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3‐2 何故、俺がアイドルの命運を背負わなければならないのか。

「……ちゃんと扉は閉まっているかい? ここからじゃよく見えなくてね」


 外に漏らすとまずいような話なのか。

 俺は扉の近くまで行き閉まっているかを確認し、


「はい。しっかりと閉まってます」


 再び理事長の前へと戻る。


「では話を始めようか。さっそくだが鹿誠君、昨日の件は本当に助かったよ。ありがとう」


「……やっぱり、知ってたんですね」


 昨日の件とは、黄谷の盗難の件で間違いないだろう。

 理事長であれば、あの放送を聞けば盗難だと気付いてもおかしくはない。


「だが、警察を無暗に利用するのは、立場上見過ごしていいことではないが、息子の責任は私の責任でもある。だから、その行いを咎める権利はない」


 どうやら、警察を悪戯に利用したことは見逃してくれたみたいだ。 

 よかった……。まさか鎌田一族が絡んでるなんて思いもしなかったからな。それを知っていたらもっと別の手を……いや見捨てていただろうな。

 そして、今の発言で明確になった。


「やっぱり犯人は鎌田だったんですね」


「その通りだ。共犯の人間もこちらで把握済みだ」


 共犯がいることを知っている前提で話すか。

 まぁ、それもそうか。普通に考えて鎌田がアイドル科校舎に入る訳がないしな。直ぐに行き着くことだ。


「で、その共犯は誰なんですか?」


「すまないがそれは言えない。そして、この盗難の件に関しては、後はこちらで始末をつける。だから、君はもうこの件についてはフェードアウトしてほしい」


 なんだよそれ、モヤモヤするな。


「というか、どうしてそんなことを俺だけに言う必要があるんですか? 黄谷を外した理由が分からないんですが」


 何故、事件の真相を被害者である黄谷本人に話さないのか。

 もし事前に話していたとしても、黄谷を外す必要はないしな。


「……共犯とは言ったが、その子もまた被害者みたいなものでね。なので、かこむちゃんには、別の人間を用意して、その人間を共犯として話すつもりでいる。だからこのことは君だけに話したかったんだ」


 被害者だと? つまりは鎌田に脅されていたということか。いや、黄谷が共犯に気付いたのは『金』というワードだった。

 ということは金と引き換えに盗難を働いたということになるだろう。そんな人間を被害者、と呼ぶのは如何なものか。それとも別の解釈があるのか。

 そして、更にもう1つの事実が明るみとなった。


「つまり犯人は1年のアイドルってことですかね」


 わざわざ別の人間を犯人に仕立てる、ということは黄谷が知ればショックを受ける人物。つまりは同期の仲間であると言っているようなもの。


「ああ。本人らの関係の為にもそうした方がいいだろう。だからもし君が共犯を察するようなことがあれば黙っていてほしい」


 黄谷もアイドル達は信頼関係が大切だと言っていた。

 その人間関係を崩さない為に、事実を偽造してまで関係を守ろうという魂胆か。両者の為の優しい嘘。

 で、俺ならそんな共犯を察してしまう可能性があるから、予め口止めをしておこうと。

 だが、残念ながら――


「共犯が誰かは、もう本人は気付いてるみたいですよ」


「なんだって!?」


「名前までは教えてくれなかったんですけど、お金で交渉したんじゃないかって言ったら、そこから連想して気付いたっぽいです」


「くっ……そうか。では、本当のことを伝えなくてはならないのか」


 深刻な表情をする理事長。アイドルの信頼関係はそこまで大切なものなのだろうか。

 そこら辺の事情は俺が首を突っ込むことではない。そもそもどうでもいい。

 今はそれよりも、大きな疑問がある。


「それで、少し話を戻しますが、理事長先生さっき言いましたよね? 規則外のことをしたら止めてくれると。なら、今回鎌田が働いた盗難もまた規則外のことですよね? なのに一切罰せられている気配がないのはどうしてなんでしょうか?」


