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2章4‐3 いや、止めろよ。

 課題を終えた緑沢の元に次のアイドルが駆けつける。


『それでは続きまして、冷酷無情の奇才、柴崎らいなちゃん!』


 柴崎は緑沢へ手を差し出す。タイミング的に労いの握手かと思われたが、柴崎を知っている人間からすればそうではないことは直ぐに分かった。

 あれはマイクを要求しているんだ。緑沢もそれに気付いたのか戸惑いながらもマイクを差し出す。


『……私は更に高い曲を外さずに歌う』


 そう、柴崎は緑沢に競うように同じ内容で、より難易度を上げた課題に挑戦する。

 悪いな緑沢。教えちゃったの俺なんだ……。全員の課題内容をまとめる役を任されていた俺は、柴崎に聞かれてすんなりと答えてしまった。まさか、こんなことすると思わなかったからな。

 案の定、緑沢は先程とは打って変わり鬼の形相で柴崎に突っかかろうとするが、ダイダロスと赤宮が抑え込む。時折俺の方を睨み付けているのは気のせいだろう。不運が重なるとはツイてないな。

 柴崎はそんな緑沢を気にも留めず、マイクを口元へ持っていく。サインなんて送ってくる訳もないので、用意していた音楽を流す。

 それに合わせ歌を披露する柴崎。相変わらず華奢な外見にそぐわない迫力のある大人びた歌声だ。外のスピーカーの音が割れてしまっているのが残念だ。

 曲はバラード物でしんみりとした雰囲気からか、会場は静まり返っている。盛り上がるというより、聞き入ってしまうような美しい歌声だからだろう。

 そして、最後の締めのパートを迎えるが、先程の緑沢のとは違い、金切り音のようなキンキンした声を響かせる。到底人の声帯から出ている音とは思えない、もはや奇声だ。2人共ようこんな声出せるな。


『わ~相変わらずの美声でしたね! 同じく1本も外さずに歌い切ったので、らいなちゃんの推しの方も健闘運アップで~す!』


 歌い終えた柴崎は何も言葉を発っさず、澄ました顔で仲間の元へと戻るが、すかさず緑沢が取って掛かり柴崎の肩を掴んで体をブンブン揺らしている。

 怒鳴りつけている様子だが、ここからじゃ聞き取れない。まぁ、何をいってるのかは大体予想がつくが。


『あはは……。さてと、こんな仲良し2人組からバトンを継ぐのは、橙田やずるママでェす!』


『は~い! どうも~みんなのママで~す! 私が挑戦するのは、ちょっと地味ですけど『切り絵』に挑戦したいと思います!』


 橙田が挑戦するのは切り絵。紙をちょきちょき切って1枚の絵を完成させるあれだ。

 橙田曰く、少し前にこの才能に気付いてから、今までちょくちょくと練習していてそうで、今回が初披露なのだそうだ。

 それにしても、切り絵なんて体育祭で披露するようなものなのだろうか……。どうせなら握力自慢で林檎でも潰した方が、体育会系のイベントにはピッタリだろうに。

 既に橙田の元には道具が乗せられたテーブルが置かれていて、その様子をスタッフがカメラで捉え、それがグラウンドのモニターに写し出される。


『今回は勝利の象徴といわれている不死鳥フェニックスを切り上げてみせるわよ! 制限時間1分以内で切ってみせるから、上手くいったら拍手喝采して頂戴ね!』


 ハサミと黒い紙を手にし、橙田の準備は完了した様なので、カウントダウンの音声を流す。

 開幕を告げる音が響くと共に橙田は紙に切り掛かる。馴れた手付きで機敏に切り進めているが、特に印などは見辺らない。もう既にどこを切るか見極めているからか迷いなく手を動かす。

