1‐3 面会の時間、誰か貰ってくれないかな。
『面会の順番はテスト順位が高い生徒からとなります。また面会時間も順位によって定められていますので、アイフォンにてご確認ください』
そんな格差社会がさっそく頭角を現す。
面会の順番も前回のテストの順位で決められ、上位者から先に面会できるようになっている。この席順も面会をスムーズに行う為のものだ。
まぁ、これだけなら大したことはないだろう。問題はその後、面会時間がその順位によって決められるのだ。
つまり、テストで点を取れない生徒は必然的にアイドルとの面会時間も短くなるのである。
力を持った者には与えられ、無き者には与えられない。ということを示している。
そして、ここからが面白い。
『それでは、鎌田京ニ郎君。ステージの方へお上がりください』
そのアナウンスと共に一人の生徒がステージへの階段を登る。
いかにも真面目なガリ勉メガネ野郎、といった感じの奴だ。
鎌田はこの学園の理事長の息子だ。生徒会副会長を務めており、次期生徒会長と名高い。見た目通りのエリートだ。
アイドル達はステージへ置かれた長机の向こうへとスタンバイしていた。
これから、その机を挟んで180人の生徒相手をするのだ。机の上には長丁場に備えてか水が置いてある。
そんでもって、見るからにアイドルになんて興味も無さそうな鎌田に与えられた面会時間は――
『鎌田君の期末テストでの合計点は990点なので、面会時間はアイドル一人につき、99秒間となります。では、面会を初めてください』
1位の生徒には合計点の10分の1もの時間を与えられる。つまり約100秒、それが7人分なので700秒もの面会が可能となる。
ステージに置かれた大型のタイマーで時間を計り、時が来たらアラームが鳴り次のアイドルへ移行することになる。
そして、肝となるのは、鎌田はそれを全生徒の前で行う。ということだ。
700秒の間、全生徒の前でアイドルと会話し続けなればならないのだ。
そう。これはただの面会ではない。この700秒の間には様々な思想が渦巻いているのだ。
これがまた面白い。この場面がシュールで笑える、という訳ではなく、それによって起こる様々な事象が面白いのだ。
こうして始まる鎌田の面会タイム。取り決めにより会場は静まり切っているが、こんなとき、生徒らはどんな感情を抱いているのだろうか……。
その大部分は『嫉妬』だろう。
ここの生徒のほぼ全員がこの7人のアイドル中にお気に入り、いわゆる推しアイドルがいる。
そんなアイドルが、他の生徒と長時間会話しているとこを見せつけられれば。そりゃもう落ち着かないだろう。
しかもだ。学年1位ともなれば他の生徒を凌駕する票の持ち主。つまり、アイドルからすれば、高い価値を持った存在であるということ。
そうなればアイドル達はそんな彼から票を貰う為に、全力で媚を売るだろう。
逆に言わせれば、少ない票しか持たない生徒には価値は付かないということ。
いくらアイドルがキャラを作れようと、主席との会話の態度では明確に差が出る。
つまり、生徒はそんな羨めしさと、落胆のダブルパンチをくらう羽目になるのだ。
おまけに、マイクを持って会話している訳ではないので、何を話しているのだろう、とネガティブなイマジネーションを掻き立てられるのだ。
そう、好きであればあるほどに、嫉妬心を燃やし鎌田を目の敵にするのだ。
ここからは分岐が生まれる。そんな嫉妬心を原動力とし勉学に励み、次は高い順位を取りアイドルにとって少しでも価値のある人間になろう。と向上心を燃やすか。
そうは思わない。別に現状でも満足だ、と停滞するか。
前者と後者。与えられるリターンには明確な差が出る。これこそがこの龍創学園の格差社会なのだ。
鎌田もそれを理解している故の立ち振る舞いなのだろう。
学年トップであるという象徴。生徒のやる気を少しでも引き出さねばならいという責務。それらを背負いステージに立っているのだ。
