3章2‐4 食欲の化身。
お遊戯会当日。
俺、黄谷、柴崎、緑沢は昼休み突入後、学園の専属車に乗り最寄り駅にて停車。ドライバーさんに礼を言い車を降り、同じ様に黄谷も続き、柴崎は無言。
「みつなちゃん降りないひょもか~?」
「私は先に行ってしたい事あるから」
「そうか。じゃあこのだいじょうぶだァ饅頭頼むわ」
「はぁ?! なんで私が――」
面倒になる前にドアを閉める。
だいじょうぶだァ饅頭は、名前から分かる通りあの有名な笑いの神が由来となっている。通学時の駅近くで買えるので、ここらの人間は何かある時はとりあえずこの饅頭だ。
今回は幼稚園児と先生方全員分配っても余裕ができる位は買っていて結構な量あったから助かった。当然費用は学園持ちだ。
……それより、走り去る車から俺を睨む目が怖いんだが、饅頭食べたら笑顔になるよな?
「ふぅ……空気が美味い……」
「文空君は相変わらず車が苦手なんですね」
「乗り物全般苦手だ。まぁ電車は毎日の様に乗ってるから慣れたが」
車は匂いが苦手なんだよな……。まぁ今回は10分も乗らなかったから軽傷で済んだが。
直接現地へ行かず駅で降ろしてもらったのは、俺が酔うから――ではなく、前日に黄谷が早めに行って遊ぼうと提案したからだ。
自由時間はここから徒歩で幼稚園に向かう事を考慮しても、余裕を持って1時間30分はあるな。
「おなか空きました~。まずはご飯食べましょうよ」
「飯ならとりあえず東口だな」
東口の方は飲食店もそこそこあるので駅を経由し歩を進める。
……いつもこの時間は学校にいるからか、新鮮な感覚が込み上げてくる。……なんか、浮ついた気持ちにさせられるな。今の俺は言うなら、学校サボって遊んでる無敵状態。この無敵時間をどう堪能してやろうか、と心が踊っているのだろうか。
今一乗り切れないのは面子がこの2人だからだろうな。俺一人だったら、鼻歌でも歌っていたとこだ。
「らいなちゃんは何か食べたいのあるひょも?」
「……私はなんでもいい。これあるし」
「だからグミは主食になりません」
「でも、お腹に溜まるし美味しい」
「もう……今日はたんもり食べさせますからね」
駅を出て再び外へ。
意外と人が多いな。平日だからもっと散漫としているかと思っていたが。
「タピオカ屋さんはないの?」
「えーと……どうです?」
俺にパスするな。仕方ないのでスマホで調べるが。
「確かないと思うが……うん、ない」
「だそうひょも」
「……そっか」
「でも他にも美味しい物は沢山あるから大丈夫ひょも! ねっ文空君!」
だから俺に回すな。
「この先に松屋とかマックあるぞ」
他にもラーメン花月もあって、この3店舗を駅近三銃士と命名している。
まぁ松屋とマックは近所にあるから、行くのは花月くらいなんだが。
「……文空君。女の子2人連れてるんですよ?」
「軽いジョークだ。でも、女連れてく様な店なんてあるかねぇ……」
女となると、お洒落なカフェやイタリアンとかか。ここ周辺にそんなとこあったろうか。
スマホを開き調べようとすると、
「折角ですし、歩きながら探しましょうよ。それもまた醍醐味ってやつです!」
「……ああ、分かった。というか、黄谷はここら辺詳しくないのか?」
「ええ、滅多に来ませんね。基本移動は車ですし、ここの生徒の人と出くわしちゃうのも良くないですからね」
「今は出会すリスクが皆無だからか」
「だから今とても新鮮な気持ちです。――あっ、イトーヨーカドー! ごはん食べたら行きましょう!」
ちなみに俺達は私服で来ている。流創アイドルだと悟られない為だ。
黄谷達の存在はまだデビューしていないトップシークレット状態。しかも、男と出掛けてる事なんてバレようものなら、俺の退学は不回避だろう。いや、それだけで済むだろうか……。
――だが、そこで引っ掛かるのが柴崎の存在だ。
「そういえばらいなちゃん、最近の芸能活動の方はどうひょも?」
「……別に、まずまず」
本来、流創アイドルに選定されるのはまだ表に出ていない逸材だ。だが柴崎は幼い頃から芸能の世界に身を置き現在も尚現役だ。
有名人と言える程ではないが、幼き歌の天才と謳われデビューし、バラエティ番組に呼ばれたり、女優としてドラマに出演したりと幅広く活動している。知ってる人間は知っている。そんな存在。
