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3章3‐3 分かるから。

 柴崎は何かあるとよく屋上に行くと黄谷から聞いたので来てみたが、本当にいたな。


「……なにしに来たの」


「――これ、大切な物なんだろ」


 それは1冊のメモ帳。


「っ!? 返して――」


「返さない」


 拒否の姿勢を示す為、胸ポケットへしまう。


「なんで!?」


「中身は見せて貰った」


「勝手に見ないでよっ! やめてよ……」


「聞かせてくれないか。何故そこまで人を遠ざける?」


「どうだっていいじゃん。私の勝手でしょ――」


「話さなければ中身を晒す」


「…………。なんで好きにさせてくれないの……。私鹿誠になにもしてないよ」


「話せと言ってる」


「……がっかりされるのが嫌なの……私には価値がないから……」


「もっと深くだ。そうなるに至った過程を一から話せ。そうでなきゃ返さない」


 拒否出来ぬ様、もう一度メモ帳を見せ付ける。

 怒りを露わにするかと思ったが、どうやらもうそんな精神力は残ってない様だ。思ってたより早いな。

 手っ取り早く事が進んで助かる。

 ここまで来たなら自尊心という邪魔はない。もう支えがない。崩壊の一方。ここから先はただこの場を凌ぐ為だけに投げやりで歩くだけ。


 ――俺は今回一貫して決めてることがある。それは、黄谷の意思を汲まないということ。さっきの要請を受け入れたのは、身の程を知ってもらう為であり、表面上のものに過ぎない。

 今こうしているのは、俺の目で見て判断すると決めているからだ。


 柴崎は不運を受け入れたのか、鼻を啜り、袖で涙を拭き、背を向け柵に手を掛けて。ようやく口を開く。


「……私は小学生の時に芸能界に行ってから、沢山人が寄って来た。色んなことを聞かれたり、リクエストされたり、沢山遊びにも誘われたりして、みんなの要望に出来るだけ応える様にしてた。喜んでほしくて、ガッカリされたくなかったから。――でも気付いたの。みんな私といて心から楽しんでないって。だから勉強した。人を楽しませる話し方とか、笑わせるネタとか。それでも、みんな頑張って話してるの。笑わせようとしても、空気が一瞬止まるの。他の人達はみんな自然に話して、笑ってるのに……」


 ……俺もそれは共感ができる。いわゆる弱者側の宿命。ただ気付くのが早いな。


「まだ何かあるんじゃないか? そうなるに至ったきっかけの様な出来事が」


 共感できるからこそ分かる。その客観視は下からの視点だと。踏み外すには、必ず何かきっかけがある。

 そんな持論を証明するかの様に、些細ながら、それでいて力強い柵の軋む音が。


「……さっきみたいなやり方で、お母さんとマネージャーのやり取りを聞いたことがあるの。仕事も少しづつ来る様になってて、褒められてるんだと思った……。でも、お母さんはお金の話ばっかだった。マネージャーはスケジュールのことばっかで……。仕事が増えてて疲れてるの知ってるのに……。その日は楽しみにしてる映画の日だったのに……」


「成程な……」


「みんなが見てたのは芸能界にいる私だったの。私自信にはなんの価値もないってこと……。鹿誠も知ってるでしょ。私はつまらない人間だから、関わってても楽しくないの」


「だから才のある実力を磨き、そこに自分の価値を示してるんだな」


「……うん。実力があればみんな見てくれるし、評価してくれる。私の価値はそこにあるの」


「随分と律儀なんだな。人からの評価の為に頑張るなんて」


「違う。私の為。……怖いの。……失望されるのが、怖い……。私の意味がなくなったら、みんななんて言ってくるの……考えるだけで怖い……」


「それが今のお前を形成する全てか」


「……そう。しょぼくてガッカリした?」


「いいや。十分納得のいく動機だ」


 今の説明で大体は理解はできた。――柴崎らいなという人間は弱い。

 目の前の問題から目を背け、全力で抜け道を探す。何故目を背けるかって、芯の方では理解しているから。その壁を超える力がないと。だからあえて遠回りして、体力を消耗して、己を正当化し、その事実から目を逸らす。人はそれを努力と呼ぶ。

 真実を直視する精神力。それこそが人の強さ。だから柴崎は弱い。

 逃げている癖に、頑張っているからと己を正当化する脆弱な精神。はっきり言って嫌いなタイプの人間だ。

 ……もういいだろう。目的は果たした。柴崎という人間を知ることができた。


「約束通り返す」


「……今日聞いたこと絶対に誰にも言わないでね。それじゃあ――」


 俺は、自分の目的の為なら他人の犠牲をも厭わない、冷酷無情な人間。――それが理想の俺。だが、残念なことに現実はそうじゃない。


 ――寝室に悔いは持ってかない。


「待ってくれ」


 弱さ故に自分を曲げて生きて。やがてその無茶な正当化の先で誰かを傷付ける。俺の過ち。柴崎は俺によく似ている。同族嫌悪。だから、自分と同じ轍を踏んでほしくはない。同じ過ちを犯そうとする柴崎を放ってはおけない。……これは動機としては小さい部分だがな。

 楽な道じゃない。分かっている。でも決めたこと。このメモ帳……いや、日記帳を見た時点で。毎日ファンから受けたことを記載している様な馬鹿を――。


「……なに?」


 俺は片膝を付き、手を差し出す。


「短期間でいい。正式に俺を柴崎のマネージャーにさせてほしい」


 俺の意思はそう答えを出した。いや、もう出ていた。だから柴崎らいなという人間を知りたかった。

 柴崎は急な要求に恐怖を感じたのか、一歩後ずさる。


「なんで? ……私でお金儲けしたいの? 従わなかったらさっきのことバラすの?」


「だったら返したりなんかしない。断ったところで俺は何も危害を加えたりしないから安心してほしい」


「じゃあなんでよ?」


「……いきなりこんなこと言われても困惑するよな。そうだな……此方だけ秘密を握っていてはフェアではないか。なら俺も1つ開示しよう。今回のイベントで俺は校内のエアコンを故障させて飲み物を売り捌く予定だ」


