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エピローグ

 俺はあれから黄谷を探し回った。

 先程見かけたことから普通科校舎にいるのかと思い、行きそうな場所を探し回ったが何処にもおらず、ならば帰ったのかと、アイドル科校舎まで行き、各教室、食堂、寮室まで徹底的に探したがどこにもいなかった。

 一体何処にいるのだろうか。早く謝りたい。例え許されなかろうと、鬱陶しがられようと、地面に頭を付けてひたすら謝り続けたい。そんな気分だ。

 朝のホームルームのチャイムが鳴った。だが関係ない。今は遅刻とかそんなことはどうでもいい。


 そして、俺はその間ずっと考えていた。自分が引き起こしていた矛盾について。

 どうして俺は今まで黄谷を避けていたのか。

 過ちを犯し、自分の本心を直視できるようになったことにより、ようやくその理由に気付いた。


 全ては自分の弱さのせいだった。


 まず俺は何故、他人を避けていたのか。

 それは、人の期待に応えられる自信がなかったんだ。それを実行しようとすれば、自分の弱さに直面してしまうから。

 だから、人との接触を拒み、自分の中で勝手にそれを正当化する倫理観を作ることによって自尊心を保っていたんだ。

 結局自分の弱さを割り切れてもいないし、現実逃避していただけに過ぎなかった。

 そう俺はただ、己の弱さを認められず、ちっぽけなプライドを守る為に勝手に作り出した幻想に浸っている、惨めな人間だった。


 それに対して黄谷は。信念の元、不向きと分かっていながらも逃げずに全力で行きたい道を突き進んでいた。

 自分の弱さから逃げる弱者な俺に対して、それに立ち向かう黄谷。

 そう。強い人間というのは、自分の弱さを直視した上で、その向かい風の中を進む精神を持った者のことを言うのだと教わった。

 だから、そんな俺と真逆な精神を持った黄谷が輝かしくて――

 必死になって目を逸らし、否定し、拒絶していたんだ。

 黄谷を受け入れることもまた、己の身を焦がすことになるから。

 だが、同時に無意識の内に感銘を受けていた。

 だから、そんな道を進むことを阻害されたことに怒り、その道を進むことを諦めようとしたことを叱ってしまった。

 本当に俺は馬鹿だ。別に勝手な倫理観を持っていようと、外部に害をなさず生きていれば問題はない。

 だが、俺はそれで黄谷を傷付けてしまった。自分を守る為に。 

 ちゃんと己を理解できていれば、情的になって叱ったりせず、正しい対処ができた筈なのに……。

 結局、俺が黄谷の道を阻害してしまった。

 そんな俺が、助けになりたいだなんて言う権利はないだろうし、かつ図々しい願望だと思う。

 だけど、黄谷には支えが必要なんだ。あいつは人のことばかりで、自分のことを大切にしない。

 外に弱みを出さずに、負を全て自分の中に抱え込んで、どんどん自分を追い込んでいく。

 だから、それを理解して寄り添える人間が必要なんだ。そんなからげんきを見抜いて、負を受け止めてやれる存在が。

 その役割を俺にさせてほしい。完全なる俺の願望。

 そんな我がままを今から聞いてもらうんだ。精一杯謝った後に、また頭を下げて。


 ――そして、再び普通科校舎に戻ってきた。

 もう既に朝のホームルームが始まっている為、校舎に人影はなく、しんみりとした雰囲気を醸し出していた。

 もう一度この中を探すか、と昇降口に入ろうとした時だった。

 ふとよぎる記憶。黄谷のいそうな場所――そういえば……。

 その場所を思い浮かべると、無意識の内に足が動いていた。そこは黄谷と初めて繋がりができた場所。

 マネージャーになるのを引受けた時の校門だ。

 冷静に考えてにそんな場所にいる筈がないのだが、何を思ったのか俺はその校門へ向け歩を進めている。

 理由は分からない。だが、強いて言うならば直感という表現が相応しいだろう。

 何か得体の知れない引力に吸い寄せられている感覚だ。


 ――だが、そんな場所にいた。探していた存在が。まるで何かを待っているかのように。そこにいた。

 何故こんな処にいるのか。そんな疑問は感じなかった。

 ようやく見つけたことの喜び。

 だが同時に押し寄せる、決意を打ち明けることへの緊張。

 また避けられるのでは、という不安。

 否定されることへの恐怖。

 そんなネガティブな感情が去来したことによって足を止めてしまう。

 不安や恐怖に立ち向かうということには勇気が必要だ。俺は今までそんなことからずっと逃げていたが故にその壁は高くそびえ立つ。

 けれど、俺はもう逃げないって決めたんだ。自分の本心に向き合うと。二度と同じ過ちは繰り返したくないから。

 そんな決意を固め再び一歩前へ。また一歩前へと進む。

 向こうも俺に気付いたようだが、前のように避けようとせず、こちらを見つめている。

 俺はそんな反応に安堵したのか、すぐさま駆け寄った。

 そして、俺は胸に溜め込んでいた言葉を――


「黄谷。あの――」


「許します」


「なっ!?」


 吐き出すことができなかった。

 きっと黄谷は学年1位の票で相殺ということにしてくれるのだろう。

 だが、俺が謝りたいのは無神経に傷付けてしまったことであって、黄谷にはそれを理解した上で聞いてもらいたいのだが。

 けど、だからと言ってお前の過去を聞いたんだ、なんて言いにくい。

 こんなときはなんて言うのが正解なんだ……。


「寧ろ謝らなければいけないのは私の方なんです。相手のことを知ろうともしないで勝手に自分の中の解釈で決め付けてしまい人を傷付けてしまいました。

 ……だから、これからはもっと相手のことをちゃんと理解するよう心掛けていきたいと思います。もう同じ過ちを繰り返さない為に」


「――い、いやっ!? それは寧ろ俺が……」


 正しく俺の言いたかったことの模範解答と言える供述が、まさかの黄谷の口から出てきたことに戸惑う俺。

 そんな動揺する俺に構わず黄谷は続ける。


「そして、もう私は何も恨んだりしません。その先に待っている幸せを素直に受け入れることができなくなってしまいますから」


 こちらの言葉なんて聞こうともせずに一方的に話す黄谷。

 まるで、もう決意が固まったかのような振る舞いだ。

 だが、黄谷にどんな意図があろうと、まずは謝罪をしっかりとさせてほしい。

 それから話なんていくらでも聞かさせて貰うから。


「……わ、分かった。でも、その前に言いたいことが――」


「ですから、もうどうでもいいんです。そんなことに割く時間が勿体ないです。

 なんせ、私にはしたいことがありますから」


「……したいこと?」


 そんな嬉々として話されると謝りにくいな……。完全にペースを持ってかれてしまっている。

 仕方ないか。謝罪はまたの機会にしっかりとさせてもらうとして。

 黄谷のしたいことか……。それは是非とも聞きたいことだ。俺はその願望が叶うよう全力で尽くさせて貰う。


「前にも言ったことですが、もう一度言いますね。

 私は私と関わった人を幸せにしたいんです。私で楽しんでもらえたり、笑ったりしてもらえるのがとても好きなんです! そして、これこそが私の幸せなんです!


 ……ですから、それを叶える為にこれからも手を貸してもらえますか?」


 そう告げ、今まで見たこともないような満面の笑みを見せる黄谷。

 そんな黄谷から思わず顔を逸らしてしまう。何故なら――


「ああ、勿論だ」



 アンダーグランドの住人にその笑顔は眩しすぎる。


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