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2章4-9 前を見つめて。

『お、もういたんだな。一緒に食おうぜ!』


『あっ、すまん、ビックリさせちまったな。…………。まぁそう気落とすなって。藍坂の野郎、あの言い方はねぇよな。偉そうにしやがって。今度なんか言って来たらオレがぶん殴ってやるよ』


『へっ、冗談だよ。でも、一回お灸ブチ込んでやんねぇと気が済まねぇ……』


『いいや、そっちがよくてもオレの気が済まねぇんだ。頑張ってるのを悪く言う奴は許せねぇからな』


『……そうか。そこまで言うならオレは手出さねぇけど、なんかあったら絶対に相談しろよな。一人で抱え込むなよ、オレ達はもう仲間なんだからな』


『……ん? なんで「オレ」かって? そりゃあ……オレって小せぇ頃さ、よく男子と遊んでたんだよ。外で遊ぶのが好きだったし、趣味も合うからな。あぁ、あと兄が2人いたから男勝りに育ったのもあるな。――でも、小学生高学年になった頃辺りから壁を感じる様になってよ、だからオレにしたんだ』


『それが結構効果あったんだぜ。全く壁がなくなった訳でもなかったけどな。それから中学も陸上に打ち込む様になるまでずっとそうだったな。で一回さ、ヤンキーな奴らと夜遊びした事あってよ、そん時コンビニで買い食いしたんだけど、そこで食ったコロッケがめちゃ美味くてよぉ……2つ目に突入しちまったぜ。そっからコロッケが好物になったんだよな~』


『ああ、そりゃもう母ちゃんからこっぴどく叱られたぜ。しかも買い食いしちまったから飯も入らなくてよ、「もう二度とご飯作らないから」とか言われたな。あん時の母ちゃんほんと怖かったな~。もう二度と悪さしねぇって思ったわ。……でも、めちゃくちゃ楽しかったなぁ。悪りぃ事してる時ってスリルがあってよ、あのゾクゾクする感じが癖になるんだよなぁ……夜だといつもの景色が違って見えたりして、まるで冒険してるみてぇだった……あぁ、思い出したらまたしちまいたくなってきたぜ……』


『嘘だって。冗談冗談。まったく、お前はお母さんかよ。橙田のキャラ奪うつもりか?』


『ああ、そうだぜ。陸上は中学から始めたんだ。中学でタイム計った時によ、それを見た顧問から是非部に来てくれって頼み込まれてよ。特に入る部活とか決めてなかったから、まぁいいかってな』


『うーん、まぁ走りって素質が重要だからな。遺伝が大きかったんかな。父さんがすんげぇ陸上選手だったみてぇでな。スポーツの遺伝って結構受け継がれるもんなんだってよ』


『いいや。本格的にやる様になるまでは幼稚園の頃に習った位だったな。好きな事をさせてくれたよ。……でも、陸上部に入るって言った時はすっげぇ嬉しそうにしてたな。父さんさぁ、無理して練習しすぎたせいで足壊しちまってよ、選手生命断たれちまってな。それからは同じ様な人間を生まない為に、コーチになったんだってさ。だからさ、めっちゃ熱心にコーチングしてきてよ、わざわざ学校にまで教えに来る程で、真の顧問とか言われてたな』


『ああ。本当にいい父親だぜ。――だから、流創学園に行くってなった時は本当にガッカリしてたな。あの時の顔は今でも忘れられねぇ。失意を必死に笑顔で隠してたな』


『そうだ、優勝したぜ。……2年のインターハイが決まった時からかなり本格的に打ち込む様になってな。でもその時にすげぇ悔しい負け方してよ……そっから夏のインターハイに向けて、色んなモン捨てて死ぬ気で走りに打ち込んでよ。んで、優勝した訳なんだが……』


