EX 鹿誠文空の休日。中編。
ご機嫌な昼食を済ませた俺は、食休みする間もなく次なる目的地へと向う。
道中。木が生い茂った場所に突入してからは、マイナスイオンを含んだ風が心地よく快適なサイクリングロードとなった。
そんな訳で到着したのは森。だが、目的地はその先。今いる場所は入口で森の中を進んでく必要がある。
砂利道で走りにくそうなので、ひょんもり号は押して歩く。
ふむ……森の中だけあって空気が美味い。森なので虫が結構いるのだが、それを観察しながら歩くのも悪くない。――おっ、あれはカナヘビじゃないか。もう冬眠から目覚める時期か。……懐かしいな。小学生の頃はよく捕まえに行っていたものだ。大量に捕まえたのを持ち帰って母親に悲鳴を上げさせてたな。黄谷にお土産として持って行ったら喜ぶだろうか……いや、勝手に持って来られても迷惑か。そもそもこの歳にもなって林に入るのも抵抗があるしな。
――それから歩く事数分、ようやく森を抜けると、俺を迎えてくれるかの様に強めな風が吹く。湖風ってやつだな。水面との気圧差で起こるんだったけか。説明受けたの結構前だからあやふやだ。
柵まで歩き、その景色を視界へ映す。目の前に広がるは広大な湖。
風により揺れる水面が風景に細やかながらに変化を与えてくれて、退屈を感じさせてくれず永遠に眺められてそうだ。
あの頃と全然変わってないな……。ここは過去に家族と訪れた事がある。家族と出掛ける事なんて滅多になかったから結構印象に残っていて、またいつか行ってみたいと思ってたんだよな。
折角来た訳だ。ゆっくりとこの景色を堪能するとしよう。ケバブだけじゃ少し物足りなかったのでコンビニでおにぎりと緑茶を買っていた。この景色をツマに食べるおにぎりはまた別格に美味いだろうな。
そういや、前来た時もおにぎり食べたっけか。そうそうあのベンチで……ん? ――おわっ、おいおい。なんでいるんだよ!? ビックリした……。
ワンピースに麦わら帽子をしていていつもと雰囲気が違った為に認識が遅れたが、あれは間違いなく緑沢。なんでヤツがこんなとこにいるんだ?
……って、そういやここ流創学園の近くだったな。ただ歩きで行ける程の距離でもないから車を出して貰ったんだろうな。
緑沢はノートとペンを手に湖を眺めている。作曲でもしに来たのだろうか。よく見るとイヤホンを付けている。
ならもう少し接近してもバレなそうだな。写真でも撮って別の場所で食うとするか。で、後日その画像でからかうとしよう。
……いいや、待て。こんなとこで出くわしたのも何かの縁なのかもしれない。この旅のテーマである運命力に反るのであれば、ここは声を掛けてみるべきか。丁度相談したい事があったからな。別に緑沢である必要もないんだが。
よし、そうと決まったなら堂々とベンチに座っておにぎり食うか。今はお取込み中っぽいから、近くに座って向こうが気付くのを待とう。もし気付かれずに立ち去っていったら、縁はなかったという事で。
1つ隣のベンチへ座る。まず喉が乾いていたので緑茶を一口。
ふぅ……自然に囲まれて飲む緑茶は乙な物だな……。落ち付く。
さて、お待ちかねのおにぎりタイムだ。2つ買っていたので、袋の中を見ずに1つ取り出す。出てきたのはツナマヨか。王道を往く定番中の定番。コンビニおにぎり界の主人公と言えばコイツだろう。
食す為にはフィルムを剥がす訳だが、これを考えた人は本当に天才だと思う。体積を増さずに海苔のパリパリ感を維持できる画期的な技術。
こういう発明を1つ考えるだけで1生食っていけるくらい稼げるんだろうなぁ……。俺も頑張ろ。
フィルムを剥がし、海苔を巻いておにぎりが完成。大口を開け、中央の具に届く様に豪快な1口。パリッと音を立て海苔のカスが風に運ばれ宙を舞う。米を咀嚼。鼻から抜ける磯の香り。間も無く訪れる具材の舌触り。味。……うんうん、そうそう。やっぱこの味だよな。どうしてツナとマヨネーズはこんなにも相性抜群なのか。
