2‐3 とんかつが食えるなら皿洗いくらいちょろいもんだ。
「それじゃあ、まず2階に行く前に、食堂へ案内します!」
「……腹減ったのか?」
「女の子に対して真っ先にその返答はデリカシーが欠けてます……でも、この時間ってちょっと小腹が空きません?」
「それはすまんかった……って、結局減ってんのかい」
「えへへ……」
さっそく脱線してるな。だが俺も同様に小腹が減っていた。俺にも何か食べさせてもらえるのだろうか。
食堂は職員室のすぐ近くの処にあった。黄谷が扉を開けると、中から芳ばしい香りが広がる。
これは……揚げ物の匂いか。耳を澄ますとパチパチと油の跳ねる音が聞こえてきたので間違いないだろう。
黄谷はそれを知っていたかのように厨房へ駆けていく。
「おーい、来たひょもー」
「あら、出たわね。妖怪つまみ食い女」
揚げ物。そしてこの棘のある声は、
「みつなちゃーん、とんかつちょーだい!」
「はいはい、ちゃんと用意しておいたわよ」
俺も遅れて続くと、そこにはエプロンを着て厨房に立つ、とんかつ少女、緑沢みつなの姿があった。
「あら、豚の散歩中だったのね。リードを付けてないから、ここまで来ちゃったじゃない」
「ああ、すまん」
部外者の俺が厨房まで立ち入るのはまずかったか。
「待ちなさい。さっき1枚失敗しちゃってね。捨てるのも勿体ないし、折角だから豚の餌にでもって取っておいたのだけど」
「まじっすか!?」
「かこむには多すぎるからしょうがなくよ。ほら、そこに置いてあるでしょ」
「あざーす」
「これですね、一緒に食べましょう!」
黄谷が皿に盛られたとんかつを持ってくる。
そのとんかつは失敗と言う割には綺麗な狐色をしていて、どこが失敗なのかが全く分からない。常人には理解の及ばない領域なのだろうか。
俺達は近くのテーブルに向かい合う形で座り、
「「いただきます」」
作法をこなし、いざ実食へ。
とんかつは丁寧にカットされていて、しかも、キャベツの千切りも添えられ、からしが皿の隅に付いているという親切っぷりだ。
黄谷がいつの間に用意していたソースをかけ、互いに一切れ取り、一口。
……っ、旨いっ!! 肉が分厚くて、それでいて柔らくて、ソースが染み込んだサクサクな衣との相性が抜群ですこぶる旨い! このボリューミーさが緑沢のとんかつの特徴だ。
「美味しいですね!」
「んー」
二口目に突入していた俺は「ん」しか喋ることができない。
「ふふっ。そんなに美味しかったんですか。もう私はいいので残りは食べちゃってください」
「んーんん(いいのか)?」
「はい。今あんまり食べ過ぎちゃうと、晩御飯が入らなくなってしまいますし」
確かに女子からすればとんかつ一切でも重いだろうしな。ならば遠慮なく。
てな訳で、残りは全て俺が平らげた。
「ふぅ……ご馳走様でした」
「男の人は食べるのが早いですね」
「俺も腹減ってたからな……んじゃ、皿洗ってくるから待っててくれ」
「あ、それなら私がやりますよ」
「いいんだ。殆ど俺が食べたし、それに、礼も言いたいからな」
「分かりました。そういうことなら」
黄谷を諭し、俺は皿を持って厨房へ向かう。
「ご馳走様。美味かったぜ」
「当然よ。私の作るとんかつが不味い訳ないでしょ」
「だな」
……やっぱり失敗作というのは嘘なんだろうな。
俺が来ることを知っていて、予め用意してくれていたのだろう。黄谷だけであればここまでの量は用意はしまいしな。
だが、緑沢はそれを失敗作と言った。素直にやるよ、とは言えなかったんだ。
つまり、これはただの俺に対する親切。有難い限りだ。
今はなんのお返しもできないので、せめてもの礼くらいは直接言いたかった。
