表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/28

1-1 日はまた昇る

 事の始まりはあの頃だっけ。


 俺は浹川太陽あまねがわたいよう。この春に中学二年生になったばかり。

 休み時間。教室で俺の二つ隣の席にいる、女子二人の会話が聞こえる。

「ねぇ昨日お母さんと外食言ったんだけどさ、お腹いっぱいでもういらないっていうのに食べさせるんだよ」

「えぇ。ウチなんか勝手に部屋掃除してくるから、それだけでキレちゃう」

 俺には親の話をできる奴が理解できない。

 今度は男子三人が俺を取り囲んで会話を始める。

「お前らまだ親に服たたんでもらってんだろ。普通自分でやるよな。な? お前んとこはどう?」

 俺に聞かれても困る。

「何かにらんでるし」

 にらんでないし笑うな。

「そういえば、お前から親のこと聞いたことないよな」

 男子たちが笑っていると、後ろから声がする。

「お前らまた太陽のことイジってんのか」

 このいじわるそうな笑みを浮かべた男子生徒は、斉堂恭弥さいどうきょうや。当時は俺のことをかばってくれたんだ。


 放課後。俺を取り囲んでいた男子生徒の一人、加藤に理科室に呼び出され、仕方なく行ってみることにした。

「なぁお前なんで親のこと話せねぇの? 人が聞いてんだから答えろよ」

「い、いや……関係、ないから」

 加藤が俺の胸ぐらを掴んで凄む。

「あ? 関係ないことねぇだろ! 俺たち友達だろ……?」

 その言葉とは裏腹に、俺を突き飛ばす。

「なぁ……」

 加藤が後ろに脚を引いたその時、恭弥が俺の前に立ち塞がる。

「うっ!」

 加藤の蹴りを受け止め、声を漏らす恭弥。

 俺は思わず息を呑む。

「おいなんだよ、邪魔なんだよっ!」

 加藤は、これでもかと恭弥を蹴り続ける。

 恭弥は息を切らしながら、「逃げろ」と言った。

「いやだ……」

 俺は立ち上がり、加藤を後ろから掴む。しかし恭弥が声を荒らげる。

「逃げろって言ってんのが、わかんねぇのか!」

「わかんないよっ! 俺は、友だちが殴り合うとこなんて見たくないっ。もうやめてよっ!」

 加藤は俺を振り払う。

「はぁ、はぁ。友達……? ふざけてんのか。友達だったら言えねぇことなんてねぇだろっ!」

 言い返す言葉がない。

「はぁ、もうバカみてぇ。帰るわ。まぁお前らはせいぜい仲良しごっこでもしてるんだな」

 加藤が出ていく。すぐに俺は恭弥に駆け寄る。

「恭弥っ! なんで、こんなこと――」

「お前を守れて、よかっ――」

 恭弥の頬に涙が落ちる。

「お前、泣いてるのか。せっかく守ってやったってのに、泣かれるなんてたまったもんじゃねぇ……」

 恭弥は座り直してそっぽを向く。人前だというのに、俺はしばらく泣き続けた。


 恭弥が沈黙を切る。

「なぁ、今日俺の家来ないか?」

「え?」

「帰っても誰もいねぇし、やることねぇしな」

「いや、でも」

「チッ、いいから行くぞ」


 こうして恭弥の家へ二人で帰ることに。

 そこでやることは、テレビゲーム。

 恭弥が声を掛けてくる。

「お前家でゲームとかしてんの?」

「え? えっと、まぁ……」

 恭弥は俺のことをじっと見てくる。

「え、何」

「変なやつ」

「な、なんでだよ……」

 二人でゲームをして流れるこの時間は、いつまでも俺の心に残ってる。


「よっしゃ! 俺の勝ちだ。お前ジュース取ってこいよ」

 ゲームで負けた方が、勝者の欲しい物を持ってくるルール。俺が物置を探っていると、親切かお節介か、恭弥が場所を教えてくる。

「そこの棚の上にあるから」

 適当に返事をして戻り、ジュースをコップに注ぐ。

 次のゲームに俺が勝つと、「おしっ」と恭弥は部屋を移動し、手を後ろに隠して戻ってくる。

「ほい」

 腕時計が俺の前に置かれる。

「これは?」

「もう使わないから、やる」

「いや、でも……」

 俺は性懲しょうこりもなく、口ごたえをしてしまう。