その根源がアイドルというのもなんだかなって感じだが……。
実際にそれによって結果が出ているのだから馬鹿にできない。
なんたって、テストの平均点が回を重ねる毎に上がっているのだからな。
と、そんな鎌田の面会も終わりを迎えようとしたときだった。鎌田は最後の7番目である黄谷の番へと移ったが、なんと、5秒もしない内に面会を終えたのである。おいおい、マジかよ……。
これには会場がざわめく。2人の間に何かあったのだろうか。遠くだから分りにくいが、黄谷もショック受けてそうだな。
象徴である人間なのだから、どんな理由があろうとしっかり取り組むべきではないだろうか。
まぁ、それなりの理由があるんだろう。俺と同じように、あのキャラは受け付けないのだろうか。
面会を終えた生徒は退場となるので、鎌田はそのまま会場を後にした。
『……っつ、続きまして、2位と3位の生徒はステージへ』
特に触れることもなく、2位と3位の生徒がステージへと上がる。
ちなみに、面会時間は2位と3位からは時間が固定され、50秒と半分近く低下する。同じ票数なのは2位も3位も変わらないから次は1位を目指せ、ということなのだろうか。
一人一人やっていたら回転率が悪いので二人同時進行となる。同じ時間ならば詰まる心配も無いしな。
再び面会が開始されるが、先程の鎌田とは違って、露骨に心から会話を楽しんでいるように見える。2位はダイダロス、3位は青松のときに特に楽しそうに話していた。
本当にファンなんだろうな。前回の2位3位はこの2人ではなかったので、努力して駆け上がったのだろう。
そして、この2人も面会を終えて会場を去り、
『続きまして、4位から10位までの方はステージへ』
4位から10位はまた大きく低下し20秒。これもまた全員まとめて面会だ。同じ時間の人間はこのようにまとめて行われる。
各それぞれ推しているアイドルがいるのだろう、反応が分かりやすい。
傍から見たら信じられないであろうこの光景。
なぜ男子生徒がここまでアイドルに心酔しているのか。勿論それにも理由がある。
まずはこの普通科には男しかいないということだろう。更に恋愛禁止という校則まで存在するという徹底ぶりで、もし恋愛がばれたら謹慎処分という厳しい処罰が与えられる。
男だらけの環境で飢えさせ、アイドルを求めさせる為だろう。
更にはアイドルの刷り込みだ。アイドルのアピールの機会をくどい程に設けられるのだ。
全校生徒強制参加のライブコンサート、トークショーに留まらず、何かと恒例行事などにアイドル要素をねじ込んだりと、とにかくしつこい。
そんなこともあって、今では殆どの生徒がアイドルファンへと陥ってしまったのだ。
無関心な俺ですら、アイドル達の知識が付く程にな。
こんな独創的な学校は他にないだろう。いや、あってたまるか。
たまたま近所にあった大学付属校だからと入学したが、本当に凄い処に来てしまったものだ。
過去を思い返し、ため息をついていると。
『続きまして、11位から20位までの方はステージへ』
ああ、とうとう自分の番が回ってきてしまった。
11位から20位は10秒。ちゃっちゃと終わらせよう……。
ちなみに21位から50位までは7秒。停滞ラインと呼ばれている。
51位から80位は3秒。81位からは130位は2秒で、それ以降が1秒だったっけか。1秒って何を話してんだろうな。
道中で瑛介が親指を立てて何かを訴えかけてたが、ただの煽りだろう。こいつは俺が黄谷を苦手なのは知ってるからな。
だが、黄谷とは『協定』を結んでいるから問題ない。
ステージの階段を上がり、アイドルとの10秒の面会タイムが始まる。
さて、ちゃっちゃと終わらせちゃいますか。
一人目は1位の藍坂、王様だ。
「こんにちわー」
藍坂は決して自分からは話し掛けないスタンスなので、こちらから無難な挨拶をする。
「……何かしら?」
