2章1‐3 お前は道具なんかじゃない。
そろそろアップルティーが販売終了の時期か……。
これからの校内美化に備えコンビニへ飲み物を買いに来た俺は、少し寂しい春の訪れを感じていた。
掃除中に倒したりしたら面倒だからペットボトルのにするか。少し値は上がるが仕方ない。
会計を済ませ、そのまま多目的ルームへと移動すると、教室の前には人だかりができていた。
これから校内美化という名目で共に掃除をする生徒達だ。まだ始まるまで30分はあるというのに。
「やぁ、久しぶりだね」
「さっき別れてまだ10分も経ってないだろうが」
ちなみに、黄谷は女子だからという配慮でジャージに着替えてもらったが、俺達は制服のままだ。外にいる生徒らも同様。
「――ってそれより、かこむちゃんへの差し入れがあるとか言って、この荷物持たせて先に行かせた癖に、なんだよその小さい荷物は」
「これは飲み物さ。黄谷が忘れてきたら大変だろ」
「飲み物さじゃないよ。そんな小さな手荷物ならわざわざ持たせる必要なかったじゃないか」
「過ぎたことだろ。気にすんな」
所詮は1時間程度の掃除なので、その間何も飲まずとも問題はないだろう。本音を言えば荷物を持たせる為の適当な理由が欲しかっただけだ。
ちなみにその荷物とは先程作っておいたグッズだ。
ぐちぐち文句を言う瑛介に会話の意思がないことを示すように視線を逸らし、教室内を見渡す。
今日から2年になったので、これからはこの3階の多目的ルームを利用することになる。
うーむ、室内は特に4階のと変わった様子はなさそうだな。
ステージの手前の方に頼んでおいた物が置いてあったので確認に移る。
まだ袋から開封されていない大量の新品の雑巾にバケツ、自在箒にちりとりなどの掃除用具が置かれていた。
「うわー沢山あるね。って、あれ、なんで金庫なんてあるんだい?」
ステージの手前に置かれた小型金庫が気になったようだ。
「お前が運んできたものはなんだ?」
「あ、そっか、お釣り用の小銭か。文空は相変わらずがめついな~」
「まぁ、そういうこった」
「……ん、まさかだけど、わざわざグッズ販売の為だけに掃除をするのかい?」
「んな訳あるか。これはあくまで後付けさ。狙いは別の部分にある」
元よりグッズ販売は間に合えばする程度に考えていたものだ。
「へぇ~。で、その狙いはといいますと?」
「別に大した狙いではないさ。まぁ、日々の積み重ねの一環といったところだ」
「もっと詳しく教えてくれよ」
「やだよ面倒くさい」
「なんだよ。わざわざ呼び付けておいてそれかよ」
道具は黙ってろ。……だが、瑛介を道具と例えるのはなんか違和感あるんだよな。何故だろうか。
「さてと、スムーズに始められるよう準備しとくか」
とりあえず大量の雑巾の開封とバケツに水汲を汲んでおくか。後はステージの下のパイプ椅子を収納する為の引き出しを出しておくくらいか。
それじゃあまず先にバケツに水を汲んでおくとしよう。俺はバケツを両手に持ち廊下を目指す。
そんな俺を見た瑛介は軽く笑った。
「文空は本当に変わったよね。前までの文空はそんな作業を自ら率先してやるようなタイプじゃなかったのにね」
「……そりゃ、自分が企画したことだしな。これくらいはするさ」
「それでも長年文空を見てきた僕からすれば、パンダの白黒模様が逆になったくらい目まぐるしい変化さ」
「なにが長年じゃい。まだ1年の付き合いすらないだろうが」
「それくらい文空を見てきたってことさ」
「気持わりぃな。いいから、お前も手伝え」
「へーい」
――それから、全ての準備を済ませやることがなくなったので、時間を意識しつつ黙々とスマホを弄っていた。
「失礼しまーす!」
「うおっ、びっくりしたぁ」
ジャージに着替え終えた黄谷は通常の入り口からではなく、ステージの袖から現れた。
アイドル専用の裏口から入ってきたんだろう。この裏口の用途は主に2つ。1つはアイドルに普通科校舎を通らせない為だ。イベントの時間に合わせ待ち伏せする生徒によって人だかりができたりなどのトラブル避ける為。
