16 歪んでいく世界
「それじゃ、私仕事があるから」
「うん。また遊ぼうね」
杏珠と男は去り際にキスをした。熱々カップルってか? そんなものは偽物だ。この男も被害者なんだ。
俺がやらなきゃ誰がやる。
杏珠が家に帰ったら行動を開始する。男の家から拝借した金の仏像を、杏珠のカバンに入れる。
本当に仕事に行くようで、着替えたらカバンを持ち上げる。
「あれ、これ……いつの間に」
仏像に気付いて手に取った。
「返さなきゃ。時間ないし……後でいいか」
ベッド脇のテーブルに置いて、出ていった。行方はどうでもいい。俺はこの仏像に用がある。
「こいつを持っててくれ」
デッドオーバーに仏像を渡し、俺は刀を構える。
「仏さん、悪く思うな。これも必要な犠牲だ」
振り下ろした刀が、仏像を真っ二つに割った。
「ははは……」
「今のお前は最高の顔をしている」
「これから起こることを思うと……ハハッ」
杏珠を追いかけてみれば、いつも通りキャバ嬢をやっている。この店で暴れるのも良さそうだが、まだやるには早い。
この日は見送って、女の追跡を続ける。
今日のところは自宅まで直行か。さすがに疲れたのか?
酔っ払っていて仏像には気付かずに眠りに就いた。さて、俺も戻って寝るか。
目が覚めたらまず杏珠を見にいく。このために朝早くに目覚ましも設定しておいた。
起きた杏珠は顔を洗いに行く。戻ってきて初めて、ブツの存在に気付いた。
「えっ……うそ」
ははっ、目を丸くして、助けを求めるかのようにキョロキョロと見回す。滑稽だ。
「昨日そこに置いて……うそ、落ちちゃったんだ……」
床に散らばる仏像のかけらを集めて、元の形にしようとするが崩れる。
「なんでこんなことに……」
そう言って仏像をベッド下に隠した。
この程度で文句を言ってられるなんて、ぜいたくな女だ。
杏珠のスマホが鳴る。
「やばっ……」
息を吐いてから電話に出た。
「はーい」
「杏珠ちゃん? 昨日はすごくよかったね。今度は君の家に行きたいな」
「えー、何にもないよ?」
「いいの。杏珠ちゃんのにおい嗅ぎたい」
「じゃあ会いに行くから、ね」
「うん。待ってる」
『何もない』か。自分自身に言い聞かせてるみたいだな。壊した証拠はないってか。
まぁいいさ、時間はたっぷりあるんだ。いずれ嵌めてやる。
二時間後に二人は会う約束をした。その間に杏珠はシャワーと朝食を済ませる。
しかし時間が来る前に訪問があった。
「宅配便でーす」
杏珠はインターホン越しに受け答えする。
「頼んでないんですけど……」
この後会う予定の男からの届け物らしい。
杏珠が扉を開けると、男が立っていた。
「じゃーん。来ちゃいました〜」
「えっ……?」
届け物じゃなくて、本人だったようだ。
「入っていい?」
「なんでなんで。あっ、まだ掃除してなくて……」
「ほら、閉めて」
男は強引に家に入り、扉を閉めさせる。何か言いたそうにしている杏珠の口を塞いで、イチャイチャしだした。
「んっ……はぁ」
「いいにおい。杏珠ちゃん、スッピンでもかわいいね」
「もう、なんで来ちゃうの? 行くって言ったのに」
「杏珠ちゃんのにおいに包まれたいから、じゃ駄目かな?」
「んもう〜」
杏珠の顔から不安の色が消えた。さては、ベッド下ならバレない確信でもあるんだな。
透明になっている俺がいるとも知らずに。
杏珠は男に抱えられてベッドへ移動する。一度口付けをして、男は立ち上がる。
服を脱ぎながら、部屋中を見渡している。獣がエサを探すような、ギラギラした目付きで。
「さて、女の子の秘密、探っちゃおうかな」
上半身だけ脱いだ男はベッドの下を覗いた。
「っ……!」
杏珠は出そうになる声を抑えた。息を殺して、ライオンが自分を見失うのを待つ獲物のようだ。