 そう。そんなことを言っおきながら、さっそく窃盗という明らかに規則外のこと黙認しているのだ。

 本当に黄谷を守りたいのであれば、この盗難を機に鎌田に罰を与え動きを制限させることだってできた筈だ。

 なのに、そんなチャンスをまるで生かそうとしていない。


「証拠がないものは裁けない――」


「それは嘘ですね。では何故、共犯者がいるって知っているのですか? 推測ではなく、いると断言してましたよね。しかも、それが誰かまで知っていた。それはつまり、もう既に確かな証拠を掴んでいるから、じゃないんですか?」


 あの放送だけで、盗難が起きたということが分ったとしても、犯人を断定するには材料が少なすぎる。

 だから、あの放送を聞いた後に独自で動き、監視カメラなど形のある物を駆使し証拠を掴んだのだろう。


「理事長先生。本当はこの盗難の件を隠蔽しようとしたんじゃないですか? 自分の息子を守る為にね。あなた本当に黄谷の味方ですか?」


 そう、理事長が黄谷の味方というのは明らかに矛盾している。

 本当に退学から守りたいなら、いくらでも手を打てる筈だ。理事長のような頭が切れる人間なら尚更にな。

 結局は、息子と巻き添えを食らう自分の身を守る為に、俺と黄谷を言い包めたいだけなんじゃないだろうか。ボイスガイドを引き受けたのも口封じ料だったと。


「……その通りだ。確かに私はかこむちゃんの味方というのは嘘だ。だが、息子の味方でもない。私はあくまでも中立の立場を取らせてもらうことになる」


「どういう意味ですか?」


 聞き返してはいるものの、この中立の立場という言葉にはしっくりきてしまう。

 また敵と言うにも不可解な点が多いからだ。その一つが俺の存在だ。

 鎌田からすれば俺の存在は確実に邪魔になる筈なのに、何故、理事長は俺をマネージャーにしたのだろうか。

 まるで、俺と鎌田が戦うのを傍観しているかのように見えてしまう。


「内容を話すことはできないが、私達には深い事情があってね」


「……そんなんで納得するとでも?」


 なんにせよ、俺がこの要求をそのまま飲むのは、あまりにも理事長に都合がよすぎる。

 ただ、都合が悪いから黙っててと言われて、それを鵜呑みにする程俺は大人ではない。いや大人になってもそんな人間にはななりたくないがな。

 折角弱みを握ったんだ。ここは食い下がらずに見返りを要求するのが正解だ。


「つまりは自分にそれを黙認するメリットが無いと言いたいんだね。だがさっき用意したはずなんだがね……君へのメリットを」


 は? まさかこのクソジジイ、さっきの黄谷の仕事の企画を通したことが俺の褒美だと言ってるのか?

 ふざけんな。そんな訳ないだろ。これで得するのは黄谷だけじゃねーか。

 俺は即座に否定しようとしたが、それを言う寸前で口を止めた。

 まさかだが……もし今、俺がそれを否定したら、マネージャーのくせにアイドルの幸せにメリットを感じないのか、とでもいちゃもんを付けるつもりなんじゃないのか!?

 いや、考えすぎか――


「君はかこむちゃんを想って仕事の企画を持って来たんだよね。ならば、それが通る以上の喜びはない筈なんだがね……」


 あたかも思考を読んでいたかのような追撃が入る。

 この野朗っ! やっぱりそういう魂胆かよ。

 クソッ、汚ねぇぞ。お前が優しいのはあくまでアイドルだけなのかよ。

 いいように持っていってたつもりが、土壇場で形成逆転されてしまった。完全に1本取られてしまったようだ。 


「……その通りです。ですからまた次の企画もよろしくお願いしますって意味を込めたんです」


 大変不本意だが、今はこう言っておくしかない。次は必ず搾り取る。


「ふむ。合格だ。担当アイドルの幸せの為なら自分のことなど二の次と思えない人間にはマネージャーは任せられないからね」


「ありがとうございます」


 お前まじでぶん殴るぞ?


