2‐5 これから頑張りまーす。
「それではさっそく説明を始めますね」
「よろしく頼む」
俺はバックの脇ポケットからメモ帳とボールペンを取り出す。
普段メモを取る癖なんてないが、形だけでもやる気を見せておくべきだろうと、人混みの少ない時間帯を狙って校内のコンビニで買っておいたのだ。
「あ、メモをする程の内容ではないのでしまっちゃって大丈夫ですよ」
「そうか……」
せっかく買ったのに無駄になってしまった。
だが、それだけ内容が薄いということだからまぁいいだろう。
「まず初めに、ここのアイドルのマネージャーのお仕事は基本的にプロデュースがメインになります」
ならプロデューサーでいいじゃん。
「プロデュース内容を具体的に挙げると、主にイベントの企画などがメインになります。ホールでのライブで私の担当日にどんなことをするか、などを考えてもらいます」
ホールとは、親睦会でも使った多目的ホールのことだ。
定期的に昼休みに開放されて、日によって決められたアイドルがライブをするのだ。
「ライブは歌ったり踊ったりするだけじゃないのか?」
すると、黄谷は軽くため息をつき、
「そんなことも知らないんですね……。別に歌ったり踊ったりするだけがアイドルって訳じゃないんです。例えば、みゆきちゃんだったら、天気予報や正座占いをしたり、やずるママだったら、臨時保育園を開いたり、本人の好きなように使っていいんです」
「なんだそりゃ……」
入学当初に強制参加させれた時期があったが、その時はまだ入学したばかりだから手堅いことをしていただけだったのか。まぁ、そりゃ毎回同じじゃ飽きられるだろうしな。
それにしても、赤宮に関しては楽したいだけじゃねーか。でもって、臨時保育園だなんて考えるだけでも恐ろしい……。
「つまり、発想次第でなんでも出来るんです。なので、面白い企画を練って、沢山集客することができれば人気アップにも繋がります!」
「んで、そこで俺の発想が欲しいと……」
さっそく難題だな……。俺みたいなアイドルに疎い人間に企画考案ができるのだろうか。
しかも、それを黄谷でしなければならないとなると、かなりの難題だ。
「はい! 文空君のそのサイコ、うな発想力で私を導いてほしいんです!」
なんかさいこうの部分の言い方がおかしくなかったか? そもそも最高ってなんだよ。
「そして、慎ましいですが、別にイベントの企画だけに収まらず、人気アップに繋がるようなことはなんでも考案してくれていいんです。いわゆる盤外戦術ってやつです。みつなちゃんは利益を学校に入れることを約束に、とんかつを販売したり、ゆいかちゃんみたく、外でランニングをしたりとか、可能性は無限です!」
「それって皆好きでやってることなんじゃないか?」
それらのことを自分の人気を上げる為と言うのは失礼じゃないか?
特にランニングだなんてただのトレーニングだろうに。
「はい。確かにみんな好きでやっていることです。ですが結果的には人気アップに繋がっている行動じゃないですか」
「確かにそうだが」
「好きなことをして、それが人気アップ繋がるなんて、とても素晴らしいことじゃないですか」
「成程。要は効率的な活動を考案してほしいってことだな」
例えるなら、雑巾を踏みながら歩けば、移動という目的を達成しながら床も綺麗になってます。みたいな、横着を考えてほしいと。
「言い方がちょっと悪い気がしますけど、そんなところです」
「……んで、好きなことと言いますと?」
「えっと、それは……私は私と関わった人を幸せにしたいんです。私で楽しんでくれたり、笑ってくれたりするのがとても好きなんです! だからそれが叶うならなんでもします!」
はぁ~~~でたよこういう綺麗事言うタイプの人間。
こういう奴って自分に酔っているだけなんだよな。人を幸せにしたいだなんて偽りの感情に過ぎないって自覚がない。
本心はただ自分を慕ってくれる人間が好きなだけなんだ。チヤホヤされたいだけの承認欲求の具現化。
だから、自分が不祥事を起こすなどして、ファンが自分に牙を向いてきたとき、申し訳ない気持ちになるどころか、不快になり逆ギレしだす。という矛盾を引き起こしたりする。
