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3章3‐1 せっかちの末路。

 流創学園に帰還し、報告を済ませた俺と黄谷はアイドル科職員室を後にする。緑沢と柴崎はその必要がないので解散してどっか行った。


「今日はお疲れ様だ。また明日、次の仕事についての打ち合わせで」


「……はい」


「顔真っ青だぞ。車酔いでもしたのか?」


「……え、ええ、そうかもしれません。では私はこれで――」


 相当具合悪そうだったが大丈夫だろうか。この前池袋へ車で行った時は、降りてすぐカフェでパンケーキ食べる程にはなんともなさそうだったが……。もし風邪とかだったら次の仕事もキャンセルせざるを得ないし、夜にもう一度連絡を入れておいた方が良さそうだな。




          ☆




「さてどうするか」


 歩が進まずに独り言をぼやく。16時48分。なんという中途半端な時間……。あと1時間で下校時刻なのにわざわざ部活に行くのもアホくさいし、瑛介に色々聞かれそうで面倒だ。

 ここで適当に時間を潰すのが吉と見た……そうだ、PCルームで作業してる振りしてネットサーフィンでもして時間を潰すか。

 なんて悪だくみをしていると――


「ねぇ、鹿誠……私の荷物漁ったでしょ」


「っ!? 柴崎?」


 急に話し掛けられ驚いたが、すぐに情報の上書きが起こる。息を切らせ、血相を変えた表情、明らかに様子がおかしい。


「漁ったでしょ?」


「落とし物でもしたのか? 俺は人の持ち物なんて漁らんぞ」


 言葉から察するに、バッグの中に入れていた物が無くなり、探し回っているのだろう。それもこの焦り様、相当大事な物だと伺える。


「……確認していい?」


「好きにしてくれ」


 ブレザーの裏ポケットまでも念入りに調べ、差し出されたバッグの中も隅々まで調べるも、お目当ての物は無かった様で。当然だ。何もしてないのだから。


「……ごめん」


「俺も探すの協力しようか?」


 発案者は俺であり、その件が引き金で起きたことであれば無関係ではない。責任を持つべきだ。


「……もういい。このことは忘れて」


 そう言って走り去っていった。

 もういいと言われましても、只事じゃなさそうだし放っておく訳にもいかないだろ。

 幼稚園や昼に行った場所には確認を取ったのだろうか。

 とりあえず黄谷に連絡を入れてみるか。アイツなら率先して協力するだろうからな。……でも具合悪そうだったし――と、ここで過る邪推。まさかな……。

 連絡の為にスマホを開くと、メッセージの通知が来ていた。そういえば、演劇中に鳴るとまずいと思いマナーモードにしてたんだったな。

 黄谷からだ。丁度いいと思いメッセージを見ると……私の部屋に来てください? 柴崎の件を知っていたか。いや、だとしたら自分の部屋に呼ぶ必要があるのか。…………どうやら邪推は俺の願望だった様だな。よくよく考えればそれが一番自然ではないか……。溜息が漏れる。あぁ……面倒くせぇ。


 まぁまだそうと決まった訳ではない、とにかく向かうとするか。




          ☆





「にゃ~」


「ほんと人懐っこいなお前は」


 ひょもーにゃという可哀想な名前を付けられた猫を撫でる。わざわざ膝に乗って来たのだから此方も撫でねば無作法というもの。

 この子は黄谷が2月辺りに中庭で拾ってきた子だそうだ。当時は生まれて間もない赤ちゃんで、雨で濡れ衰弱状態だったが、すぐに動物病院へ連れて行き、無事一命を取り留めた。赤ちゃんは飼育困難ということで、大きくなるまで病院で育ててもらい、最近黄谷に引き取られた。

 ここは本来、猫や犬などの大型ペットは飼育禁止なのだが、特別に許可を貰って飼育している。理事長のお陰だろうか。

 この猫、黒多めの白黒のハチワレで、前足が白の靴下を履いているみたいでかわいい。

 本来なら心が癒される憩いの時間のはずだったんだが……。駄目だ。この空気じゃ愛でれない。

 やはり黄谷の様子がおかしい。もし柴崎の件であれば既に話し合いが始まっている頃。なのに黄谷はまだ黙り込んでいる。気のせいか、先程よりも更に青ざめている様にも見受けられる。