2つ目はライブなどで使う機材の搬入の為だ。その為、大型のエレベーターが設置されている。
「やぁかこむちゃん、ジャージ姿もかわいいね!」
「……あはは、ありがとうございます」
そう返答する黄谷には疲労感を感じ取れた。原因は聞くまでもない。
「お疲れ様だったな。この掃除で疲れを癒してくれ」
掃除で疲れを癒すというのはおかしなセリフだが、奴といる時間以上に苦労する時間はないだろうから、相対的にそれ以外の時間は癒しになる。
「え、ええ……ありがとうございます。でもまだ安息の時は訪れそうにないです……」
「はい?」
「なぁに、その私といると苦労するみたいな言い方は」
「げっ、まじかよ」
後方から現れたのは花山先生だった。なんでこの人がいるんだ。
「なんで私がいるんだよ。みたいな顔してるわね。考えてみなさい、生徒達だけで校内美化なんてできる訳ないでしょう。だから私が担当として来てあげたんだから感謝してほしいものだわ」
「ああ、そうですか」
担当教師が来るのは分かっていたが、普通科校舎での用件だし、まさか奴が来るだなんて思わないだろ。
「で、私は今日はどこを掃除すればいいのでしょうか?」
「俺達はステージを担当することになっている。で、外で待機している生徒らはまずパイプ椅子をしまってから室内を掃いて、雑巾がけだ」
この校内美化は普通科生徒と合同で執り行われるイベントだ。
人数は30人。瑛介による多少の不平等が織り交じった抽選を勝ち抜いた生徒達だ。
アイドルと一緒に掃除できるイベントということもあり、倍率はかなり高いものとなったらしい。
「自分が立つステージは自分で掃除しろってことですね!」
「まぁ、そうだな」
単純に生徒らとの区切りを付ける為のものなのだが、そう捉えると聞こえがいいな。
「僕は一緒に掃除する為に呼ばれたんじゃないんだよね?」
「お前は掃除している様子を撮影してくれればいい」
「成程。文空の考えが読めたよ」
「それと、最後に全員での集合写真を撮ってほしい」
「で、それを記事にすればいいんでしょ。了解!」
「そういうことだ」
物分りがよくて助かる。
「あの、後10分で開始の時間ですし、もう外で待ってる人達に中に入ってもらってもいいんじゃないでしょうか?」
「まだちょっと早――いや、ちょっとした説明も必要だし、もう入室させるか」
寒い中で待たせる訳にはいかないという黄谷の配慮だろう。俺達はそんなこと気にも掛けていなかったが。
「それじゃあ、呼んでくるとするか」
「なら私が呼びかけてくるわ」
「あっ、助かります」
俺みたいな声が小さい人間からすれば呼び掛けという行為はハードルが高いのでありがたい。
「は~い、みなさ~ん! それではお掃除を初めますので中に入っちゃってくださ~い!」
花山先生の大声が響く。流石過去にアイドルをしていたからか、凄い声量だ。
その声を聞いて続々と入室する生徒ら。そして、黄谷を発見するなり、
「「「かこむちゃーん!」」」
「こんにちわひょも~!」
野蛮な男共の声に、黄谷は精一杯手を振り応える。
そんな無数の声の中には、
「文空神ー!」
俺を崇める声――そう、俺は神となったのだ。
前に俺が不正に黄谷の票を集めようとしていた、というデマ記事を作成され、生徒間での俺の印象は最悪なものとなったが、黄谷が俺を守る為に指示したのは自分だと全生徒の前で表明し、自ら濡れ衣を被り悪いイメージを付けてしまっていた。
だが、学年末試験が終わり、投票が終了した後、学校側が退学の校則は本当にあったものだと公表した。
それによって生徒らの抱く俺と黄谷の印象は一変した。
まず俺が黄谷を守る為に動いていたということ、更には黄谷の為に必死に勉強し学年1位を勝ち取ったことが生徒間に広まった。
アイドルの為に学園と戦った救世主と崇められた俺は、やがて神と呼ばれるようにまでなってしまったのだ。
