
「いやっ……」
「出どころを聞くのはな、別にお前を責めるためじゃないんだ。裏社会の人間から受け取ったのか? それで恨まれるのが怖いと。安心しろ。警察がそいつを逮捕するからな」
長引くのもめんどくさいし、そういうことなら真実を話すか。
男から薬を買っていたことを言った。
取り調べはそれだけで終わった。