急に活動が減れば悟られる。だからあえて活動を続ける事で流創アイドルである事を悟らせない様にしている。
筋は通っている様に見えるが、不可解な点が多い。ただでさえ流創学園での生活は学業+アイドル活動で多忙となるのに、そこに芸能活動まで加わるのは目に見えたオーバーワークだ。
システムとして破綻している。現に柴崎は睡眠時間を削り活動をしており、黄谷もそれを心配している。
学園が何をどんな考えを持って柴崎を採用したのかは謎。理事長に聞けば何か分かるかもしれないが……まぁ俺の知った事ではない。人にはそれぞれ自分の世界があるんだ。
「ちゃんと教えてひょも~」
「……私の流創なう見ればわかるでしょ」
流創学園専用のツイッターの様な物だ。
それにしても柴崎の奴、黄谷の前だとよく喋るよな。心を開いているのだろうか。
「……ねぇらいなちゃん。私達3年生になったらデビューするひょも。そしたら正式に芸能活動も始まるし……その時までだけでも芸能活動の方をお休みしたりとか……」
不自然な切り出し。さっきのはこれを伝える為のきっかけと言ったとこか。
「しないって言ってるでしょ。休んでる暇なんてないから」
「じゃあ、女優活動とかはちょっとお休みするとか……」
「歌だけでやっていける程甘くない」
「らいなちゃんは歌の天才ひょも。これだけでも十分――」
「無理なの! 若くて上手いのなんて沢山いる。それだけじゃ光れないの」
歌の業界ってそんな厳しいのか……。柴崎の歌は素人でも分かるレベルの凄みを感じるが、それでもやっていけないのだろうか。
「…………」
猛烈な反撃に成す術なく黙る黄谷。空気が重い……。俺が打開しないとならんやつなのか……。なんか適当な話題でも……おっ、あれは。
「焼き鳥屋か、美味そうだな」
「……っ、炭火のいい香りがしますね。鶏肉ならヘルシーですし、ここにしましょうか! ……らいなちゃん、ここでいいひょも?」
「……なんでもいい」
「まじか」
焼き鳥屋って女を連れてく様な店だったのか。それとも、さっさと雰囲気を良くしたかっただけなのか。
「とっりかわ~とっりかわ~」
そうでもなさそうだ。……からげんきにも見えるが。まぁ美味いもん食えば気も晴れるだろう。
――そんな訳で我が部隊は焼き鳥屋へ突入する。
焼き鳥屋なんて初めて来たかもしれん。スーパーの入口にある屋台の物はたまに食べたりするんだが、店だと1人じゃ入りにくいから機会がないんだよな。
店内の雰囲気は居酒屋っぽく、チェーン店だからかコンビニ程の広さがあり、焼き鳥屋にしては広い方に感じる。
店内に入るとより一層、炭火と鶏肉が合さった香ばしい香りが強まり、俺の中の食欲の化身が姿を現す。落ち着くんだ……。今満足させてやるから。
店員に案内された席へ座り、メニューに目を通す。そこには焼き鳥がズラリと並んでおり、まるで名画の美術展に来たかの様だ。サイドメニューも豊富で、お昼時だからかランチメニューもある。
本来であればリーズナブルで手頃なランチメニューは魅力的な選択肢だが、今回はスルーだ。なんたって――
「今回は私の奢りひょも! だから好きな物を好きなだけお食べなさい!」
「学園の負担な」
学園の生徒としての活動の為、なんと食費や交通費は学園が持ってくれるのだ。
つまり、実現可能。焼き鳥だけで腹を膨らませるという、究極のブルジョワムーブが。
気が高まる……。さて、そうと決まったなら店の鶏肉全部食い尽くして今日の営業終わらせてやろうか。
「とりあえずとりかわ100本いきましょう!」
「なら俺はねぎまを1000本いくか」
本当に実現可能かもしれない。
「らいなちゃんはどれにするひょも?」
「……なんでもいい」
「それは困るやつひょも……」
「なら盛り合わせとかどうだ? それで美味かったやつをまた頼めばいい」
「いいですね! 時間が惜しいですし、さっそく注文しちゃいましょう!」
「ほいほい。――すいませ~ん……あの、すみません……あっ……」
結局俺の声は届かず、黄谷が店員を呼びオーダーを済ませる。
それから10分程して品が運ばれる。
お洒落な皿に盛られた焼き鳥達が俺達の目の前に置かれる。うお~美味そう~。焼き鳥の他にも、黄谷が注文したサラダ、それとソフトドリンクを人数分。焼き鳥屋は焼き鳥自体の利益は少なく、酒やドリンクを収入源にしていると聞いた事があるので、お店に貢献だ。なんたって学園が負担してくれるのだから。
