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2章2‐2 アイドル科のグラウンドは狭すぎる。

「――では、お昼休みの後は初の選択授業となります。移動先の教室を間違えないよう、今一度確認をしておくように」


 2年の学園生活が幕を開けて数日が経過した今日この頃。教室やクラスメイトが変わっても、当然新たな仲間などできる訳もなく迎える、前と変わらぬ1人の昼休み。

 これから選択授業が始まる。この学園は大学付属高校ということもあり、選択科目は美術、音楽、情報とあまり受験に関係ない科目から、逆に文系理系と外部進学を視野に入れた科目も存在する。

 というのも、この学園は他の大学付属高校に比べると外部進学率が高いのだ。

 この学園の“アイドルによって生徒を育成するシステム”によって、勉学に目覚める生徒が多く、学力を付けたことにより、よりレベルが上の大学を目指す生徒が多い為、外部進学者への教育にも力を入れているのだ。

 進学すればアイドルは卒業し芸能界へ飛び込むので、この学園に未練もなくなるしな。

 厳密には進学しても数回程度会える機会はあるが、受験合格による景品も豪華なものとなっているので、どっこいどっこい、といったとこだ。


「ふぅ~ようやくお昼だ~。おーい、文空ー飯行こうぜー」


 機械か。俺は今、授業の復習をしているから話し掛けないでほしいのだがな。

 ……てか、なんでまたお前と同じクラスなんだよ。5分の1の確立でまた巡り合わされるとか勘弁してくれ。

 学校のクラス決めって色んな生徒と交流を持たせる為に、仲のよかった生徒は引き離すって聞いたんだがな。

 そもそも、お前1年の時はいつも他の奴と食ってたのに、なんで2年になってから毎日俺のとこに来るんだよ。帰れよ。


「授業の復習か~。相変わらず文空が勉学に触れている様子は違和感しかないね」


 俺は学校以外では勉強をしない。その代わり授業においては気力を大いに注入する。

 今も授業後の余韻的なものが残ってる内にこうしてノートを見返しているのだ。

 進級したことにより、勉強内容の変化に戸惑っていて復習の時間も延びている為、外部からの介入は迷惑極まりない。


「これから選択授業が始まるけど、マネージャー科では何をするんだろうね」


「あーもう、うるせぇよ! 黙ってろよ!」


 話し掛けるなオーラ突き破ってくるな。


「はーい。じゃあ終わるまで待ってるよ」


「……もういい。後で部活のときにでもするわい」


 そんな見られながらじゃ集中できんからな。

 それに、俺の選択した科目には復習は必要ないだろうから、その2時間分のキャパが空くし、今の分はそこに回すとしよう。


「いぇーい、じゃあ飯食いにいこー!」


「はぁ……今日だけだぞ。明日からは他のやつと食えよな」


 まぁ、珍しくこいつに聞いておきたいことがあったし丁度いい。



          ☆



 食堂へ到着した俺達は、それぞれ食事を注文し席へついた。

 俺はミックスフライ定食を選択した。エビフライ、アジフライ、ヒレカツ、コロッケに山盛りのキャベツが乗っかっていて、そこにお替り自由のご飯、味噌汁、漬物が付いて、なんと500円という安さ。流石は私立高校の学食である。

 一方瑛介はカツ煮定食を選択していた。豚かつと玉ねぎを卵で閉じたもので、いわゆるカツ丼の具とご飯を分けたものみたいなもので、同じく500円。これも美味いんだよなぁ。


「あーミックスフライも美味しそうだなー。そっちにすればよかったかも」


「……それじゃあ、トレードでもするか?」


「いいね! 文空にも他人と幸福感をシェアしようとする気持があったとはね」


「まぁな。人が食ってるものは美味そうに見えるものだ」


 俺はあまり人と食べ物を渡し合うのは好きではないタイプなのだが、互いにまだ箸を付けてない状態で、やけにカツ煮が美味そうに見えたのもあり、トレードを持ち寄ることにした。