「それじゃあ、ここに置いとくぞ」
皿を1枚洗っただけなので、すぐに終わった。
「……毎週火曜日はここでとんかつを作ってるから、また来るといいわ。そしたら、また失敗作をお裾分けしてやらないこともないわ」
「お、おお……」
急な優しさに反応に困ってしまう。なんで俺なんかにそこまで親切に。
「なに、キモいリアクションしてんのよ豚」
「すみませんでした」
毒舌は相変わらずのようだ。
「終わりましたか?」
「ああ」
待てと言ってたが、結局来てしまう黄谷。
「んじゃ、またな……」
「みつなちゃん、ありがとうひょもね~」
俺達は別れの挨拶を告げて、食堂を後にする。
「あっ、とんかつのことで頭がいっぱいで忘れてたんですけど、マネージャーになった方はいつでも食堂を利用できるようになるんですよ! 当然お金は掛かりません」
「まじでか!?」
「はい! 朝ごはんから晩ごはんまでいつでも大丈夫だそうです。ここの食堂のご飯はとっても美味しいので、是非食べてみてください!」
「それはありがたいな」
つまり、ここで飯を済ませば食費が浮くって訳か。しかも美味いときたもんだ。これは行くしかないな。
ただ、飯の為だけに出入りするのは、周りの目も気になりそうだし、そんな頻繁には行けないだろうがな。
「で、ここの先に体育館があります」
専用の体育館まであるのか。
「では、2階へ行きましょう!」
どうやらそこまでは行かないみたいだ。よかった。
俺達は階段を登り1年の階である2階へ。
「ここがトレーニングルームです。中には……誰もいませんね」
トレーニングルームって……ここが例の黄谷が盗難を受けた場所か。
となると、入り口の近くに……あった。これが例のロッカーか。
黄谷はそのロッカーを見つめて黙り込んでいた。昨日のことを思い出しているのだろうか。
「文空君……昨日の件の犯人って、やっぱり特定できないんでしょうか」
犯人が気になるのか。だが、俺が行った解決方法では犯人の特定はできない。それは本人にも確認済みの筈だが。
「仕返しでもしたいのか?」
「いえ。犯人の方が悪意を持ってやったなら、それはいいんです」
「よくないだろ」
「けれど、もしもやむを得ない理由があってやったとしたなら……」
やむを得ない理由?
「思い当たる節でもあるのか?」
「……副会長の鎌田君って知ってますよね?」
「あのガリ勉野郎か」
「あの人が親睦会での面会のときに私に、こう言ったんです。『この学園を去る準備をしておけ』と」
「はっ!? どうしてそんなこと……」
そういえば親睦会のとき、鎌田は99秒の黄谷との面会の時間を5秒くらいで終わらせていたな。
あの鎌田が黄谷を退学させる気でいるだなんて……。
動機はなんだ? やはりあの強烈なキャラが受け付けないのか。いや、だとしても退学にまで追い込むか普通。
もし昨日の件が鎌田の仕業だったとすると、鎌田本人がアイドル科校舎に入ったとは考えにくい。
そうか、だから――
「鎌田がアイドルの誰かに盗み指示した、ということか」
教師にそんな相談できないだろうから、アイドルが共犯という線が濃くなる。
「あくまで仮設ですが、みんなが私に悪意を持ってそんなことするとは思えなくて……」
「仲間が弱みか何かを握られて無理矢理やらされている。もしそうなら助けてやりたいと」
「はい。何か分かりませんか?」
「うーむ……だが、それはポジティブでもありネガティブとも言えるな」
「え?」
「別の可能性もあるだろ。鎌田と言えば、あの理事長の息子だ。そうなれば、交渉材料として差し出せるものなんて腐る程ある。業界のコネから大きな仕事まで、もっとシンプルに大金だってポンと出せるだろうよ」
