2章4‐7 新たなマイホーム。
「ふふぃ~~~。やっとおわた~~~」
長かった体育祭もようやく終わり、体力を使い果たした俺は椅子にもたれ掛かっていた。
教室に戻る道中なのだが体力が尽きた。もう動けない。俺はこれからここで暮らす。
それにしても本当に今日は色々あったな……そんな自分を労って久々にコーラでもキメますか……。あっ、でもこの後の労いライブでジュース飲み放題だったな。でもまだ1時間あるからそれまでどっかで寝――
ピンポンパンポーン。
なんだ騒がしい。
『鹿誠文空君。制服に着替えましたら理事長室へお越しください』
あ~~~も~~~~~~。
☆
理事長とかいう極悪人に呼び出され、制服に着替えてから重い足取りで廊下を歩く俺。
「……待ちなよ」
誰かに声を掛けられる。前方に居た様だが俯いて歩いていたからか気付かなかった。
「ああ、高咲先輩ですか。なんか用でしょうか?」
「とぼけないでくれるかな。君のせいでこっちは大損害を被ったんだ」
まぁそうなるよな。これは俺が打った手についてだろう。
――青松とコンタクトを取った後、俺はコンサートホールへ向かった。
髙咲の思惑をどう阻止するか。
現状。高咲が仲間のアイドルの仕事を人質に、最高主力である青松に八百長をさせる様に仕向けた。これをどう阻止するか。前提として高咲に敵対意思を持たれてはならない事。
まず最初に思い付いたのは、3年のアンカーの足に深手の怪我を負わせる手だ。
ルール上1人休んだ場合、タイムの近い人間が代走する事になる。ただでさえアンカーの消失が大きな痛手なのに、体力を消耗した状態でアンカー代理をやるとなれば相当な戦力ダウンは免れない。そんな状態で八百長を観客の前でバレずにやるのは困難だろうから、向こうが取り下げてくる算段だ。
まぁこれは倫理的にアウトだな。仮にバレずに怪我を負わせたとして、理事長は確実に疑いの目を向けてくるだろうからな。使える駒との関係は円滑にしておきたい。
それに、今考えてみると向こうも青松を体調不良などで欠席させる事もできた訳で、しかも応援合戦で足を挫いたもんだから丁度いい言い訳もできてしまったから、今振り返ってみても弱い手だ。
それからも様々な手段を考えた。
こちら側で仕事を消せば人質は無くなる……そんな権力はない。出来ても手間と代償が大きい。
緑沢達に事情を話し自分から仕事を取り消させる……その行為が高咲に敵対意識と認識される。
逆に3年のアイドルに大きな報酬を用意し八百長を提案する……裏切られた時のリスクが大きすぎる。
様々な案が浮かぶも中々決定打にはならない。
そんな行き詰った時は、一度ちゃぶ台をひっくり返し物事を客観的に見てみる。
なにも別にリレーで1位を取る方法を探すだけが全てではないんだ。
例えば、3年がコンサートホールを利用できない状況を作れれば――。
ここに辿り着いてからは早かった。じゃあどうすればそんな状況を作れるか。着目したのは使用する道具だ。
スポンサーは応援合戦も観覧できるが、それは3年の出し物だけ。売り出し時の3年に客を集中させたいからだろう。故に3年の出し物は本格的な演劇。対し2年は適当に喋ったり歌ったりするだけ。この双方が使う道具の中で、コンサートホールにて3年だけが使う道具を破壊すれば、2年に譲らざるを得ない状況が出来上がる訳だ。
では何を破壊するか。敵意を悟られずに自然に壊せる物。ここで校内美化の時から裏方を学んだ経験が生きた。
着目したのはスピーカーだった。だが別にスピーカーを直接壊す訳ではない。
ステージに使用されるスピーカーには様々な機械が中継して繋がれている。
その中の幾つかを、応援合戦で使うという名目で持ち運び、そして、応援合戦が終了した後に機材を回収し、予め自分で作っておいたバナナスムージーをぶちまければ破壊完了だ。
バナナスムージーを使用したのは言い訳の為。面倒臭がって売れ残ったスムージーと機材をまとめてアイドル科へ無茶して運ぼうとしたせいでこぼしてしまった。これならまぁ自然な言い訳になる。
すぐに新しい機材に取り換えれば無意味なんじゃないか。なんて思うかもしれないが、スピーカーなどの精密機器は事前に調整が必要不可欠で、それを土壇場で大事な舞台で行うのはリスクが大きすぎる。
よって、必然的に体育館でやるという選択肢を取らざるを得なくなる訳だ。
2年も困る様に思えるが、外付けのスピーカーを使えばいい。音質大幅低下、スペースを取るデメリットが発生するが、2年程度の用途で使用するのであれば問題はない。3年の本格的な出し物にとっては致命傷な訳だがな。
――これが俺の打った手。
たかだが打ち上げ会場のランクを上げる為だけに多大な迷惑掛けてしまっただろう。
仕方がなかった。ただ優先順位が低かった。全ては黄谷の為になるかどうか。それが俺の行動原理だったから。だからその過程において誰が損しようがどうでもよかった。無論、黄谷にその行動がバレない事が前提だが。
それと別にこれはノーリスクな手という訳ではない。俺以外に壊す役者がいなかったからこそ今こうして因縁を付けられているのだから。