コンビニのツナマヨおにぎりは具がふんだんに入っていて、1口目からツナマヨファンタジーが始まる。やっぱこの味はいつ食べても外さないな。
そんなツナマヨを味わいながらも贅沢に3口で平らげ、もう1つのおにぎりを取る。できればこっちを先にしたかったが誤差みたいなものだ。
塩おにぎり。108円。別に節約をしたいからと選んだ訳ではない。コイツにも他の具らと比べても何の遜色もないポテンシャルを秘められているのだ。
なんと、このおにぎりにはなんと海苔はない。白米と塩だけのストロングスタイル。でも美味いのだ。他にはない特徴もあるしな。
海苔がないのでフィルムではなく封を開けるタイプとなっているので破る。顔を出したおにぎりをはむりと頬張る。…………うむ、やはり咀嚼が楽しい。この塩おにぎりの他との違い、それは米の密量にある。具の有無関係なしに米の密度が高いのだ。故に、まるで餅を食べているかの様な満足感がある。邪魔者のない、純粋に米だけの強要。その体験を補助する塩味が濃い目なのもまた憎い。
ゆっくりと鼻息を漏らす。鼻から抜ける米の風味が2度目の味わいをくれる。あぁ……米って美味いんだなぁ~。
ふぅ……いいものだ。ゆったりとおにぎりを味わいながら湖を眺める。ここに枕を持って来て昼寝でもしたいくらいだ。
……たまには必要だな。自然に触れてこうやって心を落ち着かせるのも。ダラダラと寝っ転がって過ごすのとはまた違う栄養を得れる。
てか、いつの間に最後の一口か。じっくりと味わうとしよう。
「――はぁっ!?」
ビックリした。おぉ、そういやこんな奴いたな。おにぎりに夢中で完全に忘れてた。
「よぉ、ひはひふりだな」
「久しぶりって、昨日も会ったじゃない! てか食いながら喋るな!」
お前が急に話掛けるからじゃろがい。おにぎりを飲み込み、お茶で流し込む。はぁ、最後の一口味わえなかったじゃんか。
まったく、軽いジョークのつもりだったんだが、そんなマジになるなよ。
「改めまして、よう緑沢」
「……で、なんでアンタがここにいるのよ?」
ノートで口元を隠している。どうやら警戒されている様子だ。
俺がストーカーなんてする訳なかろう。まぁ、こいつも一応アイドルだし機敏になるのも致し方なしか。
「気分転換だよ。ここは子供の頃のちょっとした思いでの場所でな。……それと、新しくチャリを買ったから走りたかったんだ」
ひょんもり号を指差し虚偽無く述べる。もし嘘を付いてそれが後にバレたら、有りもしないストーカー疑惑が膨れ上がってしまうからな。
「――ぷっ、だっさ。あれアンタのチャリなの? だっさぁぁぁ。これ男が乗るチャリじゃないでしょ。センスおばあちゃん? んっ? ――って、この柄……ああ、かこむに選ばされたのね。そうよね。こんなダサいの自分で選ぶ訳ないわよね。アンタも大変ね~。こんなダサいチャリに乗って人目に晒されなきゃいけないなんて」
やばい。メンタル壊れた。
「で、挨拶しに来ただけならさっさとあっち行きなさいよ。私は遊びに来てる訳じゃないの」
「曲でも描いてんのか?」
「そうよ。学園に籠ってるとなんかぐちゃぐちゃになるから、定期的にここにガス抜きしに来てんのよ」
「成程。確かにそれならここはうってつけだな」
「それと、ここにいると急にいいフレーズが浮かんだりするのよね。雨の日に来るとまた違ったフィーリングを得れておすすめよ」
「確かにここは屋根もあるから悪くないな」
雨の音を聞きながら、ゆっくり蕎麦でも啜るなんて良さそうだ。
「……それと、ここの事誰にも言うんじゃないわよ?」
ファンが待ち伏せしたりするともう行けなくなるから秘密の場所にしたいのだろう。
それにしても、なんかやけに喋るなこいつ。機嫌がいいのだろうか。なら丁度いい、遠慮なく聞ける。
「……なあ、ちょっと相談したい事があるんだがいいか?」
「はぁ、相談したい事? アンタが私に?」
