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2章3‐2 素人の俺にその評価は過大すぎる。

「こんにちわーっす」


「失礼しますだろう。やり直しなさい」


「嫌ですよ」


 久々の理事長室。ここにはあまり来たくはないのだが、用事ができたので仕方がない。


「君ね。私は君の父親じゃないんだよ?」


「父親にはもっと礼儀正しく接しますよ」


「ただ屁理屈だからね――って、それ普通逆じゃないか? 君は父親に対して敬語を使うのか」


「まぁそれに近いものは」


「……1度君の家庭環境を見てみたくなったよ」


「別に普通の家庭ですよ」


「君の中ではそうなんだろうね……ちなみにだが、君は両親のどっち似なんだい?」


「……殆ど母の血だと思います」


 俺はA型の父親とB型の母の血を継いだAB型だが、その99%は母のB型の血だと思う。


「成程。その血は母譲りと……」


「そんなことより、今日は聞きたいことがあって来たんですけど」


「そうだったね。あまり時間に余裕はないから手短にね」


 なら初めから無駄話を振るな。


「……では、まず始めに、爬虫類のイベントでは色々とありがとうございました。黄谷も凄く楽しそうにしてました」


「そうか。喜んでもらえたなら何よりだ。でもって、君もかこむちゃんを上手く売り込めたみたいだね。お疲れ様」


「ええ、ありがとうございます」


「それでどうだった。初めての営業は?」


「とても緊張しましたわ」


「……演技下手だね。今度演技指導でも入れてあげようか」


「いえ本当に緊張しました」


「隠す必要はないさ。それを理解した上で与えたミッションなのだから」


 どうやらバレていたようだ。まぁ、冷静に考えて素人を営業に送り込む訳ないわな。さながら営業の練習をさせる為、といったとこか。


「そうでしたか――んで、丁度同じ時期に他のアイドルにも仕事が来てるみたいなんですけど、これも理事長が手配した仕事なんでしょうか?」


「別に偶然同じ時期に仕事ができるなんて、そう珍しいことでもないだろう」


 何故茶化す。


「そこはしっかり明言すべきとこなんじゃないですか?」


「はぁ……君はかこむちゃんのマネージャーだろう。他のアイドルの事情に首を突っ込むのは道理を外れているんじゃないか」


「そうじゃなくて――いえ……確かにそうですね」


 お前がその気ならそれでいいさ。――ただし。後でどうなっても知らんからな。


「ではもう1つ、高咲について知ってることを教えてもらえませんか?」


 前振りを終え本題を切り出す。


「……3年の高咲君だよね」


「ええ。どう考えてもそいつしかいませんよね」


「そうか。彼についてか……。で、彼の何を知りたいんだね?」


 何を、か。もう既に聞きたいことは決まっている。恐らくこいつも察しは付いているんじゃないだろうか。わざわざ直接会ってまで聞きたいことともなればな。


「理事長は高咲のことをどう思ってるんですか?」


 だが、率直には聞かずに、あえて抽象的な質問を振る。どちらにでも転べるようにしておけば互いにリスクを背負わずに済むからだ。


「そうだねぇ……高咲君は大変優秀な生徒だよ」


「はい?」


「なにを驚くことがあるんだね? 彼は文武共に学年、いいや、今やこの学園のトップのエリートで、しかも人望も厚い。非の付け所がないさ。

 だから、私はそんな彼に生徒会長をしてほしくて指名したんだけどねぇ……二つ返事で断られてしまったよ」


「へぇ、そうなんですね……」


 あまりのつまらない返答に、冷めが露骨に出てしまう。


「ああ。彼は将来この社会に大きな貢献を齎してくれるだろうね。とても将来が楽しみだ」


「ちなみに、息子の評価は?」


 興味本位で聞いてみる。


「将来はこの私をも超える程の一個人になるだろうね」


「そうっすか」


 自己評価が高すぎるだろ。


「……でもって、逆に君みたいな生徒は私の理想の真逆だね」


「そうっすか。俺は失敗作ですか」