親睦会なのにこの強気。まあ票が貰えるから、媚びる必要なんてないし、強者の故の余裕か。
「……えっと、これからも1位取れるよう頑張ってください」
「ええ。これからも未来永劫、王のままだから応援されるまでもないけれど」
うん。多分これからもずっとこいつが1位なんだろうな。2という数字とは無縁なのだろう。
次は2位の柴崎。さっさと消化してこう。
「おいーっす」
無難な挨拶シリーズ2。どんな返事がくるだろうか、と返事を待っていたが、
「…………」
無視だと!? 前は無愛想ではあるものの、軽い返事はくれたのに。まぁ、それも『……うん』で終了したけれど。
しかも視線すらこちらを捉えてはおらず、机に置かれた紙をずっと見つめていた。
「……紫雲が立ち込め~て~……」
ああ、歌の歌詞を覚えてるのね。鎌田とは会話しているように見えたが、1位以外に用はないと。辛いだろうなファンは。
歌を聞きながら10秒過ごし、次へ。
3位のダイダロス橙田。凄い、これだけで『だ』が4つある。
「ちわーっす」
「あら、保育園はどうしたのかしら?」
どうすれば俺が保育園児に見えるのだろうか。
まぁ、適当に乗っておこう。
「すみません、脱走……いや脱園しました」
「あらま。もう~悪い子ね……そんな子には、ごつんっ、よ!」
ダイダロスは叩く素振りを見せる。すみません、息子は親のいうことを聞かないので。あと、ごつんって何か怖いな。
「ああ、ありがとうございます」
適当に礼を言っとく。そんな場面ではないかもしれないが、そんな場面なのだろう。
10秒消化したので次。
4位は赤宮か。
「ちーっす、赤宮」
「ああ、アンタね。幸運なことに20位に滑り込んだのね」
赤宮は知り合いなので気軽に話せる。
「不幸なことに。の間違いだ」
21位なら、合計21秒短縮できたんだ。
「あっそう。まっ、あんたはどうせ、かこむに入れるんでしょ。なら話すことなんてないから、さっさと行きなさいよ」
酷い物言いだ。赤宮はステージでは純正なアイドルだが、裏ではこのように口が悪い。
だが、場が場なので顔は笑っている。他の生徒にそんな一面を見られると不味いからな。
「おう、まぁ頑張れよ」
「アンタなんかに応援されたら、気力が吸われそうそうだから止めて」
失敬な。
「悪かったよ……みゆきー」
捨て台詞を残し次へと向かう。この場では反撃もできなかろう。
このときの赤宮は顔は笑っているが目だけが異様に怖い、といったとても器用な表情をしていた。
次は5位、とんかつアイドル、緑沢。
「ぬわっす」
とんかつ美味かったぜ。とでも言っておくか。
「あら、あんた、この前の変態新聞記者と一緒にウチに来た文空って奴よね?」
「えっ……あ、ああ」
俺が来たのを覚えていたのか。瑛介ならまだしも、付き添いの俺はただ黙って豚かつをもりもり食べてただけなのに。
というか変態って……。バレてたんだな。思わず少し笑ってしまう。
「んー、で、どうだったのよ」
どうだった? ああ……豚かつのことか。
「……美味かった。また行きたいと思ってる」
素直な感想を述べる。本当に美味かったので。
「あらそう……豚にもまともな味覚はあるのね」
心なしか嬉しそうにする緑沢。こんなドSにも、可愛らしい一面があるんだな。
意外な発見と共に10秒。さて、次だな。
6位は青松か。
「よっ、青松」
青松には気さくな感じでオッケーだ。
「よっ! 文空じゃねーか。相変わらず元気ねーな」
「これがいつもの俺だからな……」
明るく振舞ったつもりだったんだがな……。
けれど、俺みたいな壁際人間まで把握してくれてるなんて、少し嬉しくなってしまう。
「また隈付けてるじゃねぇか、この前やったお茶ちゃんと飲んでるか?」
お茶とは、前回の面会で俺が目の下に隈ができていたのを青松に指摘され、不眠だと打ち明けたら、その翌日にわざわざ俺の教室まで来て、安眠できるというお茶を届けに来てくれたのである。