あながち間違ではないのだが、勘違いなんだよな。裏であったことを知られたら、そうは思われないだろう。
で、黄谷の方は、自らアイドルの命ともいえる印象を犠牲にしながらも俺を庇った聖人として、評価を大きく上げた。
これに関しては100%事実だから正当な……いや、もっと評価されるべきだ。
だが、その代わりに学園の印象は下がってしまったのだがな。退学の校則を隠していたことや、デマ記事に関しても黙秘を貫いていたことによって、現在も生徒間では学園への不信感を募らせている。
なので、丸く収まったとは言い難い。まぁでも、これは時間の流れと共に風化していくだろう。
「んじゃ、生徒の確認をしますか」
俺はバインダーを手にする。ここには抽選に当選した生徒の名前が記載された紙が挟まっている。
当選していないのに、シラを切って来ている生徒がいないかチェックする為の作業だ。
「それは僕がやるよ。同学年の生徒の顔と名前くらいは網羅しているからね。文空じゃ時間が掛かって仕方がない」
「ああ、すまんな」
確かに俺では、いちいち生徒手帳を確認しなければならないから手間がかかってしまう。一方で生徒の顔や名前を覚えている瑛介には適任といえる作業だ。
なんというか、無力感。アイディアを出しただけで、実行に関する部分は他人任せで突っ立ているだけ。
もっとこう、俺も自分の特性を生かせるような、固有スキルが欲しい。今の俺は相変わらず空っぽで中身がないからな。
俺がそのスキルを磨けば、それはまた黄谷の道を広げることにも繋がる筈だ。
これは当面の目標として掲げておくとするか。
――そんな訳で、不正チェック終え、これから掃除の説明に入る訳だが、結局それも花山先生が執り行うことになった。
『それでは校内美化を始めたいと思いま~す! 今回はこの3階多目的ルームをお掃除して貰います。これから自分達が使う教室なんで張り切っていきましょ~!
して、掃除の流れとしては、まず陳列されてるパイプ椅子をこの引き出しの中にしまってもらいます。
その後は皆さんの教室と同じで、掃き掃除からの雑巾掛けをしてもらいます。
テキパキやらないと時間内に終わらないので、気合を入れていきましょう!
それじゃあ、かこむちゃん! みんなを滾らせるようなエールを送って頂戴!』
ただで声大きいんだから、マイクなんて使わないでください。キンキン煩いです。
『え、あ……えと、みなさん、今日は貴重な春休みの時間を割いてまで来てくれてありがとうひょも!
という訳で、一緒にお掃除がんばるひょもよ~! ひょんひょんも~!』
「「「おおおおおおおおおお!!!」」」
うるせぇよ馬鹿共。
『かこむちゃんはステージで掃除するんで、決してステージまで上がってくることのないように。
それと、掃除に夢中のかこむちゃんがしゃがみ込んだときのお尻を見つめたりする行為はセクハラに該当するので、即退学処分にしますのでご注意ください』
いや、流石にそこまですることはないだろう。
『それでは、さっそく作業を始めちゃってくださーい!』
さてと、楽しい清掃作業の始まりだ。俺は腕を伸ばし大きく欠伸をする。
まぁぶっちゃけると、ここを掃除する必要なんてないんだがな。
この多目的ルームは1週間に1度清掃業者が来て掃除をしているし、長期休みに至っては大掃除が行われる。
なので、掃除する意味なんて皆無に等しい。せいぜいワックス掛けが少しスムーズ始められるくらいだろうか。
「じゃあ私達もさっそく掃除を始めましょう!」
黄谷はもう既に箒を持っていてやる気満々な意気込みを見せる。
「いいね~かこむちゃん。それじゃあ早速1枚撮ろうか。フラッシュを炊くから注意してね」
「はい!」
黄谷はそれに合わせてポーズを取る。もう1年経過したということもあり互いに手馴れているな。
「文空も撮るかい?」
「俺を撮ってどうすんだよ」
「最近人気者なんだし、需要あるんじゃないかな」
「やめてくれ、気持ち悪い」
