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4‐2 教えてもらおうか、その深い事情とやらを――

 3月上旬。テストが終わり、土日を跨いで月曜日。

 今日はテスト結果が張り出される日だ。大切な休日に採点ご苦労様だったな教師諸君。

 テスト結果は下駄箱の先にある電光掲示板に張り出される。

 今日はできることならそこは避けて通りたいのだが、場所的にも嫌でもそこを通る羽目になってしまう。

 現時刻は8時。いつもよりも20分も早い登校だ。偶然早起きしたというのもあるが、それとは別に無意識に浮き足立ってしまっているのだろうか。

 下駄箱に入ろうとすると、ある人物を発見する。

 それは同じく下駄箱へと向かおうとする黄谷だった。

 普通科校舎に用事があるのだろうか。けれど、俺に気付くなり来た道を小走りで戻っていってしまった。

 こんな早朝からなんの用事だったのだろうか。なんか悪いことをしたな。

 しかし、女子に避けられるというのは精神的にくるものがあるな。

 最近の黄谷は遅れを取り戻すかのように、今まで以上に活発に活動をしている。もう完全復帰といった感じだ。

 そのお陰か俺自身の気もだいぶ楽になった。相変わらず拒絶反応を起こしてしまうのだがな。

 気を取り直して下駄箱で靴を履き替えると、電光掲示板の前には人だかりができていた。

 あれ、この時間なのにどうしてこんなに人が集まってんだ?

 いつもは7時には張り出されているって聞いてるが、この時間なら殆どの生徒は確認を終えている筈だ。

 その理由は電光掲示板を見てすぐに判明する。

 順位表は表示されているものの、まだ名前が表示されていなかった。珍しいな。採点が立て込んでいるのだろうか。

 丁度いい。ならばこのまま教室へ向かってしまおう。

 だが、そう思った矢先に場がざわめきだす。どうやら今から表示されるみたいだ。まるで、俺を待っていたかのように。

 ……しょうがない。結果だけでも見ておくか。

 順位は最下位から表示され始める。いつもこんな風に表示されていたんだな。

 そして、全ての順位が出揃う。俺の順位は――


 1位 鹿誠文空   996点

 2位 鎌田京二郎  994点

 3位……


 1位、1000点。もう既に自己採点は済ませていたから分かりきっていた結果だ。なんか3桁のように見えたが気のせいだろう。

 ……まぁ、当然の結果だな。頑張ったんだし。

 流石にいつものように勉強をせずこの点を取るのは不可能だ。

 そう、俺はあの黄谷との出来事以来、ただひたすら勉強をしていた。

 黒い手を使って解決した方が遥かに楽だっただろう。鎌田に封じられた手の他にもまだまだ手はあったしな。

 だが、黄谷に罪を作ってしまったことにより、それらの手は使えなくなってしまった。

 何故ならそれでは筋が通らないからだ。そんな楽をして解決をしたところで黄谷には響かない。

 あくまで謝罪というのは誠意を見せなければ相手側には伝わらない。

 だから猛勉強という、過程まで汲み取れる結果で返上することでしかその罪を相殺することができないのだ。

 別に黄谷が許す許さないは関係ない。あくまで俺の中で筋が通ればそれでいい。この過程と結果は十分に釣り合っている筈だ。

 だから逆に黄谷がそこまでしなくてもいいと言ったとしても、俺の中で許せないのであれば償い続けるだけだ。

 けれど、頑張ったと言うのは違うかもな。

 あの出来事以来、勉強は精神安定剤だったからだ。

 大好きな睡眠をしようとしても、体を横にした途端、落ち着くどころかストレスが溜まり、他にも気を紛わそうとしても……というか、勉強以外のことの全ての行動においてイライラしだす一方で、気付けば机に向かっていた。