本当に幸せを願っているのであれば、そのファンを不快にしたことを申し訳なく思うものだからな。
俺はよく炎上した人間のSNSを覗きにいくからよく知っている。人間の醜さで燃えるキャンプファイヤーは見ていて愉快だからな。
こいつもそういった類だろう。そうに違いない。
「ちょっと……気恥ずかしいことを言ってしましましたかね……」
「いや。そんなことない。立派な心得だ」
「ありがとうございます!」
心にない言葉で照れくさそうにする黄谷。
そう。この手の奴は適当に乗せて煽てておけばいい。必要とされるのは偽りの計算された人格。そうしておけば甘い蜜が吸えるのだから。
「という訳で、マネージャーの仕事は大まかにこんなものになります」
「それだけでいいのか。分かり易くていいな」
内容は至ってシンプル。ただ思考をするだけでいい訳だ。だが、シンプルが故に素の実力が必要になる訳だがな。
成果が出なけれ直ぐに切られるだろう。結果が前面に出る以上誤魔化しようがないからな。
俺は世間的で言われる頭のいい人間ではない。ただ邪道な発想を得意とする姑息な人間だ。
この邪道な発想を、綺麗に見えるようオブラートに包み込み、放っていくことになる。
面倒臭そうだが、確かに俺に向いているのかもしれないな。
これで選択授業での勉強が必要無くなるのであれば、メリットはかなり大きいと見える。まだ不鮮明な部分は多いから断言はできないが。
「何か質問はありますか?」
質問か……今気になることはやはり――
「一つ。昨日から気になってたんだが……」
「はい、なんでしょうか?」
「なんで俺のことをそんなに買っているんだ?」
昨日、俺なら解決できるだろうと相談に来て、更にはマネージャーにまで任命してきた。
実力を買っていなければそうはしない。だが、思い当たる節が無かった。俺はこの学園に来て目に付くようなことをした記憶はない。
「それは……あの、あれですよ。瑛介君が、文空君はとっても頭がいいって聞いていたんで」
「成程。そうだったんだな」
嘘だろうな。歯切れが悪かったし、何か他に理由があるんだろう。空気を悪くする訳にもいかないし、もう詮索はしないが。
「他に何かありますか?」
気になるのはやはり単位の取得についてだが、細かいことは理事長から聞いた方が良いだろう。
「今んとこは大丈夫だ。これから活動してく中でまた頼らせてくれ」
「はい。いつでも気軽に相談してくださいね――では、最後に。これからプロデュースをするからには、もっと私のことを知って頂きたいと思いまして……」
そう言って黄谷は立ち上がり、布が掛けられた棚の前へ移動した。
先程からそこにチラチラ視線を移していたので、見せたくてウズウズしていたのだろう。
「ふふ、この布の奥にあるものが何か気になりませんか?」
「さて、なんだろうな」
実はもう知っている。その正体恐らくペットだ。瑛介が喋っていたのを覚えていたからな。だがその正体は知らない。
「じゃじゃーん!」
布をどかすとそこからは案の定、飼育ケースが現れた。サイズは40~50cmくらいだろうか。
「おお!」
演技でもリアクションはしておく。
「私のペットです! どうやら、おうちに入ってるみたいですね――おーい、ひょも太郎~、出てくるひょも~」
おうちとは飼育ケースの中に置かれた隠れ家のことだろう。
ひょも太郎というセンス皆無な名を付けられた哀れなは子は隠れ家に籠っているようだ。
あとその口調は止めてくれ。
「もう、なんで出て来ないひょも~文空君じゃあるまいし~」
だれが引きこもりじゃい。
結局呼んでも出て来ず痺れを切らしたのか、飼育ケースの扉を開け、隠れ家の前で人差指を振りだした。動きが妙に滑らかで気持ち悪い動きだ。
すると、ようやく隠れ家からひょも太郎が顔を出した。その正体はトカゲだった。黄色をベースに黒い斑点模様が散らばった柄をしている。
気持ち悪い柄をしているが、よく見ると目がパッチリとしていて案外かわいいな。
「ふわぁぁ、ひょも太郎~ほらほら~」
黄谷はまだまだ指を振り続ける。ひょも太郎はその指を食いつくかのように見つめ、やがてその指の元までやってきた。