「なるほど。確かに理事長先生も合わさればそれも考えられますね……」
やはり黄谷にはこっちの発想はなかったようだ。
何というか、人の心情は読めているのだが、このように具体性のあることまでは気が回らないというか……。
「理事長先生は広い顔を持っていていますし……お金も……あっ」
黄谷が何かに気付いたような素振りを見せる。
「何か分かったのか?」
「あっ……いえ、何でも……ないです」
「何故隠す?」
犯人が特定できたなら教えてほしいのだがな。
何故なら、俺が黄谷のマネージャーである以上、黄谷の敵は俺の敵にも成りうるからだ。
犯人の目的が黄谷を退学させることなら、それを手助けする俺は邪魔者になる。
だとすればそれを阻止する為に俺に危害を加えてくる可能性が高い。
しかも、犯人が鎌田及び理事長だとしたら、そんな強大な相手を敵に回すということになる。
「まだ、犯人と決まった訳ではないですし、誰にも言わずに内密に済ませたいんです」
どうやら、言えない事情があるようだ。
「そこまで言うなら詮索はしない。だが、また何かあったら、抱え込まずに俺に相談してくれ」
「はい! やっぱり文空君は優しいですね」
優しいか……別に俺は自分が不利になったら、さっさとマネージャーの契約を切るつもりでいる。
だから、手遅れになる前に早くその情報を仕入れたいだけだ。
「それでは、気を取り直しまして、ガイドを再開しましょう!」
黄谷は何事もなかったかのように、先程までの陽気さを取り戻す。
面倒なことになってきたな……。どうやら一度、理事長と話す必要がありそうだな。だが、あの理事長がそんなことをするだろうか。
「では次はデザイナールームへ案内しますね!」
「デザイナールーム?」
「ステージで着る衣装のデザインの打ち合わせや、それを実際に作ったりする場所です」
「そんな教室まであるのか」
「はい。ですが、こんな教室があるのは1年生だけなんです」
「何故だ?」
「歩いてて何か気付いたことありませんか?」
回りくどく言いやがって……気付いたこと、か。
「空き教室が目に付くくらいか」
先程から空き教室がちょくちょくあった。
広すぎて教室を持て余しているだけかと思っていたが、何か理由があるのか。
「そうです。なんと、アイドル科の生徒は自分の好きな教室を用意してもらうことができるんです!」
「すげーな。ということは、1年の誰かにデザイナー志願者がいるのか」
「その通りです。誰だと思いますか?」
あの面子の中でデザイナーを目指していそうな奴といえば……、
「橙田か」
「正解ですが……文空君ってアイドルの知識が全然ないんですね」
「え?」
てっきりよく分かりましたね! とでも返ってくるかと思ったのだが……。
「それくらいここの生徒なら常識ですよ。ツイッターやブログとか見ないんですか?」
「え、あ、いや……あんまりSNSとか好きじゃなくてな……」
ぐっ。やはりしっかり予習しておくべきだったな。
「文空君が……まぁ、これからはそういった知識もちゃんと付けておいてくださいね。ライバルを知るのは大事ですから」
「ああ。しっかりと勉強しておく」
なんとか誤魔化せたが、冷静に新聞部の人間がSNSに疎いというのは変じゃなだろうか。黄谷であれば疑ってもこなさそうだが。
「ちなみに、ファンの人によだれかけとかを作ってあげたりしてるんですよ! 文空君も作ってもらってはいかがでしょうか?」
「いや、俺は大丈夫だ」
そんなもん貰って何に使うんだよ……って、ん? よだれかけってまさか、あの『ダイダロスの悲劇』でファンが付けてたやつも橙田が作ったやつなのか?