「何。俺が使ったからいらないって言うの?」

「いや、そういう訳じゃ――」

「だったら持ってろよ」

 そんな言い方しなくても。と思ったが、流されて納得せざるを得なくなる。


 そうしている内に、気付けば夕方に。

「あ、もう帰らなきゃ」

「なんだよ。まだ晩飯まで時間あるだろ」

「し、宿題とか……やんなきゃいけないし」

 言い訳なんて思いつかないし。

「はぁ。じゃあまた明日な」

「うん」


 一人で歩く帰り道。恭弥とずっと友だちでいたい、家に帰りたくない、そんなことを考えている内に家に到着。

 田舎なのでいつも鍵の開いているそのドアを、恐る恐る開ける。音を立てないように廊下を通って階段を登り、自分の部屋に入る。

 安堵あんどの時間もわずか、母親が帰ってくる。


 夕飯の時間になると、一階のダイニングに家族で集まる――といっても、ほとんど母と二人きりだが。

 いつもテレビを見ながら食べるのだが、話し相手のいない母は常にテレビに文句を言っている。俺は母の意見に同意できないので黙って聞き流す。

 食べ終わったら自分の食器は自分で洗って、俺は自室にこもる。


 俺は訳もなく、泣き出す。悲しいとかつらいとかじゃない、何かが、何かが足りないんだ。


 それから二時間。時刻は午後九時。父親が帰ってくる。

 俺は部屋でゲームをしている。勉強なんてやる気ない。だって、俺にとって勉強なんて何の意味もないから……。


 一階から父の声が聞こえる。

「お前また飲んでるのか」

「何、悪い?」

「あいつも将来のこと考えなきゃいけない年頃なんだぞ。お前がそんなんで大丈夫なのかよ」

「あんたに言われたくないわ」

「はぁ?」

 誰かが階段を登ってくる。

「おい、飯食ったのか?」

 ドアの向こうで父の声が呼び掛ける。

「もう寝たのか?」

 父の足音が遠ざかっていく。

 俺はいつもの()()が始まる前に、こうして電気を消して息を潜めている。

 そしてゲームをしながら、二人の会話に聞き耳を立てる。

「チッ、くそオヤジ……」

「なんか言ったか?」

「明日も仕事なので私はもう寝ます」

「……こんなに散らかして」

 静かになって、俺は安心して眠りに就く。


 午後十一時。俺は物音に起こされる。

「んだよ。こんな時間に……」

 母の怒鳴り声が家中に響く。

「あんたに何かわかんの!? 私がどんな教育してるか、あんた知らないでしょ! 人に全部押し付けて!」

「お前こんな時間に騒いで、迷惑だろ!」

 あんたも負けじと大声出して、迷惑だよ。

「じゃああんたがやりなさいよ! 流産してやっと産んだのよ。あの子はねぇ、自分で考えなきゃいけないの!」

 母の声が近付いてくる……俺は布団を被って声を漏らす。

「やだ……やめて」

 ドアが開けられる。

「おら、寝てんのか?」

 強引に布団が剥がされる。

「お前宿題やってんのかよ」

 勝手に俺のカバンまであさって、机の引き出しも物色する。

「あ? 何これ」

 母が手に取ったのは、恭弥からもらった大事な腕時計だった。

「あんたこんなの持ってても意味ないでしょ」

 そう言いながら窓を開ける。何をするか予想できたけど、蛇ににらまれた蛙のように、完全に萎縮いしゅくした俺は何もできなかった。

「こんなゴミ置いてないで勉強しろ」

 そう言った母は、ゴミ捨て同様に軽々と腕時計を放り投げる。

「あっ! あっ、あっ……」

 俺は情けない声を出すことしかできなかった。

 母が部屋を出ていった直後、窓の外を確認する。

「お、俺の、恭弥の……」

 涙を堪え、取りに行ける隙を見計らった。

 すぐに静かになったものの、母が起きていると厄介なので一時間待った。

 懐中電灯を持って外に出て、腕時計を捜す。幸いすぐに見つかり、部屋に戻って机の引き出しにしまっておいた。二度も同じ場所を探るはずもない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