特別、普通
『パンプキン祭』当日
祭り開催を告げる何色ものついたカラフルな狼煙が上がった。
祭りは物凄い賑わいを見せた。
ホイホイ国内は未だかつてない人に溢れ、城下町では数メートル進むのにも苦労している。前日からの宿泊客も多く、早くも祭りの経済効果が表れていた。
そんな様子を参謀室の窓からパンプキンケーキ片手に「むっ、料理長の奴、シナモンを入れ過ぎるなとあれほど言ったのに」と文句を垂らしながらティグレは覗く。
そして、同じく参謀室で仕事をしていたルークに尋ねる。
「なぁ、どうしてあいつらはあんなへんてこな格好をしているんだ?」
それはティグレが『パンプキン祭』を承認した時には、記載されていない部分。つまりルークが改めて足した部分だ。
「あぁ、あれは仮装だ。魔物や獣族のケモ耳、亜人族の格好をして遊んでいるんだ」
「……お前が付け加えたのか、って言うか、それ楽しいか?」
「さぁな、バカ騒ぎが出来れば普段ストレスを溜めている民衆はなんでもいいのさ」
実際には多く目立つと言うだけで、全員が仮装をしているわけではない。中には気恥ずかしくて出来ない者もいるだろう。
だが、ルークは事前に国内外で『パンプキン祭』を宣伝する際に、仮装について一文添えている。
―仮装をしている者は、出店での買い物の料金を三割減する。
と、こうなれば大体の者は食いついてくるだろう。お陰で国中、特にホイホイ城下町の中心では凄い光景を作り上げていた。
「あんなへんてこな格好で領土の端から端までお祭り騒ぎをしていると考えると、意味が分からな過ぎて国のトップの顔が見て見たくなるだろうな」
「ニアリスでも、俺の顔でも好きな方を拝め。あいつとは決裂したが、別に今すぐ殺し合いをするってわけじゃない。比較的非協力的になっているってだけで、この祭りの最終的な承認も、細部に対する話し合いも加わっているからな」
「なんだ、そんなものなのか。少し拍子抜けだな」
ティグレは先日の会議でのルークとニアリスの件を聞いていたが、思ったより普通に顔を合わせたりしているのだなと、意外な気持ちになった。
「まぁ、数少ないニアリス派と下が揉めているのは事実だがな」
「で、結局、このふざけた仮装の意味は何なのだ?」
ルークの笑みに含みがこもる。
「お客様を呼ぶためさ」
「?」
ティグレは小首を傾げる。
ルークの言葉の意味を計りかねているのだ。
「まぁ、時期に分かるさ。少なくとも昼間のうちは様子見だからな」
ルークは外に出る為に入り口のドアに向かい、ドアノブに手をかける。そして、そこで一度動きを止めると、ティグレに忠告する。
「それと、そのケーキあまり食べ過ぎない方がいいぞ」
気が付けば、ティグレの周りには複数の食器皿が散乱していた。ティグレは忠告を受けて、取られないようにか、まだパンプキンケーキの残る皿を自分の方に寄せる。
「私の勝手だ」
「……はぁ、外出ついでに下で料理長にモンブランを作るよう頼んどくから、せめてそっちにしろ」
「なんだ、お前にしては気が利いているな」
「まぁな」
そう言うと、ルークは参謀室を出て、城外へ向かった。
城の長い廊下で静かに笑う。
(さぁ、まずは小手調べだ)
イチとニーはパン屋の主人の計らいで、祭りで遊ぶ小銭と休み時間を貰って城下町の中心部にやってきていた。
ニーは姉のイチの手を引き、元気いっぱいに市内の散策をする。
イチは物凄い人混みに足を取られながらも、ニーを見失わないように必死でついていく。
「ニー、絶対手を放しちゃ駄目よ」
「わかってるー」
ニーは本当に分かっているのか怪しい返事を返す。ニーは出店に目を輝かせ、きょろきょろと頭ごと視線を泳がせる。
「あっ、イチ姉ちゃん、あれ食べたい!」
ニーはある出店に指をさすと、イチも足を止め、その出店に目を通す。
その店はホイホイ国直属の証、国旗と同じ太陽を象徴したマークが刻印されている出店だった。
「いいね、食べよっか」
その出店で扱っている商品は至ってシンプル、ただ一つ。