『んな事ぁねぇよ。死ぬ程嬉しかったぜ! 今まで生きてきた中で一番叫んだぜ。周囲の目とか気にせず喉が枯れるまで騒いだわ。そん時の動画見るか?』


『あーそうだった。で、その後さ、学校生活に戻ったんだけどよ。周りがみーんな先に行っちまったていうかよ。1年位ずっと走りに打ち込んでたからよ、取り残されちまった様な気がしてな……。なんか、取り返しの付かない事をしちまったんじゃねぇかって思ってな。高校は推薦で決まってたんだけどよ。それでいいのかなって。この先も走りに人生捧げちまって、いいのかなって。大事なモン見落としてるんじゃないかって、不安になる様になっちまってな……』


『いいや。オレが応募したんじゃねぇんだよな。クラスメイトの奴が勝手に応募しやがったんだよ。自分だけじゃ怖かったんだってよ。オレがいると頼もしいからってな。しかも書類審査に受かったのがオレだけで、悔しかったからってギリギリまで言わなかったんだぜ? 最初は何やってんだ馬鹿って感じだったけどよ。オレにとっての走り以外での唯一の選択肢って気付いてから、ちょっと真面目に受けてみようかなって。――で、今ここにいるって訳だ。いやぁ~この合格通知来た時はほんと驚いたぜ。まさかオレみたいな奴があの流創アイドルに選ばれちまうんだからな』


『よせって。オレがかわいい訳ねぇだろ。どうせなら、カッコイイって言ってくれよ』


『てか、めっちゃ喋っちまったな。お前聞き上手だな。――んじゃ、次はそっちの番だぜ、黄谷』




『――成程な。だから次は自分がそっち側に立ちたいって訳か』


『…………。えっ、あぁいや。関心しちまってな。オレなんかよりも遥かに立派な理由だなって』


『そんな事ねぇよ。だってオレ感動しちまったもん。もっと胸貼ってけよ!』


『――なぁ、下の名前はかこむだったよな。これからはそっちで呼ばせて貰っていいか? よっしゃ、んじゃこれからもよろしくな!』







 ――――。


 なんで会ったばっかの時の事思い出しちまったのかな…………あぁ、そうか。お前はあれからずっと変わってないんだな。そうやっていつも前向きに走り続けて来たのか。

 …………そうか。これが本当の――。

 

 それに気付いた瞬間。鉛の様に重かった身体が急に軽くなり、同時に腹の底から湧き出てくる何かが身体中を巡りだす。身震いが起こる。この後に来るであろう反応を予見したからだ。

 来る。身体が高揚し、全身に力が籠る。抑えているからだ、この気の高まりを。もし今目の前に壁があるなら、それが例えコンクリートだろうが全力で頭を叩き付けてしまうだろう。それ程までに高まっていた。


