1‐7 人の為は、己の為ならず。
「さーてと、解決してスッキリしたし、ラーメンでも食べに行きますか! 文空の奢りで」
「ふざけんな。お前が奢れ」
「はぁ? あれだけの手間を押し付けたんだから、それくらいいいじゃないか」
「お前が自分から引き受けたんだろうが、英雄野朗」
「僕はかこむちゃんの英雄であって、お前なんかにそう呼ばれる筋合いはないね」
俺達はそんな他愛もない会話をしながら、下駄箱で靴を履き替える。
あれから特に話すようなこともなかったので、すぐにお開きとなった。
靴を履き外へ出ると、冷たい風が頬を撫で思わず顔を窄めてしまう。
寒いのは苦手だ。外へ出る気が失せるし、厚着をしなきゃだから着替えるのにも時間が掛かる。なんの得もない。
が、この冬特有の乾いた空気とその匂いは好きだ。
「あの……今回の件でお世話になったので、その代金は私が持ちます」
入り口で待ち構えていた黄谷が割って入る。
「いやいや。かこむちゃんは被害者なんだから気にする必要ないって、ねえ文空?」
「ああ、そうだ。瑛介が奢ってくれるから何も問題はない」
「ですけど、何もしないなんて……」
礼はいらないと言ったんだがな……。だがこの言葉が逆に黄谷の親切心を逆撫でしてしまったのかもしれない。
「かこむちゃんが明日からまた元気に活動してくれるのが、アイドル新聞部としても一番のお礼なんだけどねぇ」
「町田君……」
気持ち悪っ。
「だからもうその話題はなし。分かったね?」
「はい、分かりました! 明日からも頑張ります!」
「よし、それじゃあ僕達は新聞作成を頑張らなくちゃ! ねぇ!」
「……おー」
俺に振るな。お前らで勝手にやっててくれ。
「じゃあ、帰りますか」
やっと帰宅できるのか。
歩を進める俺と瑛介。黄谷はせめて見送りだけでも、ということで付いてきている。
「しょうがないから、ラーメン代は自分で出すよ」
「おい、食いに行くこと前提で話進めんな」
「いや~今日は疲れたからね。ガッツリいきたい気分なんだよ……それに文空に話したいことがあるし」
珍しいな。俺達は基本、プライベートの関係は持っていない。
なので一緒に飯に行ったのも、緑沢の豚かつ屋くらいなものだ。
やはり妙だ。今日の様子からしても、瑛介は俺に何かあるみたいだな。
そこまでして俺に話したいこととは、一体どんな内容なのか……。
「……まぁいいか。美味い店紹介してくれよ」
「やったぜ! 任せてよ」
話の内容も気になるし、自分も丁度ラーメンを食べたい気分だった。こんな寒い日のラーメンとなれば格別に美味いだろうしな。
黄谷はというと、会話している俺達の後ろをただ黙って付いてきている。馴染みにくいんだろうな、気まずそうだ。
もう校門が見えてきたし、この辺りまで来れば十分お見送ったと言えるだろう。
「黄谷。俺達はここまでで十分だ。ありがとな」
「うん、そうだね。ありがとね、かこむちゃん!」
こんな寒い中、ずっと女子を外に居させる訳にもいくまい。女子の制服は寒そうだしな。
「……あ、あの……文空君」
ん、何か言い残したことでもあったのだろうか。その為に見送りに来たのかもしれない。
となると、今までその機会を伺っていたのだろうか。
それが、このギリギリのタイミングということは、少し言いにくいことなのか。チャックは大丈夫だよな……うん大丈夫だ。
「一つ、お願いしたいことがあるのですが……真剣に聞いてもらえますか?」
視線を斜め下に逸らし、もじもじとしだす黄谷。
「えっ、嘘でしょ? まさか……」
動揺を隠せない瑛介。
体がブルブルと震えている。これは寒さからくるものではないのだろう。
ニュアンスからして、プロポーズ前の口上と受け取ったか。
だが、それはないだろう。
俺と黄谷にはまともな接点が無い。そこまで行き着く過程をまるで踏んでないのだ。それに――
「あ、あの、けど、ア、アイドルは恋愛禁止……」
そう、アイドルも恋愛は禁止とされている。その校則を破れば、即退学だ。
そんな膨大なリスクを犯したりはしないだろうし、俺も嫌だ。
しかも、他人の見てるとこでするなんて悪手にも程がある。
「……まあ、聞くだけなら」
何が飛び出してくるのだろう……。
期待。といった感情は微塵もない。どうか大したことでないでくれと願う。
黄谷は決意が固まったのか、俺を真っ直ぐ見つめ、
「ありがとうございます……で、では……あの、文空君……わ、私の……」
ん? これって本当に……。
次の瞬間、黄谷の口から驚愕な言葉が飛び出す。
「マネージャーになってもらえませんか!!」
は……? マネージャーっ!?
マネージャーってあれだよね、アイドルのサポートする的なあれだよね?
