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1‐EX ラーメンくらい、1人で食えよ。

「さてと。ラーメンと言っても、色々な店があるけど、行きたい店とかあるかい?」


 パン、と手を叩き切り出す瑛介。

 地獄のアイドル親睦会の後、盗難事件を無事解決し、更にアイドルのマネージャーを引き受けることになった波乱な一日の帰り道。

 俺は瑛介とラーメンを食べに行くことになったので、帰路の中どの店に行くか決めていた。


「……特にないな。任せる」


 俺的にはさっさと帰って寝たいのだが、何か話したいことがあるそうで仕方なく乗ってやることにした。


「うーん、実に文空な回答だけど……そうだね、どんなジャンルが好きとかあるかい?」


「濃い系だな」


「濃い系か……うむ、それならいいとこがあるよ」


 自信有り気に言う瑛介。これは期待できそうだ。


「不味かったら奢りな」


「どんだけ奢りに拘ってるのさ……」


 流創学園の周りは田舎だが、駅の方は色々と栄えているので、レーパートリーには困らないだろう。

 だが――


「駅の近くで頼むぞ」


「はいはい、分かってるよ」


 電車通学なので、あまり駅から遠いとこは勘弁だ。まぁ、それは瑛介も同じなので、その心配はなさそうだが。



          ☆



「ほら、着いたよ」


「チェーン店かよ……」


 一任した立場で言えたことではないが、これには少しガッカリだ。

 もっとこう、個人営業の隠れ名店みたいなとこを期待していたのだが……。


「反応薄いね……実際ここには来たことあるのかい?」


「いや、ないが」


「なら、ガッカリするにはまだ早いんじゃないかな」


「うーむ、そうだな」


 俺はラーメン屋にはよく行く方だ。1人で入りやすいし、何より好物だからな。

 そんな中で得たノウハウとまでは言わないが、美味い店の特徴的なものがあって、それが、個人営業で店内が少しボロい、というものだ。

 あくまで食レポサイトで評価の高いとこだけを選らんだ中で得たものだが、このノウハウは大抵当てはまっていた。

 それに対し、チェーン店は微妙。という偏見的なものがあった。

 チェーン店は提供が早い、というメリットがある代わりに、味を犠牲にしてる印象がある。

 まぁだが、行きもしないで勝手な先入観だけで決め付けるのはよくないし、駅のすぐ側でアクセスもいい。疲れているから、正直助かる。


「さて、じゃあ入ろうか」


「うむ」


 瑛介が店の扉を開ける。寒いとこでポケットから手を出したくないので、閉まる前にささっと入る。

 店内は程々に混雑しているが、ぽつぽつ空席があり、待つ必要はなさそうだ。

 入り口の近くに券売機があり、瑛介はさっそく食券を購入していた。


「さ、文空もメニューを選んで。僕のオススメはこれだよ」


 瑛介がオススメメニューを指差すが、そのメニューは1番最初のところにあるスタンダードなものだ。1番人気というポップも貼ってあって、メジャーなメニューであり、オススメと豪語する程のものではない。


「700円……」


 チェーン店は比較的安い、という印象があったが、700円となると普通に個人営業店と同じレベルだ。

 けれど、特に他に目を引かれるメニューもないし、何よりそのスタンダードなものが店のレベルに比例するといっても過言ではない。なので、俺もそのラーメンを購入する。味も相応なものだといいが……。