ベッドの下は暗くて見えないのか、仏像の存在には気付いていない。
しかし男は手を突っ込んで探り始めた。
「き、汚いよっ。忙しくて掃除してないからっ!」
そんな声が聞こえないかのように、男は探り続ける。そして男の顔はしかめられた。
ゴロゴロと音を鳴らしながら引っ張り出されたのは、壊れた仏像だ。
俺が手を出すまでもなかったみたいだな。
部屋が沈黙に包まれた。
男は不快そうに顔を歪めたまま、仏像の裏を見つめる。
「杏珠、これは何だ」
「えっ……? あぁ、レプリカだよ。ちょっと興味あってさ」
「レプリカだと……? 君がそこまで罰当たりだとは……これは僕の物だ!」
「な、なんでそんなことがわかるの?」
「ここに鋳造年月日と僕の名前が刻まれているんだ!」
なるほど。それでさっき裏を凝視していたのか。
「僕の仏様がいなくなったと思えば、お前が持っていたんだな……! 許せない。人の物を盗んで、偽物呼ばわりするお前は!」
「違うのっ、私じゃない、知らないの!」
「黙れ……!」
男は全裸になり、杏珠の服を無理やり脱がす。
「やだっ! やめて!」
「仏様に代わって、僕がお仕置きしてやる……! 僕の鉄の棒で泣いて喚いて、悔やめ!」
「いっ……きゃぁぁぁあ!」
男は容赦なく杏珠を犯した。
杏珠の泣き叫ぶ声が俺を興奮させた。それと同時に、心に晴れやかさを与えてくれた。
「天誅、完了です……」
男はそれだけ言って、服を着る。仏像を持ったら、泣いている杏珠を放置して帰っていった。
「うっ……うっ……どうして、どうしてこんな目に……」
『どうして』? それはお前が俺を絶望させるからだ。人の心を弄んで、のうのうと生きているからだ。
その後はしばらくベッドの上で縮こまっていた杏珠。今日二回目のシャワーを浴びに行った。
「あれ?」
「どうした」
地震? めまいか? 家が歪んでる。
「何でも……ない」
さっきからドキドキしたまま治まらない。
「水をくれ」
デッドオーバーからペットボトルの水を受け取り、飲む。
「はぁ、はぁ」
駄目だ。なんだこの感覚は。イライラする。何かに追われているような、大事なことを忘れているような……。
「草だ、草をくれ」
「それならここにあるぞ」
炙った草を用意してくれたみたいだな。
「あぁ……これだよ、これ」
全身に染み渡る。少しすると落ち着いてきた。
それから三十分が経った。杏珠の奴はまだ風呂場にいるのか。
「もしかしたら自殺でもしてるかもな、ははっ」
「ふっ、それは困るんじゃないか?」
「言うよな。そうだよ。ヤる時は俺の手でヤるんだ」
見にいくと、シャワーを出しっ放しでうずくまっていた。水道代がもったいないな。
「暇だし、俺は散歩に行ってくる。変化があったら教えてくれ」
「分かった」
心がスッキリしてからの散歩。よく晴れた青空が気持ちいいな。
デッドオーバーから三十分後に連絡があった。杏珠は風呂場から出てきて、ベッドで寝たらしい。
今日は外に出る気がないんだろうな。ちょうどいい。その間に俺は外食で昼を済ませるか。
「時に、デッドオーバー。お前は飯を食わないのか」
「我はこの通り体も繋がっていない」
「はいはい。常識が通用しない、ね」
それからゲームをしながら杏珠の監視を続けた。見てる間一度もベッドを降りなかった。
夕方になると杏珠のスマホが鳴る。掛け布団に顔をうずめて、耳を塞いでいる。あんなことがあった後だ、着信音も聞きたくないといったところだろう。
それにしても、誰にでも体を売り、しかもその相手の一人である男と性交してこうなるとは。昨日はあんなに盛り上がってたのに、この女の考えることは分からないな。
更に数十分が経過すると、訪問者が現れた。