 ……目の前に沼がある。猫に逃げていたが、こういった場面では踏み込まねば先に進めない。


「なぁ、なんの用で俺を呼んだんだ?」


「…………。そうですよね。文空君。まず最初に謝らせてください」


「なんのことでだ?」


「……私はとても悪いことをしたんです。これを聞いたらきっとあなたは怒ります」


「そうか。話してくれないか」


 正直もうなにをしたかは大方察しが付く。だが補助はしない。悪行を働いた本人が白状すべきだから。


「……はい。まず私は今日のお遊戯会。自分の目的の為にこの機会を利用しました」


「どういうことだ?」


「前々からこの計画を企てていて、機会を伺っていました。そして、文空君がお遊戯会の提案をしてくれて、その場にらいなちゃんがいて。今しかないと思いました。あえてらいなちゃんを最後に誘ったのは、その前提があれば、計画が悟られにくくなるからです」


「随分と念入りだな」


「そして今日。一緒にご飯を食べたり、遊んだりして。その中で文空君にらいなちゃんを知ってもらう様な会話をしたりして、文空君に……いえ。文空君の優しさに付け入りました」


「その為に柴崎の私物を盗んだのか?」


「っ!? …………ですよね。窃盗ですもんね……」


「過去に自分もされて、気持ちは理解できるだろうに、なんでそんなことした?」


「これを見たら、より効果的だと思って……」


 メモ帳。黄谷が青ざめたタイミングからして帰りの車の中でだろうか。後部座席で柴崎は黄谷の膝で寝ていたからな。絶好のタイミングと言えよう。だが恐らくこの窃盗は予定にはなかったものだった。今日飯を食ったり遊んだりして黄谷は楽しそうにしていた。もしその予定があったのなら笑ったりはできない。黄谷はそういう人間だから。


「で、そこまでして、最終的な目的はなんなんだ?」


「文空君に、らいなちゃんのマネージャーになってほしいんです」


「……なんで素直に相談しなかった?」


「率直にお願いしても、動機が小さければ達成は困難と思ったからです。この大きな壁は、生半可な気持ちで超えることはできないと思ってます」


 いつかは俺の手を借りてくるとは思っていたが、こんなやり方をしてくるとはな。

 大方、柴崎のマネージャーになって負担を軽減させる様、コントロールしたいとかそんなんだろう。


「それはあまりに俺を信用しすぎじゃないか? 俺がそんな話に乗る確証もなければ、今の話を聞いてこの関係が決裂する可能性だってある」


「分かってます。でも、私はこれからもきっとあなたに寄り掛かります。あなたに苦労を掛け続けるでしょう。ですから、早い内に決断をしてほしいんです。お互いの為にも――」


「乗る」


 長い茶番だったな。だが、口に出して確かめ合うのも大切な過程か。

 俺が黄谷をそういう人間だと判断する様に、今回は黄谷が俺をそういう人間だからと判断して行動しただけのこと。ただの理解し信用し合ってるだけの関係。

 初めから理解してることに懸念なんて割り込む余地はない。

 黄谷は無駄に礼儀正しいから建前を踏んではいたが、俺に対して悪気なんて感じてはいない。だから楽しそうに飯を食ってたし、遊んでいた。

 今青ざめているのは、人から大切な物を奪う。その罪悪感の重さを計り違えていたから。軽んじてなんていない。凄く重いと思ってたものが、更に重かった。


「ありがとうございます。文空君ならそう言ってくれると思ってました」


「で、何か策は考えているのか? 素直にマネージャーにさせてくれって頼んで乗ってくれる様な奴じゃないと思うが」


「……どうでしょうね。でも断られた時の策は考えています」


「聞かせてくれ」


「私を人質にして強制する形を取ろうと考えてます。文空君がマネージャーをしているのは、私が弱みを握られているからということにして、断るなら私がより酷い目に合うって言えば引き受けてくれるかと」