「カウンターとテーブルどっちがいい?」


 座りたい席を聞かれる。こいつと向かい合うというのも嫌だし――


「カウンターで」


「へーい、ならあそこが丁度空いてるね」


 2席空いてるところは目の前にもあるが、あえて奥の方の3席空いてるとこを指す瑛介。

 まぁ、座るとこなんてどこでもいいので、そこに腰を掛ける。


「ふしゅー……」


 結構歩いたからか、思わず声が漏れてしまう。


「今日はお疲れ様、おじいちゃん」


「誰がおじいちゃんじゃい」


 瑛介の労いの言葉。これには様々な想いがこめられている。


「いやーにしても、まさかふ――あ、濃い目、油増し、麺固め、ライスは同時で」


 何かを言い出そうとしたところで、食券を取りに来た店員に遮られる。


「……俺も同じで」


 自分もそれを真似る。濃い党だから。

 というか、チェーン店でもそういうオーダーできるんだな。

 改めてと、瑛介は俺に向き直り、


「いやー、けど、まさか文空がかこむちゃんのマネージャーを引き受けるなんてねぇ」


「予め仕込んでたくせによく言うぜ」


 まぁ想定とは違う方向で決まって、その仕込みは殆ど無駄になった訳だが。


「いや、それは、その……」


 言葉に詰まる瑛介。罪悪感でも感じているのだろうか。


「別に気にしてねぇって。最終的には自分で決めたんだからな」


「……ごめん文空、けど僕は――」


「黄谷を助けたかった。だから、俺を利用した」


「違っ……いや、違くないね。そう、僕は自分の目的の為に、親友である文空を利用したんだ」


「あーあ、黄谷が退学することを知らなければ、今まで通りのうのうと生きてけたんだがな……」


 無意識に俺は意地の悪い返答をしていた。まだ少し怒っていたのか。それとも瑛介の珍しい反応を楽しんでいるのか。


「……本当にごめん。親友の情に漬け込むなんて最低だよね。どうすれば償えるかな。どうすれば文空は僕を許してくれるんだい?」


 瑛介は想像以上に思い詰めているようだ。

 こいつのことだから開き直って、からかってくるとでも思ってたが。

 少なからず瑛介は、俺に友情というものを感じているということか。

 だからこそ罪悪感に苛まれているのだろう。

 ま、それならこちらも相応の要求をさせてもらうか――


「……ライス」


「えっ?」


「お前注文してたろ。奢れよ……」


「で、でも……」


「言っただろ。最終的に決断したのは俺だ。それに、辛気臭いのは嫌いだ」


 確かに、勝手な目的の為に俺の短所に漬け込んだ行為は腹立たしいものだ。

 だが、決まったことを蒸し返したところで何も生まれやしない。無駄に労力を使うだけ。

 そんなことよりも、これからについて考えていく方が余程有意義だ。


「ふ、ふふ……最高だよ君は……」


 それを聞いた瑛介は肩の荷が降りたのか、急に笑い出す。


「早くしろよ。ラーメンが来ちまうだろ」


「へーい」


 券売機に向かう瑛介。

 今日は波乱な一日だったせいか、頭がごちゃごちゃしている。

 だが今は兎にも角にもラーメンだ。腹減った~。


「はい、文空。友情のライス券さ」


「100円の友情か……」


 確かに、それくらいが俺達には丁度いいのかもしれない。

 100円程度なら……。



          ☆



 ラーメンを待ってる間、瑛介のどうでもいい話を適当に相槌を打って流しながら過ごしていた。


「そろそろ来るんじゃないかな……もう腹ペコだよ」


「……まったくお前って奴は」


 気変わりが早すぎるだろ……。その方が気が楽でいいが。


「お、あれ僕達のじゃないかな?」


 遠くにいる店員を指す瑛介。確かにその店員が両手に持つトレーには、ラーメンと、脇にライスが置いてある。

 案の定その店員はこちらへ向かってきて、目の前にラーメンが置かれた。 

 

「おお……」


 思わず声が漏れる。

 豚骨醤油ベースのスープに浮かぶ細かな大量の油。時間差で鼻孔を刺激する芳ばしい匂い。これだけでもう分かる。味わずとも『これは旨いやつだ』と本能が言っている。

 具材も、メンマ、ネギ、海苔、チャーシューに茹で卵まで付いていて充実している。

 いつの間にか俺は食欲に屈服し、無意識の内に割り箸に手を伸ばしていた。


「いただきます」


 食欲に圧迫され、残り僅かの理性で搾り出した日本の作法を皮切りに、いざ実食。

 ラーメンは最初にスープを飲むのが基本とされているが、今の俺はとにかく食している実感が欲しい。スープなんて緩いものでそれは満たせまい。

 麺をすくい上げる。細麺か。これならスープや油がよく絡み、より濃い味わいを体感することができる。

 一口。麺を啜る……っ!? 感想を唱える間もなくもう一度。更に――


「ぷふふ……」


「……っ!?」


 笑われていることに気付き我に返る。


「いやぁ、気に入ってもらえたようで良かったよ」


「……確かに美味い」


 瑛介の紹介というのが少し癪に障るが、認めざるを得なかった。

 これは、正しく俺の求めていた味だ。

 今までラーメン屋は、食レポサイトで評価の高い店へ行っていた。

 だが、このラーメンを食べて気付いた。食レポサイトの評価は『美食』による観点のものだったと。

 美食の観点。それは味の完成度による配点であったのだと、このラーメンを食べ痛感した。

 所詮俺の味覚なんて馬鹿舌。美食とは無縁なもの。では俺が本当に求めていたもの。それは、ただの『旨味』だったんだ。

 このラーメンにはそんな旨味が凝集されていた。

 ガッツリとした醤油豚骨の旨味。ただひたすらに濃い塩分が。濃厚な油分が。味覚にインパクトを与え続けてくれる。

 こういうのでよかったんだ……こういうのが食べたかったんだ。

 あぁ……止まらない。食欲が。感動が。箸が。

 