 何をしようにも、あの時の黄谷の顔がフラッシュバックし、ただ黄谷の為になる行動をしている時だけが正常でいられた。

 それは言い換えればそれは娯楽と言っても刺し違えはないのかもしれない。

 そして、ようやくこんな呪縛からおさらばできる訳だ。この1位の100票を全てを黄谷に投票すれば7位になることはまずないからな。


「鹿誠って、あのかこむちゃんのマネージャーの?」


「まさか、かこむちゃんの為にあの鎌田を超える程の勉強をしたのか?」


 さっそく周りでは俺の名が囁かれ始めている。

 当たり前か。普段20位周辺の生徒が急に1位になるなんて明らかに異常事態だ。しかも、一時期問題を起こして話題にもなっているから尚更だ。

 下手に目立つのは避けたい。まだ見つかっていない内にさっさと退散しよう。

 だが、視線を逸らした先に掲示板を見て硬直している1人の生徒を発見する。

 ……こいつには声を掛けておくか。


「よっ、瑛介」


「ふっ!? ふみ――」


 すると、瑛介までも俺に気付くなり背中を向ける。


「お、おい、もういいだろう。当然この票は全て黄谷に入れる」


「……僕は君と話す資格なんてないんだ……」


「は? なんでだよ」


 予想外の返答に困惑する。しかも、声から洞察するに泣いているのか?


「なんでって、僕は君を裏切ったんだよ? しかも、僕が上げた記事のせいで君は苦しい生活を強いられる羽目になってしまった。そんな最低な行いをしたのに、僕は何もできなかった……」


 涙声で話す瑛介。どうやら俺を裏切ったことを負い目に感じているようだ。

 だが、何もできなかったというのは違う。


「お前だって、7位と高成績じゃないか。これは黄谷の為なんだろ?」


 きっとこれは黄谷の為に勉強したからであって、何もできていない訳ではない。

 まぁ結局、鎌田に脅されて黄谷に票を入れることはできなかったろうがな。

 だが、結果として残ってる以上、その気持ちは十分黄谷に伝わる筈だ。


「そんなちっぽけな票じゃどうにもならないじゃないか……必死で勉強したのに、情けないよ……」


 鼻を啜り、袖で涙を拭く。どうやら、相当罪の意識を感じているみたいだ。

 うーむ……なんか温度差を感じるな。どうしてこいつはそんなに俺に情を入れ込んでるんだろうか。

 所詮俺達の関係なんて利害の一致によるものでしかない筈なんだがな。

 そもそも、鎌田に脅されてやったことだろうし、悪く思うことなんてなかろうに。

 それどころか逆に俺に対して怒ってると思っていた。

 なんたって、黄谷を活動停止に追い込んだ原因は紛れもなく俺だからな。だが、ここまでの誠意を見せれば許してくれるだろうと思って声を掛けた。


「……別に俺はこれっぽちも気にしてねぇよ。それに鎌田に背いて部活を潰される方が俺的にはよっぽど困るから、その選択は間違っていない。もしあのとき俺側に付こうものなら、即座に送り返していたさ」