 ――文空。やっぱお前間違ってるよ。





          ☆





 理事長との面倒な会話を終えた俺は、アイドル科校舎へ訪れていた。

 自分の判断で来たのではなく呼び出されたからだ。

 待ち合わせ場所の中庭に到着すると、呼び出してきた人物は既に待機していた。声を掛けようとしたが、向こうが気付いたようで此方へ向かってきた。


「……よ、よう、文空」


「お、おう青松……こんにちわ」


 さっきの一件せいで気まずい。向こうもそう思ってる様で歯切れが悪い。

 青松の事だから不本意ながらでも義理を感じていて、その礼だけでも言っておきたかったのだろう。

 それから数秒の沈黙の後、青松から切り出す。


「……あのよ、ありがとな……いや、違うな。オレのせいで迷惑掛けちまって本当にごめん」


 そう謝辞を述べ頭を大きく下げる青松。


「はい?」


 まさかの謝罪に変な声が出る。


「……高咲の奴があれから、『正々堂々全力でぶつかって来い』とか言ってきてよ。すぐにお前がなんかしたんだろうなって理解したぜ」


「そうか。上手くいったようで何よりだ」


「でも聞いたぜ。ホールの機材ぶっ壊したんだってな。普通そこまでするか?」


「……誰にも内緒だからな」


「ああ。オレはそのお陰で全力で走れたんだからな! 本当に感謝してるぜ」


「俺にそんな礼を言う必要なんてないだろ。あれだけの暴言を吐いたんだ。寧ろ殴られる覚悟をして来たくらいだ」


「いいや。お前はオレの為に厳しい言葉を投げ掛けてくれたんだろ。当時は正直ちょっと頭に来てたけどよ。今ならそうだと分かるぜ。大切な事に気付けたからな」


 それは勘違いなんだが、まぁいいか。


「……大切な事とは?」


「走るかこむを見てよ、やっぱ仲間って超最高だなって、心の奥底からそう思った」


「リレーの事を忘れる程だったからな。あの時は流石に肝を冷やしたぞ」


「いや~わりぃわりぃ。つい嬉しくなっちまってな。自分でもビックリだったぜ。……でも、全く焦りはなかったんだよな。身体中に力が漲っててよ、多分あの時が今まで走って来た中で1番最高の走りができた気がする」


「確かに凄まじい走りだったな」


 アクシデントはあったものの、青松は怒涛の追い上げで3年のアンカーを抜き去りゴール。その盛り上がりも凄まじく、この体育祭のMVPを挙げるなら間違いなく青松になるだろう。


「今日この日に、オレは沢山の事を教えられた。お前やかこむ。不服だけど、高咲にもな。見たくねぇモンを沢山見せられた。でもいい事もあったし、嫌な事も教訓になった。まだまだ頭ん中で整理は付いてねぇけどよ、これからちゃんと全部に向き合おうと思ってる」


 青松は思い改まった様に胸に手を当てて続ける。


「でもその前に1つ、言っておきたい事があるんだ」


「なんだ?」


「やっぱりオレは仲間が最高に大好きだ! 自分を良く見せる為の道具なんかじゃねぇ。お前のその言い分だけは間違ってるって否定させてくれ」


「その根拠はあるのか?」


「確かにオレは怒りに駆られて仲間に迷惑を掛けちまった。自分しか見えてなかった。でも同時にかこむが教えてくれた様に、仲間は全身から力が沸く位に心から最高と思ってる。揺るがねぇオレの本心。どっもオレの中にあるモノ。だから全部と向き合うんだ。もう二度と自分を見失わねぇ様にな」


「成程。方針は固まってきたみたいだな」


 青松が仲間想いである事は分かっていた。だが同時に人並以上に高いプライドを持ち合わせていた。それは醜い感情。目を逸らしたくなるもの。だから間違いを引き起こしてしまう。なので一度その醜さを認識させ、自分を見つめ直させた。だが、それはまだ過程の段階。


「……でよ、それを踏まえた上で。新しくでっけぇ目標ができたんだよ」


「ほう、それは一体どんな目標なんだ?」


「オレ、今まではヒーローみてぇなの目指してたんだ。好きな奴らを悪から守ってやれる、正義の味方みてぇなカッケェ存在になりてぇなって。――でも今回の件で、正義なんかじゃなんも守れねぇって気付かされた」