パンプキンケーキ。
それを扱っている店は街の至るところで見られ、どの店にも長蛇の列が出来ている。また、全ての店舗ののぼりや看板には国公認の刻印が入っており、二番煎じのニセパンプキンケーキを作って商売をしている者は、見回りの兵士に注意を受け看板を下ろすことになる。
イチは少し厳重過ぎるかなと、違和感を感じていたが、ニーはそんなのお構いなしでいつも以上に笑顔を輝かせていた。
「いっぱい人が並んでて待ちきれないね」
「うっ、うん、そうだね」
イチも祭りの日ぐらい細かい事は忘れようとニーの言葉に笑顔を返す。
奴隷時代から主人の顔を窺い、少しでも自分やニーに被害がいかないよう心掛けていたため、イチは周りの変化に敏感だった。
「おや、あなたたちは此間の」
最後尾に並ぼうとすると、つい最近出会った人物と遭遇する。
イチとニーはその声のする方へ顔を向けた。
「あっ、ヨハネさん、こんにちは」
そこにはセブンズの一人であるヨハネが片手にいくつかの出店の食べ物を持ち、空いた手を振っていた。
「こんにちはですです、イチちゃん、ニーちゃん。今日もお使いですですか?」
「いえ、今少しの間休憩の時間を頂いて出店を見て回っていたんです」
「それは良かったですですね」
「ヨハネさんは?」
「私ぃも似たようなものです。昼間の間は暇なので」
ヨハネは食べかけの串に刺さっていた肉を飲み込むと、イチとニーの並ぼうとしていた列に目をやる。
「あぁ、パンプキンケーキですですか。この祭りの名物ですですからね」
「そうなんですね。これだけ並んでいるのだから美味しいんでしょうね」
「えぇ、それはとっても美味しいですです」
「ヨハネさんは食べたことがあるんですか?」
「まぁ、国のお偉いさんと知り合いなので」
ヨハネはセブンズであると言うことをぼかし、片手に持っていた紙の包みに入っていたものを二人に差し出した。
「はい、これどうぞ。限られた時間で並ぶのも勿体無いでしょ」
イチとニーはそれを疑問気に受け取ると、包みを開き中を確認する。
「わぁ、パンプキンケーキだぁ」
ニーが無邪気な声をあげた。ヨハネの差し出したものは紙の包みに入ったパンプキンケーキだった。
ニーは無邪気に喜んだが、イチは恐縮してヨハネの顔を覗き込む。
「いいんですか?」
「ですです。言ったでしょ、知り合いがいるって。これぐらい気にしないで下さいですです。キング―じゃなかったルーク様の良さのわかる同士ですですからね」
「ありがとうございます」
イチはニーにも頭を下げるように促すと、ヨハネも嬉しそうに笑った。
二人は夢中でそのケーキを食べると、満足そうに息を漏らした。
「下の部分がパイ生地になっていて持ち運びしやすいようになっているんですね」
「まぁ、出店用ですですからね。色々試作したみたいですです」
因みに、ここにいる誰もその大量の試作がティグレの腹の中に収まったと知る者はいない。
「あのヨハネさん、よかったら一緒にお祭りを回りませんか?」
「うーん、そうしたいのは山々なのですですけど、一応昼間のうちに目星をつけておかないといけないので」
「目星?」
「こっちの話ですです。私ぃも仕事ぐらいするってことですです」
「やだ、ニー、ヨハネちゃんと周りたい」
ヨハネはそういうと、ニーが名残惜しそうにヨハネの足に縋った。
「こら、無理を言ったらだめよ」
「ごめんなさいですです。お詫びにまた今度特別製のパンプキンケーキを持ってくるので許してほしいのですです」
「また? 今食べたのって出店に出している物とは違うんですか?」
「まぁ、大体一緒ですですけどね。出店は待ち時間が長いので私がまたそちらのパン屋に窺うですですよ」
「そんな、そこまでしてもらうわけには」
「丁度美味しいパンが食べたかったですです。気にしないで下さい」
ヨハネはそう言い残すと、風のように去っていった。
「イチ姉ちゃん、これ、どこが特別だったの」
「さぁ」
二人は可愛い歯型のついたパンプキンケーキに目をやり、首を傾げた。