 折り曲げた紙に対し様々な角度からハサミを入れ、時にハサミをカッターの様に使用し切り抜いたりして黙々と完成へと向かっていく。

 ……うむ。凄い事をしている様だがやはり地味だ。この広いグラウンドですることなのだろうか。作業中用BGMが流れているが、これがなかったら相当白けていただろう。

 そして、1分が経過。終了を告げる音で橙田はハサミを置いた。

 どうやら切り終えたようだが……。手に持たれた黒い紙は、とてもフェニックスと呼べるような形はしていない。

 まさかこれは失敗か……と思われたが、当の橙田はやり切った顔をしていて既に笑みが少しこぼれている。どうやら上手くいった様だな。

 その黒い紙を下地の赤い紙が挟まれたクリアファイルに入れる。すると、なんてことでしょう。そこに浮かび上がったのはまごうことなき、フェニックスだった。


『おお~凄いです! フェニックスが浮かび上がっちゃいましたよ~! 私てっきりフェニックスの形に切り取るものだと思ってました』


 俺もそう思っていた。鳥の形に切り取ってそれをフェニックスとでもいうのかと思っていたが、橙田が作り上げたのはそうではなく、黒と赤の2色を使って1枚の絵として表現していた。

 赤い紙に対して、黒い紙は影として使うことによって立体感のある絵へと変貌を遂げている。

 凄いな……切り絵ってこんな奥深いものだったんだな。正直舐めていたが、実物を見て素直に関心してしまった。


『はい、という訳で無事フェニックスが完成したので、やずるママの子供達のみんなの健闘運もアップしちゃいます~!』


『うふふふ~。もっとお母さんを褒め称えなさい~!!』


 あんな馬鹿力を持っているくせに、手先が器用だとは。


『今のところみんな大成功! この流れに乗って残りの子達も無事課題達成してほしいところですね! さて、次はみんなのアイドル、赤宮みゆきちゃん』


『は~い! みんなのアイドル、みゆきで~す! 私が挑戦する課題は、跳び箱10段飛んでみようです!』


 赤宮が挑戦するのは跳び箱だ。勿論、普通の跳び箱だ。しかもこれは俺が決めた課題だ。他の奴が課題を決てく中、赤宮だけ中々提出して来ないから仕方なくこちらから取り立てに行ったところ、面倒だからお前が考えろ、と何故か逆ギレさたのだ。本当にふざけていると思う。

 ちなみに何故、跳び箱にしたのかというと、障害物競走で使うものを使い回せて準備に手間が掛からないし、課題に時間も使わないしとで、様々な面から見て建設的だからだ。

 跳び箱が赤宮の元へと運ばれる。10段。およそ160mもあるそうだ。丁度赤宮と同じくらいの高さはあるな。

 結構な高さがあるからか、着地用のマットは分厚いものとなっている。


『うわ~、こんな高いの飛べるかな~。みゆき~ちょっと怖くなってきちゃった……みんな、応援してみゆき~を勇気付けてくれないかな?』


「「「がんばれ~~~~~!!!」」」


『うわ~みんなありがとう! みんなの応援のお陰で勇気が沸いてきたよ~! よ~し、それじゃあ、みゆき~頑張るね!』


 くだらねぇ茶番してねぇではよ飛べや。10段に指定したのはお前だろうが。


『みゆきちゃん、ちゃんと準備運動はした? 手首捻ったら大変よ?』


『はい、バッチリしました!』


 嘘こけ。どうせ昼休みも飯食って寝てただけだろうに。


『じゃあよし。それでは、みゆきちゃんの跳び箱10段チャレンジ、どうぞ!』


『は~い! それじゃあいっきま~す!』


 当然こんな奴にはBGMは用意していない。

 さて、跳び箱10段。結構な高さだが無事クリアできるのか。正直失敗してほしいが。

 だがそんな願いとは裏腹に軽々と飛び越えてしまう。マットが分厚いタイプだからか着地は上手くいかなかったようだが、無事クリアか。残念。


『お見事! みゆきちゃん無事クリアですね! 私、体育で跳び箱だけは怖くて苦手だっから尊敬しちゃう。という訳で、みゆきちゃん推しのみんなの健闘運無事アップとなりま~す!』


 普段あんなに適当に生きているのに、やるときはキッチリとこなす辺り、流石といったところだ。にしても、日頃から堕落した生活を送ってそうなのに、どこでその運動神経を養っているのだか。