「ふふっ、折角ですし一緒に撮りましょうよ!」
「俺は撮られるのが嫌いなんだ」
俺は逃げるように裏方の方へと移動した。逃げる為だけに移動した訳ではなく、ある物を取りに来たのだが……4階の時はここにあった筈……お、あったあった。
探してたのはピンマイクだ。これを黄谷に付けてもらいながら掃除すれば、野蛮な男共のモチベーションも上がるだろう。
黄谷の元へ戻り、ピンマイクを渡す。
「黄谷、これを付けながら掃除してもらっていいか?」
「え、マイクですか? 分かりました。やってみます!」
「別にそんな意気込まなくていい。ただ掃除しながら適当に独り言でも呟いてくれればそれでいい」
一応アイドルと普通科生徒の干渉は禁止というルールがあるからな。いくらガバガバな規則とはいえ過度に喋りかけたりするのは避けるべきだろう。
そんな俺の思惑を汲み取った黄谷はマイクのスイッチを入れ、
『さぁて、お掃除がんばっちゃうひょもー!!』
すると、それを聞いた生徒らは心なしか作業のペースが上がったかのように見える。実にここの生徒らしい反応だ。
そして、これがこのイベントの狙いの一つだ。このように間接的ではあるが合法的に普通科生徒らとの交流を計ることができる。
少しでも交流の機会を増していけば、それだけ人気アップに繋がっていく筈だ。
で、2つ目がこの校内美化をアイドル新聞の記事にすることだ。
アイドル新聞は全生徒が必ず目を通していて、この学園内では大きな広告塔なのである。
つまり、1つでも多くの記事を作成すればする程にアドバンテージを得れる訳だ。
だが、だからといって不平等に黄谷の記事だけを多く作成していれば、他のアイドルのファンから不満が漏れてきてしまう。
それを掻い潜る方法は簡単。不平等を許せるような記事であればいいだけだ。
例えば、善意的な行為をまとめた記事だ。今している校内美化もその善行に分類される。
これから自分らが使うステージを自ら掃除しました! という記事を見て憤りを感じる人間なんざいる筈もないし、それどころか寧ろ好印象を与えることができるのだ。
このように多少使い方を考える必要はあるが、アイドル新聞は大きな武器になるのだ。これは新聞部である俺を味方に持つ黄谷の特権だ。
まぁ別にこの行動に大きなリターンがある訳ではないのだが、まだ2年の活動期間があり、多くの時間が残されている。
なので今は無理に結果を焦らず、未来に向けての小さな積み立てをしながら成長していくのが大切と考えている。
大きな結果を掴むには相応のリスクが伴うものだし、もし成功して上へいったとしても、人間性が未熟なままであれば、分相応な場で人は狂ってしまうもの。
俺はそんな人間を間近で見たことがあって、黄谷にはそうなってほしくはないから。
……いいや、あれは俺のせいか。
――それから、俺達はステージの掃き掃除と雑巾掛けを順当に終える。
だが、多目的ルームのステージは体育館のものよりも一回り小さく、それを4人でやった為に30分も掛からず終わってしまった。
残り約40分。はて、残り時間何をすればいいのか……。
もう面倒くさいし裏方の方で掃除してるふりをしてサボるか。
「はいはい~それじゃあ次はこれを掃除してちょうだい!」
いつの間にか裏方へいってた花山先生が変な四角い箱を持ってきた。
「わぁ、ギターアンプですね」
あのギターに繋ぐと音が鳴るやつか。
「そうそう。みつなちゃんが使うからね。本当は4階の持ってくるのが一番なんだけど、面倒だからここので済ませられればと思ってね」
本音がダダ漏れだ。
「それで、これをどう掃除すればいいんですか?」
「それはね、このツマミの部分回してみて」
「はーい……あ、なんかガリガリした感触がありますね」
「そう。だから今からこれを分解して、そのガリガリをなくしてほしいの」
「なるほど! 大変そうな作業ですけど頑張ります!」
うわぁ……めんどくさそうな作業持ってきやがって……。