 別に俺のことなんて聞いてないんだがな。それにしても、理事長ともあろう人間が自分の学園の生徒を失敗作呼ばわりとは。録音しておくべきだったか。


「別に失敗作だなんていってないだろう。そんな人間に大事なかこむちゃんを託すと思うのかい?」


「……いやまぁ、そうですけど」


「ただ、君のようになってしまうと気苦労が耐えないからね。そんな思いをする人間は少しでも減らしたいのさ」


「理解できませんね」


 別に言葉の意味が理解できないのではない。その気苦労の元へと連れ込んだ元凶がそれを言うことが理解できない。


「いずれ痛感することになるさ。時に壁にぶつかり己に失望もするだろう。でも君はそれを超えていける人材だと見込んだから誘ったんだ」


「……過大評価な気がしますが」


「私の目に狂いはない。絶対だ」


 絶対的自信。正直評価を履き違えていると思うが、そのお陰で黄谷のマネージャーになれたのだからよしとしよう。


「そうですか……で、話を戻しますけど。高咲がエリートなことは分かりました」


「先輩だろう」


「でも、もう少し高咲先輩について具体的なことを知りたいんです。例えば、高咲先輩の持ってるコネクションについて、とか」


 別にそんなこと調べれば分かるんだろうが、あくまで俺は知りたいことがあってここに来たという体なのだから、形だけでもその体を成しておくべきだろう。

 もしかしたら、この質問からまた理想の方向へと流れるかもしれない、という僅かな期待も込めて。


「成程ね。3年アイドルを統括している彼に嫉妬してしまったと……」


「まぁ、そんなとこです」


「そうかい……彼はね、テレビ局の会長の御曹司さ」


「えぇっ? で、でも、ローカルとか、そんな感じのとこっすよね?」


 さっき赤宮はローカルの局からって言ってたし……。


「無論。全国放送さ。ビッグ、オブ、ビッグだね」


 嘘だろ……。幹部やディレクターを飛び越えて会長って。どんなボンボンだよ。通りでアイドル達が慕う訳だ。


「そう。だから彼に突っかかればどうなるかは分かってるね?」


「別にそんなつもりありませんよ」


 不用意にあいつの反感を買えば、いくら流創学園のアイドルであれど、アイドル生命は危うくなると。


「だが勘違いしないでほしいのは、先程も言ったように、別に彼は身分が高いから厚い人望を従えている訳ではない。現にこのことは誰にも公言していないのだからね」


「えっ? まさか自力でアイドル全員従えたと?」


「いや。一般生徒内だけで、アイドル達には公言しているよ」


 してるんかい。


「だが、高い身分だけで在り付ける程マネージャーの椅子は安くはない。彼にはそれだけの実力と行動力があったからこそ、今あの場所にいるんだ」


「そうなんですね」


 俺の思い描いていた像とは違うのかもしれないな。だが、今現在は道中の微修正をするだけで認識の終着点は変わらない段階。もう少し理解を深めるべきか。


「それで。他に聞きたいことはあるかい? まぁ、もう君が知りたいような情報は与えられそうにないと思うけどねぇ。これ以上は彼のプライバシーに関わるし」


「……いえ。それだけ知れればもう十分です」


 その言い分だと、どうやらこいつは腹を割るつもりはないようだ。自分のとこのアイドルを仕切る高咲には腹を立てているだろうに。相手が大きすぎて怖気づいたか。


「そうか。それじゃあ今度はこっちの番だね」


「はい!? 俺に?」


「ああ。私も君に伝えておきたいことがあってね。いつか話しておきたいと思っていたんだけど、そしたら丁度君からコンタクトを取ってきてくれたからね」


「そうっすか。じゃあどうぞ」


 一体なんの用なのだろうか。前のイベントの時はチャットでやり取りを済ませたのだが、その時は何も聞かれはしなかった。

 となると直接会って話したいことになるが。また長い持論でも聞かされるのだろうか。やだなぁ……。


「最近マネージャーの活動は順調みたいだね。校内美化や、体育祭合同練習とか色々聞いているよ」


 体育祭合同練習は、黄谷と共に一般生徒がトレーニングをするというもの。前の校内美化と似たようなものだ。

