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3章2‐3 押し入れのあの独特な匂いってなんなんだろうな。 

 翌日の放課後。意外な参戦者が現れ無駄に身が入ってしまった台本を手にアイドル科校舎へ。

 一応無事に仕上がりはしたが、台本舐めてたわ。構想もあったし1時間位でパパっと仕上げられると思っていたが、予想以上に時間を食ってしまい、4時間程度しか睡眠を取れなかった。

 まず文字を打つ事が思った以上に手間だったし、思い描いていた部分同士を繋ぎ合わせるシーンを考えるのも怠かった。もう二度とやりたくない。

 ここへ来た目的は台本を黄谷達に渡すのもあるが、その前に見せなければならない相手がいるので、待ち合わせ場所の音楽室へ。うるさそうだから一応5分前集合はしておく。

 俺が到着してから1、2分経過した辺りでその人物は現れる。


「どういう風の吹き回しよ? アンタが私に仕事を依頼なんて」


「急な依頼で済まないな。舞台やるに辺って、BGMが欲しくてな」


「そんなん、適当なフリー音源拾っとけばいいじゃない。どうしてわざわざ私に依頼するのよ」


 最初は学園の人に頼んだが、緑沢に提案してみたらと言われたからなのは黙っておく。


「向こうには機材がないからピアノを弾いてほしいんだ」


「ピアノねぇ……私は一応ギタリストなんですけど」


「でも弾けるんだろ? 適当なのでいいんだ」


「あ~出ましたよクリエイターの軽視。この私に適当な仕事しろって? 舐めてんの?」


「いや、そんなつもりはないんだが……」


「あるから適当だなんて言えるんでしょ」


 面倒臭えな……。


「悪かった……。現役で音楽活動をしている相手、しかも世間から一目置かれている天才に対して配慮が足りなかった。最近は人として接する事が多くてその意識が薄れていたのかもしれない。許してくれ」


 緑沢は中学の頃辺りからネットで音楽活動をしている。若き素性を晒さずに、現役の音楽家達と同じ土俵で支持を得ている実力者。この学園が目を付けない訳がない。決してとんかつで入学した訳ではない。


「……ふん。分かればいいのよ。分かれば。まったく、仕方ないから、かこむのよしみでやってあげるわ。ほら、台本見せなさいよタコ」


 案外ちょろいなコイツ。


「これなんだが……」


 プリントアウトした台本を渡す。


「どれどれ――」


 ピアノの椅子に座り足を組み、台本に目を通す緑沢。今ここで見るのか……。

 作品名は『ひょもちゃんとふくももちゃんの大冒険』。タイトルから分かる通り、この2匹が黄金のコオロギを求め冒険する話だ。


「待って、ふくももちゃんってまさか、あの女がやるの……?」


「ああ、そうらしい」


「はぁっ!? 嘘でしょ。……あの女よね?」


 あの女がどの女かは知らんが柴崎の事を言ってるのだろう。


「俺も信じられなくて肯定の概念を壊されたが、本当に本当らしい」


「……そ、そう。――というか、それを最初に言いなさいよっ!」


「だって……」


「やっぱ止めようかしら……」


「待ってくれ、そこをなんとか――」


「……冗談よ。一度乗った船。やるわよ。それに……」


 俺を見て何かを言い掛けたが、再び台本に目を移す。

 どうやら引き受けてくれるみたいで良かった。

 ……それにしても、なんか恥ずかしいな。幼児向けにセリフを書いているからか、それを目の前で見られているのが恥ずかしい。

 真剣な顔で読んでくれているが、気を使ってくれているのだろうか。


 ――5分程して、


「なによ、この陳腐な台本はッ!!」


「なんでやぶくんだよ!!」


 台本は無残にも裂かれ、地面へ叩き付けられた。


「こんな紙切れ豚の餌にもならないわよっ! 何この如何にも、何も考えずに描きましたー! って主張せんばかりの陳腐な話は! こんなもんの為に時間使わせるんじゃないわよ!」


