1-2 日はまた昇る
翌朝、俺は少し寝過ごした。
「やばい……! もうこんな時間だ」
支度をして、朝食も食わずに家を出る。
なんとかバスに間に合い、登校。
席に着くなり、恭弥が余計な一言を繰り出す。
「なぁこいつ遅刻して走ってたんだぜ? もう必死な顔して、本当バカだよな」
それを聞いたクラスメイトは笑い出す。俺は笑える状況じゃないっていうのに。
放課後。恭弥が話し掛けてくる。
「お前明日ヒマ?」
「えっと……」
「ヒマだよな。どうせ家でゲームしてるだけだろ? 彼女も作らないで。まぁお前みたいな冴えないヤツに彼女なんかできる訳ないか」
嬉しそうに話してるけど、俺はその手の話に興味ないんだ。
「明日。明日遊びに行こうぜ」
「うん」
軽く返事をして、その日は寄り道せずに帰る。
家に着くなり、俺は自室で机の引き出しを開ける。
「あれ? まさか……」
俺は家中を捜し回ったが、恭弥からもらった腕時計が見つかることはなかった。
夕食時、俺は母から聞き出すための質問をする。
「ねぇ俺の部屋掃除した?」
「あぁ、あれのこと言ってんの? あんな物あったってしょうがないでしょ。あんたはこれから一人で社会に出る勉強しなきゃいけないんだから」
最早溜め息しか出ない。
翌日、約束の午後一時までに準備をして過ごす。
「はぁ。めんどくさいことになったな……」
昼食を食って、少し休んで家を出ようとすると、また母に小言を言われる。
「なに、家のこともやらずにどっか行くの?」
「いいだろ別に……」
「また悪い友達とつるんでるんじゃないだろうね」
一瞬で頭に血が上ったが、言ってどうにかなるものでもないから堪えておこう。
「夕飯までには帰ってくるんだよ」
「わかってるから!」
ドアを閉める手に力が入る。
誰にも聞こえないように、自分を解放する。
「チッ、うっせぇな……」
恭弥のこと、悪く言うんじゃねぇよ。そんな言葉を胸にしまい、待ち合わせ場所に行く。
先に到着して、時間になると恭弥が来る。
「おう、お前早いな」
「いやぁ」
恭弥の視線が俺の腕に向く。
「おい、俺があげたやつは?」
「あっ、えっ。い、いや! これは……」
言い訳なんて用意してない俺は、明らかに狼狽えてしまう。
「お前忘れてきたのかよどんくせぇ」
「あ……う、うん」
ばれてないのか、それとも気を使ってるのか、考えるだけでもめんどくさくなる。
「お前のことだからてっきり捨てたのかと思ったぜ」
いつもならただの過激発言としてスルーしてたのに、今回は図星で血の気が引く。
「次からは気をつけろよ?」
「へっ……? あ、うん……」
それから夕暮れ時まで二人で遊んだ。
帰り際、一歩踏み出した恭弥は振り向いてこう言う。
「お前、ウソつく時適当に返事するよな。本当は失くしたんだろ? はぁ……」
「えっ――」
やっぱりばれてるじゃん。
「失くしたのか? それとも……明日お前ん家行くからな。まぁ無いなら無いでいいけど」
反論しようとしたが、恭弥は俺に意見させないように足早に帰っていった。
「明日、か……」
その翌日の午後二時。母は買い出しに行ってて、家には俺一人。
家のドアが開く音がして見に行くと、恭弥が来ていた。
「あっ……」
「約束通り来たぞ。今お前だけ? お前の部屋行こうぜ」
ズカズカと家に上がる恭弥のあとを追う。
部屋に着くなり口を開く恭弥。
「さて、俺があげたあれはどうなった?」
「え、えっと……」
俺の視線は机の引き出しに向く。
「そこにあるのか?」
恭弥は躊躇もなく机の引き出しを勝手に開け、中の物を全部取り出す。
「ないじゃねぇか。お前ここに入れてたんだろ?」
俺は口をつぐんだ。
「正直に言えよ。捨てたんだろ?」
「ッ違う! 俺じゃない! 母さんが勝手に!」
恭弥の目が、汚物でも見るかのように冷たくなる。
「ハッ……!」
迫る恭弥に胸ぐらを掴まれる。
「お前まで俺に嘘をつくのかッ‼ お前だけは違うと思ってた……この裏切り者ッ‼」
恭弥が手を放した勢いで俺は倒れる。
「うっ……! 本当なんだッ、信じてくれ!」
「うるせぇ‼」
倒れたままの俺を、恭弥は殴り、蹴る。
「がはっ! うっ……」
失くしたことは事実だから、俺は抗えなかった。
存分に怒りを発散して満足したのか、息を上げた恭弥は何も言わずに部屋を出ていく。
「くっ……ゲホッ! うっ……」
翌日。学校に行く日だが、全身打撲で行けるはずもなく、休んだ。
いちいちめんどくさいから、母には階段で転んだと言っておいた。
学校への連絡を済ませた母は言う。
「まったく、うちの子は情けないね……」