 もう二度とこいつと昼飯を食うこともないだろうしな。


「それじゃあ、何をトレードする? しっかりとレートを揃えてよね」


「……エビフライとカツ1切れでいいか?」


 エビフライは2本あるので、トレードには丁度いい品だ。それに対してカツ1切れであればレートも対等な筈だ。


「ケチな文空にしては妥当な要求だね。おっけー、そのトレード乗った」


 相変わらず一言余計な奴め。まぁ、すんなりと済んだしいいか。

 という訳で、互いの皿におかずを乗せトレードを終了させる。

 このまま、いただきます、と言いたいとこだがその前に、


「そういや、1年のアイドルってどんな面子が入ってきたんだ?」


 フライとキャベツにソースをかけながら切り出す。


「文空がアイドルに関心を示すだなんて、とうとうこっち側へ踏み込んだようだね」


「……ん、まぁ、そんなとこだ」


「冗談で言ったつもりだったんだけどね……まぁ、いいや。ちょっと待ってね…………はい、ここに名簿と写真が載ってるよ」


「おう、助かる」


 瑛介から渡されたアイフォンを見ると、そこには1年アイドルの顔写真から軽いプロフィールまでも記載されていた。

 流石はアイドル新聞部部長。情報収集において右にでる生徒はいないだろう。

 そして、画面下までスクロールし、1年新人アイドル7人全員の確認を終える。


「ふぅ、よかった……」


「ん、よかった?」


「あ、いや、黄谷のライバルになりそうなのがいたら大変だなぁって、な」


「この子達がライバルになりそうにないって、随分と強気な発言だね……」


「……まぁな」


 無意識に漏れてしまった一言を突かれ、不本意にそんなことを口走ってしまう。

 流創学園のアイドルだ。この7人もきっとハイスペックな人間だろうに、強気にも程がある。

 別に問題ないと分かった以上、隠す程のことでもないのだがな。


「でも、ライバルといえば、文空はうかうかしてられないかもね……」


「俺がだと?」


「うん。僕もまだ誰かは知らないけど、入学早々1年を統括するマネージャーが現れたそうだよ」


「まじで?」


 凄いな……1年全員をまとめ上げるだなんて。しかも入学早々にって。まだ会って1週間も経ってない筈なんだがな。

 色々と引っ掛かる点も多いが、まぁ他学年のことなんざどうでもいいか。


「本当にけしからん奴だよね。この僕でさえマネージャーにはなれないというのに……」


「一体どんな汚い手を使ったんだろうな」


「きっとどす黒い手に違いないよ。3年のあの野朗みたく太いコネを持っていたとか、そんな理由に違いない」


「寧ろ俺達の学年がおかしいのかもな」


「いやいやいや。この流創学園での長い歴史においてマネージャーが付くこと事態が稀なのに、最近がおかしいんだよ」


「そうだな――それじゃあいただきまーす」


「もう僕に用はないってか。相変わらず君は薄情だね」


 仕方ないだろう飯が冷めてしまうからな。

 にしても、1年を統括するマネージャーか。どんな奴なんだろうな。



          ☆



 昼休みが終わり、俺はアイドル科へと足を運んだ。

 これから初のマネージャーの選択授業が始まるのだが、実はまだ今日何をするのかは聞かされていない。

 まぁ、マネージャー科には授業のカリキュラムなんて存在せず、ただアイドルとの打ち合わせなどをしていればいいらしいので気は楽だが、毎授業ごとに何かノルマを達成する必要があるそうだ。最初の内はそれも必要ないと言われたが。

 今日は本来アイドル科の寮に集合予定だったのだが、急遽昼休みに黄谷にチャットにてアイドル科のグラウンドに来てくれ、と伝えらたのでグラウンドに来たのだが……お、なんかやってるな。

 どうやら2年のアイドル達は体育の授業をしているようだ。50m走のタイム測定をしているみたいだ。

 だが何故そんな場に俺を呼んだのか……とにかく黄谷に聞かないと話が進まない。けれど、これから測定が控えてるようだし、ここはタイムウォッチを握り測定係をしている赤宮に声をかけることにした。