「いや、相手幼稚園児だし……」


「幼稚園児を舐めるんじゃないわよ! いい? もうそれ位の歳になったら、見て感じて考える事ができる頃なの。そんな人達にわざわざ時間を割いて見て貰うのに、こんな豚の餌以下の物お出しするなんて失礼だと思わないの?」


「でも、お遊戯会だから――」


「実に都合の良い言い訳ね。ただアンタが子供すら楽しませられない無能なだけでしょ?」


「は?」


 言わせておけば調子に乗りやがって……。


「アンタの作品にはメッセージ性がないのよ。カタルシスが皆無なの。相手が何をどう感じるかを考えて1文字1文字を打ち込みなさい。――次で最後にしなさいね」


 引き裂かれた台本を拾い俺へ渡し、立ち去って行った。



 ……またお前に見せる事前提かよ。




          ☆




 豚の餌以下の何かを燃えるゴミへぶち込み、現在アイドル科PCルームにて腕を組んで画面と睨めっこをしていた。

 部室まで行くのは面倒だからここで下校時間まで過ごす事にした。ここは機器を置いているからか冷房も聞いているし、落ち着いた雰囲気で作業にはもってこいの場所だ。しかも現在俺1人。

 そんな絶好の場所での作業だが、


「なんだよ、メッセージだのカタルシスだのよぉ~、そんな事考えて物語描いてる奴いねーだろ」


 一切手は進んでいなかった。

 ……俺が幼稚園児に何を伝えるってんだよ。枕カバーは雑菌が繁殖しやすいから2、3日に1度は変えよう! とかでいいのか?