おいおい……。
「ここがデザイナールームで……って、なににやけてるんですか?」
「……あ、いや、ちょっとな」
ふざけんな。なんてこと暴露してくれてんじゃい。
個人的にこの手のネタはツボなんだよ……しかも下手したらそこにダイダロ、橙田がいるんだろ。
こんな状態で本人に合おうものなら、確実に噴く。
だって、息子に作ってあげたもので悲劇が起きただなんて、まるでダイダロスの神話ではないか。
もう色々合致しすぎていて、ダイダロスの転生体なのではないか、と思わされてしまう。
どうか、頼むからそこにはいないでくれよ。
「しつれいしまーす!」
「あら、かこむね! また、あまえんぼうしに来たのかしら」
最悪だ。
「そっ、そんなことしないひょもっ! 今日は文空君を連れて来るって言っといたひょも!」
「ふふ、そうだったわね……けど、姿が見当たらないわね」
「ちょっと、何してるんですか?」
やばい。今ダイダロスに会うのは不味いんだ。何か言い訳を考えねば。
「あ……いや、その――っておい止めろ」
「もう、寒いんですから、早く」
言い訳をする間すら与えられず、腕を掴まれ中へ引きずり込まれる。
「あ、こんにちわっす……」
「あなたがかこむのマネージャーの鹿誠君ね。それで……どうして手で顔を隠しているのかしら? 年頃だし、厨二病ってやつに目覚めちゃったのかしら?」
「はい。そうです」
「ふーん……でもね、人とお話するときはしっかり目を見て話さなきゃだめなのよ。だからその手をどけて、ちゃんとママの目を見なさい」
「分かりました」
「いい子ね。でも、ちゃんと目を見なきゃだめって言ったでしょ? それに、お口に力が入っているみたいね、緊張でもしているの?」
「あ、はい……ゴホッ、ゴホッ」
「あら、風邪かしら?」
「はい、ゴホッ」
どんどん、防壁を破壊されても尚、必死で噴出しそうになるのを誤魔化す。
「うーん……なんだか、凄くコケにされている気がするの……気のせいかしら?」
「気のせいです。ゴホッ」
「……そうねぇ。じゃあ、お母さんと睨めっこしましょうか! 3秒間耐えたら、もう変な詮索はしないわ。けど、人の顔を見て笑ちゃっう失礼な子にはお仕置ね!」
くっ、やはりバレてたか……。でも、3秒耐えれば見逃してくれるんだよな?
それくらいならいけるかもしれない。まだ希望はある!
俺は橙田と目を合わせる。
「それじゃあいくわよ。さんはい、にらっ――」
「ンフッ……ンフフッ」
駄目でした。
「もう笑っちゃうなんて、お母さんそんな面白い顔してたかしら。失礼しちゃう……」
「そんなこ……ンフッ……あり……ブフフフッ」
「お母さんがどっかの神様にでも見えたのかしら……それじゃあ、約束通りお仕置きの時間よ」
顔は笑っているものの、目が凄く怖い。これはやばい――
「いや、本当にごめんなさ――いだぁぁぁぁぁ!」
俺の鼻が万力に潰されたかのような圧力に襲われる。
☆
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないです」
万力で潰された俺の鼻は赤く腫れ上がっていた。どこぞの近未来ロボットじゃあるまいし……。
「まぁまぁ、そんな素敵なプレゼント貰えたんですし……ふふっ……気を取り直してください!」
「それとこれとは別だ。あと今笑ったろ」
刑罰を受けた後に、「どうせ持ち歩いてないんでしょ」と、手作りハンカチをくれたのだ。
ハンカチなんて簡単に作れるだろうと思っていたが、実物を見ると両面別の布で、隅がしっかりと縫い合わせてあるし、俺の名前まで刺繍されていて、しかも、それら全てにミシンを使わずに100%手縫いなんだそうだ。
こんなもの、俺みたいな人間が使うには勿体なさすぎる代物だ。
さっきからこんなに暖かく迎え入れてくれるなんて、アイドル科アットホームすぎるだろう。さっきは申し訳ないことをしたな。人を見て笑うなんて失礼極まりない。
「では、次はレコーディングスタジオへ案内しますね」
「まさか、それすらも学年別にあると」
「はい。前までは全学年共通だったそうなんですが。毎年音楽関係に通づる生徒が入学するからと、学年別に作ってしまったようです」
「まじかよ」
「それも本格的なスタジオでして、そこで歌の収録や、ラジオ番組を録音したりするんですよ」
「ほえ~」
レコーディングに使う機材なんて高そうだし、1部屋だけでも相当な費用がかかるだろうに。