「ああ。来週って黄谷の誕生日だろ。だから色々聞きたくてな」
「プレゼントについて?」
「うむ。最初は上履きにするつもりだったんだが――」
「それは駄目よ。私がスニーカー渡すんだから。アンタとジャンルが被るとか無理だから止めて」
「そう。こういう事があるから相談したかったんだ」
黄谷の上履きは替え時を迎えていた。あいつは勿体ない症で物を大切に使う事から、入学当初から綺麗に使い続けていた様だが、それでも靴は使っていれば形が崩れたり、ソールが擦れたりしてしまう。
男ならまだしも、女子が、しかもアイドルなんだから、見掛けは気にするべきだろうと思うし、ソールが擦れてしまっていては滑り止めが機能せず転倒してしまう恐れもある。黄谷は急に廊下を走り出したりするからな。
なので、新しい靴を買い与えよう――と、身の回りにいる奴ならそう考える。故に被る可能性が高くなる訳だ。
だから被らない様にと黄谷と関わり合いの深い人間に探りを入れたかった。
上履きとスニーカーは用途が違うのに拒絶されるのは想定外だったが。
「で、他の奴らが何をあげるか知ってたりするか?」
「知らないわ。だって私たちは情報の共有なんてしないから」
「なんでだよ!? 被らない方がいいだろ」
「はぁ……これだから……。まぁアンタみたいな陰キャじゃ、プレゼント渡し合う位の関係の相手なんてできた事ないだろうから仕方ないわよね。だからかこむとの関係なんて業務的な物なのに、勘違いして勝手に浮かれ上がってウキウキでプレゼント選んでるんだものね」
「お前ライン弁えろよ」
「ったく……いい? 誕生日プレゼントは戦いなのよ」
「いや、意味分からんが」
「私達個人はそれぞれ必ず誕生パーティーを開催するのよ。で、その時に一斉にプレゼントを渡すの。一見、表面上ではただプレゼントを渡しているだけ。――でもその正体は己の尊厳を掛けた熾烈な争いなのよ」
「だから意味分からんて」
「鈍いわねぇ……。というかアンタもパーティーに参加するわけ?」
「いや、しないが」
折角の誕生パーティに不純物が混入させるなんてただの嫌がらせだ。
「そう。ならわざわざ説明する必要はないわね」
「いや、そもそも俺が聞きたいのは黄谷の好みとかなんだが」
「そんなの別になんでもいいじゃない」
「ならなんの為の会話なんだよ。……ほら、色々あるだろ、アイドルらしい消耗品とか」
「はぁ……消耗品って。アンタ本当に友達いなかったのね。だから受け手の気持ちも考えられない。なんでもいいっていうのは、自分の為に選んでくれたプレゼントなら、なんでも嬉しいって意味よ」
「お、おぅ……って、お前さっき俺と黄谷の関係なんて業務的なものって言ってたろ。そんな相手から変なもん貰っても嬉しくないだろ。やっぱ何か役に立つ――」
「かこむがその気持ちを汲み取らないとでも思ってんの?」
「はい。ごもっともです」
☆
緑沢に分からされた俺は次なる目的地へ到着。
「わーお、スケールぱねー」
広大な駐車場に所狭しと並ぶ車、その中心にそびえ立つは城の様な巨大建造物。
ショッピングモール。巨大な建物内には様々なジャンルの店が敷き詰められていて、ここに来れば大抵の事は完結する。
スーパーマーケットや飲食店は勿論、服屋、家具、雑貨などの日用品まで当たり前、更にはゲームセンターや映画館などのアミューズメント施設までも兼ね揃える、いわば商業施設のテーマパークと言える場所だ。
ここへ来た理由は白紙となった黄谷のプレゼント探しという名目もあるが、俺自身が来たかったというのが大きい。プレゼントは焦って買う様なもんでもないからな。
ここもまた子供の頃にたまに連れて行って貰っていた思い出の場所で、行くと伝えられた時には前日から心を踊らせていた記憶がある。
入口へ立つと、まるで冒険の門出の様な高揚感で胸が浸る。現在15時08分。時間はまだまだ有り余ってるのでゆっくりと探索できるな。……うむ。この休日を堪能してる感がいい!