 あー面倒臭せぇ……。流石に明日には黄谷達に台本を渡さなきゃいけないから後回しにもできんしな~。あぁ眠い。帰りたい。でも帰っても作業が待っている。辛いよ。

 椅子に寄り掛かり大きな欠伸をしていると、


「あ、文空君にゃ! こんなとこで何してるにゃ?」


「……ああ、猫山先輩こんにちわ」


 折角1人だったのに五月蠅いのが来たよ……。

 猫山ひかり。3年の先輩で苗字に『猫』が付いているから猫語で喋るという浅はかなキャラ付けをしている。

 若きながらプログラミングの天才と謳われ、幾つかこの学園の独自のゲームやアプリをリリースしたりしている。俺も体育祭の時などにその手腕に世話にはなっている。

 ちなみに凄腕とはいえアイドルっぽさのないスキルだからか、ランキングはあまり奮ってはいない方である。


「おいっすー。で、なにしてんにゃ?」


「…………」


「なにしてんにゃー、なにしてんにゃー」


 うぜぇ……。


「あ、ちょっ、勝手に見るな……でくださいよ」


 俺の前に割って入り画面を覗く。


「ふむふむ、小説を書いてるにゃあね…………えっ、何これは」


 急に素になるな。幼児向けの話を書いているからか、闇の深い人間と認知した様だ。


「小説じゃなくて台本です。うちの黄谷が今度幼稚園でお遊戯会するんですよ」


「あ~にゃるにゃる~。文空君病んじゃってるのかと思っちゃったにゃよ」


「病んだからって、こんな事しませんよ」


「理解したにゃ。スランプ状態ってやつにゃあね」


「……まぁ、そんなとこっすね」


「ふんふん。んじゃ、おっちゃんに見せてみるにゃ。なんかアドバイスやるにゃ」


「いや、結構です」


「なんでにゃ?! おっちゃんの腕を信用してないにゃか?」


「いや、全く関係ないジャンルでしょ」


「そんな事ないにゃ! 永い時をパソコンの前で過ごす仲間にゃ!」


 面倒臭せぇ……。


「とにかく、見せる訳にはいかないんです」


「ひどいにゃひどいにゃ! 先輩を頼るにゃあ!」


 俺の肩を揺らし訴える。この人重度のかまってちゃんで1度憑りつかれると中々引き剥がせないんだよな。常時居酒屋で酒が入った時のおっさんだ。

 ……仕方ない。その気にさせてさっさと引き剥がすとしよう。要は頼って解決させた気にすりゃいい。


「……その代わり相談したい事があるんですが」


「おうおう。にゃーんでも相談してくれてかまへんよ! かわいい後輩君の頼みだからにゃね。で、相談ってなんにゃ?」


「いや~一度提出したんだけど、この台本にはメッセージ性がないって言われちゃって。……でも、よく分からないんですよね。伝えたい事とかって」


「ふーむふむ……メッセージ性かにゃ……にゃりゅほど……ねぇ…………うむ…………」


 相談する内容間違えたか。


「……っ! そうにゃ、難しく考えすぎなのにゃ。よく聞くにゃ。――これは私が子供の時の話にゃ」


 急になんか始まったぞ……。


「私は日曜日の朝にやってる女の子向けアニメが大好きで、お出掛けをする度におもちゃをねだってたにゃ。特になりきり遊びが大好きで、変身アイテムからコスチュームまで揃えて、録画を見返してセリフを全暗記する程のこだわりを持っていたにゃ。でもいつしかその拘りは更なるリアリティの追及に向かったにゃ。コスチュームを着て変身アイテムを腰に付けて、外へ敵を探しに行く様になったのにゃよ。信じ続けたにゃ……。いつか世界の平和を守る為に悪と戦う事になると。いつかリュックから顔を出す精霊が喋りだすと。そう信じて毎日外を歩き回ったにゃ。ある日、私は廃品トラックに精霊のぬいぐるみが積まれているのを目撃したにゃ。ビビッと来たにゃ。これは悪の組織に攫われた子だ。私が助けなきゃって、必死になって追いかけたにゃ。でも当時は小学校低学年。追い付ける訳もなく見失って、周りを見れば知らない場所で正義感は一転して恐怖心へと変わったにゃ。終いにはすっころんで、ガードレールに引っ掛けてコスチューム破れるわ、膝を擦り剥くわで、泣き喚いて一気にリアルに連れ戻されたにゃ。そして、湧き上がる惨めさに私の理想像は粉々に壊されたにゃ。…………私は世界に絶望したにゃ。結局、警察のお世話になって無事帰宅できたにゃけど、それからは酷く落ち込んでたにゃ。毎日遊んでた変身アイテムや一緒に寝てたぬいぐるみには目も向けなくなって、虚無を紛らわす為にひたすら勉強をしてたにゃ。そんな私を見て両親はとても心配したそうにゃ。そこで、お父さんはゲーム会社のプログラマーなんにゃけど、なんと私の誕生日に、私が主人公で魔法少女に変身して敵を倒してくゲームを作ってくれたのにゃ! 再び目に光が宿ったにゃ。夢が叶ったのにゃ。世界を救う為に戦う正義の味方になれたのにゃ。そりゃもう狂った様に没頭したにゃ。お父さんも嬉しくなってどんどん追加パッチを作ってくれるから、全然飽きが来なかったにゃ。小学校低学年の記憶はこのゲームに埋め尽くされてるにゃ。……それから私は次第にこんな素晴らしい体験ができるお父さんのお仕事に興味を持つ様になって、私もやりたいなぁって。他の子にも同じ想いをさせてあげたいなぁって。それで教えて貰う様になったのにゃ。最初は反対されたにゃ。特にお母さんには。でも耳を貸さずに押し切ったにゃ。ゴリ押しにゃ! ちなみに、このゲームは会社の新入社員に研修で手伝――」


「あのすいません! 話が一切見えてこないんですが」


「もう、まだ話は始まったばかりにゃよ」


 どんだけ喋りたいんだよコイツ。壁とやっててくれ。


「あの、締め切り明日で急いでるので……」


 また今度で。とは言わない。


「仕方ないにゃねぇ。まぁ要するに、自分が子供の頃に受けた影響を、今度は幼稚園の子供達にも与えてあげればいいにゃよ。私だったら、自分に子供ができたら同じ事をしてあげたい、みたいなヤツにゃ」


「……成程。確かにそれは的を射てますね」


 思ってた以上にまともな返答が来て逆に困惑する。普通に参考になってしまった。自分の体験を抽出して加工すればいいのか。ようやく理解できた。まぁそれとは別に、あの前置きは確実に不要だったがな。