さぁ、もう食欲の限界だ。さっそくねぎまを手に取り、
「この世の全ての食材に感謝を込――」
「いけません! まず最初はサラダです!」
「あーはい、分かりました」
空腹最初の1口目はメインディッシュで攻めたいが仕方ない。
最初に脂っこい物を食べてしまうと身体に負担を掛けてしまうので、ヘルシーな野菜を最初に摂り胃のエンジンを掛けるのがいいらしい。
俺はサラダをもしゃもしゃ食べ、再びねぎまを手に取りかぶり付く。
――うおっ、うっま。なんだこれ……パリッと、焼き目の層を破った先に溢れ出す鶏肉の旨味。思ってた以上に肉質が柔らかくジューシーだ。更には相棒のネギ。噛むと染み出るネギ汁がタレと混じり、味、食間共に最高のアクセントとなり、鳥肉の旨味を引き立てる。この1本にどれだけの情報が詰まってやがるんだ。
これが店の焼き鳥か……正直舐めてたぜ。こんなの無限に食えるなんて、本当に来て良かった……。
「ん~こんな美味しい焼き鳥初めてひょも~」
「――っ!」
「らいなちゃん、どうひょも?」
「……普通……」
「嘘ひょも~。今凄くおいし~って顔してたひょも」
「してない」
「らいなちゃんは笑顔がいちばんひょも! この時みたく笑うひょも」
「……まだ許してないから」
スマホを見せる黄谷。表示されているのは“奇跡の1枚”とされる画像だろう。
あれは去年の入学当初。柴崎は当初からファンに冷たく当たるキャラで、そんな対応に生徒らは困惑していたが、同業スパイKによってフクロモモンガを手に乗せ表情がほこんでいる画像をネットに晒され、日々の冷酷キャラからは大きく掛け離れたギャップに大きな反響が起こり、人気が跳ね上がったという過去がある。
結果的に見ると人気アップに大きく貢献してはいるが、本人からしたらいい迷惑だろう。
「ほら、とりかわ食べるひょも! これ持ってスマイルスマイル~!」
柴崎は心底嫌そうな顔をする。スマイルとは正反対のいつもの柴崎だ。安心する。
「なぁ、俺も鳥皮貰っていいか?」
「どうぞどうぞ~」
「それじゃあ1本…………おぉっ、確かに美味いな」
カリカリのドアを開けた先に待つまろやかさ。噛む度に染み出る油が美味い。……これは癖になるな。噛み切るのに時間を要するが、飲み込んでしまうと湧く寂しさに、また一口と手が止まらなくなる。
「でしょでしょ~。とりかわは焼き鳥王国の王様です!」
「人の国によって王は違うと思うが、気持ちは理解できた。さて、焼くのに少し時間掛かるみたいだから、今の内にお代わり注文いっとくか」
「そうですね! 私の奢りですからじゃんじゃん注文しちゃってください!」
「……そのネタいつまで擦るんだよ」
こうして俺達は焼き鳥を心行くまで堪能した。
☆
「ちょっと待ってよアンタ達……まさか焼肉屋でも行ったの!?」
「待て。それは言い掛かりだ。俺達が行ったのは焼き鳥屋だ」
「問題はそこじゃないわよっ! 普通仕事前に臭くなるような店行く? 大丈夫、常識?」
炭火のオーラを纏った俺達はその後、デパートでソフトクリームを食べたりゲームコーナーで時間を潰し、徒歩で幼稚園へと到着した。
「安心しろ。お前のも買っておいた!」
「だから論点反らすんじゃないわよ!」
「みつなちゃんの好きなもつ煮込みもあるひょもよ~!」
「……七味は?」
「勿論買っといたひょも!」
「気効くじゃない。まぁかけないんだけどね。誰かさん達と違って仕事前だからね」
「……反省するひょも」
普通に緑沢の言ってる事は正しい。次からは気を付けよう。
だがそれよりも会計が7000円とかいってしまい学園に何か言われそうで、今はそれが怖い。
「……まっ丁度良かったわ。おにぎりしか食べてなかったからコンビニでなんか買おうと思ってたのよね。じゃあ私はこれでも食べてるから、車内の消臭スプレー被って、挨拶行って来なさい」
「はーいひょも~」
なんでそんなもん車内にあるんだ。
――スプレーを被り、俺達は今日お世話になる幼稚園の先生に挨拶へ向かう。
職員室の扉をガラガラ開け、
「すいませーん。今日そちらでお遊戯会をやらせて頂く流創学園の者なんですがー」
「っ! あ、はーい」
若い保育士さんであろう方が此方へ。
