2章4‐5 本当にしょうもないな。
「なっ、なんだよ!? 大事な用件があるっていうから来てやったのに」
「あれは嘘だ。そうなら何故呼び出したかくらい分かるだろ」
「……オレが、応援合戦の空気壊したことか?」
「もっと根本の部分だ。高咲にリレーをわざと負けるように促されたんだろ」
「っ!? な、なんで知ってるんだよ」
「やはりそうか。で、さっき挫いた足は大丈夫なのか?」
リレーに支障が出ると困るから確認を取る。
「……まだ少し痛てぇけど、走るのに支障はねぇと思う。まぁ、今となっちゃもうどうでもいいんだがな」
「どうでもいいか……。つまり、わざと負ける事にしたんだな」
「仕方ねーだろ。1位を譲ればあいつらの仕事が戻って来るかもしれねーんだからよ」
「それで悔しくないのか? この日の為に相当入れ込んでたんだろ」
「悔しくねぇ訳ねぇだろっ! ふざけんな!」
怒りの琴線に触れたのかそう叫び、コンクリートの壁に拳を打ち付ける青松。壁に当たるだなんて、感情の整理ができない猿かよ。
「汚ねぇんだよ。高咲の奴。オレだけの仕事を残しやがったんだ。それでもし1位を取ろうもんならオレだけ抜け駆けした事になるんだぜ」
聞いてない情報まで吐き出す。きっと誰にも相談ができず溜め込んでいたんだろうな。もし周りがその事に気付けば仕事なんて取らずに青松の味方をするだろうからな。
……それにしても、成程な。思ってた以上に陰湿だったな。もう少し高咲の手口について触れたいとこだが、それは後だ。
悔しそうに歯を食いしばる青松に切り込む。
「ならどうして抵抗しなかったんだ?」
「だから仲間の仕事が――」
「だから、抵抗してどうにかすればいいだろうって言ってんだ」
「はぁ? 何言ってんだよ」
「簡単だ。お前が高咲を上回る手を打てば済む話だろう?」
「なもん無理に決まってるだろ! オレはただでさえバカなんだからよ……」
「馬鹿だとか関係ないだろ。思い浮かばないなら思い付くまで考えればいいだけの事。自分の力じゃ無理ならそれができる奴に頼ればいい。それができないから負けた。敗因はもう明白だろう」
「だからそれができないから……」
「できない、じゃないだろ。最初から戦う事すらしなかった。違うか?」
「……それは」
「なら何故怒る? 自ら戦わずに敗北へと向かったんだろ。何故割り切らない?」
「そりゃあんな事されたらキレんに決まってんじゃねーか! 自分の事ならまだしも、仲間が巻き込まれてるんだぞ」
「ふっ、仲間の為ねぇ……。本当にそうか?」
「自分の事しか考えてねぇって言いてぇのかよ?」
青松が今にも飛び掛かって来そうな剣幕で俺を睨みつける。が、一切怯む事はなかった。明確に見下しているからだろうな。
「その通りだ。お前の言ってる事は矛盾してるんだよ」
「なんだと……?」
「さっきの醜態はなんだ? 別に失敗するのはいいとして、露骨に不貞腐れていたよな」
「別にそんなのどうでもいいだろうが」
「ほらな。本当に仲間やファンの事を考えてるんなら、怒りを表に出したりはしない。そのせいで仲間に余計な心配を掛けてる自覚はないのか? ファンにだってそうだ。今頃お前が心配で体育祭を楽しめてないかもしれないぞ?」
「そ、それは……」
「黄谷の退学が賭かっていた時だってそうだったよな。活動を停止したせいで、ファンは楽しみが減ったろうし、そんな事しても退学を止めることへのなんの抑止力にもならなりはしないのにな」
「違うそんなつもりじゃ――」
「違くねぇだろうが。結局お前はただ自分が気に入らないからキレてるんだよ。周りに心配を掛けようがお構いなしにな。どうしてそんな簡単な配慮もできないか? 理由を教えてやる。お前の言う仲間は所詮、醜い自分を綺麗に見せる為の物としか捉えてないからだ」
「そんな訳ねぇだろっ!! 仲間だって、ファンだって心から大切に思ってる」
