2章4‐2 あれ結構な値張ったなぁ……。
昼休みを終えて、午後のプログラムへと差し掛かる。
残りの種目はアイドル応援合戦と学年別リレー、そしてアイドル対抗リレー。
現在は1年アイドル応援の最中だ。出し物はチアダンスをしているのだが、入学したてにも関わらず緊張を全く感じさせない、精密なパフォーマンスを披露している。
入学の3ヶ月前からもう既に学園に来て教育が始まるとはいえ、人前に出ることにはまだ馴れてない筈なのだが、一体どんな教育を施されてるのだか。
そして、1年の出し物が終わり2年の応援へと移る。それに合わせ俺も設営テントへと移動する。
「あら、鹿誠君。どうしたの?」
応援合戦の司会を務めている花山先生に声を掛けられる。
「……裏方で色々とする事になってるので」
俺は機材の置かれたテントにて、2年の出し物の裏方作業を務めることになっている。……本当はこんな作業したくないんだがな。
「へぇ、いい心掛けじゃない。それじゃあ背中は任せたわよ!」
なんだよ背中って……。
そんな疑問を呟きながら席に付く。まぁ、裏方とはいえ大した役割なんてなく、ノートパソコン弄って音楽を流したりするだけなんだがな。
『は~い、それではこれから2年生の応援合戦が始まりま~す!
2年生の出し物は集団で行うものではなく、アイドル個人がそれぞれ別の課題にチャレンジします!
無事その課題に成功したアイドルを推している生徒の皆さんは、なんと、この体育祭での健闘運がグーンとアップしちゃいま~す! イェーイ!』
花山先生の解説によって応援内容が伝えられる。内容は当初の予定通りで、アップする運気は面倒なので全員まとめて健闘運という事になった。うむ我ながら馬鹿げてると思う。
『……で・す・が、容易な課題では健闘の神様はデレてはくれません。一筋縄ではいかない過酷な試練を乗り越えてこそ、微笑んでくれるというもの。
そんな訳で今回彼女達が挑戦する課題はどれも困難なものばかりで、成功すれば健闘の神様もデレデレ間違いなしの見応えのある内容となっております! 凄い出し物ばかりで私も今からもうドキドキハラハラです!
あぁ~、みんな上手くいくかなぁ……とゆー訳で、さっそくやちゃってもらいましょう~! イェヤァ!』
DJがよくするようなポーズを取る花山先生。クラブにでもいる気分なのだろうか。
『トップバッターはパワフル斑点アイドルぅ、黄谷かこむちゃん!』
『は~い! ひょもひょもアイドル、黄谷かこむひょも~! 今回私が挑戦するひょもい課題は~、ひょもひょも早脱皮ひょもー!』
そんな訳で、さっそくこの応援の失敗が顔を出す。
完全にミスった。確かに個性的な能力を持つ面子であれば、全員で同じことをするより、それぞれ別の事をするのは至って合理的な判断といえる。
だが、黄谷にとってそうではなかった。何故なら、黄谷には人前で披露できるような突出した特技がないからだ。しかも、アウトドア系の黄谷にとって体育祭という場も相性が悪い。
なので黄谷の事を考えるならそれらの点をカバーできる集団での出し物にすべきだったのだ。
だが、それに気付いたときにはもう他の奴らはやる気になっていて、今更変更する余地もなかった。
とりあえず今回は、黄谷のひょもキャラにちなみ脱皮、早脱ぎという案で事なきを得たが、もっと後先を考えてアイディアを練らなければいけないと痛感させられた。
まぁ当の本人が楽しそうにしているのが、せめてもの救いか。
『それじゃあお願いするひょも~!』
そう呼びかけると、橙田と緑沢が早脱皮に使う道具を持って黄谷の元へと向かう。
早脱ぎとは言っても、そう容易にできてしまっては見せ物としてもつまらないので勿論色々と考えてある。
自分が考案したからには黄谷に恥をかかせる訳にもいかないし、何よりも楽しんでもらいたいからな。
そんな訳でまずは脱皮する衣装を橙田がお披露目する。
『は~い、今回かこむちゃんに脱いでもらうのはこちらの衣装になりま~す! これは私がデザインさせてもらったのよ~! 作ったのは私じゃないけどね』
衣装というよりはスマートな着ぐるみだろうか。見た目はトカゲというよりは怪獣といった方が的確だろう。太い尻尾も付いてるしな。色はいつも通りの黄色を基調とし、そこに斑点模様。
『うわ~かわいいひょも~! これを着ていいひょも?』
『そうよ。しかも、これはレンタルじゃなくてプレゼントよ!』
『えぇっ!? こんな素敵なもの貰ちゃっていいひょも?』
『勿論よ。こんなもの他に誰が着るのかしら』
ごもっとも。
『うわ~嬉しいひょも~!』
