1‐1 始業式とは、拷問である。
『――最後になりますが、三学期は日数が少ないとはいえ、消化で終わらせはせず、日々向上を志す3学期にしていければ、と思います』
1月上旬。ここ流創学園高等学校では3学期の始業式が取り行われていた。
体育館の中はまだストーブの熱が広まりきっていないのか少々肌寒い。
でもって眠い……先程から欠伸が止まらない。冬休みによって生活リズムが狂い、満足に睡眠を取る事ができなかったからだ。
はぁ。苦痛だ。なんでそんな状態で立ち続けなければならないのか。
こちらの事情も配慮せず招集をかける学園の悪事は断じて許されるものではない。
苦痛と共に、抗う事のできない理不尽によって募る怒り。それにより新たな志が生まれようとしていた。
将来は教師になって、こんな無益な事で時間を搾取される生徒を守る為に戦おう――あぁでも、なるまでの道のりは長く険しそうだし、なれたとして、教師は大変とよく聞くからやっぱりナシで。その志は5秒で散っていった。
あぁ、もう本当に苦痛だ。頼む、早く終わってくれ。終われ終われ終われおわ――
『副会長さん。ありがとうございました……続きまして、校長先生の式辞になります』
まじかよ、勘弁してくれよ……。
うちの校長は血も涙もない『言葉の拷問官』と恐れられる程に苦痛な話をする事で悪名高い。
既に精神が壊れかけているというのに、そこから更に追い討ちをかけるとは……なんて恐ろしい奴なんだ。
素朴な疑問だが、実際にこの全校生徒の中に校長の話を有難く聞いてる奴なんているのか? まるで必要性を感じない。
しかも、たちの悪いことに、校長本人はそれを有難い教訓だと思っていやがる。
いいか校長よ。そんな話は誰も求めてはいないんだ。体育館を出た生徒の感想は苦痛だった。の一言で統一されてるんだよ。だから今すぐ止めるんだ。
……もういっそ、テロリストでも乱入してきて、めちゃくちゃにしてくれないものか。
そしたら、学校休みになるだろうから家に帰るのに。
あぁ。もう無になろう。苦痛と感じるから辛いんだ。この式が終わるまでは無で乗り切ろう……。
…………。
……………………。
――パチパチパチ。
……お?
いつの間にか、立ちながら寝ていた俺は、拷問終了の拍手の音で目を覚ました。おお、人は立ちながらでも寝れるのか。いや本当に無になる事に成功したのか。とにかく凄い得した気分だ。
『それでは、これにて始業式の方を終了させて頂きます……』
司会の教頭による、拷問終了の通告が響き渡る。
拷問を切り抜けた囚人もとい、生徒らは肩の荷が降りたからか、大きく体を伸ばしたり、近くの生徒に会話を振るなど、先程までのどんよりした空気は見る影もなくなる。
この学園……いや、普通科には男子しか存在しないので飛び交う声が茶色い。
俺もリフレッシュしたいとこなのだが、喜ぶにはまだ早い。
何故なら――
『ではこれから、アイドルふれあい親睦会の会場のご案内をさせて頂きます!!』
「「「うおおおおおッッッ!!!」」」
まだまだ俺に安息は訪れない。
☆
「……はぁ……」
憂鬱だ。全校拷問終了後、俺達普通科生徒は親睦会の会場へと足を運んでいた。
その親睦会の会場は学年毎に分けられていて、俺達1年は4階の多目的ルームにて行われる。
こちらは重い足を引きずって歩いているというのに、対して周りの奴らは、ワイワイ、ガヤガヤと賑やかで、実に羨ましい。
親睦会を前にした生徒らは、まるで餌を前にした犬かのように浮かれていた。
流創学園大学付属高校。これがこの学園の正式名称。
ここの普通科は特殊な教育法を実施しており、その手法からか、卒業生の質が高いと外部からの評判も良く、ここの生徒を取りたがる企業は多く、更に大学付属という事も相まって、毎年高い倍率を叩き出している、ある種名門校だ。
そんな処の生徒らが、アイドルに浮かれているなんてな。
ここにはもう一つ『アイドル科』なるものが存在する。
名目通り、アイドルを育成する学科だ。
このアイドル科を卒業した生徒にはもれなく、大手事務所との契約が約束され、その殆どが大物女優として羽ばたいている実績を誇っている。
そんな実績からか、世間体の注目度も高く全国各地からアイドル志願者が殺到する。
その倍率なんと毎年3桁越え。志願者ではなくて倍率だ。