『やった~! みんなの応援のお陰かな、ほんとにありがとね~! それじゃあ、ばいばいき~!』


 そのキャラ自分でも気持ち悪いと思わないのかね。裏の顔をしっていると闇しか感じない。


『さて、残すところ後2人となりました。次の挑戦者は、親しみ深いアイドル青松ゆいかちゃん~! ……ってあれ、ゆいかちゃ~ん』


 どうやら聞えてなかった様で、周りに肩を叩かれようやく気付いたようだ。


『あ、ああ、わりーわりー。ちょっと考え事しててな。今回オレが挑戦するのは、くす玉割りだ。でも、ただのくす玉割りじゃつまらねーから、回し蹴りで割ってやるぜぇ!』


 青松が挑戦するのはくす玉割り。だが、ただのくす玉割りではなく、高い位置にあるくす玉を回し蹴りで割るというものだ。

 教員がくす玉がぶら下がったL字の棒を青松の元へ持って行く。その棒を体育教師2名が棒を支え、そこに青松が蹴りを入れて割る、という流れだ。

 高さは青松の頭と同じくらい。男ですら難しそうな高さだが、青松の身軽なさならではなのだろう。

 青松にしては地味な課題で使う時間も短い。勿論、俺が決めた訳でもない。

 折角のアピールタイムでもある貴重な機会にこのような課題を選らんだ理由。それは、この後のリレーの為に極力体力を温存していたいから他ない。

 青松の今日のリレーに対する入れ込みはそれだけ強いものだったのだから。そう、強いものだった。


『よし、んじゃさっさと決めてやるぜ!』


 青松は位置に付き、雄叫びのような叫び声を上げる。傍からみればこの叫びは気合を入れる為のものと思うだろう。だが俺には違う意味を持ったものに見える。

 そして、体を捻り勢いを付けてくす玉に蹴りを入れる。

 見事その蹴りはくす玉にヒット。そのまま割れて中身が出てくる。――ことはなく、くす玉そのものが吹っ飛んでしまった。原因は恐らく力みすぎだろう。しかも、その蹴りの反動か着地に失敗し転倒してしまう始末。

 ……あの馬鹿。よりによってこの大事な時に。着地に失敗したときに足を挫いたようだが大丈夫なのだろうか。これからリレーが待っているというのに。


『だ、大丈夫~? 怪我とかない?』


『……大丈夫っす……それよりみんな。ごめん……』


 明るい場に似つかわしくない謝辞の言葉。


『よかった。……んじゃさ、ゆいちゃん! このままじゃなんだし、もう一回やっちゃう~? セカンドチャ~スという事で!』


『……いえ。オレはもういいんで、次やっちゃってください』


『で、でも……みんなもいいよね?』


 花山先生の問いに対し、会場は賛同の意で満たされる。

 だが、青松は歩みを止めることなく元の場所へと戻って行った。そもそも、またぶら下げるには時間を食うだろうし、結局、再挑戦は叶わないだろう。

 これで青松の様子がおかしいのが一目瞭然となった訳だ。これにより会場の生徒らは、何かがあったのか心配をする様になったろう。折角のこの楽しい機会。せめて表面ではそれを隠すべきだと思うんだがな。他の奴らは上手くやっていたのに。


『そ、それでは、ラストを飾るのは、不敗の王、藍坂ななみちゃん! 最後なんだから、しっかりと決めてほしいですね!』


 何故そんなプレッシャーになる事を言うのか。この悪い流れを断ち切る為でもあるんだろうが。……まぁ、藍坂からすれば、それも己を奮い立たせるスパイスになりそうだな。

 そんな藍坂が挑戦する課題は……本当によくこんなものが通ったよな。この悪い流れを一瞬で吹き飛ばす程のインパクトはあるが。

 藍坂が定位置に付くと、スタッフが藍坂の周囲を囲む様に複数のピッチングマシンと球を受けるネットを配置し始める。

 四角系で例えると、2辺が各4台のピッチングマシン、向かいの2辺に球受け用のネットが配置され、その直径、縦横10m程と言ったところだろうか。


『――私はこれからこのピッチングマシンから飛んでくる硬球を全て避け切ってみせるわ。1分間、1球でも掠りでもすればその時点で失敗だけど、有りもしないことなんてどうでもいいわね』


