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3章2‐5 カタルシス。

「あんたら随分といい思いしてたみたいね……」


 どうやらご馳走様と言いたい様だ。素直じゃないなぁ。あまりに美味くて自分も現地で食べたかったと怒ってるんだろうな。

 ――という冗談はさておき、正直普通に申し訳ない。演劇をより良くする為に先に行ってくれたのに、その間、俺達は好き放題遊んで、ゲームコーナーで取ったぬいぐるみを携えてご登場だもんな。そりゃ文句の1つや2つや100つは言いたくなるわ。


「あ、これは文空君が取ったひょも……」


 コイツ取ってくれた恩人を売りやがった。


「いや、なんか、すまんな……」


「べ~つにぃ~気にしてないわよ~。私が1人で勝手にセッティングやリハーサルしてただけだし~」


 いじけてますねこれ。


「帰りに131(サーティーンワン)アイスクリーム行くひょも! みつなちゃんだけトリプルでいいひょも!」


「アンタが行きたいだけでしょそれ!」


 さっきソフトクリーム食っただろうに……2つも。


「そういや着ぐるみは何処にあるんだ?」


 今回は着ぐるみでの演劇となる。ひょもちゃんの方は元々黄谷が所持していたが、モモンガの方は流創学園側の伝手で、使わなくなった物があるとの事で引き取った物になる。


「あっちの空き教室に運んどいたわよ。あ~かったるかった~」


「だからすまんて……。車が引き返すと思ってなかったんだ。……ちなみにだが、饅頭もそこに置いたのか?」


 6月時点で結構な暑さなので、冷蔵品ではないといえ品質が心配になる。園児が食べる訳だしな。


「ちゃんと職員室に運びましたけど~。ドライバーさんも手伝ってくれたわ~」


「なんかもう色々すみません」


「ほんと済んでないわよ。これ貸しだから覚えときなさいよ」


「はい、覚えときます……」


「じゃ、じゃあ着替えてくるひょも~」


 逃げやがった。



 ――数分間、緑沢と気まずい時間を過ごし、


「お~いひょもちゃんだよ~! ほほほっ」


「その気持ち悪い動き園児の前ではするなよ」


「はっ! ふっ! ほわっ!」


「戦闘シーンなんてないから無駄な素振りもするな」


 後方には生気を感じられないモモンガが佇んでいて、シュールな絵面をしていて面白い。

 コイツら余裕をぶっこいているが、ちゃんと台本は頭に入っている様で、こんなんでも流創アイドルなんだと思い知らされる。


「……文空君。暑いです」


「馬鹿やってるからだろうが」


「汗拭いてくださーい」


「さて少し早いが待機場所に向かうとするか」


「あーちょっとー」




          ☆




 会場は小さな体育館の様な遊戯室で行う。

 新設されたてだからか会場は綺麗だな。空調も最新式の物で体感空気が美味しい気がする。想像よりも遥かに立派な会場で、無駄に背筋が伸びる。


「いい舞台ひょもね~。こんなとこで演劇できるなんて楽しみひょも~」


 着ぐるみの頭だけ取った状態の黄谷が楽しそうに舞台を駆け回る。

 もう人前に出慣れているからか、緊張を感じていない様だ。


「施設は最新鋭でも、ピアノだけはやけに古いのよね」


「風情ってやつじゃないか」


「そうね。いいピアノよ。この音の柔らかさ。大切に使われてるのが伝わる。どんな高級な逸品にもこの音は出せないわ」


「ふーん……分からん」


「豚に真珠って、知ってる?」


「はい知ってます」


 俺をクスリと笑うと、一息置いて指を立て、演奏を始めた。


 …………すごい。そんな文字しか引っ張り出せないくらいに感情を乱される。大胆な音に折り混じる繊細できめ細かい音色。黄谷のヘンテコな踊りがなければ聞き入ってしまっていただろう。

 普段はただの口の悪い豚かつ女だが、本当に天才なんだなと認識を改めさせられる。急に遠くへ行った様な感覚に陥り、馴れ馴れしく話し掛けていいのかと躊躇ってしまいそうだ。