いざ冒険の問を潜ると……当然だが施設内の方もスケールは広大。1階から3階まで見渡せる開放感のある構造となっているのがまた迫力を増幅させているのだろう。
それでいて今日は土曜日だからか人も多く、この広い建物を埋め尽くす程に賑わっている。あまり人混みは好きではないが、それでもスペース的には余裕があるし、この賑やかさを旗から眺めてるのは嫌いではない。
――が、そんな人混みを見てる内に、高揚で満たされていたコップの中に灰色が混じりだしていた。
俺はどこで間違えてしまったんだろうと。ふと我に返る。
この圧倒的集団率の高さ。中には同い年位の集団もいる訳でして。そんな中、何故俺は一人ではしゃいでいるのだろうと。普通は休日なんて友達と一緒に遊ぶものなんだよな……。俺も中学までは集団に属してたりしていたが、高校になってからは一人でいる時間が圧倒的に多い。あんな学校だし友達になれそうな人間なんて周りにいないしな。波長が合わないというか……。
なんて環境のせいにしてるが、そもそも俺は人の輪に馴染めるようなタイプの人間じゃないんだがな。
でもまぁ、そもそも俺は一人で自由に過ごす方が好きだし、孤独に寂しさなんて感じない。それが性に合ってるというのは少し寂しい気もするが、世の中楽しんだもん勝ち、気にしない気にしない。
と、もう何度したか分からない自問自答で気を取り直し中へ進むと、通路にズラリと立ち並ぶ店の数々に視線を奪われる。そのせいで常に顔を横に向けて歩いていた。前を見ないのは危険だが、自分好みの店がないかを探すのが楽しい。とは言っても、俺の趣向なんてほぼ食に向けられているんだがな。
というか、ここに来るのならわざわざ飯を食う必要なんてなかったな……。まぁケバブ美味かったし、こういった場所では食べられない物だろうからいいんだが。
今は腹は満たされているし、デザートが食いたいな。ここであれば選択肢は無数にあるし片っ端から食べ尽くすとしよう。
――あらかた施設内を見て回り、フードコート内のテーブルに腰を掛ける。
「ふぃぃぃ~~~」
ぶっちゃけ疲れてきた。結構な距離歩いたし、そもそも此処へ到着するまでにかなりの距離ひょんもり号を漕いでたからな。
だからこそデザートだ。甘いものには疲労回復効果があるからな。
購入した物をテーブルに置く。まずは131(サーティーンワン)アイスクリームのキャラメルのやつ、これは瑛介とラーメンを食べた時に食べたのが美味くてリピート、おまけに1番人気のポッピンシャワーとかいうやつも付けてみた。カップでな。
もう1つは可愛らしい店で買ったチョコバナナクレープだ。俺の生活圏内にクレープ屋はないから、クレープ欲を満たすいい機会だ。生クリームとカスタードクリームのスーパーコンボ。しかもセットで100円引きという悪質な策略に乗せられタピオカミルクティーまで購入させられてしまった。なんてけしからん店だ。
本来はクレープでなく、美味しそうなパンケーキ屋があったからそこにしたかったのだが、軽い行列が出来ていてしかも全員女ときたもんだから断念した。
うーむ、どうせなら変わり種をいきたかったのだが、割と在り来たりになってしまったな。こういった商業施設は様々な観点からチェーン店が多くなってしまうのだろう。
さて、あまり時間もないしさっさと食そう。溶けてしまうから先にアイスクリームを。
俺は純粋にアイスだけを食べたいのでコーンではなくカップで頼む。
まずはおまけで付けたポッピンシャワーから。見た目はバニラと緑のアイスのミックスで、赤と緑の粒々トッピングが埋め込まれている。とても可愛らしい見た目をしているが、何故これが1番人気なのかはまだ分からない。どんな味なのかも想像が付かない。ポッピングだからパチパチするのだろうか。
好奇心が沸いたとこでさっそく口へ運ぶ。小さめなので一気に1口で。
……ふむふむ、思ってたよりさっぱり気味なアイスクリームだな……どれトッピングを噛んでみよう――うおっ、なんだこれ!? アイスの滑らかさの中にサクっとした食感。その先でパチパチと口の中で弾けるのが楽しい。そして、最終的にキャンディの様な味わいへと変化していく。