『……えー軽く言ってますが、球速はなんと130kmもあります。それが2辺から各ランダムに2秒に1度1球飛んで来るそうです。えー……本当にこんなの許可するなんて、何考えてるんですかこの学園は……』


 仰る通りだと思います。内容は説明の通り2秒に1度ピッチングマシーンから飛んでくる球を1分間避け切るというものだが、本当になんで通ったんだよこの企画。自衛隊ですらこんなシビアなトレーニングしねぇよ。

 時速130kmって特急とかそのレベルの速さだぞ? 2秒に1度2方向から特急が走って来る訳だ。もし直撃したら骨折どころじゃ済まないんじゃないだろうか。

 当時藍坂がこの企画を持って来た時は流石の俺でも止めたが『いいから黙って持って行け』と言われたのでそのまま持って行った。どうせ学園側が止めると思ったからだ。

 だが、いざ最終決定を見ると、なんとその企画はそのまま通っていたのだ。一体藍坂と学園の間に何があったのだろうか……。

 時速130kmの硬球を見切る事なんて出来るのだろうか。しかも2方向から。場所によってはそもそも視界に捉える事すらできないんじゃないだろうか。


『ななみちゃん、ほんとの本当に大丈夫? 直撃したら骨が粉々になっちゃうわよ……』


『……私を誰だと思って?』


 藍坂の言葉から不安は一切感じとれず、ただ成功を確信している口ぶりだ。


『怖くなったらすぐにギブアップしていいんだからね』


 何かあった時の為に、ピッチングマシンの直ぐ近くにはスタッフが配備されている。


『それじゃあ初めて頂戴』


 藍坂がこちらにアイコンタクト送ってきたのでカウントダウンの音声を流す。それと同時にピッチングマシンに組み込まれたプログラムを起動させる。これも先輩が組み込んでくれたものだ。

 ホイッスルが響き藍坂は身構える。そこから数秒して球が発射される。それを藍坂は見事に避ける。2投目も同じく避ける。その後も発射され続ける球を華麗に避け続ける。まるで、どこからか飛んで来るかが分かっているかのように。

 いや……? 素早い動きで分かりにくいが確かに先読みして動いているように見えるぞ。

 まさか予めどこから飛んでくるか知っていてそれで避けているのか? いや、藍坂がそんな小賢しい真似をするとは思えないが……。

 何かトリックがあるのだろうか。状況を観察し考える。……っ! まさか、先程から響く機械音。これは球を送球口に送り込む時のものか……そうか、成程な。この音を聞いてどのマシンから球が飛んで来るのか把握しているのか。それが分かれば後は安全な場所に移動すればいいだけだ。

 だが、だけとは言うが、その場所を2秒以内に判断しなければならず、その判断を間違えれば大怪我をしかねない状況下にあるんだから、決して侮っていいようなものではない。

 これは機敏な反射神経を備え、何より肝が据わっている藍坂だからこそできる事なのだろう。

 それから1分間無事球を避け続け、終了のホイッスルが鳴る。

 その瞬間、今日一番といわんばかりにギャラリーが沸く。大怪我をしないか、という緊迫感からの反動だろう。

 これはアイドルのファンだとか抜きで、誰もが手に汗握るパフォーマンスなんじゃないだろうか。


『は~~~い、無事クリア!! これにより、ななみちゃん推しのみなさんの健闘運はアップしま~す!! 拍手ぅ~~~わ~~~』


 花山先生も不安から解放された反動からかテンションが高い。


『――以上よ』


 ただ一言そう告げて立ち去る。その姿には王者の風格を感じ取る事ができた。……そういえばあの王冠、あれだけ激しい動きをしたにも関わらず微動だにしてないが、どう固定してるんだろうか。


『は~い、それでは、これにて2年生アイドルの応援は終了になります。とても濃密な時間でしたね……これで10分しか経ってないだなんて。

 てな訳で、続きましては3年生の応援に移りま~す!』


 ふぅ、やっと終わったか……。体を伸ばし一息付いてから、使用した機材を仕舞い、そそくさと撤退する。

 そして、俺は体操着のズボンの裏ポケットに隠し持っていたスマホを取り出しチャットのアイコンをタップする。

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