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3章2‐6 ほらな言っただろ。

「ふぅ……」


 人が出払い、俺だけとなった遊戯室のステージに座り一息。

 疲れた……。大したことしてない筈なのに。体力の無さを痛感する。ランニングでも初めてみるか。想像上で。

 黄谷と柴崎は着ぐるみのまま園児達と外で遊んでいる。あの2体は園児受けも良く、もみくしゃにされて大変そうだ。水分補給は大丈夫だろうか。


「おつかれさま」


 コトンっと、横に缶コーヒーが置かれる。人がいないとこんな些細な音も反響するのが少し面白い。


「サンキュー。……でも、今回はお前が一番のお疲れさんだよ。本当に助かった」


「気にしないで。私もまぁ楽しかったから」


「それは良かった」


 カシュっと音を立て、缶コーヒーをぐびぐび啜る。コーヒーって自ら飲んだりしないのに、ふいに飲むと美味く感じるのは何故だろう。


「そいえばさ……あの台本、後悔から来てるって言ってたけど……その後悔ってなんなの? その……話したくないことだったらいいんだけど……」


「……小学生の時にカナヘビを貰った時の話だ」


「オッケー続けて」


「小1の時だったか、通学中に班長の人がカナヘビ捕まえてさ、それを俺にくれたんだよ」


「班長……?」


「登校班のだよ」


「――ああ、班になって通学するやつね。知ってるわよ」


 そういやコイツいいとこ育ちだったな。


「低学年視点での班長ってやけにカッコよく映るだろ。しかも貴重なカナヘビときたもんだ。そんな人から貰ったからには、滅茶苦茶大切に育てようってなってな。で、いざ飼育を始めたんだが――1週間くらいで死んだ。死骸も目が干からびててグロかったなぁ……トラウマになって暫く頭から離れなかったわ」


「……どんな飼育したのよ」


「虫かごに庭の土を入れて雑草を入れただけ。それを日陰に置いてた。餌はヘビって付くからヘビイチゴを食べるだろうって何個か入れてた。図書室の図鑑で見たのを再現したんだが……何もかも間違いだった。あ、ヘビイチゴは周りの奴らが言ってたからだ」


「かわいそ。トカゲって虫食べるんでしょ」


「ああ。それも生きたやつ限定な。人同様に水も飲む。……後悔したよ。ちゃんとした環境で飼ってあげられなかったことを。もし俺に飼われなかったらどんな未来があったかを考えたりな……。あのカナヘビに命の重みを教えてもらったんだ」