「――どうよ?」


「すごいすごい」


 心からの拍手と喝采を贈る。


「何よそのショボい感想は」


「しゃーないだろ豚なんだから」


「なら仕方ないわね」


 己の感性の乏しさに、一度人生を振り返ろうかと考えていると、遠方からも拍手が。


「素晴らしい演奏に思わず聞き入ってしまいした! まさかプロのピアニストのお方ですか?」


 園長先生か。そろそろ時間だし確認に来たのだろうか。


「まぁそんなとこですねぇ」


 こういうのだぞ。と言わんばかりに俺を見つめる緑沢。勉強になりました。


「ところで、そろそろお時間になりますが、ご準備の方は大丈夫でしょうか?」


「ええ、問題ありません」


「そうですか。それでは、ぼちぼち園児達に来て貰うので、幕を閉めて待機をお願いします」


「了解しました」


 確認を取ると園長先生は小走りで去っていった。それだけでもあの人の苦労を感じ取れた。

 今となって無神経な依頼じゃなかったろうか、と罪悪感が生まれ始める。園児達は嬉しくても、先生方の苦労は増している訳だからな……まぁ今更悔いても仕方がないので、少しでもいい舞台にして、園児達を楽しませられる様に最善を尽くそう。



 ――数分後、園児達が出揃い、いよいよ本番。役者でもないのに緊張してきた。


『みなさーん! これから、たのしいたのしい演劇会がはじまりまーす! なので、お口はバッテンで、いい子にしてくださいねー!』


 園長先生の掛け声に『はーい!』と園児達の元気のいい返事が響く。俺にもこんな時期があったんだろうか、と感慨深い気持ちにさせられる。

 俺の役割は、舞台袖にてフリップを出したり幕の閉会をするくらいのものだが、気合入れて頑張ります! 後方では黄……ひょもちゃんが待機している。本番だからか流石に大人しい。ふくももちゃんは相変わらず生気を感じられない。

 反対袖では緑沢がピアノ椅子に座っており、ギターを背負っている。まさかの2刀――いや、マイクでナレーションもするから3刀流か。大分気合が入っているな……。頼もしい限りではあるが。

 この舞台はそんな3刀流剣士のナレーションから始まる。


『みんなーこんにちわー!』


 またも元気な返事。こんなの台本にはないが、元気な園児達を見て自分やってみたくなったのだろうか。


『元気な返事ですねー! さて、今日のみんなにするお話は、ひょもちゃんとふくももちゃんの大冒険! 元気一杯なひょもちゃんとふくももちゃんが大冒険を繰り広げるお話でーす。それでははじまりはじまり~』


 室内は暗くなり、舞台の幕が開いて舞台が照らされる。まだ誰もいなけど。


『――ここは深い森の中、2人のかわいい動物が仲良く暮らしていました』


 倉庫の方に草むらの絵が張られたボードがあったのでそれを借りてステージを森っぽくしている。


『あれれ~、いないなぁ。どこにいるんだろう――あっ、あんなところに何か動く物があるね~。あれは……ひょもちゃんの尻尾かな? 気付いてないみたいだから呼んでみよっか! せーの、ひょーもちゃーん!!』