何故こんなにも高いのか。それは、募集枠が毎年7名の激狭な門だからだ。
そんな狭い門を潜り抜けた者達故に、ほぼハイスペックな生徒達ばかりとなっている。
これから行われるのは、そんなアイドル達と触れ合えるイベント、通称アイドルふれあい親睦会。というこの学校特有の文化的行事だ。名前もくどい。
だが別にこの行事は生徒達の娯楽の為に行われるのではない。
この行事には至って合理的な狙いがあって――
「おーい文空ー、鹿誠文空ー」
後ろから名前を呼ばれているが無視する。かったるくて人と話してなんかられないし、無視して問題ない奴だから。
「おーい、無視されても返事するまで無限に話掛けるから、無駄な抵抗は止めたまえ」
そうもいかなそうなので、仕方なくその声の主に構うことにする。
「……誰だよお前」
「おいおい。この世でたった1人の親友にそれはないんじゃないのか?」
こいつは町田瑛介。自称、俺の親友の知合いだ。
一見、馬鹿そうな面をしているが、一筋縄ではいかない龍創学園の受験をアイドルに会いたいが為だけに猛勉強して突破した猛者。
「んーなんだい? 急に仏様を見るような眼差しを向けて。君にとって僕はそんなに魅力的に映ってるのかい」
「誰が仏じゃ。アイドル基地外め」
「なんて心地の良い呼び名だ」
嬉しそうにするな。
「んで、今日もそいつで盗撮でもすんのか?」
瑛介は首にカメラをぶら下げていたので、嫌味も混ぜつつ聞く。
「盗撮とは失敬な! これは立派なアイドル撮影用のカメラさ。このレンズで可憐なアイドル達を捉え、記事としてまとめ上げファンの皆に提供するのさ」
「提供というなら、残り99%の未放出の写真も公開したらどうだ」
「なななっ!? そそそ、そんな写真ある訳……」
分かり易すぎるだろ。
こいつはアイドルへの並々ならぬ愛により、新聞部とはまた違ったアイドル新聞部を設立したのである。瑛介はその部長だ。
だから本来は撮影禁止のアイドル達の撮影を許されている唯一無二の存在。周りからはアイドル神と崇められている。
ちなみに俺もその部員だ。
「に、にしても、この親睦会が楽しみすぎて、始業式が苦痛でしょうがなかったよもう」
誤魔化すかのように別の話題を切り出す瑛介。どうでもいいことなので追求はしない。
「同感」
「テロリストでも乱入してきてくれたらよかったのにねぇ」
「せ、せやな……」
こいつと同じことを考えていたなんて不服もいいとこだ。
「もし本当にやってきたら、どう対処するのが正解なんだろうね」
「……さぁな」
「冷たいねぇ……うーむ、僕だったら、横の非常口にダッシュして逃げ込むかな」
「それは無理だろ」
「え、なんでさ?」
無になる前にテロリストが突撃してくる妄想をしていたので、無理だと分かっていた。
「そんな分かり易い出入り口は塞ぐだろうからな」
「……と、言いますと?」
話が広がり始め、適当に合わせておけばよかったと後悔するが、これからの憂鬱を紛わすのには丁度いいと思い話に乗る事にする。歩きながらの行動に無駄は無いしな。
「もし入り口から銃を持って突入したとしても、多くの生徒がそこを使って逃げることは簡単に想定できるだろ。だからそうさせない為に、複数の仲間でありとあらゆる通路から一斉に突入して抜け道を塞ぐだろう」
「そっか……んじゃ、文空だったらどうする?」
正直、逃げずに学校が身代金を払ってくれるのを祈るのが安定なんだろうが、それでは妄想が終わってしまうのでつまらない。
「体育用具室から逃げればいい。流石にそこまでマークはしないだろう」
「ああ、なるほ……でもそれじゃあ、外にいるのに撃たれるんじゃないか?」
「いや、それはないだろう」
あくまで100%ではないが。
納得のいかなそうな瑛介に対し俺は続ける。
「まず前提として、テロリストはこの学園に身代金を要求する為に来るものとする」
「うむ」
「その場合生徒を人質にしないとだから、誰も外に逃げれない状態を作らなければならない。故に逃がさない事に注力するからこそ、逆に逃した生徒に一々構ったりはしない。数人程度に脱走されたところで問題はないしな」
「……お、おう」
「1年の整列場所は入り口方面であると同時に用具室にも近い。だから瑛介を盾にしつつ、駆け込んで脱出する。先手必勝だ」
一番手頃で罪悪感も感じない最高の盾だ。
「なんで僕がお前なんかの盾に……」