「よう、何してんだよ」


「あぁっ? そりゃ、こっちのセリフよ。なに授業サボって遊びに来てんのよ」


「サボってねーし。黄谷にここに来いって言われたんだよ」


「はぁ? ……あぁ、そっか。そういや今そっちじゃ選択科目の時間だったわね」


「そういうこった。で、今何してんだ?」


「見りゃ分かるでしょ。50mのタイム測定よ」


「もっと根本的な部分だ。今は体育の授業をしてるって認識でいいのか?」


「んー、これは授業じゃなくて、体育祭に向けての自由時間って感じかな。ま、それでも、いくつか課題があって、これもその内の1つなんよ」


「体育祭か……」


 大体の学校はスポーツの秋に行われるイベントだが、この学園では5月下旬に消化される。

 この学園の秋は芸術に全振りしているからだ。この学園にとっての秋はとても重要な季節で、目白押しイベントも盛り沢山なのだ。

 なので、体育祭はこの早い時期に消化してしまおうという魂胆なのだそうだ。


「……んで、なんで俺はその体育祭の練習に呼び出されたんだ」


「知るかよばーか。てかもう黙れ。これから測定すんだから集中できないでしょ」


 使えない奴め。やはり黄谷に聞くしかないか。

 スタートラインの方を見ると、青松と藍坂がスタートラインについていた。

 あの2人はこの学年トップ足の速さを持つ2人だ。同時に走るということは、これはただの測定ではなく競走による競争なのだろう。

 そんな2人を同時に計測するとなると赤宮が集中したがるのも頷ける。

 さてと、結果はどうなるのか……まぁそれはもう見えているか。


「位置に付いてー、よーい」


 赤宮が掛け声と共にスターターピストルを上へ構えたので、俺も耳を塞ぐ。

 そして『どん』の掛け声と共に破裂音が鳴り、2人は走りだした。

 どちらもまるで二人三脚をしているかのように並んで走っていたが、中間点を超えた辺りで青松が急加速し、そのまま藍坂を引き離してゴールした。


「はーい、ゆいかが6秒72、ななみが6秒98」


 俺より速いやん。


「へへっ、わりーな。走りだけは負けらんねーんだわ」


「ぐっ、なんで……なんでっ……」


 藍坂は俺達に背を向けて表情は伺えないものの、わなわなと震える様子を見るからに相当悔しがってるのが伝わってくる。

 まぁ、相手が悪すぎたな。確かに藍坂も化け物級の速さをしているが、それ以上に青松が異常なのだ。

 なんせ青松は中学の頃に全国陸上大会において、200m部門にて優勝を収めている短距離の王者だからな。

 その王の座を奪うことができる人間は同学年には存在しないということだ。


「んじゃ、約束通り今回も俺がアンカーだからな」


 アンカー。これはアイドルリレーのことだろうな。

 体育祭のラストに行われるこの種目は、全学年のアイドルで執り行われるもので、順位によって体育祭後に行われるライブの会場が決められるものとなっている。

 1位はこの学園のコンサートホール、2位は体育館、3位は自分の学年の多目的ルームとなっている。

 とはいうものの。成長盛りの高校生。学年による身体能力の差は大きく、結果は毎年学年順で固定なんだそうだ。

 そんなこともあり、実質この種目は走っているアイドルを愛でることがメインとなっている茶番な種目……なのだが。


「やっぱり青松は気合い入ってんな」


「そりゃね。前回の未だに引きずってるしね」


 前回のリレーにてアンカーを務めていた青松は、3位の時点でバトンを受け取り、その猛威的な走りを見せ付けるも、2位の走者にごく僅差で追いつくことができなかったのだ。

 バトンを受け取った時点でかなりの差が付いていて、そこからの追い上げは実に見事だったが、奮闘虚しく結果は3位。

 所詮はお遊びの種目。故に青松も適当な気持ちで挑んだんだろう。だが運が悪かった。

 もし大差で負けていたのであれば、そんなに気にしなかった筈。けれど僅差となれば、もし前から少しでも練習をしておけば。事前にアップやストレッチをしていただけでも結果は変わったかもしれない。

 青松はそんな後悔を背負う羽目となってしまった。

 その後の青松は体育祭後のライブにも顔を出さず、そこから更に暫く活動を自粛し、一時期はアイドルを辞めてしまうのではないかと噂が流れてしまう程であった。


「ゆいかー。何回もいってるけど、あれはあんたのせいじゃないからね」


「……いいや。俺がもっと本気で取り組んでれば勝てたんだ。これは揺ぎない事実だ」


 確かにそうかもしれないが、一番の原因は他にあるだろうにな。まぁ、怒りそうだから口には出さないが。

 何より不運だったのは、景品が仲間を巻き込む形となっていたことだろう。

 2位になっていればもっといい会場でライブができた。そうなれば、仲間のアイドル達や、応援してくれた生徒らによりいい思いをさせてやれた。そんな悔いが、仲間想いの青松を追い込。