買ったはいいが、自分には不要な物だったから必要にしてる人間に、だそうだ。
「よく効くから、毎日飲んでたら切らしちまってな……今度また、同じのを買いにいく」
これは嘘だ。俺が寝不足になるのは、10割方昼寝のせいで、体力が有り余った状態の体に効く筈がないからな。
だが、わざわざ届けに来てくれて、そんなことも言えないので、受け取ってしまった。
「それはよかった! 早く買ってその隈消すんだぞ、次回までの約束な!」
「ああ……サンキューな」
心から嬉しそうにする青松に罪悪感を覚える。
今度しっかりお返しをしよう……。本当にその気持ちは嬉しいからな。
と、10秒とっくにオーバーしてたな。
そして、とうとうラスボス、黄谷かこむの時間だ。
あいつと直接面会なんてしようものなら、俺は溶けてなくなるだろう。
だが、俺もまんまと溶けるようなマヌケではない。
「あ、文空君! 20位おめでとうひょも!」
先程も言ったが、俺は黄谷と協定を結んでいる。
内容はこうだ――
『いつも票を入れさせてもらっているファンです。けれど自分は黙っているあなたが好みなので、何も喋らないでいてほしい』と。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。これから先も苦しみ続けるくらいであれば、こうやって直接本人と接触を図り黙らせておいた方が、こちらも怪我をせずに済むというもの。
悪いことをしているように思えるが、本人も別に好みだと言われれば悪い気もしないし、お互い損をしないのだ。
それを第2回目から適用し、これまで無言で平和にやり過ごしてきたのだが、
「おーい、文空君ー!」
そんな協定がさっそく木っ端微塵に爆散していたのだ。
なんでだ……。こんなの協定違反ではないか。警察呼ぶか。このままでは溶けてしまう。
想定外の事態に動揺する俺を覗き込み黄谷は言った。
「町田君に聞いたひょも。文空君は人見知りで会話が苦手だからそう言っただけで、本当はかこむとお話したいって……」
瑛介ェッ!!
案の定、瑛介の方を見ると俺を見ながら笑いを堪えていた。
ここまで人を憎んだのは、生まれて初めてかもしれない。絶対に許さんぞ……。
「けど、大丈夫ひょも! かこむがひょんもりアシストしてあげるひょも!」
まずい。今はとにかくこの場を切り抜けなければ。
黙ってても攻め込まれるだけ、こうなったら……。
「そういう、お前こそ人見知りだろうが」
「ひょっ、ひょも!? そ、そんな訳ないひょも! かこむはいっぱい話せるひょも!」
急に取り乱す黄谷。やはり……。
「さっき花山先生に質問されたとき、思いっきり口ごもってたよな? それはお前がマニュアル通りにしか喋れない証じゃないのか?」
人見知りは想定していない急な場面に出くわすと言葉が出てこなくなる。だから予め考えておいたシナリオを練っておくことで対処するのだ。黄谷は正しくそれだ。
「むー、もう、どうして素直になれないひょも! かこむがサポートしてあげるって言ってるひょも!」
よし怒った。それによって独特ななまりも弱まった。狙い通りだ。
名付けて、怒らせてキャラを薄くする作戦だ。この調子で乗り切れれば――
「怒りの威嚇ひょも! くゎぁぁぁぁぁっ!!」
「ぁぁっぁあっぁぁぁぁ」
そんな幻想を抱いた俺が馬鹿だった。なんて兵器隠し持ってやがるんだ。反射的に自分も奇声をあげてしまった。
「違うひょも。くゎぁぁぁぁぁっ、だひょも!」
「ぁぁあぁぇぇぇぇ」
やめてくれ。お願いしますから!
俺はお前の真似をしてるんじゃないから。
「もう、さっきより駄目ひょも! くゎぁぁぁぁぁっひょもよ!」
「ぁがぁぁぁ……」
まずい、本当にまずい。指が痺れてきた、足もフラフラする……。既に身体の半分は溶けてしまった。
というか、10秒とっくにオーバーしてるじゃねぇか。
「ああっ、ちょっと文空君!?」
ボロボロに打ちのめされた俺は撤退を余儀なくされた……。