「エアコンを!?」


「ああそうだ。高確率で決行する。もしこれがバレたなら、間違いなくマネージャーはクビだろうな。……どうだ。これでフェアになったか?」


 これは莫大なリスクを抱えた行動だ。だが、それだけのリスクを犯さねば信用を得ることはできない。信用を得ねば目的は果たせない。


「だから、どうしてそこまでして私のマネージャーになりたいの? 教えてよ……」


 ……そんなのは1つだ。


「柴崎を助けたいから」


「――っ!! ……だ、だから、なんでって……」


「なんでって、それ以上の理由があるのか?」


 ……柴崎は誰かに助けを求めているんだと思う。今のままでは破滅するのが分かっているから。だから暗闇の中でも歩き続けている。こんな暗闇の中でも手を差し伸べてくれる存在が現れることを信じて。そんな白馬の王子様が俺なのは非情に申し訳ないが。

 だから手を取ってくれると確信している。例え今じゃなくても、その先で。

 柴崎は俺を見つめ、俺もその目に応え、数秒の間を得て。


「分かった……」


「本当か?!」


 思ってた以上にあっさりOKが出て驚く。


「……だって、嘘付いてバラすかもしんないし……」


「まだ信用してくれてないのか。まぁOKくれたならこれから信用して貰える様に尽くすよ」


「……それで、なにすればいいの?」


「まだ決めてない」


「なにそれ……」


「大丈夫だ。俺にはその手の才能があるからな」


「……普通それ自分でいう?」


 確かに一般的な視点で見たらおかしいのかもな。俺は自分の才能が自負できる位の物だとは思ってる。だが、それで自分が恵まれているだなんて到底思えない。寧ろ不遇側に属す人間と認知している。

 何故かって、俺はそのせいで普通を得る権利を失った。普通に友達を作り、ありきたりな会話をして、定番な遊びをして。やがては社会に出て、結婚をして、家族ができて。当たり前な存在となった家族に愛想が尽き、そんな存在の為に尽くすことに理不尽感じながら毎朝出勤して。ある日ふとした時、急に家族が愛おしく感じる瞬間があって、明日の仕事も頑張ろうと就寝する。その繰り返し。誰もが描く普通。

 俺にはそんな普通が待っていない。ありきたりとは言うが、誰もがその道の中で別の景色を見る。羨ましい。それに感謝しないことが憎たらしい。

 柴崎。お前もそうなんだろう。分かるよ。誰も弱者のことなんて理解しようとしない。いや、理解こそが侮辱だから、それすらも憎たらしい。

 しかもあろうことか、奴らは俺達に同じ感想を抱いている。俺達を特別と差別し、結果疎み合う。

 だから干渉しないのが合理的なんだ。都合のいい部分だけで繋がっていればいい。俺はそれを理解し受け入れた。いや、諦めた。だから、他所に配慮なんてせず、この特権を堪能して生きると決めた。未練なんてない。

 柴崎の生き方も同じだ。でも違う。本当は手を繋ぎたいんだ。今も捨て切れないで必死にもがいている。

 俺はそんな自分が諦めた夢を追う柴崎の手助けをしたい。共感できる苦しみを持つ柴崎を助けたい。想えるその優しさを捨ててほしくない。


「柴崎も同じ様なもんだろ」


「……違うもん」


 柴崎と俺は似ている。似ている様で違う。違うけど似ている。そんなんだから、俺達は上手くやっていける気がする。


「とりあえず俺の要件は済んだ。……そっちが何もないなら、黄谷のとこ行ってやれよ」


「やだ」


 即答。


「……分かってるだろ。柴崎を想っての行動だって」


「でも、今回のは許せない」


「人は反省し変われる生物だ。なのに、なんのチャンスも与えないのは理不尽じゃないか?」


「……思い出すだけでムカつく。仲直りなんて無理」


「どんな人間にも好きなとこがあれば、気に入らないとこもある。その気に入らないとこを受け入れて人は初めて分かり合えるんだ。もしまだ少しでも好きな気持ちが残っているのであれば、もう一度話し合ってやってほしい。その上で気に入らないと判断したなら絶好でも何でもすればいい。それくらいのチャンスならあげてやってもいいんじゃないか?」


 それを理解した上で面倒だと思い放棄した俺が言えたことではないのかもしれないが。


「…………。分かった。仕方なく行ってあげる」


「そうか。ありがとな」


 ここまでの橋渡しをしたんだ。ちゃんと仲直りしろよな。


 立ち去る柴崎を見送り、一度息を整える。

 今日は肉体的にも精神的にも疲れたが、寧ろ大変なのはこれからだ。弱音は吐いてられない。

 柴崎が求めているものを与えるにはどうすればいいか。考える……。

 もう外もすっかり暗くなり始め、涼しくて心地の良い風が吹いている。

 これなら最高のコンディションで脳を回せる。柵に手を掛け、目を閉じる――


 ……………………。

 ――掴んだ。気を抜けば霧散してしまう。繊細な手作業で形造り、具現化していく。


「……手間が掛かりそうだが。これがベストか」


 時間は限られている。さっそく帰って作業に入るか。

 はぁ……放っておければ、その時間で何ができたか。本当に馬鹿な自分に嫌気が差す。だがもう不満を感じたら負けだ。無心で進むしかない。

 その先で、やって良かったと思ってる自分がいることを願おう。

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