これは新しい食体験だな。成程。1番人気な理由が分かった気がする。このアイスは味だけでなく、食体験をも提供してくれるんだな。これは黄谷が好きそうだ。今度131の中で何が好きか聞いてみるとしよう。
さてと、残すはキャラメルのやつ。これはもう味を知っている。バニラアイスにトロっとしたキャラメルが練り込まれているフレーバーだ。もう見ただけで美味いと分かるやつ。
まだ後続が控えているので、豪快な1口を飴のように舌で溶かし味わう…………あぁ、やっぱうめぇ〜。ファーストインパクトは意外にもバニラ。これがもう既に美味い。流石は高級アイス。一般的なバニラにはない風味が口の中に幸福感を齎してくれる。そして追重撃に入るキャラメルの甘み……このとろみが心までもをとろけさせる。
そんな贅沢を3分で味わい切ってしまったという非情な行いを許してほしい。後続がまた強敵なんでね。デザートの後のデザート。なんて贅沢な時間だろうか。
とりあえず口の中のアイスを流す為にタピオカミルクティーを啜る。ミルクティーの優しい甘さの後に、更にタピオカを噛む楽しさがあって得した気分になれる飲み物だ。好き好んで飲んだりはしないが、たまに急激に飲みたくなる時が来るんだよな。
口内のリセットも完了したのでいよいよラスボスのクレープへと手が掛かる。
……重い。これはきっとクリームの重量だろう。クレープの体積の殆どはクリームで形成されているからな。そう、クレープとは馬鹿みたいな量のクリームを食らう食べ物。生地なんて物は所詮クリームを抑え込む為の砦。通称クリームのダム。トッピングなんてクリームの補助役に過ぎない。
解る。今この膨大なクリームを前に、アドレナリンが放出されている事が。生半可な覚悟ではこの量は到底受け止めきれない。
……さぁ、掛かってきやがれ。俺は急速に接近するクレープを齧る。
するとクレープの猛攻。初撃。まずは生クリーム。ふわふわの食感から繰り出される甘みの攻撃……だけじゃない。
――重撃。カスタードクリーム。生クリームとは打って変わり、今度はぎっしりと重厚感のある濃厚な甘みが舌を襲う。一度の攻撃で二度の衝撃。二重の極み。それぞれの織り成す連撃に俺の身体は思わず産声をあげる。
ヤバい、この段階でこの威力。まだヤツの攻撃は終わっていないんだぞ。
――このクレープにはバナナがいる。
クリームの連撃を捌ききった先に隠された懐刀。危なかった。備えがなければ致命傷だった。だから敢えて噛まずにいた。これでバナナに向き合っ……いや待て、なんでバナナしかいないんだ? っ!? そうか……もうクリームの猛攻の時点でヤツの攻撃も始まっていたんだ。バナナという懐刀を敢えて見せる事で注意を惹き、本命を最後まで隠していた。全てはこの時の為に。
――悪寒。同時にチョコの甘みを舌が認識する。クリームの連撃の中に仕込まれていたんだ。クリームに対しチョコの量なんて大した事ない筈なのに、なんだこの圧倒的な存在感は。苦味と甘みという矛盾を超えた先にある唯一無二。人々から愛され続ける甘味の王。駄目だ。勝てる訳がない。強すぎる……。闘志は完全に消え失せ、ただ立ち尽くす。
チョコを認識した時点でもう決していた。抗える訳がない。その先を本能が求めてしまうのだから。
『お前の勝ちだ。やれ――』
直後、振り下ろされるバナナの斬撃に俺の舌は鼓まされる。
そうか。これがチョコバナナ生クリームカスタード。
…………。
……うん。変な食べ方しても味は変わらないな。想像通りだ。思ってた通りに美味い。だから普通に食べよう。
――スイーツを堪能し、場所を移動。
時間を気にしていたのは目的ができたからだ。疲れているから休憩も兼ねて。
「お、チュトリス美味そうだな……」
不意に現れたチンピラに足止めを食らう。またしてもの甘い誘惑。しかし、今さっきスイーツを食べたばかりで、クレープというクリームの暴力により軽く胃がもたれている状態。これ以上甘味を腹に詰め込むのは……いや何を言ってるんだ俺は。チュトリスはスイーツではなく揚げ物ではないか。そこにザラメが付いているだけの物。甘さが口の中で一杯な時は揚げ物が美味いと相場が決まっている。よし買おう!