 仮にもし鎌田が動かなかったとしたら、俺が意図的に瑛介に鎌田側に回るよう指示していただろう。

 部活を無くすことで、その分の時間を勉強に回したかったからだ。

 部室で勉強することもできたが、俺が勉強をしていることを誰かに知られるのは避けたかった。

 この手は正攻法であり、奇襲でもあるからな。万一対策される可能性も考慮できた。


「でも……」


「どうでもいいって言ってるだろ。それとも、そんなこと言ってお前、この前の焼肉食べ放題奢りの約束をはぐらかすつもりじゃないだろうな?」


 軽いジョーク。それが効果的だったのか、ようやく肩の力が抜けたようで、


「ぷ、ふふっ……。もう、学年1位になっても相変わらず文空なんだから。そんな約束すっかり忘れていたよ。分かった! それじゃあ、今日は祝勝会だね!」


「いや今日はそんな気分じゃないしいいや……」


 今日は早起きのせいかあまり体調がよくない。折角の食べ放題だ。どうせならベストコンディションのときに望みたいものだ。


「なんだよ、折角いい感じの流れだったのに……。それで、まさかいつも通り勉強してない訳じゃないよね?」


「んな訳あるかい。割と勉強したんだぜ」


 今回の勉強量は『割と』だなんてラインをゆうに超えているが、素直には言わない。

 95点を確実に取るのは容易だったろう。だが、確実に100点を取るとなるとハードルは遥かに高くなる。どの科目においても1問もミスができないからな。

 何度も何度も。1ヵ月程。同じ箇所を繰り返し勉強し続けた訳だしな。


「そっか。相変わらず一度走り出すと止まらないよね、文空は」


「……まぁな」


 一番驚いているのは俺自身だがな。まさか俺がこの世で嫌いなものランキング一桁に位置する勉強に打ち込むだなんてな。


「それよりもほら、僕なんかよりも会いに行くべき人がいるだろ? 早く行ってこいよ」


「……ああ、そうだな」


 俺はこれからある人物に会いに行く。

 だが、瑛介の思っている人物ではない。まだ黄谷の進学は100%ではない。

 そして、この用事を済ませばようやく俺は晴れて自由の身だ。

 前のように何にも縛られない身軽な生活を送るんだ。これから春休みも待っているしその全てを堕落的に消化しよう。



 ――そんな風に思っていた俺は、なんて楽観的だったのだろうか。



          ☆



「失礼しまーす」


「――おぉ、随分と早いお出ましだね。相変わらずノックはしてくれないようだけど」


 あ、忘れてた……まぁいいか。

 俺が尋ねたかったのは理事長だった。どうしても聞きたいことがあるからだ。


「……鹿誠……文空……」


 鎌田か。きっと理事長にごねていたんだろうな。

 まさかの絶対的自信を持っていたテストの点で負け、想定外の事態にどうすることもできずに悪あがき、といったところか。

 結果発表が遅れたのもこいつのせいなのかもしれない。


「残念だが、何も不正はしてないぞ」


 俺は視線も向けずにそう述べる。

 見かけたら煽ってやろうかと思っていたが、いざ直面すると何も感じないものだな。

 まぁ、無関心なのは当然か。黄谷を進学させる為の過程に、こいつは配慮されてなかったからな。


「まさか、こんな手で止めにくるとはね……どんな手を使ってこようと驚かないつもりでいたけれど、まさか正攻法でくるなんて1周回って驚いたよ」


「……それはどうも」


「それにしても不思議だね。君ならもっと簡単に止めることだってできたろうに、何故わざわざこんな手間の掛かるような手段を取ったのかな?」


「……まぁ、色々ありまして」


 勿論、1位を取れなかったときのことも考慮し、他の手も考えてある。

 1番手軽なのは、やはりアイドル1人を活動停止にする手だ。鎌田は俺に罪を擦り付けると言ったが、それでも限界はある。

 例えば、過去に活動停止になった事例、それをなぞればどうなるか。

 俺は瑛介に過去に活動停止になった事例を調べさせた。特に現2年、3年のものは重点的に。

 その事例の中に1つ。仲間を馬鹿にされ、一般生徒を殴った。というものがあった。しかも現2年のアイドルが起こしたものだ。

 なんて都合のいい事例だろうと思った。1年に適任な人物がいるからだ。そう青松。

 あいつを使えば簡単だ。面前の場で俺を殴らせればいいのだから。この前は抑えることができてたが、それでも度の過ぎた煽りをすれば、抑えることはできないだろう。

 これは俺が要因となっているが関係ない。2年のときだって仲間を煽られたことが原因なんだからな。

 もしこの事例を許せば、2年からは不満の声が上がり、やがては学園全体に疑念が広まる。それはこの学園の理念に背くことであり、ブランド価値を落とすことになる。それは避けたい筈。

 そこに保険としてもう1つくらい事例の再現をしておけば安心だ。

 逆にそんなデメリットを請け負っても構わない程に黄谷を退学させたいのであれば、それはもはや学園の意思。阻止するのは非常に困難となる。仮にもし無理矢理進級させれたとして、そこに居場所は無いに等しい。

 他にも、電子工作部へ送る筈だった黄谷の色紙を利用し鎌田の暗躍を公にするなど、様々な手があったが、黄谷の退学がこの学園の意思ならば、同様に効力の無い手となっていただろう。

 だが、この学園がその決定をする可能性は、極めて低いだろうな。なんたって――


「君にどんな心境の変化があったかは知らないが、とにかく、この勝負は君の勝ちだ。無事かこむちゃんの進級は確定だ」


「……は、はぁ」


 随分とあっさりと認めるんだな……。拍子抜けもいいとこだ。

 やっぱりな。そう、この学園の意思を司る理事長にその気が見当たらないのだから。本当にこいつは俺と鎌田の対決を傍観するだけだった。だがそうなるとまた別の疑問が生まれる訳だが。