 だが、この活動目的は校内美化のときと違い、仲間に圧力を掛けずに堂々とトレーニングできることにある。やはり夜のトレーニングは掛かるからな。


「え、ええ。ありがとうございます」


「でもね、これからも活動していく中で1つ理解しておいてほしい概念があるんだ」


「概念?」


「それは、流創アイドルブランドのプレミア感だ」


「プレミア感?」


「そうだ。ブランドの価値を落とすような活動をされると困るからね」


「……どんな行為がそのブランドを傷付けるんですか?」


「例えば、高級なバッグや財布を売っているようなブラントが、急に手頃な価格で買えてしまう商品を販売し出してしまえば、そのブランドの価値は下がってしまうよね。

 アイドルも同じで……いや、その理由は自分で考えてみた方がよさそうだね」


 またそれかよ。面倒くさいから、率直に教えてくれよ。


「つまり、俺の考えたことは、そのブランド力を落としているということですよね?」


「だから、自分で考えたまえといっているだろう」


「なら俺はこのスタンスのままやっていきますよ?」


「好きにすればいいさ。私はもう君にかこむちゃんを託したのだからね」


「それはちょっと無責任なんじゃ」


「無責任? その通りじゃないのか。君にかこむちゃんを託した時点でもう私に責任なんて微塵もない筈だが?」


「なっ……」


 理事長が俺をマネージャーへと仕立て上げたのだから、最低でも自立できるようになるまでは手助けをするのが筋なのではないだろうか。


「君の言いたい事はわかるよ。でも、そんな甘やかすくらいなら、初めから君に託したりなんてしないのさ。中途半端に手を出すくらいなら、全て私が担うからね。

 けれど理事長という立場上、1人のアイドルだけを優遇する訳にはいかないのさ。私はあくまで皆に平等に接しなければならないからね」


「で、その為に俺を通して間接的に手助けをすると」


「それは少し違うね。先程も言ったが私は君に託したのだからね。

 そして、何故託したかって、それは君が私以上にかこむちゃんに良い未来を造ってくれると思ったからだ」


「いや、どう考えても理事長先生の方が良くしてやれるでしょうに」


「私はもう歳だからねぇ……最近はスマホを毎年新しくするのが手間としか感じられなくてね……。そんな錆びていく価値観の中に、大切な子を閉じ込める訳にはいかないのさ」


「俺を買ってくれてるのは嬉しいんですけど、まだまだ未熟で、これからも多々間違いをしてくでしょうし、そこで黄谷の活動歴に傷を付けてしまうかもしれませんし……」


「まずミスを犯してはいけない。というのが間違いなんだよ。どんなに間違おうと、最終的に成功さえすれば、その間違いも結局は正しかった、ということになるだろう。その失敗がなければ、成功へとは繋がらなかった訳だからね」


「……最後に勝っていればそれでいいと」


「そうだね。――言ってしまえば、この学園の設立だって失敗だったんだ。

 設立当初は想定外な出来事が多々発生してね。その度にどうすれば利益へと結び付くかを考え、上手いこと結果にこじつけていったよ。そして、その繰り返しが積み重なって今があるんだ」


「そうだったんですね」


「そう。天才っていうのはね。どんな過程を踏もうと、最終的にそれを成功へとこじつけてしまう生物のことを呼ぶのさ」


「あぁ、はい……」


 確かに大きな結果を出してる以上、その自己評価は間違ってはいないのだろうが、自分でいうか普通。


「勿論、君もその中に含まれる人種だと、私は思っている」


「多分その見定めは外れてますよ」


「それはない。私は絶対だ」


 俺にそこまで言われるような才能あるとは思えない。だが俺はまだ高校生。こいつにしか見えていない景色があるのか。


「で、結局、俺に何を伝えたいんですか?」


 今回は不甲斐なさを見せ、理事長から甘い蜜を吸う作戦だったが、どうやら通用しそうにないので結論を急かす。


「要はさ。君にはもっと自信を持ってほしいのさ。君の考えることは確かに結果へとは繋がっている。でも、現実的すぎてつまらないんだよね。今のとは真逆で、君は整合性からしたいことへと結び付けている。