「俺の印象最悪じゃねーか……」


 一見黄谷は、たまにネジが外れることがあっても、基本的には真面目ちゃんの優等生と見受けられるが、本質は目的の為には悪事も厭わない程の行動力を持った人間だ。だから窃盗も働くし、今みたいなとんでもないことを口走ったりもする。ただし、それは人の為に限る。

 それが良い方向に向くこともあるが、今回ばかりは悪い方向へ向かっていると言わざるを得ない。


「悪い噂が漏れても大丈夫な様に、理事長先生や一部の人にお話は通そうと思いま――」


「黄谷」


「っ、あの、でも、バレない様に物的証拠も用意するつもりで――」


「黄谷っ!」


 一度瓦解を見届けるつもりでいたが、取返しの付かないラインを超えるのは話が変わる。


「確かにそのやり方なら目的は達成できるだろうな。でもそれじゃあ――」


 ガチャリと。ドアが開けられる。

 インターホンも押さずに誰が……俺の中の常識を掛け合わせ、演算した結果。該当する人物は一人。


「らいなちゃん……どうして」


 この話を聞いて、衝動的になった柴崎だけだ。

 だがどうやって聞いてたんだろうか。部屋が隣って訳でもなければ、外に聞こえることもないはず。


「ごめん。鹿誠」


 柴崎は俺の鞄を開けると、その中からアイフォンが取り出される。俺のはポケットに入っている。つまり、柴崎の物を、さっきの荷物確認の際に忍ばせた物。

 画面が通話中になっている。成程。侮っていた様だな。


「……そうじゃないでほしかった」


 抑えてる様だが、それでも軽い涙声になっている。そりゃそうだ。信じてたんだからな。だからそうでない線を全て潰してから俺の元へ来た。


「どうして……」


「分かるよ。友達だったんだもん」


「――っ!? ……あぁ……ちがっ……」


 遠回しの絶縁宣言。仕方がない。寧ろ当然の反応だ。


「……残念だったね。バレてなかったら上手くいってたと思うよ。言う通り、私は馬鹿なんだからね」


「違うんですっ! これはらいなちゃんの為――」


「どこが!? 好きな気持ちに漬け込んで従わせるのが私の為なの?」


「……だから……それは……」


「もういいよ。……気にしてないから大丈夫。さよなら。黄谷さん」


 そう告げて柴崎は部屋を出て行った。

 冷静でいる様で、衝動的になっているのは廊下に零れた水滴を見れば分かる。それも、わざわざ取り返しに来た大切な物が頭から抜け落ちる程だからな。


「黄谷。お前が悪い」


 励ましたりはしない。黄谷が悪いのだから。……それと言っちゃ悪いが、正直俺はこの展開を美味しいと思っている。


「……だって、らいなちゃん……フラフラ歩いてたり……熱があるのにお仕事して……」


「覚悟はできていたんだろう?」


 黄谷の計画が決行される時。友達と呼べる関係ではなくなる。柴崎が気付かなくても、黄谷は一線を退く。そんな都合のいい選択は取らない。


「……分かって……ます、けど……」


「焦りすぎなんだ。理想を追うのは勝手だ。でも他人を理想に巻き込むな。せめて確信に至ってからにしろ。まだまだ足りてないんだ」


「……うぅ……」


 痛いだろう……。それが本当の痛みだ。今は精々その痛みを噛み締めろ。

 多大なる痛みを伴うと分かっていた。でもどれだけの痛みかは分からない。恐怖が蔓延し、本来なら越えない線。だから目を瞑って越えた。それだけ追い込まれていた。備えもなく飛び込めばそりゃ大怪我もする。

 ――それでいい。大切なのは痛みを知った上でもう一度その道を行こうと思えるかどうかだ。そこまでの過程が黄谷を大きくする。俺はその先が見たい。


「……私、どうすれば……」


「ここで待っててくれ。柴崎のことは俺に任せろ」


「でも……」


「言っただろ。足りてないって。今行ったとこで状況は悪化するだけだ」


「…………。分かりました。それでは、らいなちゃんをお願いします」


「ああ。行ってくる」

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