『うふふ。よかったわね。結構な値段したみたいだから、送り主さんにはしっかりお礼言うのよ』
『え、誰ひょも?』
『それは秘密にしてって言われてるから、ダ・メ』
『えぇ~気になるひょも~!』
まぁバレんやろ。
『ちょっと、後が詰ってるんだからちゃっちゃと着なさいよ!』
痺れを切らしたのか緑沢の横槍が入る。
おっしゃる通りだ。1人に用意されてる時間はおよそ1分半程。大体の奴はこの時間をフルで使うが、パパッと終わるのもいるので、そいつらの時間を切り詰めて黄谷が使う時間は誰よりも長くなってはいる。が、貴重な時間。決して無駄に浪費していい訳ではない。
『あ、そうだったひょもね。衣装がかわいくてつい早脱皮だってこと忘れてたひょも』
急かされた黄谷は体操着の上から衣装を身に着ける。
ちなみに黄谷はまだどんな早脱ぎをさせられるかは知らない。臨場感を味わう為と伝えたが、本当は事前練習に時間を使わせない為だ。
『うわ~ぴったりひょも~! どう、似合ってるひょも?』
着替えを終えた黄谷は、ギャラリーへポーズを取ってアピールする。それを受け会場は大いに盛り上がる。
掴みバッチリだな。これは打ち合わせなんてしていない黄谷自ら取った行動。こんなナチュラルに客の心を掴むようなことができるようになるとは……この1年でアイドルとして成長したな。
ファンの奴らも同じくこんな感慨深い気持ちにさせらてるのだろうか。思えば避けていた当初から俺は黄谷を見ていたんだな。
『はいはい、まだまだこれだけじゃ終わらないわよ。さぁ腕を前に出しなさい』
続いて緑沢が取り出したのは鎖と南京錠。
これを腕と足にぐるぐると巻き付け、最後に南京錠をロックする。
『こ、こんなの脱げないひょもよ~』
『安心しなさい。鍵はここに置いといてあげるわ。ただし、鍵は5つ。この中に手と足の拘束を解く鍵が各1つあるわ。
別にこれを解かずに無理矢理脱いでもいいんだけど……そんなことしたら大事な衣装が破れちゃうから注意しなさ~い』
いやらしい笑みを浮かべる緑沢。何故、楽しそうなんだ。
『制限時間は1分よ。頑張ってね、かこむちゃん。向こうで応援してるわ!』
『うえぇ~』
『ふふっ、精々醜く足掻くといいわ』
この早脱皮を成功させるには、まず腕と足の拘束を解く為に5つの鍵の中からそれぞれ適合する鍵を1つ見つけ出し南京錠を解除し、背中のファスナーを下ろして脱ぎ切る必要がある。
一見難しそうな内容だが、予め他のアイドルにテストとして似たような衣装で挑戦してもらったところ、全員初見で50秒程で達成できていたので失敗することはないだろうが……あの衣装を着るのは黄谷が初だから、どうなることか。
『ガッチガチな拘束ですが、果たしてかこむちゃんはこの状態から脱皮することはできるのでしょうか……』
さて、俺は持参したノートPCを開き、予め用意しておいたファイルを開く。
黄谷にアイコンタクトを送り目が合ったので、カウントダウン用の音声を流す。
音声は各アイドル分用意されていて、黄谷の場合は開幕、課題中の1分の音声、終了の合図の3つの音声が入っている。
一度ファイルを開いたら以後、ただクリックするだけで残りアイドル分のBGMも順次流れていく便利仕様となっている。
勿論こんなもの自分の力で作成した訳ではない。ありがとな先輩。
『よ~し頑張るひょもよ~!』
開幕を告げる音声が流れると同時に黄谷はさっそく鍵に手を伸ばす。まずは手の南京錠の開錠に差し掛かる。
両腕を拘束されている為に鍵が刺しにくそうだ。苦戦しながらも、1つ、2つ、3つと鍵を刺すが、どれもハズレ。更に4つ目も外してしまう。運がないがめげずに5つ目でようやく……と思われたが、なんとそれも外す。
なんでや!? まさか、正しい鍵がなかったのか? 開幕早々のハプニングに場がざわめき出す。
『えぇ~なんでひょも~。本当にちゃんとした鍵入ってるひょも?』
『ない訳ないでしょ! もう一回探しなさい!』
緑沢の野次に急かされ、リトライすること3つ目の鍵でようやく腕の拘束を解く。まずいな……このタイムロス。足はスムーズに鍵を見つけたいところだが。
だがそんな願いとは裏腹に、健闘の神は更に不運という名の試練を与える。
足の拘束を解こうと再び他の鍵を掴もうとした時だった。上手く掴めずに鍵を地面に落としてしまい、しかもその鍵は地面で跳ねて遠くへ飛んでいってしまったのだ。
第2のハプニングの到来。ここは一旦、飛んでいった鍵が正解の鍵でないことを祈り、別の鍵を探すべきなのだが、パニック状態からか、その飛んでった鍵を取りに行ってしまう。それも両足が拘束されたままなのでケンケン飛びで。