「「「ひょもちゃーん!!!」」」


「うわっ!? ビックリした~。みんなこんにちわ~! ぼくひょもちゃん! この尻尾かわいいでしょ~? よろしくひょも~!」


 黄谷達はマイクがないから頑張って肉声を響かせてくれ。


『――おっと~、今度はあっちの方に何かあるよ。ほらあそこ見て。あの細長い尻尾は、ふくももちゃんかな? 呼んでみよっか! せーの、ふくももちゃーん!』


「「「ふくももちゃーん!!!」」」


「わっ、みんなの元気な声で目が覚めちゃったよ~。ぼくふくももちゃん! このおっきいおめめが特徴なんだよ~! よろしくね~!」


 普段の柴崎からは信じられない活発さだ。好ましい役でもないだろうに、台本を書いた身として真面目に演じて貰えて少し嬉しい。


『ひょもちゃんとふくももちゃんは、毎日森の中で2人たのしーく暮らしています。さてさて、今日は何をしてあそぶのでしょうか……』


 ここで軽快なピアノ演奏が始まる。


「ふくももちゃん、今日はなにしてあそぼっかー?」


「う~んと――あっ、そうだ! 実はすごいうわさを聞いちゃったんだよ!」


「すごいうわさ?」


「うん。実はね……遠くの山奥に、黄金のコオロギがいるんだってー!」


「えー、黄金のコオロギ!? 黄金だなんて絶対美味しいひょも!」


「僕も食べてみたい! どんな味するんだろう~」 


「それじゃあ、一緒に探しにいくひょもー!」


「「おー!」」


『ひょもちゃんとふくももちゃんはコオロギがだーい好き! さっそく2人は黄金のコオロギを捕まえる為、ひょもちゃんとふくももちゃんの大冒険が始まるのでした!』



 ――それから道中で軽いイベントを挟み、物語は佳境へ。


「やっと着いたー! ここだよここ」


「うわ~、綺麗な場所ひょもね~! ここの洞窟をおうちにするひょも!」


「そうだね。よーし、それじゃあさっそく黄金のコオロギを探そっか!」


「……うーん。行きたいど、ちょっと寒くなってきたし、あったかくなってからにしないひょもか?」


『2人が冒険をしている間に冬が近付いていました。ひょもちゃんとふくももちゃんは寒いのが凄く苦手。なので、冬になったらお家で暖かくなるまで過ごします』


「えー、折角来たんだから早く見つけようよ!」


「でも寒いとこごえちゃうひょもよ~」


「もー……わかったよ。じゃあぼくが1人で探してくるよ。ひょもちゃんはおうちにいればいいよ」


「――あっ、ちょっと、ふくももちゃーん!」


『こうしてふくももちゃんは1人で黄金のコオロギを探しに行きました』


「ひょもちゃん意気地なし。こうなったらぼくが1人で見つけてやる――」


『それから、ふくももちゃんは山の至る所を探しましたが……どこにも黄金のコオロギはいませんでした』


「どうしてどこにもいないんだろう……うぅ寒いなぁ……仕方ない。おうちに帰ろう」


『冬が来てとても寒くなってきたので、ふくももちゃんはおうちに帰る事にしました――』


「ふぅ、寒かった~。ただいま~ひょもちゃ~ん。あれ、ひょもちゃ~ん?」


『ひょもちゃんは寝ていました』


「ひょもちゃん、帰って来たよ~。起きて~。ねぇ、ねぇってば――」


『いくら身体も揺らして呼んでも、ひょもちゃんは起きませんでした……』


「身体が冷たい……。なんで……起きてよ。ひょもちゃん! 起きてってば…………そんな……まさか、寒くなってご飯が取れなくなちゃったから……お腹が空いて……。あぁ、ぼくのせいだ……ぼくがおうちを出てったせいで……僕が木の実を取ってあげてたら……やだよ。やだよひょもちゃん……ひょもちゃーん!!」


 ここで柴崎の迫真の泣き演技が光る。着ぐるみの中からも伝わる悲痛。幼稚園生が相手だろうと手を抜いたりはしない。プロ意識というやつだろうが、相手は園児だし容赦してほしい。

 それに呼応する様に緑沢もピアノのパフォーマンスが加速。ふくももちゃんの悲しみを現す様な悲しい音色が響く。

 俺は台本を渡しただけで、練習風景とかは見てなかったから実に壮観である。役割があるから見入らない様にせねば。


「……そうだ。そういえば、黄金のコオロギを食べたら凄く元気になるって言ってたな……。よし、じゃあ僕が取って来て食べさせてあげるね! 待っててひょもちゃん、僕が必ず元気にさせてあげるから!」


『ふくももちゃんは、ひょもちゃんを元気にする為に、寒い中、黄金のコオロギを探しに行きました』


「うぅ……寒いよ……でも、ぼくがひょもちゃんを元気にするんだ! そうだ寒くなんてない。待ってて」


 ここに来て更に緑沢が魅せる。引き分けていたピアノとギターを同時に弾き出したのだ。物理的に不可能かに思えるが、肘にサポーター的なのを付け、その腕でピアノを引きながらギターの弦を抑えていた。凄い技だが、誰がそこまでやれと言った。ただ自分が気持ちよくなりたいだけのやつだろ。

 というか、迫真のパフォーマンスのせいか何人か本気で泣いてる園児がいるではないか……。大丈夫。ひょもちゃんは復活するから。もう少し待って。


「今日も見つからなかった……ごめんねひょもちゃん。明日こそは絶対見つけるから――」


『目を覚ましても、ひょもちゃんは起きません。明日も、明後日も。神様にお願いしても叶えては貰えません』


「おはよう……。起きないよね。今日も行って来るね……」


『ふくももちゃんは思いました。もしひょもちゃんが目を覚ましても、まだ友達でいてくれるのか。こんな酷い事をした自分を好きでいてくれるのかと……。でもそんな事関係ありません。ふくももちゃんはひょもちゃんが大好きなのだから――』