「……じゃあ、どうなりたいんだ?」


 もう決意は固い様で青松は即答する。


「――オレは王になる」


「王!? それは藍坂みたいなやつか?」


「ああ。本当にカッケェ奴って、正義だとか他所の意思に惑わされねぇで、自分の信念を貫き続ける奴なんだって、教えられた。……オレもそうなりてぇなって憧れちまった」


 どうやら前を向く道を選んだようだな。それを王と解釈するのは読めなかったが。

 想定以上に結論を出すのが早かったな。黄谷の存在が大きかったのか。


「そうか。なれるといいな。そんな風に」


「お前の事も言ってんだぜ。文空」


「それは流石に感性がぶっ壊れてると思うぞ」


「オレにはそう映ってんだよ。誰がどう思おうが関係ねぇ。……どうだ、王っぽいだろ?」


「……王たって、ただ好き勝手やるだけじゃ、ただの馬鹿にしか見られんぞ」


「分かってるって。だからこれからはどんどん己を磨いていくんだ。もう二度と高咲みてえな奴にいいようにされたくねぇからな」


「そうか。大変そうだが頑張れよ」


 青松が目指すものは至ってシンプルなもの。だが、それを実現するには社会という現実が壁となり、目標の場所へ到達するのは非常に困難。

 なのでその理想の実現の為には、己がルールとなり、そのルールが適応できる居場所を作る必要がある。青松はその主導者を王、仲間を民と捉えたのだろう。

 そこまで理解するのは誰にでもできる。誰だって好き勝手生きる事に憧れを抱くものだ。

 だが現実がそんな甘い筈がない。人は成長するに連れ理解する。この社会において独立がどれだけ困難な事かと。だから大半の人間は社会という既存のルールに肖り生きる。

 青松がこれから進もうとするのはその非常に困難な道だ。別に行き方に決まりなんてない。自分の好きに決めていい。故に個人の実力が求められる。運に頼らず到達できるのはほんの一握り。その為、類稀なる才能が必要とされる。


 ――だから俺は青松にはそれが叶えられないと判断した。


「んな訳で、今日は本当にありがとうな! この恩はいつかぜってー返す! かこむの為にやった事だろうけどよ。オレも助けられたからな」


「……別に黄谷の為だけって訳でもないけどな」


「ん? どういう事だ?」


「俺個人としても、お前に勝ってほしいと思っていた」


 それを聞いた青松は、


「はぁっ!? はぁぁぁぁぁ!?!!?」


 急に変な声を上げ後方にのけぞる。


「……なんだよ? 俺なんか変な事言ったか?」


「いやいや。罵倒してきたかと思えば、今度は急になんなんだよお前……」


「いや、別に誰だってそう思ってたろうよ」


 俺にだって感情はある。1年前から悔しい思いをして、そっから必死に練習する様子を見せられたら誰だって勝ってほしいと思うだろう。アイドル科に行けば意識せずとも目に映る程だったからな。


「お前、ズリィぞ!」


「ズルいって何がだよ……別にその為だけに機材壊したりする程じゃないぞ」


「だからってよぉ……ったくよ、お前ってほんと変な奴だよな」


「それは自覚しているが……」


「まっ、そこがお前の面白いとこなんだけどな」


「面白いのならよかった」


 青松は落ち着きを取り戻した様で、改まって俺に向き合うと、


「なぁ、文空。こんなオレでよかったら、これからもダチでいてくれないか?」


 握手を求め手を差し出す青松。

 何を言い出したかと思えば……。だがいい機会だ。


「……お前は勘違いをしている」


「何がだよ?」


「あの罵倒をお前の為と言っていたが、あれは俺が苛付いていたからしたに過ぎない。それを伝えるだけならもっと別のやり方があった。でも俺はその場の私情でお前が苦しむ事を厭わず近道を選んだ。俺はお前が思っている様な人間じゃない。その資格はない」


 そう、俺にとって青松はそのレベルの認識。黄谷に対してそんな手段はもう絶対に取ったりはしない。


「そりゃオレがあんな不甲斐なかったんだから怒るだろうよ。今のオレでもブン殴りてぇって思うぜ。だからそんな難しく捉えないでくれ。オレはただ…………これからもお前と連んでてぇってだけだ。だから、その……嫌なら気使わなくていいんだからな」


 不安になったのか、此方を捉えてた視線は逸れ、比例する様に差し出してた手の角度も落ちていく。

 ……そうか。そんな適当でいいんだな。なんなら――


「お前がそれでいいのなら、これからもよろしく頼む」


 その手を握り握手を成立させる。すると青松の顔にはいつもの様な明るさが灯り。


「よっしゃ! じゃあ記念にラーメンでも食いに行くか! 近くにうめぇ店あんの知ってっか?」


「それは是非とも教えてほしいな」


「決まりだな! それじゃあまた晩飯にな!」


「今日行くのかよ!?」





 ――青松に実現は不可能。そう思っていた。だが、あの走りを見て考えが変わった。

 もし、青松にとっての走りと同じ位、その目標へ熱意を注げるのであれば。


 ……実現可能なのかもしれない。そう思った。

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