「で、文空君には裏方の機材の掃除を頼みたいの。大した仕事じゃないし、裏方でサボりたいって顔してるあなたには丁度いいでしょ」
「え!? あ、はい」
なんで分かるの。
「じゃあ、かこむちゃん。私が戻るまで、とりあえず表面の埃をはらって、それから外側のネジを外して蓋を開けておいてちょうだい。それが終わる頃には戻ってくるから」
「はい、分かりました!」
「僕はどうすればいいんですか?」
「瑛介君は適当に撮影を済ませてから、作業してるかこむちゃんでも眺めてたらいいんじゃない」
「え……いや、それはちょっと」
何故そんな嫌味な言い方をするのか。そんな風に言われたら嫌でも自分が率先せざるを得ないじゃないか。本当にこの人は男に対しては冷たいな。
「それじゃあ行くわよ」
「ふーい」
花山先生に先導され、後に続く。
「もうあなたは何度か見たことあるでしょうけど、ここよ」
「え、こんな精密機材の塊みたいなとこっすか」
ここは室内放送や照明操作などをする機材が置いてある場所だ。見た目はレコーディングスタジオと似ている。
でもってその機材にノートパソコンが繋いであり、これで様々な演出を手がけるのだろう。
また、マジックミラー越しに室内が見れるようになっていて、横に置かれたモニターからはステージの様子が映し出されている。
「折角だし、ちょっと弄ってみましょうか」
「え!? 大丈夫っすか」
下手に弄ったりして壊しでもしたら不味いんじゃ……。
そんな俺の不安とは裏腹に、少し楽しげにも見える様子の先生は、マニュアルのような冊子を見ながらノートパソコンを操作しだした。
すると、室内の明かりが消えた。急に消すもんだから、何か始まるのではないかと室内はざわめきだした。
『えーテステス。これから機材のテストを行いますので、一旦作業を止めてください』
言うの遅いだろ。
「さーてと……例えば、ここのパターン1を押すと」
ノートパソコンの項目クリックをすると、室内にBGMが流れ出し、カラフルなスポットライトがステージを彩った。
これは親睦会でアイドルが入場する時に流れるやつだ。
ステージは華々しいものとなり、そこで掃除をしていた黄谷と瑛介は困惑している。
「で、次はこのパターン2を押すと……」
その下の項目をクリックすると、スポットライトの光がステージの中心に集まった。
『はーい、みなさーん。これからかこむちゃんの公開お掃除ショーが始まりまーす!』
「ええっーー!?」
マイクを使わずとも聞えてくる黄谷の声。急な無茶振りだ困惑するのも無理はない。
そうか。だからギターアンプをステージの真ん中に持ってきたんだな。
「どう? 面白いでしょ。照明の動きだけでも結構なパターンがあるし、BGMも豊富なのよ」
「へぇ、裏方のこととか全然知らなかったんですけど、面白いですね」
普段俺達が見ている景色の裏側ではこのような作業が行われていたんだな。ここから親睦会の様子を見てみれば、また違った楽しみ方ができるのだろう。
「なに他人事みたいに言ってるのかしら」
「え!? まさか、俺にそれをやれと……」
この学校には専属の裏方というか、この手の機械に詳しい人が数人いるし、俺なんかがやる必要はないだろうに。
それに俺みたいな素人が機械を弄って壊しでもしたら大変だろう。触るメリットがなさすぎる。
「はぁ……演出っていうのは舞台にアイドルをより輝かせる仕事なの。はい。ここまで言えば分かるわよね?」
「成程。……でも俺なんかがしゃしゃり出ていいような処なんですかね」
「それはあなた次第なんじゃないかしら」
「俺次第か……」
先生がいいたのは、自分の担当アイドルは自分の手で輝かせろ、ということだ。
別にマネージャーなんだから仕事の負担を受け持て、とか言いたいのではない。
担当アイドルにどれだけ懸けられるか、俺が奉げられる熱量を見せてみろ、そう伝えたいのだろう。
『それじゃあ、お掃除しながら花山先生のアイドル時代に使ってた芸名を呟くひょも~』