「まっ、こんなところだ」
この手の話は考えるのは簡単でも、説明するとなると面倒だな。もう二度としない。
都合よく捉えてるとこもあったろうが、そもそも、こんな有りもしない話を膨らませる時点で、真実性も何もないだろう。
「そんなどうでもいい事考え込んでるなんて文空らしいね。普段は干物みたいな顔して過ごしているけど、一度スイッチが入ると止まらなくなるタイプだよね」
「干物ってなんだよ」
なんだかんだ、こんなくだらない話を最後まで聞いてくれるあたり、こいつは人付き合いがいい。数少ない長所と言える。
そんな瑛介はおもむろにスマホを弄りだし、
「えっと……ほら、これなんて正しくそうじゃないか?」
そのスマホの画面には干物みたいな顔をしている俺が写っていた。
「いつの間にそんなもん……しかも学校の端末じゃねーか、消せ」
この学園では、生徒全員にスマートフォン端末が配布されているのだが、こんなくだらないことする為に配った物ではない。
「そうだね、神聖なるこの端末に呪いの画像を保存してても、不幸なことが起きそうだし」
確かにこいつからすれば、神聖なる物なのかもしれない。
「ところでさ、文空は今日の投票はどの子に入れるか決めているのかい?」
「…………」
瑛介は改めて例話題を切り出す。
せっかく忘れてかけてたのに……口の減らない奴め。
「王道を行くななみちゃん? それとも天才のらいなちゃんかな~」
「…………」
無視。散々こちらが喋った後でなんだが、その話題はNGだ。
その理由を分かっていてわざと聞いているからたちが悪い。
もっぱら声を掛けてきたのは、からかいに来たからだろう。
「あ、そうだった。文空には推しのあの子がい――ちょっ!? カメラはやめて、その子は関係ないでしょ、ねぇってば、5万もしたんだからやめてぇぇぇ!!」
よりによって、あいつを煽りに使うとは。火に飛び込む夏の虫め。
「なんで窓を開けるの!? ここ4階だから、落としたら壊れちゃうから。カメラってデリケートなんだよ?」
瑛介は必死に俺を止めようとするが、人には超えてはならないラインというものがある。
「――ああ、そうだ! この前、頼まれたやつ用意できたんだ、その報告をしにきたんだよ」
「なに、本当か!? 有難い話だが、早過ぎないか?」
冬休みに入る前に頼んでおいた物があったのだが、それをもう用意したと。
「そんなことないさ! 僕は親友の為には善意を惜しまない男だからね。頼まれた瞬間に迅速に対応させてもらったよ。ね、だからそのカメラを――」
「本当だな? 嘘だったら、未公開写真の存在をアイドルにばらすからな?」
「あ、あはは……安心してよ、本当さ」
アイドル達の信頼を得るのに相当苦労したようだからな。そんな事がばれたら一気に水の泡だ。
「ほらよ」
器の大きい俺は返してやる事にした。落胆するのを見たところで、あまり面白くはないしな。
カメラを取り戻した瑛介は我が子かのようにカメラを撫でる。
「ふう、良かった……まったく、僕が君に嘘をついたことなんて1度もないだろ」
今ついたな。
「それじゃあ、僕はセッティングがあるから行くね。また放課後に部室で」
セッティングとは、親睦会の撮影の事だろう。
「今日行くなんて言った覚えは無いが」
俺の嫌味を無視し、走り去って行った。
――と思ったら、少し離れたところで急に立ち止りこちらを向く。何か言い忘れたのか?
「まったくもう、素直じゃないんだからぁ。あの子も、素直に大ファンなんです! って言えば、握手くらいはしてくれるんじゃないかな!」
そう言い残し、逃げるよう去っていった。
だから反撃されないように距離を取ったんだな。あの野郎……覚えとけよ。
「投票かぁ……」
投票。この学園の一大イベントのアイドル人気投票。
これから行われる親睦会もその投票の前座、いわゆる接待だ。
普通に考えて、学校でアイドルとの親睦会や投票なんて有り得ないだろう。
名称こそ普通科と呼ばれているが、それはこの学園において普通というだけ。
だから、これから普通じゃないやり方で普通じゃない教育が行われる。先程も述べたように、このイベントも教育的観点からして必要だと判断されているからこそ行われる。
この流創学園はアイドルによって生徒の成長を図る、超独自教育校なのだから。