 時計に視線を移す。まだ8時10分か。

 まだ時間にも余裕があるし、本題に入る前に一つ聞いてみるとしよう。


「そういえば前から気になっていたんですが、退学の校則って本当に存在するものなんですか?」


 これは藍坂に言われて改めて見つめ返してみだが、やはり破綻していると思った。

 一番の問題点はやはり、一般生徒間にこの校則が漏れればこの学園の投票の理念が崩れてしまうということだろう。

 この校則はアイドルの自白で簡単にバレてしまう。

 例え大きなデメリットがあるにしても、ここのアイドルは結束を大切にしていて、アイドル達の仲も深い。

 故にデメリットを犯そうと、仲間を守る選択を取るアイドルがいてもおかしくはない。

 そして、一度広まってしまえば投票の理念は崩れ去る。

 普通化生徒は退学を回避させる為に本来入れる筈だったアイドルに票が入れられなくなる。

 こうなれば勉強をするモチベーションを失いかねない。

 でもって、必然的にそのアイドルの順位も上がることになり、そうなれば、他のアイドルの票を集める為の頑張りも無駄になりかねず、アイドル側も同じくモチベーションの低下に繋がってしまう。

 その程度のことを想定できない筈がない。

 そもそも、一度でも広まってしまえば、後続の世代にもこの校則が語り継がれるようになってしまい校則としての効力がなくなるし、そもそも何故、最下位ではなく7位固定なのか。

 粗を探すと切りがない。もはや校則として機能していないのだ。


「……ふむ、そうだな。これはもう隠す必要がないから正直に言おう。その通り、そんな校則は初めから存在しない」


 やはりか。そして、そこから導き出される一つの結論。それは、信じ難いことだが――


「つまり、黄谷を退学させる為だけに作られたピンポイントなものなんですよね?」


「……そうだ。この校則は息子に相談を受けて私が設立したものでね。これなら生徒の皆も辛うじて受け入れてくれるだろうからね」


「なら、どうして俺と鎌田を競わせたんですか?」


 理事長の意思が見えてこない。退学させるか、させないか。そんなもの理事長が自分で決めればいいのに、何故俺と鎌田が戦うフィールドを作って傍観していたのか。


「……これ以上は君が首を突っ込むことではない。すまないがこれ以上の詮索は黙秘させてもらうよ」


「そんなこと言わずに教えてくださいよ。その深い事情とやらを――」


 きっとこれらの疑問の終着点は理事長の言う深い事情とやらにあるのだろう。

 もしその事情が深刻な問題なのであれば、俺がしゃしゃり出て邪魔をする訳にはいかない。だから俺の票は別のアイドルに投票しよう。

 ただし、これだけしたんだ。膨大な対価はもらう。

 当然自分の為にではなく、全てを黄谷に捧げる。分かり易く大金か。まだアイドルを続けたいのであれば大きなコネクションか。


「…………」


 だが、宣言通りに黙秘する理事長。

 自分の目的に巻き込んだ以上、それを聞く権利はあると思うのだがな。

 それに俺は他人の不幸話に心を痛めるような心は持ってはいないから気遣い無用だ。


「別に話たくないならいいです。それならこのまま黄谷に票を入れるだけなんで」


「ああ、それで構わない」


 構わないか……。それで終わるなら、別にいいんだが。


「――勝手に話を進めるな。この件についてのお前はただの連帯責任者に過ぎない。だからこれは俺の口から話す」


 直ぐに割り込んでくると思ったが、遅かったな。

 退学させたい程の理由。想像も付かないな。黄谷がそんな恨まれるようなことをするとは思えない。


「待て。鹿誠君は関係ないだろう」


「もうお前は黙っていろ。これは俺に課せられた宿命なんだ。俺はただその責務を果たすだけだ」


「だが――」


 俺はそれでも止めようとする理事長の言葉を遮り、


「話してくれ鎌田」


 俺はその事情を聞く為にここに来たんだ。

 だから話してもらわないと困る。全ての心残りを払拭して春休みを迎えたいのだから。

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