「そしてだ。先程言った通り、私はあくまで中立の立場にある。なので、このままいけばかこむちゃんの退学は避けられないだろう。つまり、かこむちゃんの命運は君に託される事になる。それを君に伝えたかったんだ」


 本当に俺と鎌田の戦いを傍観するだけのつもりなのか。


「……とは言うものの窃盗をしようが揉み消されるような相手にどう戦えって言うんですか?」


 嫌味100%で言う。


「ならば、その度に君にメリットを提示しよう。今回の盗難の件だって、メリットへと変わった訳だ。それでフェアと言えないかな?」


 成程。俺的にはフェアではないが、確かにそうか。

 鎌田が悪事を働く度に、黄谷に仕事が作れる訳だ。仕事が増えればその分黄谷の人気アップに繋がり、鎌田はその分デメリットになる。

 まさに諸刃の剣のようなやり方だが、元々黄谷の進学が確定している以上、これは一方的なメリットでしかない。


「分かりました。黄谷のことは任せてください」


「ふむ。それでは私からの話はこれで終わりだ。何か聞いておきたいことはあるかい?」


「いえ、特に……」


 本当は単位などシステムについて聞きたかったが、こう言われてしまった以上、マネージャー特典目当てと思われてしまうのは不都合だ。

 仕方ないので、ここ泳がされているふりをしてメリットにあやかるのが正解だろう。


「いやぁ、それにしても君みたいな人間がマネージャーになるだなんてね、意外だったよ」


「……よく言いますね。そちらから仕組んだくせに」


「ん、と言うと?」


「あなたは瑛介の良心を利用して、俺をマネージャーに仕立て上げたんですよね」


 そう、瑛介がいくらアイドルに博識だからといえ、何故、アイドルしか知り得ない情報を知っていたのか。それはこいつが仕組んだからだ。

 俺のことを知っているのはこの学園で瑛介と黄谷にこいつくらいだからな。

 何らかの手段で瑛介にマネージャーについての知識を付けさせたんだろう。そして、7位を5回取ったら退学という隠された校則についても。

 アイドルが好きな瑛介がそれを知れば間違いなく、黄谷を守る為に動くと踏んだ。そこで俺をマネージャーに起用するということまで読んでな。


「良心を利用とは人聞きが悪い。私はただ偶然、撮影スタジオにマネージャーについてプリントされた紙を置き忘れてしまって、偶然にも町田君が近くにいるとこで退学の校則の話をしてしまっただけさ」


 100%認めたな。


「……そうですか、とても期待されているようで大変光栄です。これからもそんな期待に応えられるよう頑張ります」


「ああ。君には期待をしているよ……大いにね」



 ――というのが3週間前の出来事だ。


 あの時の理事長の供述を咀嚼するとこうなる。

 黄谷の命運を賭けて、俺と鎌田で戦え。自分は何も手出しはしない。という解釈で問題ないだろう。

 だが、解釈するのは簡単でも、内容は不可解な点が多い。

 何故、学園の大切な資産であるアイドルの命運をぽっと出の俺なんかに任せるのか。

 しかも、俺がマネージャーになる保障だってなかった訳だ。

 あの時、もし俺が断っていたらそのまま黄谷を退学させるつもりだったのだろうか。

 いくら考えても理事長の目的が見えてこない。

 色々と仮説も練った。

 例えば、理事長は息子に弱みを握られていて身動きが取れない。そこで俺を利用して息子をどうにかしてもらおうと思っている、とか。

 だが、だとしたらボイスガイドの仕事を通すか、という話になってしまう。

 もし弱みを握られてるのなら、鎌田は黄谷の人気を上げるような行動を封じるだろう。

 なのにそんな仕事を独断で通せる、ということは理事長は自由に動けるからではないだろうか。

 そうなると、本当に俺と鎌田の対決を見届けたい、ということになってしまう。

 それも校則やルールなどの常識を突き破ったフィールドまで用意してだ。


 このように自問自答を繰り返しても未だに結論に辿り着けない。

 やはり、理事長の言っていた深い事情、とやらが関与しているのだろうか。だがそれを探る術はない。

 となれば、今はとにかく鎌田に勝つことを考えるしかない、という訳だ。

 もう既に勝つ手はある。これは理事長ですら止めようがない手だ。

 とりあえず今はその手をより確実なものにしておくか。


「なぁ、瑛介、ちょっと調べてほしいことがあるんだが」


「やだよ」


「……黄谷の為だ」


『ナンデモタヨッテクレタマエひょも(なんでも頼ってくれたまえひょも)』


「だからそれ止めろや」

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