幸い誰も並んでいないので、そのまま注文へ。
「すみませーん、チュトリスくださーい。シナモン味で」
「チュリトスですね、かしこまりました。セットでドリンクをお付けできますが、どうなさいますか?」
「……あぁ、いや……」
今飲み物は不要なので断らせて貰おう。
「セットでのご注文ですと100円お安くなりますよ」
「……えっ、あ、えっとじゃあ烏龍茶で」
「ありがとうございます。それではお会計が700円になります!」
クソッ、また悪徳店員に引っ掛かってしまった。お得になるって聞かされたら手が伸びてしまうのが人の沙汰。そこを付いて来るとは非道極まりない。
実質飲み物が100円引きという事実。それを断れば逆に損した気分になり得ない。後から喉が渇いてももう割引はない。なので、後を考慮すればセット買い安定という結論が導き出されるのは必然。なんという悪徳商法。
……もう過ぎた事を悔やんでも仕方がないか。
店員さんが慣れた手付きでチュトリスとドリンクを用意しトレーを受け取る。
おお、なんかこれから映画見る感があっていいなこれ。これを膝に乗せながら見ると風情を感じられそうだ。
さて映画を見る訳だが、まだチケットは購入していない。時間は……ってもう公開5分前か。ギリギリを責めすぎたな。
俺はいつも映画のチケットは上映ギリギリに買う。それと見る映画は公開から最低でも2週間は待つ。何故なら人混みを避けたいからだ。
周りに人がいるってだけでその価値は下がると思っている。上映中でも平気で喋ったり、フードを音を立て食べたりする輩がいるからな。
それらは大抵の人間が疎む行為だろう。その中でも俺は更に気にするタイプで、前方の席からはみ出た頭すらも視界には入れたくない程に気にする。スクリーンの中に邪魔が入るのが嫌なのだが、共感してくれる人間に会った事がないのでマイノリティなのだろうか。ただ統計が少ないだけだよな?
てな訳で対策は必要不可欠。
だから上映ギリギリを攻め、空席状況を把握し周りに人がいない席を選ぶ。これが俺の戦略だ。
――そんな訳で無事チケット購入した俺は指定されたスクリーンの席へと付く。
もう既に館内は薄暗くなっていて、映画の予告が流れていた。これも上映時間ギリギリのメリットなのだが、映画が始まるまでの予告タイムをスキップでき時間を有効に使う事ができる。映画好きからしたらこれも楽しみの内の1つなのだろうが、俺はライト層なのでそこまで探究心はない。映画館側からすれば見てほしいんだろうが、俺は一切の影響を受ける自信がないから結果は変わらないのでヨシ。
さーて。一息付き画面に向き合う。映画を見ると決めたのは割と突発的で、散策している時に通り掛かり、興味を唆られ中へ入ると興行収入で話題になり気になっていた作品があって尚且つ、30分後に上映ときたものだから、運命力センサーに無事引っ掛かりこの予定を立てた。
元々はフードコートでダラダラと休息を取るつもりだったが、結果的にこの落ち着いた場所で映画を見ながら休む事ができ、ベストな選択だったと言えるだろう。フードコートは混雑していたから、あまり落ち着けなかったろうしな。
それにしてもこの映画、公開から1月は経っている筈だが、その割は客が多いな。休日というのもあるのだろうが、流石は話題作といったところ。そんな中で前方と周りに人がいない席を確保できて良かった。前方寄りだが贅沢はいうまい。
場内が更に暗くなり反射的に画面へ顔が向く。おっ、映画泥棒が流れ始めたな。この映像の後から映画上映が開始される。それじゃあ、スマホの電源を切ってゆっくり堪能するとしますか。
――エンディングのスタッフロールが流れ終わり、館内が明るくなったのでそそくさとその場を去る。
落ち着いた場所で映画鑑賞しながらじっくり休憩を取れ有意義だった時間と言えよう。おまけにドリンクも全部飲み切る事ができたし、無駄がなかったのも気持ちがいい。
さてさて、休憩も済んだし、ここからもおさらばだな。結局プレゼントになりそうな物は見つからなかったので、次の目的地はプレゼント購入だ。黄谷と言えばの場所へ。
よっし、もうひとっ走りしますか。