 こんなセリフ書いた記憶ないから、緑沢が勝手に追加したやつだ。


「ぼくのせいだ……僕のせいでひょもちゃんは……手が冷たいよ……痛いよ……寒いよ。……でも絶対に見つけるから」


 アドリブ入れるの止めて下さい柴崎さん。巻いてください。巻きです。


『ふくももちゃんは諦めずに探し続けました。ですが、結局見つからずに春が来てしまいました――』


「……おはようひょもちゃん。温かくなったし外で遊ぼうよ……また鬼ごっこやかくれんぼしようよ……うぅ……うわあああああん。わああああ――」


「……ん、うーん、ふわぁ~よく寝たひょも~。あっ、ふくももちゃんおはよー!」


「えええええっ!? ひょもちゃんどうして!?」


「どうしてって、冬眠してたひょもよ~!」


『トカゲさんは冬になったら、冬眠と言って、ながーい眠りに就いて寒さを乗り切るのです』


「ひょもちゃん……ひょもちゃん!! うわあああん、よかったよ~!!」


「うわっ、どうしたひょも~?」


「会いたかったよ……」


「ぼくも会いたかったひょも! ん~、ずっと寝てたからお腹空いたひょも。まずご飯にするひょも!」


「うんっ!! いっぱい木の実取ってあるから一緒に食べよう!!」


「わ~い、ん~美味しいひょも~!」


「ははっ、そうだね……」


「なんで泣いてるひょも?」


「この木の実が、すごく美味いからだよ……」


「そっか、確かに美味しいひょもね。――よ~し、お腹一杯になったし、黄金のコオロギ探しに行くひょも!」


「……そうだね、行こっか!」


『こうして再び、2人の黄金のコオロギ探しが始まりました!』


「コオロギ探しは得意ひょも! どこだー黄金のコオロギー! でてこーい!」


「そんな簡単には見つからないよ~」


『ひょもちゃんが目を凝らし辺りを見渡すと――』


「あっ、いたひょも! あれが黄金のコオロギひょも!」


「えええーーーなんでーーー」


 ここで俺が黄金のコオロギのフリップを出す。かわいいコオロギが3匹程描かれている。緑沢が描いてくれました。本当に功人であり苦労人。


「「まてまてー!!」」


『うわー逃げろー』


 ある程度追ったらフリップを引っ込め、反対側の緑沢がフリップを出し、それを何回か繰り返す。そうしながらもピアノ演奏は止めないプロ意識は賞賛に値する。


「「まてー!!」」


『逃げろー!』


「「まーてー!!」」


『来るなー! う~もうだめ――』


「捕まえたひょも!!」


『うわ~助けて~』


「ふっふっふ、やっと捕まえたひょも!」


「そのまま抑えててひょもちゃん」


「ん? 分かったひょも」


「えいっ」


『うわーなんだこれ!? 身体が真っ黒になちゃったよ』


 フリップをひっくり返し黒いコオロギとなる。


「これでよし! ひょもちゃん離してあげて」


「え、どうしてひょも!? 折角捕まえたのに……」


「ぼくね、ひょもちゃんのお陰で気付いたんだ。このコオロギさん達にも、大切な人がいるんだよ。大切な人が居なくなるってね、とても悲しい事なんだ」


「……そっか。ぼくもふくももちゃんがいないと寂しいひょも。それはコオロギさん達も同じひょもね!」


「その身体なら、もう君達は狙われないから大丈夫だよ!」


『わー、ありがとう! これなら外で自由に遊べるね!』


『よーしじゃあさっそく遊ぼう!』


『そうだね!』


 演じ分けまでこなす緑沢は本当に器用だと思う。


『2人共、本当にありがとう! それじゃあまたね!』


「じゃあね~元気でね~!」


「バイバイひょも~!」


「……じゃあ、ぼくたちも帰って、美味しい木の身でも食べよっか!」


「わ~い、一緒に食べるひょも~!」


『ひょもちゃんとふくももちゃんは、楽しく幸せに暮らしていきましたとさ。めでたしめでたし――』



 こうして物語は無事に幕を降ろした。

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