 だから堅実で手堅くはある反面、面白みもなければリターンの大きさにも欠ける。故に平凡なんだ。

 折角、才能があるんだ。失敗なんて恐れずに、もっと好奇心に身を任せて踏み込んでいってほしいんだ。整合性なんて後付けでいいのさ」


「自分だけがリスクを負うならまだしも、黄谷も巻き込むとなればそうもなりますよ」


「何故リスクを恐れる? そもそも、君をマネージャーに指名したのはかこむちゃんだろ。なら、君の責任は、かこむちゃんの責任でもある訳だ。向こうもそれを理解したの上での筈だがね。

 まだ君達は若いんだ。落ちたならまた共に登ればいいだけだろう。頂に辿り着くにはその繰り返しは必須さ。

 到達するまでの過程もまた人を成長させてくれる。なんなら、意図的に落ちたっていいくらいだ。最初からミスのない完璧なんて求めていないさ」


「まだまだ未熟な俺に、いきなりそんな大きな成果を求められても……」


「未熟だとか関係ないのさ。単純な経験で見るのであれば大手事務所に金をはたいて、早い段階から有能な人間を雇った方が余程良い成果を望めるだろう? 裏で糸を引くだけなのだから、バレやしない。だから不平等と謳われることもない。

 アイドルというのは、秀でた者が上に行くのではなく、秀でた人間を付けれた者が上へと行くんだ。裏を返せば、付いてる人間に能がなければ、そのアイドルは一生、上の景色を見ることはできない。

 だから、自信がないのであれば自主的に降りたまえ。かこむちゃんは『頑張ってたから』で許してしまう子だからね。

 そんな優しさに付け込んで、甘い汁を吸おうとする人間を見過ごす程、私は甘くはないよ」


「はぁ? 他の奴なんかに任せる訳ないじゃないですか! 俺が一番上手くやれますから」


「なんだね。やっぱり自分が1番と思ってるじゃないか」


 にんまりとする理事長。……成程、そういうことか。


「いやぁ~鎌を掛けてみたけど見事に乗ってくれたね~。君の本気が伺えてよかったよ」


「いや別に俺はそんな……いやまぁ、その……」


 普通に悔しいし恥ずかしい。――だが、ムキになってしまう程に本気で取り組んでいたとはな。踊らされたのは不服だが、その一面に少し誇らしさが込み上げていた。


「挑戦するとは言っても、無謀では駄目だからね。覚悟を持って励んでくれたまえ」


「分かりました。これからはもう少し踏み込んでみます」


「ふむ。私はこれから新入生アイドルの面接やらで忙しくなる。暫くこうして話すこともないだろう。君がトチ狂いでもしない限りはね」


「任せてください」


「そうか。ならばもう私には甘えて来ないでくれよ」


「はい、頑張ります」


 はなっからそんな気ないくせによく言うぜ。


「よし、それでは私からは以上だ。期待しているよ」


「応えられるよう頑張ります。それでは、失礼します」


 そう告げて理事長室を後にする。

 ――はぁ、収穫はほぼ無しか。それどころか、理事長に踊らされただけだったな。

 だが、踏み込んだ挑戦か……。よし、今まで描いていた先を1度白紙へ戻すか。

 そして、再び真っ白となった紙へ筆を持ち向き合う。その時、胸が躍っている自分に直面する。

 この未知な未来への期待が青春というものなのだろうか。……俺も少しは学生らしい道を歩めるようになったのかもな。

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