「この幼稚園の園長を務めている前園と申します。今日はよろしくお願いします!」
「えーその若さで園長先生なんですかー!?」
見るからにまだ若そうな女性なのに園長先生なのか。落ち着いた雰囲気で、見た感じ20代後半辺りなんだが。
「はい。父親の跡継ぎで私が引き受けさせてもらっています。園長となって日も浅く、周りに助けられてばかりの不束者ですが……」
「その若さで凄いです! 保育士ってとても大変なお仕事って聞きますけど、更に園長先生ってなるともう苦労が絶えないんじゃないですか?」
「確かに楽な仕事とは言えませんが、緩やかな子供の成長を見守っていける、とてもやりがいのあるお仕事ですよ!」
「うわぁ~尊敬しちゃいます! 私も保育士になろうかな~!」
「保育士アイドルか。それなら似た様なのが同学年にいるな」
「……ああ、確かにそうですね。それじゃあ逆転の発想で幼稚園児アイドルになりますか」
「精神年齢なら既に幼稚園児だと思うが」
「ちょっと、どういう意味ですか!」
「ふふふ、でしたら入園してみますか?」
「……受験が上手くいかなかったらお願いします」
黄谷って教師とか店員みたいな相手にはよく喋れるんだよな。理由は恐らく、相手が立場上話さざるを得ないのを分かっていて不安がないから。……共感からの理解なのが悲しい。
「それにしても、流石は流創アイドルですね! さっきの子といいとてもお可愛いです。羨ましい限りです」
「いえいえそれ程でもありますよ~。でも先生だってかわいいじゃないですか~」
「お世辞がお上手――って、あれ、あなたテレビに出てませんでしたか?」
「え、私ですか!?」
「どう考えても柴崎だろ」
「……人違いです」
「そうでしたか……。今やってる朝ドラによく似てる方がいらしたもので……」
「いえ、多分あってますよ。柴崎雷奈で検索したら出てきます」
「やっぱりそうですよね! 虐待を受ける演技を見て、あまりの演技力の高さに、役職柄か心を抉られる様な辛い心境になってしまい、より一層子供達を大切にしようって決意が強まりました!」
「……ふーん……」
最近は柴崎を見る機会が増えたから分かるが、これは喜んでますね。何故分かったかって、消去法で自分に向けられた事のない感情が喜だけだから。
「今日はそんな流創アイドルの方々に演劇をなさって頂けるだなんて大変に光栄です! 園児達も喜んでくれる思います!」
「いえいえいえ、此方こそ急な要望なのに引き受けて頂いて、どうお詫びを言ったらいいか……。迷惑じゃありませんでしたか?」
「迷惑だなんてそんな。生々しい話になってしまいますが、大抵の幼稚園って限られた予算の中で、園児達をどう楽しませるかって日々、四苦八苦しているんです。出来る事ならばもっとイベントを増やしたりしてあげたいのですが、予算の都合上厳しいのが現状ですので、私達からしても渡り船の様な物なのです!」
「そんな苦労があるんですね……」
「それに流創学園様には大変お世話になっているんです。建物の老朽化が進み閉園を迫まられていたところにご支援を頂き、ここが存続できているのは流創学園様のお陰なんです。なのでお力になれるのであれば、いつでも喜んでお手をお貸しします!」
成程。お得意様とはそういった繋がりだったのか。学園側もなんらかのリターンを求めての援助だろうが。
……というか、挨拶だけのつもりが随分と話してしまったな。時間も迫っているので切り上げねば。
「では改めまして、今日はよろしくお願いします。準備の方に取り掛かりたいのでこれで失礼します」
「はい。私も楽しみにしています!」
「私達も全力で頑張ります!! ほららいなちゃんも」
柴崎の手を持ち上げやる気を示す。当の柴崎はスマホを見ているが。
こんなんでも本番はちゃんとやってくれるよな……?
――そんな帰り道。
「……どうして話したの」
さっき柴崎だとバラした事か。
「逆になんで嘘を付いた?」
「……面倒臭いから」
俺じゃあるまいし……。
「俺が言うのも何だが、外での対応はちゃんとしといた方がいいんじゃないか。芸能界って印象大事だろ」
「……私は実力でやってくからいいの」
「実力だけでやってける様な世界じゃないと思うが」
「余計なお世話。二度と干渉しないで」
「……分かったよ。悪かったな」
言う通りだな。人の世界だ。勝手にやればいい。