まずいぞ。もしその鍵が不正解だったら相当なタイムロスになってしまう。
『わぁ~、失敗したらこの衣装没収されちゃうひょも~』
そんな罰ないから落ち着け。相当焦っているな。
だが不幸中の幸い。焦燥感に駆り立てながらもようやく拾い上げた鍵は――。
『わ~い合ってたひょも~!』
やったぜ! これで最悪の事態は避けられた。ここまでくれば、残すところ衣装の脱皮だけだ。
だが、もう既に残り10秒。想定タイムを過ぎている。急げ……。
まだまだ不安点はぬぐえない。あの衣装、背中のファスナーを見えないようにする為に布を覆い被せている為、あの使いにくそうな手で上手く下ろせるのだろうか。
が、そんな心配をよそに黄谷はすんなりとファスナーを掴む。よしっ! こうなれば後はファスナーを一気に下ろして脱皮するだけ。
それからはなんの弊害もなく無事脱皮を終えたので、即座に終了の音声を鳴らす。
『やったひょも~! クリアひょも~!』
『えーと、これはギリギリ間に合ったのよね?』
そう尋ねる花山先生に親指を立ててグットサインを送る。残り2秒、あぶねぇ……。
『確認が取れました。無事課題達成だそうです! やった~おめでとうございます! という訳で、かこむちゃんファンの皆さんの健闘運アップしちゃいま~す!』
『わ~い、みんなの応援のお陰ひょも~! ありがひょもひょもひょも~VX!』
VXがなんなのかはさておき、今日一番と思える程の大きな歓声が会場を包む。一時は度々のハプニングによってハラハラさせられたが、それもこの盛り上がりの一因となってくれたのだろうか。不運だと思われた要因がこうして幸へと形を変えるとはな……。
持っているのかもしれないな、黄谷は。理屈として語れない何かを。
『――では、続きまして、芳醇の羽衣、緑沢みつなちゃん! この盛り上がりからのバトンタッチはハードルが高いぞ~』
『は~い、どうも~とんかつ大爆散の看板娘、緑沢みつなで~す! 私が挑戦するのは、音程バー外1本も外さず歌ってみせよう! です』
マーケティングも欠かさない緑沢が挑戦するのは、単刀直入にいえば歌。それをカラオケで見るような音程バーで全て正解を踏むというものだそうだ。そのバーはグラウンドの電子パネルに表示される。このバーを少しでも外してしまえば音楽が止まる仕組みとなっている。
本当はギターも一緒に弾きたいとのことだったのだが、外に機材を運ぶのは面倒ということで却下となった。
『これから私が歌うのはとても高難易度な曲で、音域もかな~り高めです。でもそれくらいの高音じゃなきゃ、健闘の神様には届かないと思うので頑張って歌い切って見せます!』
声の低い高いの概念がよく分からないが、まぁ凄いらしい。ちなみに俺はよく低いと言われるから、その逆ってことなのだろう。
『それでは……準備はいいかァッッッ!!! アゲてくぜ、このクソ豚共ォッーーー!!!』
歌う前からそんなに大声だして大丈夫なのか……。
緑沢がこちらへアイコンタクトを送ってきたので、緑沢から渡された音楽を流す。どうやら曲はサビの少し手前部分から歌うようだ。
大口を開き出だしから大声を響かせる緑沢。うるせぇ……。もう少しボリューム落とせよ阿保。スピーカーがキーンとハウリングを起こしている。
だが、ただの不愉な音かと思われたもの。それは直ぐに不思議体験へと形を変えた。
歌っている曲はヴィジュアル系のもで、外のスピーカーは音質が悪く音割れを起こしているのだが、その曲調からか、ハウリング含め、それらの要素が調和を起こし、音声の悪さを逆手に……いやその悪さも一つの音として完成されているように感じられる様になっていた。
これが調律というものなのだろうか。緑沢のことだ。これは偶然ではなく、狙って生んだものなんだろうな。
いつの間にか聞き入ってしまったが曲は終盤に差し掛かる。
『####ッッッ♭♭♭ァァァーーー!!!』
最後に奇声を上げて曲は終わりを迎えた。それにより一気に現実に引き戻される。
『お見事~! 凄い迫力でしたね! 結果は見ての通り無事1つも外さずに歌えましたので、みつなちゃん推しの方は健闘運アップとなりま~す! おめでとうございます!』
『ふん当然の結果ね。私から直々の給餌よ。ありがたく受け取りなさい……。それじゃあな、豚共ッ!!』
歌いきった後の緑沢はどこかスカッとしたような爽快な顔をしていた。鬱憤が溜まっていただろうから、叫ぶことによって丁度いい掃き溜めとなったろう……が、その爽快感は続かないだろうな。