んなもん、嫌に決まってるだろ。なんで自ら地獄の釜に飛び込まなきゃならんのだ。溶けるわ。
そもそもこの学園がそんな勝手許す訳もなかろう。
あまりの変化球に驚いたが、ここはやんわりと断ろう。
「あーすま――」
「マ、マネージャー!? どうして……」
ん、意外なリアクションだな。
瑛介のことだから、嫉妬心を爆発させて飛びついてくるかと思ったんだが。
今の瑛介はただ唖然としていた。
「……どうしたんだ?」
「え、あっ……いや、文空。これは凄いことだよ」
「はぁ?」
お前からすりゃそうなだけだろ……。
「この流創学園にはね、アイドルマネジメントという科目が存在するんだ」
「なんだそれ? 初耳だぞ」
「そりゃそうさ。このことはアイドルにしか知らされないんだから」
じゃあなんでお前は知ってんだよ。あえて聞かないが。
「んなもん、やりたい奴がやりゃいいんじゃないか?」
「そんなこと言ったら、全校生徒が押し掛けるだろう。だから、1年生のとき限定で、もしアイドル側が気に入った生徒がいれば、推薦してもいいってことになっているんだ」
「ほう……そうなのか」
確かに、志願者に押し掛けられまくりでアイドルが困るだろうな。
「けど、ここ数年その推薦はほぼなかったんだ」
「うむ」
適当な返事でもこいつは続けてくれるだろう。
「それは何故か。別にマネージャーなんて付けなくてもこの学校にいる間はやっていけるし、卒業すれば大手事務所と契約を結べるから、そこでプロも付くしで、わざわざこんなとこで素人を付ける意味がないんだ」
「ふむ」
「で、本題だ。それが何故、文空なのか。ということさ」
「確かにそうだ。どうして、俺なんだ?」
俺にマネージャーの素質なんて皆無だろう。
「……文空君なら今日みたく、斬新なアイディアで私を導いてくれると思ったんです」
成程。黄谷は人気投票において常に7位。それは自分だけの力じゃ覆せないから、力を貸してほしいと。
だが……こいつは本当に人を見る目がないな。
確かに俺なら順位を上げることができるかもしれない。ただし正攻法ではない。汚い手を使ってだ。
お前はそんなやり方で成り上がって満足するのか?
俺はただ腹黒い人間なだけ。瑛介といい何故そんなことも分からないのか。
そして、腹黒いからこそ他人の為にそんな面倒事を引き受ける訳がない。
「俺に合っているとは思えん。だから――」
他の奴を当たってくれ、と言おうとしたが、
「いいや。文空に合っていると思うけどね……それに、マネージャーになると、嬉しい特典がある」
「特典だと?」
「うむ。まずその一つが、選択科目が免除されるんだ」
「まじか」
2年から始まる選択科目の免除。
つまり、代わりにその空いた時間にマネージャーの授業を受けることになる。ということか。
推薦が1年限定なのは、一度選択科目を受け初めてからでは遅いからか。
でもそれだけではあまり大きなメリットのようには感じないな。
つまり、他にもメリットが存在するということか。
――だが、それを追求するのは後日でいいだろう。
実際マネージャーについて少し興味が湧いてきたし、ここは保留ということにして考える時間を貰おう。
今はそれよりも目の前の疑問を片付けるのが先だ――
「そうなんだよ、でね――」
「もういい。何が目的だ?」
瑛介の言葉を遮り問う。
「え、何がって?」
「前からお前は、俺を黄谷のマネージャーにさせる気だった。そうだな?」
分かり易い前兆ばかりだった。まずはやたらと俺に黄谷を推してきていたこと。いくら俺をいじるのが好きだからといっても、余りにもしつこすぎた。
次に今日の賭け。あれは予め黄谷と打ち合わせをしていたのだろう。でもって、予定通り俺に取材をさせるつもりだったと。
全ては俺に黄谷へ好意を持たせる為の行動。
俺は黄谷を毛嫌いしている。そんな状態ではマネージャーなんて到底引き受けないだろうからな。
極めつけは、今の台本を読むかのような説明。事前に用意をしていなければ、ここまで要点をまとめた説明はできまい。
「それは……」
返せる言葉がないのか、黙り込む瑛介。本当にこいつは隠し事が下手だな。そんなんでよく警察を騙せたものだ。
「そこまでして、俺に黄谷のマネージャーをやらせたい理由はなんだ? わざわざ、事前に打ち合わせまでして何のつもりだ」
ただマネージャーにさせたいだけで、ここまで手の込んだことをするとは思えない。何か別の狙いがあってのことだろう。
「え!? いやいや。打ち合わせなんてしてないんだよ。だから僕も驚いているんだ。言おうとしてたことが、まさか本人の口から出てくるなんて……」
さらっと認めやがったな……。
だが、打ち合わせをしていないだと?
確かに、黄谷もキョトンとした顔をしている。
もし瑛介が言ったことが本当なら、黄谷が自分で俺を推薦したということか?