「そんな訳があるんだよ。だからその仲間とか言ってる奴に迷惑が掛かろうと、そんなのに目もくれず自分の事ばかりなんだろ。……ほら、違うなら反論してみろよ?」
「……だ、だったら、リレーで手抜いたりなんかしねえだろ」
「それもただの自己防衛だ。前提としてお前はあくまで醜い感情に支配されてる人間ではなく、自分を仲間想いの人間と認識してたいだけだ。その証拠がさっき言った矛盾だ」
別に青松だけが特別そうではない。大半の人間には醜い感情が潜んでいる。だがそれを自負できる人間は少ない。何故なら自分を悪側と認識したくないからだ。だから正義の面を作り、それを被って生きている。故に表面上正義に見える悪徳行為が大好物。
悪意こそないが、こいつも似た様なものでその一環に過ぎない。醜さを認めない醜さ。醜態とは正しくこのこと。
「違う……違う……」
必死に言い訳を考えているのか頭を抱えだした。今にも崩れ落ちそうだが俺は追撃を止めない。
「仕事失ったばっかの奴らは上手くやっていたよな。楽しみだった仕事を失ってさぞショックだったろうに」
「……なんなんだよさっきから。オレがそんなに憎いのかよ」
「だろうな。俺もお前のせいで迷惑を被ってる人間の内の1人なんだがらな」
そう。俺はこいつに苛ついている。別にこれからする事において、こいつを罵倒する過程を踏む必要なんてないからな。
それでも俺がこうするには理由がある。まずその1つがこいつへの苛つきだ。
「黄谷が今日という日に込めていた想いをお前は知っているか? 黄谷が今不貞腐れるお前を見てどんな気持になっていたか考えたりしないのか?」
「ッ!?」
「何も返せないよな? 当然だ。お前は俺よりも長く黄谷の近くにいるのに、言われなきゃ気付かない程に自分しか見えていないんだからな」
明確な決め手。この言葉が効いたからか、青松は膝から崩れ落ち、蹲り、
「……う、うぅ………………」
泣きだした。初めて直面する己の醜さ。今までその認識から逃げていたからこそ、いざ直面した時のダメージは大きい。
このまま泣かせておいてやりたいとこだが、生憎そんな暇はない。
「おい、泣いて状況が動くと思うのか?」
「……もう、放っておいてくれよ……」
「俺がお前を憂さ晴らしの為だけに呼び付けたと思うのか?」
「……じゃあなんだよ」
「簡潔に言う。今回は俺がどうにかしてやる。だから今回は本気で勝ちにいけ」
「――なっ!? 大丈夫なのかよ……。高咲に喧嘩なんて売ったらどうなるか分かってるだろ」
「問題ない。上手い事やるさ」
「……で、でもあいつらの仕事はどうなるんだよ?」
「あれは元よりあぶく銭だ。お前の分を返上すればなんのマイナスもないだろ。それより優先すべきものがある。分かるだろ?」
状況を整理してるのか考え込む青松。数秒して口を開く。
「……本心では理解してたんだ。かこむの想いも。でも気付かない振りをしてたんだ。オレが勝ちたかったからって、あいつの頑張りを止めなかったんだ……」
「お前がなんて考えてようがどうだっていい。だが黄谷の想いを踏みにじる事は絶対に許さない。手間を掛けさせたからには絶対に1位を取れ。分かったな?」
「……ああ。分かった……本当に……ありがとう…………」
そう礼を言うとまた青松は泣き出した。そんな青松を見て俺は一言。
「……お前は本当に弱いな」
捨て台詞を吐き捨て俺はこの場を後にした。少し遠回りをしたがこの場での目的は達成した。後は仕上げを1つ残すのみ。
そんな仕上げの道中にて思う。これから青松は本来の自分に直面する。その時、向き合って前に進むか。それとも前みたく抜け道を探し都合のいい認識にしがみ付くか。そのどちらかを選択する時が来る。
もし前に進む道を選んだのであれば、大きな目標ができるだろう。
――そして、いつか挫折する。あいつはその器じゃない。現実を理解し、そうして大人になっていく。
身の程を弁え、どうかこれからは俺達の邪魔にならない様に生きてくれ。
それが2つ目の理由だ。