「最近ずーっとあの調子でさ。付け入れないったらありゃしない」


「気を使うな。なんて言えないしな」


「それな~。会場なんてどうだっていいのに」


「ちなみに今年は勝てそうなのか?」


「多分勝てる。ウチの学年は粒揃いだからね」


「確かにそうだな」


 全国1位の青松、それに食らいつく藍坂、他の面子も特に運動が苦手なのはいな――くはなかった。


「不安要素があるとすれば……」


「黄谷か」


「そう。かこむ次第ね」


 黄谷にバトンが渡った途端、大きく引き離されていたからな。間違いなく1番の敗北の要因だったろう。


「――って、もうあいつら走り始めるみたいだぞ」


「あ、ほんとだ……って、また2人いっぺんかよ。2人同時は気力使うから1人づつ走ってくんないかなぁ」


 次の走者は柴崎と緑沢だ。何故この2人が同時に走ることになったのだろうか。面倒だからまとめて走ることにしたのか、それとも競うことが目的か。

 赤宮は叫ぶのがかったるいからか、ピストルを上に向けスタートの合図をする。

 そして、破裂音と共に2人は走り出した。


「あの2人は速いのか?」


「平均レベルね。まぁ、それでもあんたよりは速いでしょうね」


 俺が女子平均よりも遅いだなんて随分と低く見られたものだ。


「舐めるなよ。俺は中学の頃『瞬足』って呼ばれてたんだぜ」


「はぁ?」


「履いてた靴が」


「ぶっ……馬鹿じゃないの、なに急に下らないこと言ってるのよ」


「ふん、そんな下らないネタに笑ってしまうお前が1番下らないんだよ」


 これは俺が温めておいた究極の1発ネタだ。これでこの前のエイプリルフールネタの時の屈辱を晴らせた訳だ。


「ちょっとアンタ達、こんなとこでイチャついちゃって、タイム測定はできてるんでしょうね」


「本当に止めて気持ち悪い。……みつなが15秒57で、らいなが15秒58よ」


 そうだそうだ。不本意もいいとこだ。


「そんな訳ないでしょ! どんだけ遅いのよ私。しかも、らいなを結構離してた筈なのに、なんで同じタイムなのよ!」


 どうやら俺の渾身のギャグは測定していることを忘れてしまう程だったらしい。


「……あ、あれよ。ゾーンってやつよ。極限まで集中するとスローモーションになるやつ」


「私がスローになってどうするのよ! 測定できてなかったにしても、せめて素直に謝りなさいよ」


「……みつな。往生際悪い。今のはドローだった」


「あれがドローってどんな目してんのよ!」


「……さっきのは所詮アップ。次の走りでは私が勝つ」


「ほーん。いいわ。どうせ走り直さなきゃだし、何度でも叩きのめしてあげるわ……みゆき、次はちゃんと測りなさいね」


「はいはい、わかったわかった~」


 ――そして、2人は再走するも、結果変わらず緑沢の勝利。


「へんっ、どーよ。誰が勝つですって~」


「…………」


 悔しさで俯く柴崎を、緑沢は下から覗き込み煽りを決め込む。


「まぁ、体調管理しっかりしとけば、ワンチャンあったかもしれないわね」


「じゃあ、走りなら負けていい」


「ちょっと、なによ!? その歌なら私が勝ってます~みたいないい方は!」


 一々面倒くさい奴だな。


「……別にそういう訳じゃ」


「そういう訳じゃない! もう、なんで勝ったのに不愉快にならなきゃなんないのよ。アンタなんていつか負かしてやるんだから」


「それは無理」


「やっぱ思ってんじゃない!」


 緑沢も音楽に広く手を出しているタイプだからか、歌に秀でている柴崎を目の敵にしている面が見受けられる。

 別に総合的な面で見れば緑沢のがハイスペックだと思うし、無数に手を出している中の1つで負けているってだけなのだから気にすることもなかろうに。

 続いての走者ダイダロスが1人で勇ましい走りを見せてくれた。タイムは平均よりは上程度だそうだ。


「とうとう黄谷の番か」


 スタートラインに付く黄谷。だが、もう走る前の構えからして何かおかしい。

 まるで子供がTVで見たヒーローの構えを真似しているかのような、あどけなさを感じる構えだ。あれの構えから走るつもりなのか。


「あの子、緊張しすぎて凄い顔してたけど大丈夫かしら」


