21 終わらせる決意
デッドオーバーと別れてしばらく歩いたが、なかなか出会えないもんだな。
「おっと」
杏珠が歩いてくるのが見えた。咄嗟に隠れてしまった。
まぁ、この方が自然だろ。ほら、早く俺を見つけろ。そして終わらせるんだ。
お前が望んだんだろう。直接対決で決着をつけることを。
杏珠に背中を向けて歩く。ここだと他人の目が気になるな。家の中から見放題だ。
もっと人気のないところに誘わないと、襲ってこないだろう。
そう思っていると、後ろから駆けてくる音がする。確実にこっちに向かっている。
振り向いたら、背中に隠してあった刀を手に持つ。
そこにいたのは杏珠だが、一メートルは距離がある。
すぐそこまで迫っていて、包丁でも構えているのかと思った。
「太陽くん?」
杏珠は震える声で俺の名前を呼んだ。顔は明らかに引きつっていて、名前を呼ぶのすら嫌だって感じだ。最高だな。
「ちゃんと会うのは久しぶりだね」
「そうだな。あれから何日経ったかな。ショックで覚えてないや」
「この前、私のアパートに来たよね」
「ああ」
「その後、私の服持っていったよね」
「そうだな。お前のにおいが染み付いてたよ」
「気持ち悪い……!」
この女、淫売である自分よりも、服のにおいを嗅ぐ方が気持ち悪いと感じるのか。
もはや何も言うことはないな。
「それだけか?」
「それだけ……? あんな趣味の悪い落書きして、全部あんたの仕業でしょ?」
「ああ、全部な」
落書きだけだと思ってるみたいだが、お前の人生が壊れたのは全て俺が仕掛けたことだ。
杏珠がゆっくり距離を詰めてくる。
カバンに手を突っ込んで、取り出したのはちっちゃいナイフだ。
何だこれは。これで殺せると思ってるのか。それとも、脅しに使ってるだけか。
「ここで私が自分を切って、通報したらどうなると思う?」
そうきたか。逃げれば済む話だけど、杏珠は俺の顔をしっかり見てるから似顔絵でも描いて追わせるのか。
わずらわしい。部外者に邪魔されるのも気に食わない。
杏珠はもう失うものがなくて、やけになってるんだ。
でも、失うものがないのは俺も同じ。鞘から抜いた刀を、杏珠の目の前に突きつけてやる。
「っ……!」
杏珠の奴、目を丸くしてやがる。分が悪いと気付いたのか、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「お前は知らないんだ。俺が抱えてきたもの、やってきたこと」
一歩下がる杏珠を追いかける。
「金の仏像」
「……えっ!?」
「あの男、ひどく怒ってたなぁ」
杏珠の表情がますます歪んでいく。
「女共に嫌われ、店長に仕事を辞めさせられた。俺を討とうと思い立って、恭弥に頼っても駄目だったから自分で手を下しに来た」
「……どこで。監視してたの……?」
歯ぎしりをして杏珠はそう言った。
ここで終わらせるんだ、せっかくだからネタばらしでもしてやる。
「俺はお前にフラれて、その瞬間から復讐を決意した。その瞬間から、お前をずっと監視していた。本当はもっといじめてやりたかったが、お前の決意に応えるために出てきてやった」
「……何を言ってるの……? 意味が分かんない!」
顔が陰っていたのに、目には光が戻った。大声を上げて、奮い立たせているんだな。
俺も刀を握り直して、気合いを入れる。
「別に分からなくてもいいさ。お望み通り、終わらせてやる!」
「っ……!」
俺の気迫が伝わったのか、杏珠は背を向けて全力で走り出した。
女の脚で俺から逃げられると思うな!
ほんの数メートルのチェイス。俺の手には確かな感触がやってくる。
やった……! 俺はついに、憎き女に制裁を下したんだ……!
「うっ!」
全身に強い衝撃が走る。脇腹が急激に痛み出す。
痛みに耐えられなくなって、俺はその場に倒れ込む。
意識が……目の前がかすんでいく。杏珠の腹にはしっかり刀が刺さっている……。
パトカーのサイレンの音が、かすかに聞こえる……。
暗闇は一瞬で開けた。白い……天井が目に入る。
頭が重い……。
俺は杏珠を殺して、その後……。
目線をずらすと、黒いバケモノがいた。こいつはデッドオーバーか。
「お前……なんであの時出てこなかった」
「もしあそこで透明になっていれば、お前はこうして治療を受けることもできなかった」
デッドオーバーの後ろに見える窓から風が入ってくる。
とすると、ここは病院か。
「捕まるのか、俺」
「警察の話によると、退院次第逮捕するらしい」
終わったんだ。さすがに殺人じゃ刑務所生活か。
何もせず過ごすより、刑務所生活の方が刺激があってよさそうだな。
「晴れやかな顔をしているが、気になることがあるんじゃないのか」
「気になること? 恭弥とかか? 別にどうでもいいよ」
「杏珠は生きている」
「……?」
今何て言った? 生きて……いる?
「どこにいるんだ」
「違う病院に運ばれたぞ」
なぜか安心してしまう。死ななくてよかったとか、そういうのじゃない。あいつの顔を見ただけで不快だっただろう。
顔を見なくて済んでよかった。
目を閉じると、紫色の世界が広がっていた。雲のように流れていて、気持ち悪い。
「草をくれないか」
「ここで出すことはできない」
「よこせ」
「騒がれて刑期が伸びるぞ?」
「いいからよこせ!」
デッドオーバーが消えていく。
「おい! 待て!」
手を伸ばしたが、空気を掴むだけだった。
「気分はどうですか?」
後頭部に声が届く。部屋には看護師がいた。
どうと言われても……。待てよ。悪いと答えれば入院が長引く。いいと答えれば退院して薬が吸える。
「この通り。っ、平気ですよ」
「無茶しないでください」
事務的だけど優しい声だ。こんな優しい声を聞いたのは、いつぶりだったか……。
思い返せば、いつも馬鹿だと言われ、それが頭の中でぐるぐるしていた。今なら笑える話だ。
そんな下らないことで悩むこともない。
心がスッキリしたからなのか、疲れて何も考えられないのか。まぁどうでもいい。
この手の震えも、どこか清々しささえ感じる。
俺が寝ている間に二日経っていたらしく、五日後に退院できた。
入院している間外出が許可された時間、それからトイレの時には、デッドオーバーに持ってきてもらった薬を吸っていた。