「ふふん。どうにゃ? 先輩は頼りになるのにゃ!」


「はい、普通に助かりました」


 少し不服だが、無事まとまった事だし、次の話が始まる前にノートPCを閉じる。


「……ん? そのパソコンちょっと見せてにゃ」


「ええ、いいですけど」


「……ちょっと裏側失礼するにゃ……うにゃっ、これって……」


「最近理事長先生に買って貰ったんです。色々付けて60万ちょっと位でしたね。ゲーミングノートPCです」


 過去の件で好きな物を買って貰える券があったのでそれを使った。

 この人は役職柄からか結構なガジェットオタクで、よくPCを組む動画を上げたりもしている。俺にもパーツだけ購入すれば組み立ててあげるとしつこく迫って来ていた。


「……ば、馬鹿にゃ。馬鹿がいるにゃ。ゲームやりたいなら普通にデスクトップでいいにゃ。わざわざ持ち運んでやる意味にゃよ」


「そうですね。折角だから最新ゲームで遊んでみたんですけど、めちゃくちゃ熱くなって1時間もしない内に落ちちゃうんですよね。それ以降は作業とかにしか使ってなくて、こんなんなら普通の買っておけばよかったですわ。グラ……なんとかが搭載してるからって無駄に分厚いし」


 先輩の言う通りで、そもそも外でやろうだなんて思わないんだよな。人によるだろうが、俺的にはゲームは家で好きな体勢でやるのが一番だ。


「……じゃ、じゃあ私のやつ使うにゃか? お父さんがあんま使ってないお下がりでくれたやつがあるにゃよ。10万円位するいいやつにゃよ……」


「それじゃあ、交換しますか?」


「にゃわっ!? い、いいのにゃか? 60万もするやつにゃよね?」


「完全にあげる訳ではないですよ。もしかしたらまた使いたくなるかもしれませんしね」


「そ、それで構わないにゃ。本当にいいにゃね?」


「ええ。とりあえず交換という訳で。先輩みたいな人に使ってもらえるならこいつも幸せでしょう。初期化とかデータ消したりはまだしないでくださいね」


「わか――承知したにゃ!」


 急に憧れの人を前にした時の様に塩らしくなりやがって。


「じゃあどうぞ」


「にゃっ!? もういいにゃか?」


「ええ。初期化とかしないですし、買って間もないので大したデータとかも入ってないですし」


「じゃ、じゃあ、私のも今持ってくるにゃ!」


「いや、大丈夫ですって。家にデスクトップがありますし、そこに台本のデータもありますから」


「いやいや気にしないでにゃ。すぐ持ってくるから待っててにゃ! ついでに牛角のお食事券あげるにゃ」


 それは凄く嬉しい。

 まぁまだ下校時間まで結構時間はあるし待ってるとするか。


 ……それにしても、自分の体験を今度は相手にか……。久々に幼少期の事でも思い返してみますか……。




          ☆




 翌日。無事台本は完成し緑沢に見て貰っている最中。ただでさえ遅れている台本を少しでも早く黄谷達に渡す為に早朝に来て貰っている。帰りに朝食ビュッフェにも行こう。今日も4時間睡眠だったのでコーヒーを頂こう。

 昨日は帰宅後に仮眠を取った後、部屋の押し入れを漁りながら幼少期を振り返った結果、その中から『後悔』をテーマにする事に決めた。作品タイトルや話の大筋は変わらずだが。


 ――さて、緑沢に刺さるかどうか……。


「ウェビー(イケてる)」


 そうやってすぐ影響受けるんだから。


「イケてるって事は、これで引き受けてくれるんだな」


「ええ合格よ。いいわねこのテーマ……私こういうの好きよ」


「そうか。気に入って貰えた様で良かった」


 珍しいな、緑沢が素直に褒めるだなんて。そんなに刺さるテーマだったのか。


「にしても、1日でこの変わり様、どんな心境の変化があったのよ?」


「スランプ状態だったんだが、ちょっとしたアドバイスを貰ってな……」


「ふーん。まぁこれだけさせたんだし、私も腕を振るうから期待してなさい!」


「……嬉しいが、相手が幼稚園児って事は忘れるなよ」


 少し不安だが、これで一見落着だな。

 さて、それならさっそく黄谷達に台本を渡さないとな。

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