12 始まる夜
朝九時。恭弥は自室の布団の上で寝ていた。
目は覚めてはいるが虚ろで、ただ目の前の壁を映しているだけ。
昼になっても恭弥は一歩も動かない。部屋の外からは食器を置く音が聞こえる。
「恭弥さん、ご飯いいんですか」
扉を開けて同居人の男が言う。待っていても返事がないので扉は閉められた。
恭弥は布団の上で体を丸めて、親指をくわえて涙を流していた。
その後何時間も立ち上がらない。物音がしなくなった午後九時頃、やっと起き上がった恭弥はトイレを済ませる。少量の水を飲んだらまた布団へ。
「うえっ……」
軽く胸を押さえて、眠りに就いた。
次の日の朝。同居人が心配して扉を開ける。
「昨日食べてませんよね。持ってきます?」
恭弥は同居人の方を見る。
「うっ……」
口を押えて気分悪そうにするのを見て、同居人はビニール袋を用意した。
「うっ、うっ……」
横になったまま口に袋を当てる。なかなか吐けなくて、息を切らす。
ペットボトル入りの水を用意されて、座って少し飲む。苦い顔をして、また浅い呼吸をする。
「うぅっ……!」
急に腹がへこむと、黄色い胃液を吐いた。
「オェェ……! はぁ、はぁ」
水でうがいして、ティッシュで顔を拭く。しばらく呼吸は荒かったが、吐いたことでスッキリした面持ちになる。
経口補水液を数回に分けてちょびちょびと飲み、落ち着いたところでようやく朝食を食べる。
食べ終わった恭弥は、座ったままため息を連発した。
今日の夜もいつも通り販売人に会って、ホテルに戻ってきたところだ。
パトカーが二台停まっていて、ホテル内には警官がいた。
バレたか? まさかそんなはずはない。きっと他の事件だろう。どっちにしてもこのまま通るわけにはいかない。
くそったれが。
逃げたのはいいが所持金が一万もない。荷物も置いてきてるし。
寝静まった頃に行くか。
公園の時計が午前二時を指してる。そろそろいいだろう。薬物は滑り台の下にでも隠しておいて、ホテルに向かう。
既に警察はいなくなっていて、特に怪しまれることもなくチェックアウトを済ませた。
公園に戻る。こんなとこで寝れない。心臓もドキドキして、手の震えが止まらない。
こんな時は草を燃やして吸引。臭さにはもう慣れた。喉が焼けるようなにおいが癖になる。
すぐには効果が表れない。効果が出るまで滑り台の上で寝る。早く治まってくれ。
「カァッ!」
「んだようっせぇな……」
カラスのでかい声で起こされた。
どうやら俺は眠ってしまったらしい。
まだ朝五時じゃねーか。うるせーカラスだ。
これからどうする? とりあえず別のホテルを探すか。
途中、いわゆるラブホとか、電気はついてないけど怪しいネオン看板を掲げた店とかがあった。都会なんだなぁ。
ビジネスホテルに泊まって、寝る。
起きたのは十時頃。バッグ一つ分しかない荷物は持って歩くようにした。
外で飯を食ったら薬を売りに行く。一度ホテルに戻ったらコンビニで買った菓子パンを食べる。
午後三時頃に外を歩いてると、怪しいネオン看板の電気がついてた。そこに女の子が入っていくのを見た。男も入っていく。
あれってキャバクラだよな。こんな時間にもやってるんだな。
世の男たちはあれで女を楽しんでるわけか。田舎者の俺にはできなかったことだ。
ちょっと行ってみるか。
店の入り口で立ち止まる。中では男女が大声で笑っている。来る場所を間違えたか……。
立っていると派手な髪型の女の子がこっちに来る。
「お客さん初めて?」
「はい……」
「みんな初めてだから大丈夫だよ。こっち来て」
席に案内される時に騒ぐ男女を横目で見る。
「あれはもう酒入っちゃってるから気にしないで」
「はあ……」
座ったら女の子から話しかけてくれる。
「どこでこの店知ったの?」
「歩いてたら見つけて……」
「そっか。住んでるとこ近いの?」
「えっと、うん」
女の子は酒を頼んだ。
「私さー飲まないとやってられなくてさー」
「そうなんだ……」
コップに入れた半分を飲むと、もう一つのコップに注いで言ってくる。
「飲みなよ」
「え、こんな昼間から……」
「あ、彼女さんとかいるの?」
「い、いないけど」
「じゃあいいじゃん。誰も悪く言わないんだしさ」
「……そうだね」
人生で初めての酒だ。
しばらく女の子が話すのを聞いているだけだった。
女の子の名前は杏珠ちゃんという。
「杏珠ちゃんっておっぱい大きいよね」
「えー、やだぁ。そんなことないよ〜」
「いや、そんなおっぱい枕にして寝たら最高だよ」
おっぱいの間に挟まる。あぁ、このまま寝れそう……。
「……」
あのまま寝ちゃったのか。杏珠ちゃんは眠ってる。
会計は、一万でギリギリ払える額だった。やっぱりこういうとこって高いんだな。
外は真っ暗だ。さて、これからどうしようか。
「うっ」
店を見て歩いていると、何かにぶつかった。
「前を見ろ」
暗くて見づらいが、そこにいたのは……俺と恭弥の絆を引き裂いた張本人だ。
「デッドオーバー……お前、お前のせいで……!」
「太陽、惨めな生活をしているようだな」
「お前さえいなければ、こんなことには……!」
「生きる活力があるようだな。いいことだ。だが、我は戦いに来たのではない。お前にいい話を持ってきた」
こいつに従ったって、更に惨めになるだけだ。
「食べる飯にも困っているようでは、何も成せない」
「俺を笑いに来たのかよ」
「金ならあるじゃないか。ほら」
デッドオーバーはコンビニを指差した。
「俺に、犯罪でもしろって言うのかよ」
「お前は既に、片足どころか両足踏み込んでいるんだ。今更戻ったところで変わらない」
「……くそっ」
こいつ、どこまで知ってるんだ。
「我の姿はお前にしか見えていない。そしてお前は、我の近くにいる時、他の誰にも見えていない」
話し終わると、突然人が目の前に現れた。
「うわっ!」
咄嗟に目を閉じた。いなくなった人を捜す。俺の後ろへと、歩いていったみたいだ。
「どうする?」
「……くっ」
こいつの言っていることは本当らしい。
何を考えているか、俺をどうしたいのかわからないが。
とりあえずコンビニに入店する。
「バックヤードに向かえ。金庫を探すのだ」
「金庫を見つけたところで、どうやって開けるんだよ」
「我が物理法則に則った存在に見えるのか?」
何を言ってるか分からないけど、金庫を探すことにした。
レジ前に立つ店員に声をかけても返事がなくて、見えてないことはわかってる。
当然バックヤードに入っても誰も気付かない。
金庫を見つけた。
「どうするんだ」
「我に任せろ」
デッドオーバーは、金庫に手を伸ばす。その真っ黒い手は、金庫をすり抜け、札束を取り出した。
俺が同じように手を伸ばすと、金庫に当たって金は取れない。
「ほら、持て」
渡された金を、バッグに入る分だけ持った。
コンビニを出る。
あとは腹ごしらえだ。公園のトイレに行き、デッドオーバーと一時的に別れる。
夕食にありつき、ホテルで就寝。