一向に元に戻らないステージに痺れを切らせた黄谷の反撃が始まる。
「ごめんなさい。私、戻らなきゃ……悪いけどステージと照明、元に戻しといて」
「え、ちょっ……」
そう言い残して先生は駆けていった。なんて無責任な。
仕方ないので、置かれたマニュアルを手に取ると……なんだこれ新品のようにまだ紙が綺麗だ。
最近作成された物なのか……となると、まさか。まったく、俺なんかにそんな期待されても――おっと、いかんな。また逃げようとしてしまった。
期待を注がれたのならば、それに応えられるようにならねば。
あの先生、ただの同性愛者サイコパスと思っていたが、こんな教師らしい一面もあったんだな。
ならば望むところだ。俺は間もなくして聞えてきた黄谷の悲鳴をバックにマニュアルを開いた。
――そして、校内美化の終了の時間を迎えた。
『みなさ~ん、お掃除お疲れ様でした~!』
『……お疲れ様ひょも』
『掃除用具は元あった場所に一箇所に集めておいてください。雑巾は記念品としてみなさんにプレゼントしますので、教室の掃除用にでも使ってください。それで――』
その時、花山先生のマイクは突然シャットアウトされる。先生はマイクが故障がしたのではないかとポンポン叩いているが、別に故障した訳ではない。
何故ならマイクを切ったのは俺だからだ。いいや、主音声をこちらに切り替えた、といった方が正しいか。
『あーあー、突然すみません。少しだけ時間をください。ちょっとした告知をさせてもらいます。
えーもうご存知の方もいらっしゃると思いますが、黄谷がデザインした、ひょもちゃん、というキャラが描かれたグッズの販売が決定しました。今スクリーンの方に映します』
俺は先程の時間で学んだことを活かし、ノートパソコンに送っておいた画像をステージのスクリーンに表示させる。会場が明るくスクリーンが見えにくそうだったので室内の照明も暗くする。
更に、BGMとして黄谷の曲を流す。たかだがグッズの告知程度で大袈裟かもしれないが、まぁ練習も兼ねてだ。
『はい、このような可愛らしいキャラクターとなっております。
今回はそんなひょもちゃんグッズを2種類紹介したいと思います。
まずはキーホルダーになります。通学鞄やペンケースなどに付けて周りに自慢してやりましょうー。
続いてシャープペンです。これで授業を受ければ実質黄谷と授業を受けているといっても過言ではありません。
――以上の2種類となります。そして、お値段の方はキーホルダーが200円、シャープペンは300円で、2つ合わせて500円になります。
しかも今購入すると、本人の喜ぶ顔が直に見れるチャンスですので、この機会に是非。
以上で……あ、そうだ。この後記念撮影がありますので、横に並んでください。以上』
ふぅ……やはり大勢の前で喋るのは緊張するな。同時に俺みたいな陰キャがすることではないな実感する。生まれ持った声的に明るく喋るのは無理だし、ナレーションなんてやるもんじゃないな。
さて、こんな告知でグッズが売れるかどうか。30人もいるし、20人……いや10人くらいには買ってほしいものだが……。
☆
無事に校内美化を終え、残された用事を済ませた俺と瑛介は帰路に付いていた。
精神的にも疲弊した俺には、夕焼けに照らされた道がまるでランウェイのように見えた。早く帰って寝っ転がりたい。
「いやー今日は大成功に終わったね!」
「校内美化に成功も失敗もないだろ」
「そんなことないさ。みんな楽しそうに掃除してたし、何よりかこむちゃんがあんなに嬉しそうにしてたんだ。しかもグッズも爆売れ。これを成功といわずになんというのさ」
「まぁ、そうだな。黄谷が楽しんでくれたのであれば、なんであろうと成功か」
モットーはただ結果を出すのではなく、過程を楽しみながら結果を出すことだからな。
グッズ販売の方も急な販売にも関わらず30人全員がセットで購入してくれて、まだ正式販売していないにも関わらず在庫の半分を捌くことができた。