盗難を解決したから、そこに目を付けた……いや、それはあまりに早計すぎる判断だ。マネージャー科が選択科目の代わりということは、高校卒業までの2年は続く。
つまり2年間の付き合いになる訳で、そんな大きな選択をたったそれだけの材料で決断するとは思えない。
「まぁ、それにしてもだ。俺はそうやって回りくどいことをされるのが嫌いだって知ってるだろ」
「ごめんよ文空……訳を話すよ」
神妙な面持ちになる瑛介。そんな重いことなのか……なんならドッキリでしたー。と言われた方がましだったかもしれない。
「実は僕は新聞の記事の作成の為に、アイドル人気投票の結果をいち早く知れるんだ……それで、かこむちゃんの順位は今回も7位だった」
「お、おう」
だからどうしたんだよ。別にいつものことだろ。と言いたいが本人がいる前でそんな失礼なこと言えない。
「でね、アイドル科の校則の一つにこんなのがあるんだ」
「っ! そ、それは言わないでくだ――」
黄谷が焦って止めに入ろうとするが、瑛介は構わずに続けた。
「――5回連続で7位を取ったアイドルは退学になる」
「なに!?」
そんなの初めて聞いたぞ。
もしそれが本当なら、既に4回連続で7位の黄谷はリーチということになる。
「町田君。どうして、それを……」
「ごめんね。かこむちゃん……でも僕は君に――」
「それを伝えてしまったら、文空君に大きな重荷を背負わせてしまうじゃないですか……」
二人の意見が食い違っている。打ち合わせをしていないのは本当なのだろう。
だが、全て繋がった――。
「……つまり、俺に黄谷を助けてほしいってことか」
今まで瑛介の俺へのお膳立ても全てはこの為か。
本当に回りくどくて……なんとも腹立たしいやり方だ。
黄谷を助ける為とはいえ、俺の短所である情に漬け込むなんて。
これで断れば、俺が黄谷を見捨てたということになる。
勿論、瑛介は俺がそういう人間だと知ってのことでの行為。
「ごめん……」
「ごめんじゃねーよ」
俺は少し怒り気味に言った。本当にお前って奴は……。
だが、私的な理由ではなく、人助けの為となると怒りきれない。
「最初から素直にそう言えばよかったろうが」
「だって、率直に言っても引き受けてくれなかったろう?」
「……いや、それは」
なんで俺が押されているのだろう。
「……すみません。私が悪かったです。やっぱ、このことは忘れてください……それでは、お気を付けて」
俺と瑛介のやり取りに察しが付いたのか、黄谷は背を向け立ち去ろうとする。
「あ、待っくれ」
そんな黄谷を引き止める。
まだ全貌が明らかになってないとはいえ、マネージャー科の特典は興味深い。
ここはとりあえず保留という形で流すのが無難だろう。
と、そんな保守案を切り出そうとする俺の背後に、瑛介が回り込み、小声で言う――
「……自分の好みに染め上げる。マネージャーっていうのはそうとも取れないかな?」
自分の好み、だと……?
その言葉を受けた瞬間、様々な思想が渦巻き曇り状態だった頭の中に日の光が差したような気がした。
「黄谷」
「あ、はい」
「マネージャーの件、引き受けさせてもらいたい。俺なんかでよければ是非」
「えっ!?」
予想外の回答だったのか、大きく目を見開き口を押さえる黄谷。
「……私のマネージャーになってくれるってことですよね?」
「あ、ああ」
俺ごときになにをそんな大袈裟な……。
「本当ですか! ありがとうございます!」
「とりあえず、今日はもう遅い。続きはまた明日でいいだろう」
「はい、そうですね。私もまさかこんなとこでお願いするなんて思っていなかったんで、色々整理できていないというか」
「よかったね、かこむちゃん。文空の力があれば1位だって夢じゃないよ!」
「はい!」
無理言うなよ。
「文空君、町田君、今日は本当にお世話になりました! お返しができるよう私頑張ります!」
「そうだね! 一緒に頑張ろう!」
「よろしくな」
「はい。これからはよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる。
「寒い中ありがとね。じゃあ今日はお開きで」
「はい。では失礼します」
寒かったのだろうか、そう言うなり、黄谷は駆け足で立ち去っていった。
「はぁ……」
新学期早々こんなにも疲れるなんて。なんか色々凄いことが起きた気がするが、状況の整理は帰ってからだな。
「まさか、文空がかこむちゃんのマネージャーになる日が来ようとはねぇ」
「……わざとらしい言い方しやがって」
こいつの働き掛けがなければこうはならなかっただろう。
それでも、こちらにメリットがあったから乗ったわけだ。
そう。乗せられたんじゃない。自分で道を選んだんだ。瑛介はその道を示しただけ。
だが、今思うとそのメリットってなんなんだろうか? という疑問が生まれ始めていた。が、
「さてと、じゃ、ラーメン行きますか!」
「あっ、忘れてた……」
「おい!」
とりあえず今は頭空っぽにしてラーメンでも食いますか。