 走り終えた橙田が息1つ切らさず、黄谷を心配そうに見つめる。


「なら一緒に走ってやればよかったんじゃないですか」


「1人の方が気が楽だと思って……。別に同じ位のタイムでもないなら一緒に走る意味もないでしょうし」


「まぁ、確かにそうっすね」


「それに、走ってるかこむちゃんを前方から見たかったから!」


「おい」


 そして、スタートの合図と共に走り出す黄谷。やはり走り方のフォームもおかしい。

 大体の人間は身体能力の差はあれど、運動全般において存在するフォームというものは大体似通うのだが、運動音痴な人間は何故か、独特な固有フォームを持っている。

 しかも当の本人は指摘されない限り、おかしな動きをしているという自覚がない。黄谷にも正しくそれが当てはまる。


「はい、10秒02」


「……はぁ……はぁ……」


 誰よりも遅いのに誰よりもへばっている。これは思ったより重症だな。


「……あ……はぁ……ふみっ……はぁ……」


「おう、休んでから喋れ」


 黄谷はインテリ方面では高い能力を誇っているが、一方でこのように重度の運動音痴を煩っている。

 だが、別にアイドルをやっていく上で運動神経のなさが足を引っ張ることはないだろうし、問題点として掲げることではないだろう。

 それに黄谷には大きな目標があり、ただでさえ多忙な毎日を送っているのだ。運動に時間を割いている暇なんてなかろう。


「ふぅ……いやー、やっぱり私には運動は不向きみたいひょも。だから他の部分で挽回できるよう頑張るひょも」


 黄谷は休憩を終えたみたいで、どうやら同じ考えだったようだ。


「だな。叶えたい目標が多々あるんだからそっちを優先すべきだろう――んで、俺は今日何をすればいいんだ?」


「ああ、はい。それはこの後に色々と話し合いをするんで、それに文空君も参加してもらおうと思いまして」


「話し合い? 確か今は体育祭のことで設けられた時間なんだよな。ということは出し物についてか?」


 体育祭の項目の1つに昼食後のアイドルの応援合戦があり、学年毎のアイドル達がそれぞれ出し物をして一般生徒らを応援する時間が設けられている。


「はい、本当は今日走る予定なんてなかったんですけど、リレーの順番を決めるときにななみちゃんとゆいかちゃんが揉めちゃって……」


「成程な。でもアイドルの出し物なんて、俺が力になれるかどうか――」


「最悪記録係程度にはなるっしょ。さーかえろかえろ」


「ん、お前は走らないのか?」


「アタシはいいのよ。記録なんざ適当でもバレやしないしね」


「あのなぁ……」


「ちなみに、アタシはこの中じゃ3番目に速いのよ。中学の頃のリレーじゃ毎年アンカーだったんだから」


「んなこと聞いてねーよ」


 でもスゲーな。悔しいから口には出さないが。


「……私は長距離なら負けない」


「うおっ、急にどうした柴崎?!」


「泳ぎでも負けない」


「……お、おう、そうか」


 急にどうしたのだろうか。緑沢に負けた悔しさが拭えずに強がりたかったのだろうか。


「…………」


 だが、それ以降何も言うことなく、立ち去っていってしまった。


「なんだったんだ?」


「さぁ。らいなちゃんはちょっと変わった子ですからね」


「まぁ考えても分からんし戻るか。で、どこでするんだ、その話し合いとやらは?」


「208号室です」


「校舎内ではしないんだな」


「あそこなにかと便利ですからね~」


「校舎内だと菓子とか食えないから不便なのよ」


「みんなでお菓子やお茶を飲みながら喋るのは楽しいひょもからね! コンビニの方から沢山持ち去りましょう!」


 それが理由かい。


「いや、私はいいや」


「だめひょも! 強制連行するひょも!」


「ふざけんな、放せ」


「がっちりほーるどひょも~!」


「お前ら、今は仮にも授業中なんだぞ……」


 本当にこんな緩々で単位が貰えるのだろうか。



          ☆



 アイドル寮へと到着すると、入り口の方に男子生徒が何かを待っているかのように立ち尽くしていた。

 その男は此方を確認するなり視線を固定していることから、2年アイドルを待っていたのだろう。