体も同じく黄色ベースの黒斑点で、太くうねりのある尻尾が特徴的。昨日の親睦会の衣装はこいつがモチーフになっていたのか。
「よく懐いてるんだな」
「いえ、それが……餌を貰えると思ってるだけで、懐いたりはしないんです……」
「そうか。それは悲しい事実だな」
黄谷はひょも太郎をひょいと手に乗せる。ひょも太郎は特に嫌がる様子も見せず、大人しくしている。
「はぁ……かわいいひょも~よしよし~」
指で軽くひょも太郎の頭をポンポンと触る黄谷。
「ほら、かわいくないですか? ちょっと触ってみます?」
「い、いや、大丈夫だ」
見てる分には大丈夫だが、触りたいとは思わんな……。
それより口調をさっきまでのに戻してくれ。
「そうですか……この子はヒョウモントカゲモドキといいまして、トカゲっぽいですが、実はヤモリなんです。だからトカゲモドキって言われてるんです」
「ほうほう」
ひょも太郎を手に乗せたまま戻って来た黄谷は勝手に説明を始める。
正直どうでもいい情報だ。てかこいつ、自分のアピールとか言ってたが、ただひょも太郎を自慢したかっただけじゃねぇか。
「この子は私が中学生の頃から飼育しているんです。もうそろそろ4歳になりますね」
「結構長生きするんだな」
「はい、ヒョウモントカゲモドキは10年も生きるんですよ」
「へぇー、そんなに生きるのか」
「はい、この子とはこれからも一緒です!」
「お前の斑点好きは、こいつの影響だったんだな」
「はい。それも、衣装どころか私のキャラもこの子がきっかけで生まれたんです」
お前が元凶か!
黄谷は思いふけるようにひょも太郎を見つめ、語り出す。
「私は昨日、文空君に言われた通り、人とのコミュニケーションが苦手で、人前に出ると上がってしまって、なにも喋れなくなってしまうくらいに甲斐性がなくて、入学当初もそれで悩んでいました。しかも、周りには凄い子達ばかりで、どうして私なんかが合格できたんだろうって思い詰めてました……」
俺もそう思う。
「ですけど、ある日この子と触れ合ってるとき、テンションが上がって変なキャラになっていることに気付いたんです。それで、閃いたんです。この変なキャラならいけるんじゃないかって」
いけてないからな。
「それでいざ、このキャラでステージに立ってみたら、緊張を振り切って自分を出し切ることができるようになったんです!」
「ふむ、そんなエピソードがあったんだな」
こいつなりに必死に模索していたんだな……。ちなみに成功体験かのように語っているが、その選択は大失敗だからな。
「だからこの子にはとても感謝しているんです……だからもし、進級することができたら、この子のお友達を作ってあげようと思っています。だから、その為にも頑張らないといけませんね!」
「そうだな……」
――そうか、俺は痛い勘違いをしていたようだ。
さっきからアイドル達が何かと暖かく接してくれた理由が分かった。
それは、俺を歓迎していたのではない。黄谷を退学させたくないんだ。
大切な仲間と別れたくないから。だから、俺みたいな人間にも擦り寄ってきたんだ。
それならば話は早い。俺がこいつの退学を阻止すれば、そのお返しができる訳だ。その程度で返せるならお安い御用だ。
まったく、気遣いってのは本当に迷惑だな。一度踏み込まれると防ぎようがない。
「……なぁ、悪いが帰りに一緒に理事長室に寄ってもらいたいんだが、いいか?」
「え!? 理事長室ですか……分かりました」
どうやら理事長にも不信感を持っているようだな。
そうだよな……息子が敵であれば、父親も同じく敵視してしまうのは無理もない。
だが、俺は理事長と少し面識があるが、そんなことをするような人間には思えない。
だから、それを確かめに行く。というのもあるが、
「なぁに、さっそく仕事を作りに行くだけさ」
☆
「――あっ、お話終わったんですね」
「待ってたのか……帰っていいって言ったんだがな」
「いえ。私の為にして頂いてるのに、私だけ帰るなんてできません」
俺が理事長室を出たところを待っていた黄谷。
あれから理事長室へ向かい、本題を済ました後、黄谷抜きで理事長と話をしていた。