黄谷がその場にいた効果が大きかったのだろうか。
ここまで成果が出れば、次の商品販売も現実的なものとなるだろう。結果が出れば学園側が予算をより出してくれるようになるシステムだからな。
「それにしても、あの告知には驚かされたね。前々から内緒で機材の使い方を勉強してたのかい?」
「いや。裏方に行ってたときに勉強した」
「えっ!? あの短時間で?」
「花山先生が作ってくれたマニュアルが分かり易かっただけだ」
「へーそんな分かり易んだ。僕も今度読んでみようかな。……まぁでも今はそれよりも今日の記事を作成しなきゃ。やずるママの記事もあるし、今日は徹夜かなぁ」
瑛介は校内美化の後、すぐにアイドル科へ向かい橙田との仕事をしに行った。
しかも、そこまで働いたにも関わらずこの後記事作成に打ち込むのだ。
「……お疲れさん。ほれ」
そんな瑛介に対し、手に持っていた袋を差し出す。
「えっ、これを僕に!? ……サンドイッチにエナジードリンク……ちょっ、どういう風の吹き回しだい? あのケチな文空が僕に差し入れなんて、何か狙いでもあるのかい?」
「俺をなんだと思ってんだ」
「そんな……嬉しいよ。文空にこんな気遣ってもらえるなんて」
前の俺なら絶対にこんなことはしなかっただろう。だが、今日ようやく俺が瑛介をどう認識していたのかが分かった。
「今日はありがとな。それと、お前は道具なんかじゃない」
「っ! もう、そんなこと分かり切ってるさ。そうさ、僕と文空は親――」
「機械だ」
「は?」
そう、俺から見た瑛介は機械だったのだ。
「いやいや、またそんなこと言ってちゃってさ。なんなら今渡したものは何さ? これは優し――」
「メンテナンスだ」
「あ?」
今の行為も機械でいうところのメンテナンスなのだ。
俺は瑛介を道具だと認識していたがどうも引っ掛かる部分があった。だが、だからといってこいつに人間的感情を抱いてる訳でもなかった。
道具というものは一方的に利用し、使えなくなったら捨てるもの。
だが、人間はそうはいかない。何故なら感情を持ち合わせているからだ。
だから一方的に利用はできない。利用する為には相手が納得する物を用意しなければならない。
それは金のように物理的なものや、相手の情に付け入るものだったり、はたまた権力や腕力などによる強制的なものなど様々だ。それらを提示して初めてこちらの思い通りに動く。
また利用している最中であっても、負の感情を感じさせてしまえば動作を止めてしまうことだってあるし、逆に喜ぶようなことをすれば、更に大きなリターンを齎してくれたりする。
これは一方的に使う道具には決して持ち合わせてはいないものだ。
それら行為を客観視すると、それは機械のメンテナンスと同じだと気付いた。
動力を与え作動させ、作動中にも不具合が発生しないように対策を講じたり、更に作業効率を上げる為に投資したりなど。
性質を理解した上で適した材料を駆使し、己の利益の為に利用する。
そう。人間的感情が関与していないなら、それは機械を使っているのと同じ。
つまり、俺から見た瑛介は機械だったんだ。この差し入れは、そんな機械の作業効率を上げる為の物だ。
「つ……つまり、これも僕を働かせる為のメンテナンスってこと?」
「ああその通りだ。これからもよろしく頼むぞ」
俺はこれからの2年間、この機械を大いに利用していくことになるだろう。
本当にいい機械を手に入れたと思う。手放さぬよう繊細な注意を払っていかないとな。
「あ、あの……エイプリルフールはもう終わってるんだよ? ねぇ、なんで君はそういうこと顔色1つ変えずに言えるの?」
こうやってグチグチうるさいとこがなければ最高だったんだがな……。まぁ、これも機械の特性ってやつか。受け入れるしかあるまい。
――そして、それからの瑛介はしばらくサンドイッチとエナジードリンクを口にしなくなったそうだ。
原因は不明だが、機械のメンテナンスというのは難しいものだな。