「おーい、文空……」


 黙れ。ムードを壊すな。殺されたいのか。と念を込め睨むが、それを押し切り瑛介は、一つの瓶をこちらへ置いてきた。


「専用スープだと?」


「そう。更に濃くなるよ」


「更に……」


 ただでさえ濃いこのスープが更に……。

 濃い党である俺が、そんな追求心を抑えられるはずがなかった。

 すかさず、専用スープをドボドボとラーメンへと投入した。

 スープの色が均一になるようかき混ぜ、一口。


「~~っ!!」


 更なる塩分の刺激に思わず唸る。


「へへっ、そこまで美味しそうに食べてくれると、こちらまで嬉しくなっちゃうね!」


 瑛介を無視し、麺をひたすら啜る。

 時にスープの染みた海苔を絡めたり、気分転換にメンマとチャーシューを口に運んだり。

 ただただ、食欲に身を任せ麺を口に運ぶという作業を繰り返す。

 そして――


「ふぅ……」


 あっという間に完食してしまった。

 大盛りにしておくべきだったか……。


「おいおい、これ忘れてないかい?」


「あっ」


 隣に置かれてたライスの存在をすっかり忘れていた。

 だが、スープは残っている。

 瑛介も麺は残り僅かだが、ライスはまだ手付かず。

 つまり、このライスは……、


「スープご飯」


 それは、スープにご飯を付けて食べるという、どちらかと言えば不作法寄りな食べ方だ。

 人間によってはブレーキを踏んでしまうライン。それが外であるなら尚のこと。

 だが、俺はそんな馬鹿とは違う。自尊心か羞恥心か。その程度のものが俺の食欲を抑えられる訳がない。

 俺は止まらない。メレンゲでご飯をすくい、スープに浸す。ご飯が十分にスープを吸ったところで一口。


「うおっ!」


「……んな大袈裟な」


 これはギャップ攻撃だ。この醤油豚骨スープだと、あまりご飯とは合わないんじゃないか。なんて思っていたが、見事に裏切ってくれた。

 この塩分過多なスープが、ご飯と合わせることにより塩気が抑えられ、麺とはまた違った食体験を生んでくれる。

 うん旨い。これも止まらない。雑炊のようにズルズルいけるおかげで、あっという間に茶碗が空になる。

 いいな、スープご飯。これからラーメン食べるときは、大盛りではなく、ライスを注文するのも視野に入れるべきだろう。


「ごちそうさまでした」


 完食。ふぅ……食った食った~。いざ食べ終わると、こってりしていたからか腹がパンパンだ。もう何も食べたくない。

 だがそのせいか、お冷が格別にうまい。もう1杯いくか。


「僕もごちそうさまでしたっと」


 少しして、瑛介も食べ終わったようだ。


「んじゃ、帰るか」


 食券式なので会計は必要ない。


「え、もうかい!?」


「そりゃ、食い終わったんだし帰るだろ」


 俺は食べ終わったら、無駄に居座ることはせずにすぐに立ち去る主義だ。


「いや。少しくらい食休みた方が……」


「女々しい奴だな」


「僕にこの量は少し厳しくてね……」


 うぷっ、と口を押さえる瑛介。汚ねぇな。


「自分から紹介したくせにその様かよ」


「ごめんごめん。だから普段はライスは頼まないんだよ。けど今日は紹介する身だし、背伸びしたくて……」


「下らない見栄をはるな……帰るぞ」


 俺は席を立ち、店を後にする。


「あ、ちょっと待ってよ文空!」


 外は冷たかったが、ラーメンで温まった身体には心地よいくらいだ。

 瑛介も続いて店を出てきた。そういや1つ聞きたいことがあった。


「なんで今日は誘ってきたんだ?」


「そりゃあ……」


 適当に誤魔化される前に外堀を埋める。


「本来はマネージャーを勧める為に誘ったんだろうが、その後に俺がマネージャーになってその必要はなくなった。別に謝罪程度なら帰り道にできたろ」 


「……いや、だってさ。あの文空がかこむちゃんのマネージャーになるだなんて、ちょっと嬉しくなちゃってさ。その……祝勝会みたいな」


「何に勝ったんだよ」


 それを言うなら祝賀会だ。

 まぁ大方予想は付く。どうせ一人じゃ入りにくいから俺を誘ったとかそんなとこだろう。

 だから、そこを付いてジュースでも奢らせよう。


「そんなことより。まだデザートが残ってるじゃないか!」


 話題を逸らそうと、瑛介はポケットから何かの紙を取り出した。


「なんだそれ?」


「ここからすぐ近くのアイス屋のクーポン券さ。もしよければ――」


「いくぞ!」


 即答だ。ラーメンの後のアイスだなんて、断れるはずあるまい。


「そうこなっくちゃっ!」


 こってりしたものを食べた後のアイスってうまいよな。

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