「……分かった気になってたけど、ちょっと違ってたみたいね」


「誰もが大人になるに連れて理解することなんだろうけど、子供達のそのきっかけが『犠牲』にならなければいいなってな」


「ふーん……成程ね。ちょっともやもやしてたのがスッキリしたわ」


「それはよかった」


「「…………」」


 コーヒー美味い。


「……なんか話題振りなさいよ」


 まーた無茶ぶりを。


「……凄かったな。あのピアノとギター同時に弾くやつ」


 コミュニケーションはとりあえず相手を褒めとけば上手くいくと聞いた。


「ふふん、そうでしょ。まぁあれじゃあまともな演奏はできないから、所詮はお遊戯だけどね。――で、具体的にどう凄かったの?」


「えーと……プロのピアニ……いや、ギタ……でもなく、ピタリストかと思ったわ」


「成長しないわねぇ……」


「勉強しとく……」


「……ちなみにだけど、今回は私の勝ちでいいわよね?」


 柴崎に対してだろうか。だったら――


「……まぁ、いいと思うぞ」


 正直どちらも凄いことをしていたと思う。そもそもしてたことが違うので優劣を付ける気なんてないが、より色濃く痕を付けられたと感じるのは緑沢の方か。


「よっしゃ。で、賞品は何くれるの?」


「聞いてないぞ……そうだな、だいじょうぶだァ饅頭5つ贈呈します」


「あんたほんとボキャ貧ね」


「軽いボケのつもりだったんだが」


「だったらもっと面白くボケなさいよ……」


「例えば?」


「っ…………だっふんだァ饅頭5つ贈呈します」


「それ俺と変わらんやんかーい」


「「どうもーありがとうございましたー」」


 緑沢も疲れている様だ。


「……しょーもな」


「俺のせいなのかこれ」


「どう考えてもアンタが悪いわよ」


 お互い様だと思う。


「……あ、あのぉ……」


「園長先生っ……ああ、すみません。すぐに片付けて去りますね」


 外の方へ目がいってるからとくつろいでいたが、バレてしまった。


「あ、いえ、そうでなくて……私個人の感激の意をお伝えしたくて」


「ああ、そうでしたか。それなら、アイツらの前でした方が――」


「いえ、確かに役者様の方々の演技も大変輝かしいものでした。ですが、その役者が輝けるのは強き光源があってこそ。あの台本はどなたがお描きになったんでしょうか?」


「……俺ですけど」


「あらま! そのお歳であの様な奥行きのある作品を手掛けられるだなんて、それは天賦の才といって差し支えありませんね!」


「いや、大袈裟ですって……」


「そんなことありません。偉人の格言というのはありふれた言葉から手短に構成されているものが多いですよね。それは荒漠たる地でこそ人の真価が発揮されるからなんです。子供向けという限られた言動の中で園児達に命の尊さを教授する。それを成す手腕を才と呼ぶのです!」


「……そうなんですかね」


「そうなんです! ちなみに、将来はその道をお行きになられるのでしょうか?」


「いえ、今回はただ必要だからやっただけで、また機会があればやるかもしれませんが……」


「あぁ、そうだったんですね……。羨ましいです。選択肢が豊富そうで……」


「……それでも今回は楽しかったです。もしよろしければまたお邪魔させてもらってもよろしいでしょうか?」


「ええ勿論です! 勿論……なん、ですけどぉ……」


「え、はい」


 視線を反らす先生。嫌な予感。


「えーと、園児達が相手ですので……できれば次からはもう少し明るい作品ですと……嬉しい、です……」


「え、あ、えっと、カタルシスを得てほしくて……」


「まだ幼児ですので……」


「後片付けは任せたわ」


 逃げるな緑沢。




          ☆




 ステージをモップ掛けし、草むらのボードを倉庫へ。これで片付けは終わりだな。

 さて、そろそろ電話して車に来てもらわんとな。

 スカスカな電話帳から宛先を探していると、背中を硬い物でトントンと叩かれる。


「柴崎か。どうしたんだ?」


「……ん」


 リンゴジュースを差し出す柴崎。


「くれるのか?」


「……スタッフへの差し入れは主演の基本」


「そうか。ありがとな」


 これで立ち去るかと思ったが、まだその様子はない。


「なんか用か?」


「……その……」


 何か伝えたいことがある様だが、考えられるは――。


「あー、そういえば、さっきは済まなかったな」


「――っ!? 違う……あれは私が悪かった。鹿誠が謝る必要なんてない」


「いいや。俺はあの時、園長先生に良い思いをしてほしいって、柴崎の都合を考えずに勝手に喋ったんだ。非は俺にある」


「ううん……元は私が嘘を付いたせいで……」


「……それじゃあ互いに非があったということにしよう。それでいいか?」


「でも……」


「だからもし非を感じているというなら、一つ質問させてくれないか?」


「なに?」


「どうして今回の仕事、引き受けてくれたんだ?」


 やはり最近の柴崎の言動は俺が理解してるものから掛け離れている。何を考えているのか。


「……子供が好きだから。子供は真っすぐだから好き」


 それも理由の一つだろうが、目的は別にあるんだろうな。


「成程な。それじゃあ今度はそっちの番だ。何かあるか?」


「別になにも……」


「そうか。じゃあまた今度何か考えておいてくれ」


 コクリと頷き、背中を見せ立ち去るかと思いきや、


「……脚本、良かった……」


 そうつぶやき立ち去って行った。……ちょっと嬉しい。


 ――それにしても読めないな。何を考え俺に接してくるのか。今の言葉の真意も。

 素直に受け入れていいのか。悪意を持ってるとは思えないが。

 考えうる要因は、俺が黄谷に相応しいかと見極めているのか。それか俺の能力を利用したいのか。この学園のアイドル科の内情を外部に漏らすは禁止とされている。もしそれを律儀に守っているのであれば、事務所側から手を借りることはできない。

 初めて3位に陥落したからな。焦っているのかもしれない。だから猫の手も借りたいと。

 もしその線であるなら断る……と思ったが、そう一概には言えないな。まぁ実際に頼まれてもないのに、烏滸がましいってやつだな。これはその時にでも考えればいい。


 ……というか、さっきの返しで演技を褒めるべきだったな。いつもそうだ。会話が終わった後に、こうしておけば良かったと反省会が始まる。コミュ障の宿命。

 さっきのことといい、本当にこの世界は生きにくいな……。

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