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13/28

12 始まる夜

 朝九時。恭弥は自室の布団の上で寝ていた。

 目は覚めてはいるが虚ろで、ただ目の前の壁を映しているだけ。


 昼になっても恭弥は一歩も動かない。部屋の外からは食器を置く音が聞こえる。


「恭弥さん、ご飯いいんですか」

 扉を開けて同居人の男が言う。待っていても返事がないので扉は閉められた。


 恭弥は布団の上で体を丸めて、親指をくわえて涙を流していた。


 その後何時間も立ち上がらない。物音がしなくなった午後九時頃、やっと起き上がった恭弥はトイレを済ませる。少量の水を飲んだらまた布団へ。


「うえっ……」

 軽く胸を押さえて、眠りに就いた。


 次の日の朝。同居人が心配して扉を開ける。

「昨日食べてませんよね。持ってきます?」


 恭弥は同居人の方を見る。

「うっ……」

 口を押えて気分悪そうにするのを見て、同居人はビニール袋を用意した。


「うっ、うっ……」

 横になったまま口に袋を当てる。なかなか吐けなくて、息を切らす。


 ペットボトル入りの水を用意されて、座って少し飲む。苦い顔をして、また浅い呼吸をする。


「うぅっ……!」

 急に腹がへこむと、黄色い胃液を吐いた。

「オェェ……! はぁ、はぁ」


 水でうがいして、ティッシュで顔を拭く。しばらく呼吸は荒かったが、吐いたことでスッキリした面持ちになる。


 経口補水液を数回に分けてちょびちょびと飲み、落ち着いたところでようやく朝食を食べる。


 食べ終わった恭弥は、座ったままため息を連発した。






 今日の夜もいつも通り販売人に会って、ホテルに戻ってきたところだ。

 パトカーが二台停まっていて、ホテル内には警官がいた。


 バレたか? まさかそんなはずはない。きっと他の事件だろう。どっちにしてもこのまま通るわけにはいかない。

 くそったれが。


 逃げたのはいいが所持金が一万もない。荷物も置いてきてるし。

 寝静まった頃に行くか。


 公園の時計が午前二時を指してる。そろそろいいだろう。薬物は滑り台の下にでも隠しておいて、ホテルに向かう。


 既に警察はいなくなっていて、特に怪しまれることもなくチェックアウトを済ませた。


 公園に戻る。こんなとこで寝れない。心臓もドキドキして、手の震えが止まらない。


 こんな時は草を燃やして吸引。臭さにはもう慣れた。喉が焼けるようなにおいが癖になる。


 すぐには効果が表れない。効果が出るまで滑り台の上で寝る。早く治まってくれ。



「カァッ!」

「んだようっせぇな……」

 カラスのでかい声で起こされた。

 どうやら俺は眠ってしまったらしい。


 まだ朝五時じゃねーか。うるせーカラスだ。


 これからどうする? とりあえず別のホテルを探すか。


 途中、いわゆるラブホとか、電気はついてないけど怪しいネオン看板を掲げた店とかがあった。都会なんだなぁ。


 ビジネスホテルに泊まって、寝る。


 起きたのは十時頃。バッグ一つ分しかない荷物は持って歩くようにした。


 外で飯を食ったら薬を売りに行く。一度ホテルに戻ったらコンビニで買った菓子パンを食べる。


 午後三時頃に外を歩いてると、怪しいネオン看板の電気がついてた。そこに女の子が入っていくのを見た。男も入っていく。


 あれってキャバクラだよな。こんな時間にもやってるんだな。

 世の男たちはあれで女を楽しんでるわけか。田舎者の俺にはできなかったことだ。

 ちょっと行ってみるか。


 店の入り口で立ち止まる。中では男女が大声で笑っている。来る場所を間違えたか……。


 立っていると派手な髪型の女の子がこっちに来る。

「お客さん初めて?」

「はい……」

「みんな初めてだから大丈夫だよ。こっち来て」


 席に案内される時に騒ぐ男女を横目で見る。

「あれはもう酒入っちゃってるから気にしないで」

「はあ……」


 座ったら女の子から話しかけてくれる。

「どこでこの店知ったの?」

「歩いてたら見つけて……」

「そっか。住んでるとこ近いの?」

「えっと、うん」


 女の子は酒を頼んだ。

「私さー飲まないとやってられなくてさー」

「そうなんだ……」


 コップに入れた半分を飲むと、もう一つのコップに注いで言ってくる。

「飲みなよ」

「え、こんな昼間から……」

「あ、彼女さんとかいるの?」

「い、いないけど」

「じゃあいいじゃん。誰も悪く言わないんだしさ」

「……そうだね」


 人生で初めての酒だ。

 しばらく女の子が話すのを聞いているだけだった。

 女の子の名前は杏珠あんじゅちゃんという。


「杏珠ちゃんっておっぱい大きいよね」

「えー、やだぁ。そんなことないよ〜」

「いや、そんなおっぱい枕にして寝たら最高だよ」


 おっぱいの間に挟まる。あぁ、このまま寝れそう……。


「……」

 あのまま寝ちゃったのか。杏珠ちゃんは眠ってる。

 会計は、一万でギリギリ払える額だった。やっぱりこういうとこって高いんだな。


 外は真っ暗だ。さて、これからどうしようか。


「うっ」

 店を見て歩いていると、何かにぶつかった。


「前を見ろ」

 暗くて見づらいが、そこにいたのは……俺と恭弥の絆を引き裂いた張本人だ。


「デッドオーバー……お前、お前のせいで……!」

「太陽、惨めな生活をしているようだな」

「お前さえいなければ、こんなことには……!」

「生きる活力があるようだな。いいことだ。だが、我は戦いに来たのではない。お前にいい話を持ってきた」


 こいつに従ったって、更に惨めになるだけだ。


「食べる飯にも困っているようでは、何も成せない」

「俺を笑いに来たのかよ」

「金ならあるじゃないか。ほら」


 デッドオーバーはコンビニを指差した。

「俺に、犯罪でもしろって言うのかよ」

「お前は既に、片足どころか両足踏み込んでいるんだ。今更戻ったところで変わらない」

「……くそっ」


 こいつ、どこまで知ってるんだ。

「我の姿はお前にしか見えていない。そしてお前は、我の近くにいる時、他の誰にも見えていない」


 話し終わると、突然人が目の前に現れた。

「うわっ!」

 咄嗟に目を閉じた。いなくなった人を捜す。俺の後ろへと、歩いていったみたいだ。


「どうする?」

「……くっ」

 こいつの言っていることは本当らしい。

 何を考えているか、俺をどうしたいのかわからないが。


 とりあえずコンビニに入店する。




「バックヤードに向かえ。金庫を探すのだ」

「金庫を見つけたところで、どうやって開けるんだよ」

「我が物理法則に則った存在に見えるのか?」


 何を言ってるか分からないけど、金庫を探すことにした。

 レジ前に立つ店員に声をかけても返事がなくて、見えてないことはわかってる。


 当然バックヤードに入っても誰も気付かない。

 金庫を見つけた。


「どうするんだ」

「我に任せろ」

 デッドオーバーは、金庫に手を伸ばす。その真っ黒い手は、金庫をすり抜け、札束を取り出した。


 俺が同じように手を伸ばすと、金庫に当たって金は取れない。

「ほら、持て」

 渡された金を、バッグに入る分だけ持った。

 コンビニを出る。


 あとは腹ごしらえだ。公園のトイレに行き、デッドオーバーと一時的に別れる。

 夕食にありつき、ホテルで就寝。

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