それを各学年、たった7人の為に設けるだなんて。その金を少しは普通科に回してくれてもいいんだぞ。
「こちらになります」
「そうですか」
黄谷と赤鼻御一行はレコーディングスタジオに入室する。
うわぁ、テレビで見たやつだ! という第一声が出るような場所だった。
難しそうな機材が沢山並んでいて、ガラスの向こうの収録ブースが丸見えとなっている。
というか、収録ブースに誰かいるな……あれは――
「らいなちゃんです。いつもここを借りて歌の練習をしているんです」
柴崎らいな。天才的な才能をもった塩対応アイドルだ。
「あいつ、スゲー歌声してるもんな。普段はこんなとこで練習してんのか」
「いい音質で録音できるし、周りに誰もいないしで歌うには最適な環境だからだそうです――という訳で、今回はその歌声を聞かせてもらいましょうか!」
「それは、迷惑だろう」
勝手に聞くだなんて本人は気をよくしないだろうし、別にここでしか聞けないという訳でもないしな。
「大丈夫です、しっかり許可済みです! 『勝手に聞いてって』とのことです」
「まじでか」
あいつそういうの嫌がりそうなんだがな。
「いつもは練習風景を覗かれるのは嫌がるんですけど、今回は特別みたいです!」
マネージャーパワーすげーな。てかやっぱり嫌がるんだな。
「――えーと、ここをポチッと!」
黄谷が機材のボタンを一つ押すと、スピーカーから柴崎の歌声が流れ出す。
おお……相変わらず凄まじい声量だな。とても同じ人間から出ているとは思えない。
音楽を好んで聞くようなたちではないが、柴崎の歌声はなんか聞き入ってしまう。不快感のない大音量って、なんか気分が高まるというか……。
俺達は近くにあった椅子に腰を下ろす。
「ここのアイドルは2年生になったときに自分専用の曲を貰えて、プロの方が自分に合わせて作詞作曲してくれるんです。それをらいなちゃんは早い段階から練習したいということで、予定より早く描き下ろしてもらったんです。今歌っているのは、その曲なんです」
「そんなもん、聞いちまってもいいのか?」
この手のものは情報解禁日が決まっていて、その日までは極力外部への流出は避けなければいけない、という印象があるんだが。
「本人がいいと言ってるんですからいいんですよ!」
「そうか」
ざっくりとした返答だが、確かにそうだな。んじゃ、柴崎のファンには悪いが、聞かせてもらおう。
☆
柴崎の歌声を堪能した俺達はスタジオ後にし、次の目的地へ。
スタジオを出た今でも曲が頭の中でリピートされている。余韻ってやつだな。
「校舎の案内はこれで終わりです。ということで、私の部屋へ向かいましょう!」
「ん、こんだけでいいのか?」
まだまだ、教室は沢山あるだろう。
「はい。元々施設紹介というよりは、みんなに挨拶するのが目的ですからね」
「なんだそりゃ……」
なら初めからそう言えばよかったろ。
それに、わざわざ会わせる利点なんてなかろうに。
「てか、みんなというなら藍坂と赤宮はいいのか?」
「ななみちゃんはお仕事があって学校にいませんし、今日の朝にもてなしたと言ってましたけど?」
「ああ、うん、まぁ……」
もてなしたって、藍坂からすればあれは演劇みたいなものだったのか。
「みゆきちゃんは普段いる場所が不規則なので、道中で会えたら、と思っていたんですけど、会えませんでしたね」
「そうか」
「でも、みゆきちゃんとは仲がいいんですよね?」
「ただの部活仲間さ。知り合いって言葉が相応しい」
赤宮はアイドル新聞部の部員だ。といっても幽霊部員だが。
「へぇ~なら私も入部しちゃいましょうかね」
「っ!? まぁ……好きにしろよ」
一瞬焦ったが、赤宮同様幽霊部員になるだけだろうから、いてもいなくても変わらないだろう。
寧ろそれで部費が増えたりするかもしれない。
「ふふ、冗談です。ところで、まだ空き教室が幾つかあるんですけど、何か作ってほしい教室とかってありますか?」
「マネージャーの要望も通るのか?」
「それは分かりませんが、私を通じての要望であれば聞き入れてくれると思います」
「成程。うーむ、教室かぁ……」
いきなりそんなこと言われても……いや、あるな。
「寝室」
「さぁ、行きましょうか!」
おい、せっかくいい回答ができたと思ったのに。
「ですが、今となってはそれも選択肢かもしれませんね……」
そう呟く黄谷はどこか思い詰めている様子だった。
不眠症でも拗らせているのだろうか。