「すみません。ついうっかりしてまして」
「本当にうっかりかな?」
「はい。意図的に壊す事になんのメリットもないと思いますが」
「……ならどうしてわざわざホールから持ち出したのかな?」
その疑問が浮かぶのは至って自然な着地だろう。だが、それは根本的な前提を履き違えているから。
「別にホールの物を壊してもなんの迷惑も掛からないと思いますが」
「うん? どういう事かな」
簡単な理由。
「だって、1位を取るのは2年のアイドルと確信してましたから。だから2年が使う予定のホールから持ち出したんですよ」
そう。あれだけの逸材が揃っていれば1位を確信するのは当たり前だ。
この認識ができれば不自然なことなんて何もない。多目的ルームの機材を利用する事も考慮できるが、それも場所的に運搬が面倒だからで罷り通る。
さて、理解したならさっさとお引き取り願いたいが……。だが、そんな願いとは裏腹に高咲はこちらへ近付いてきて、
「このやろう……」
「ッ!!」
腕で俺の首を絞め抱え込む。突然の出来事に驚きを隠せなかったが、抵抗は一切しなかった。何故なら、
「ははっ。機材を壊す様なヘマをした癖に、言ってくれるじゃないか」
それは攻撃ではなく、創作物でよく見る様な先輩が後輩にする様な典型的な絡みだったからだ。現実でもこんな事する人間いるんだな。まぁ、頭をグリグリされてるのは少し痛いが。
俺は高学年との交流がなかったからか、こんな時どういった反応をすればいいのか分からず戸惑ってしまう。
それから程なくして拘束が解除され、
「……今回は負けたけど、次は勝たせて貰うよ」
「ええ、あいつらに伝えておきます」
「君に言ってるんだよ」
「俺、ですか?」
「ああ。黄谷かこむの走りの向上。あれは君のお陰だよね?」
「あれは黄谷が頑張ったからですよ」
「謙遜はよくないね。前に見たタイムから判断するに、相当走りが向上したと見受けられる。この短期間で己の力のみでそこまで向上出来る程に、黄谷かこむにポテンシャルはない。つまり、そこには優れた他者の思想が挟み込まれている。という事……君なんだろ?」
「……俺はただネットの情報をまとめただけですよ。後はプロに教わったのが大きかっただけです」
「小さい事でも、その痕跡から得た僅かな情報を昇華させれば確信へと繋がる。……優秀な頭脳を使う事前提だけどね。僕の前では素直を推奨するよ」
「……俺が優れているとでも?」
「これからそれを計るんだ」
高咲の目の色が変わる。何を企んでいるのか。
「どうやってでしょうか?」
「面白いとは思わないか、この状況。この学園で今までマネージャーが生まれた事なんてほぼ無かったのに。今では3年から1年にまでマネージャーがいる」
「俺は黄谷だけですけどね」
そんな俺の軽口を流し高咲は続ける。
「同時に不服でもある。僕はマネージャーになる為に多大な苦労を強いられた。なのに君達は大した労力も割かずその席に座っている」
「それはすみません」
「しかも1年の奴に限っては表に顔も出さず、この僕に挨拶すらしないだなんて、実に気に入らない」
「こんにちわ」
「うるさいなっ。一々突っかかるな」
「あいてっ」
頭にチョップをかまされる。軽くやったつもりなんだろうが普通に威力が高い。体育の教師かよ……。
「だから、今回そんな君達の力を計る為に、面白いゲームを企画させて貰ったよ」
「……ゲーム?」
「ああ。理事長にも承認は得てる。開催期間は夏休み。学年単位で競える様になっている。追々詳細が公表されるだろうから楽しみにしておいてくれ」
「夏休みですか……」
なんて期間に開催してくれてんじゃ。まぁでも、どうせ夏休みもアイドル科に赴く事は多そうだからいいか。
「でもって、これは理事長にも伝えてない事だが、このゲームであの気に入らない1年を表舞台に引きずり出すつもりさ」
「それは愉快な事になりそうですね」
それはこちらからしても好都合だから助かる。
「他人事みたいに言ってるけど、君も危機感を持った方がいいと思うよ。なんせ、このゲームで力を示せなければ、その席を降りざるを得なくなるからね」
「……どういう意味ですか?」
「言葉通りさ。力を計るんだから、本気になって貰わないと意味がないからね。相応の物を賭けて貰うよ」
「――ではそうならない様、結果を残せばいいんですね」
「ああそうだ。僕に勝てとまでは言わない……が、喰らい付く位はしてほしいものだね。ふふっ。――それじゃあ僕は舞台のリハーサルに向かわなきゃだから、これで失礼するよ」
「はい。お疲れ様です」
そう告げて高咲は立ち去っていった。まったく面倒な手間を増やしやがって。迷惑極まりないな。
…………。面白いゲームか。一体どんな内容なんだか。そして、しくじればマネージャーの席が危うくなると……。それが本当なら本腰を入れないとか。
それにしても以外だったな。あの高咲の絡み方。まるで面倒見のいい先輩って感じだった。あれが普段の高咲なのだろうか……。そうだとしたら、思ってたよりいい奴なのかもしれないな。
――だからこそ。今も揺らがない俺の敵意を量れないんだろうな。