「……あの、一体どういった内容でしたか?」
「それを言えないから外で待たせたんだろ」
「むぅ……」
どうやら話の内容が気になるようだ。
急に2人で話したいと言われたときは焦ったが、悪い内容ではなかった。だが、黄谷には言いにくいものだった。
「別に悪い内容じゃないさ。それに、さっき話して分かったろ。理事長は敵じゃない」
理事長が敵でないならば、黄谷を進学させることは可能だ。
あの副会長をどうにかすることくらいなら容易だろう。
「……分かりました」
どこか納得いかなそうな様子の黄谷。こいつネガティブっぽいし不安なんだろうな。
「安心しろ。あのガリ勉野郎は俺がなんとかする。だから、2年になった後のことでも考えておけよ」
「へっ……あ、はい!」
不安を振り払う為に気の利いた言葉を掛けてみたが、ちょっと臭いセリフになってしまったな。
もう既に退学を確実に阻止する算段はついているから嘘は言っていないが。
「……もうこんな時間か。じゃあ、今日はこれで解散という訳で」
スマホを見ると18時を指していた。外はもう真っ暗だ。
「あ、はい。それでは今日1日お疲れ様でした! まさか、いきなりあんな大きなお仕事を作って頂けるなんて思ってもいませんでした」
「別に大したことじゃない。俺が労働する訳じゃないしな」
「いいえ。文空君が提案しなければ、こんな仕事はできませんでしたよ! もっと自信を持ってください!」
「んん……ああ……」
確かにそこそこ大きい仕事だが、画期的な発想でもないし、何よりも隠された趣旨があって、それを知られたらこいつはショックを受けるだろう。
だから、素直に誇れるようなことではない。
「それでは、私はアイドル科校舎に戻りますね。本当はお見送りしたいんですが、用事があるので……」
「いや、そんな必要はないさ。用事があるのに連れ出してすまんかったな」
「いえいえ、もうなんて感謝したらいいのか……本当に今日はありがとうございました!」
そう告げると、黄谷は小走りで去っていった。
じゃあ、俺も帰るか……。と、振り向いた時だった。思わぬ出来事に身体がビクッと震えてしまう。
向かいにいるある人物がこちらへ歩いて来る。恐らく理事長室に用事があるのだろう。なんせ理事長に関連深い人間だからな。
関係者、友人などではない、それ以上の関係、息子の鎌田京次郎だ。
なんてタイミングが悪さだ。心臓に悪い。
距離が近付くに連れて気付く。ガッツリと俺を睨みつけていた。まさか俺に用があるのだろうか。
もう俺が黄谷のマネージャーになっているのは知っているだろうからな。既に敵視されているのか。
そして、距離が1m程にまで近付いたときだった。
「お前があの無益な女に加担する鹿誠文空か。あの不愉快な女に本気で肩入れするとは考えにくい。マネージャーの恩恵が目当か」
話し掛けてやがったぞこいつ。だが、特に話すこともないので鎌田を無視しそのまま歩く。
「ふん、この俺を無視か……まぁいい。だが、1つ伝えておく。選択科目で何を選ぶか決めておけ。締め切りは来週までだ」
遠回しの黄谷を退学させる宣言か。
だが残念。その必要はない。黄谷の退学は俺が止めるからな。俺はこれからマネージャーとして楽をさせてもらう。
そのまま通り去り、下駄箱へ到着した。
「お、文空じゃんか! 丁度迎えに行こうと思ったんだよ。てか、連絡したんだから返事しろよ」
またまたタイミング悪し。そういやミュートにしたままなのを忘れていた。
「何故ここにいるのかは置いといて。どうだった? アイドル科校舎に足を踏み入れた感想は」
「うん、まぁ凄かったよ」
「おいおい、あのアイドル科校舎に足を踏み入れておいてその感想はないだろう。まぁ、それは帰り道で詳しく聞かせてもらうとしよう」
うざってぇ……。疲れてるから話掛けないでほしいんだが。
それにしても、今日も昨日に引き続き濃密な1日だったな……。
そして、これからは黄谷のマネージャー生活が始まる訳だ。しかも、鎌田と敵対する日々を送ることになる訳だ。
暫くは面倒な日々が続くだろうな。だが、そこを乗り切れば年金生活が生活が待っている訳だし。
少しだけ頑張りますか。