「やぁ、2年アイドルの諸君」


 その呼び掛けに柴崎以外が足を止める。柴崎はそのままコンビニの方へと向かって行ってしまう。

 この男は高咲という3年の生徒だ。TVで見る役者のようなセットされた髪型、同じ制服を着ているとは思えないような清潔感のある身なり。

 世は彼を2枚目男子と呼ぶのだろう。こういったタイプの奴はこの学園の生徒が一番毛嫌いするタイプだろうな……いや、間違いなく嫌われているだろうな。

 なんせ見た目だけならまだしも、こいつは3年のアイドルを統括している“マネージャー的”存在だからな。

 だからこそこのアイドル科に足を踏み入れることができているのだ。


「なんか用っすか、先輩」


 青松が相手を務める。が、高咲はその問いに首を傾げた。なんせ、聞こえていないだろうからな。

 何故なら高咲はイヤホンを付けているからだ。しかも、片手には意識が高い人間が読むような本を開いていて、待ってる間は音楽を聴きながら読書をしていたのだろうか。


「ああ、済まない。リスニングを聞いていてね」


 リスニングだと? 更にはイヤホンを取ろうとポケットに入れていた手を出すと、その手には握力を鍛えるハンドグリップが握られていた。

 つまりこいつは、リスニングを聞きながら意識高い本を読み、しかももう片方の手で握力を鍛えていたと。どんだけ横着してんだよ。


「そうですか。随分と忙しいんですね」


「まぁね。なんせ僕は天命を全うしなければならないからね」


「天命?」


「そうだ。才能を与えられし者には、才を伸ばし、やがては才で世に貢献する。与えられた人間の宿命。それが神の与えし使命――天命さ。

 僕はその真理の元に生きている……君達にも理解出来ると思うんだけどね」


 俺達を見回しながらそう述べる。一見ただの自語りのようだが、まるで何か含みがあるようにも受け取れる。


「故に、僕には時間がいくらあっても足りないのさ。だからこそ、ハイブリッドに生きていたいのさ」


「成程……で、オレらになんの用すっか?」


 青松は流すように問う。面倒な地雷を踏んでしまった、と後悔していそうだ。


「ああ、そうだったね。ついさっき、外を見てみたら走っている君達を見かけてね。つい近くで見たくなってしまってのさ。――で、ついでに挨拶でも、と思ってね。

 特に君。素晴らしい走りだったよ。青松ゆいか君」


「はぁ……ありがとうございます」


 そう言うと高咲は手を差し出し握手を要求する。

 青松はそれに困惑気味に対応した。青松はこういった理屈めいたタイプの人間は苦手なのだろう。


「赤宮みゆき君。ちょっと、そのバインダーを見せてもらってもいいかな」


「はい、どうぞ」


 赤宮はなんの躊躇いもなくタイムが記載されたバインダーを渡す。いいのか、易々と相手チームに情報を提供して。


「ありがとう……っ!? このタイム……。赤宮君、君の測定は正確だと言えるかい?」


「もっちのろんです!」


「……理解できないね。これだけの才能を持っておきながら、何故、陸上の土俵から降りてしまったのか」


 さっきの言葉は青松に向けた当て付けだったのか。


「したいことがありますから」


「したいこと? その才能を差し置いてまでしたいことがアイドルってことかい」


「まぁそんなとこっす……。で、用件はそれでおしまいっすか」


「今回は軽い挨拶をしにきただけさ。――それと最後に聞いておきたいんだが、君達は本気で3年アイドルに勝ちに行くって認識でいいのかな?」


「勿論です。先輩だろうと容赦なく勝ちに行きます」


 迷いなく告げる青松。その瞳からは並々ならぬ決意が感じ取れた。


「そうか。では互いに正々堂々と力をぶつけ合うとしよう。それじゃあ僕は戻るよ。君達の貴重な時間をありがとう」


 軽いお辞儀をして、高咲は立ち去っていった。

 その瞬間、藍坂が此方に視線を送って送ってきたので、俺は軽く頷いて返す。

 ……分かってるさ。100%とは言えない。――が、予防線を貼っておいた方がよさそうだな。今度は防衛側か。

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