第八話 その名は、チャトランガ
ルークたちは、目的の大仰な扉の前まで辿り着くと、その扉を蹴破った。
扉の中からは、男女混ざり合った沢山の悲鳴が上がる。
ルークは一歩前に出ると、何の飾り気もない純粋な要求だけを述べた。
「悪いんだが、この国とホニンの領土、国民、財産を明け渡してくれないか?」
ホニンとはルークたちの母国の名前である。
つまり、二つの国のお偉い様方の前で、お前らの持っているものを全て差し出せと言ったのである。
ざわざわと周りから驚きと恐怖の感情を乗せた声が上がる。
その中で、一際大きな声で王座に座っている人物が声を張る。
「一体、何なんだ! お前らは‼」
当然の問だ。
その問いにルークは、落ち着いた声音で返事をする。
「そうだな。組織名がまだなかったな。適当にチャトランガとでも名乗っておこうか」
その名前は、かつて栄華を極めたが現魔王によって民族ごと滅ぼされた国の名前だった。
「チャトランガだと? ふざけおってからに‼ もういい、殺せ‼」
その合図とともに、先ほどまでの兵士とは恰好からして違う只ならぬ雰囲気を醸し出した男が一歩前に出た。歳はルークたちより一回り上ぐらいに見える。
その男の衣服は、神崎の世界で言うところの道着と袴によく似ていた。
ルークは、その男の雰囲気に惑わされず部屋の中を見回す。
「心配しなくてもいい。この部屋でまともに戦えるのは俺一人さ」
男はルークの考えを読み忠告してくれる。
この時、今日初めてルークの顔から余裕が消えた。
「へぇ、随分呑気な奴等だな、たった一人にここを守らせるとは」
「俺がそう助言したんだよ。ごちゃごちゃと人数をそろえても邪魔になるだけだから」
本来なら相手が一人というのは都合がいいはずなのだ。
しかし、ルークの額からは冷や汗まで出てきた。
男が腰に刺した長剣に触れた。
「リオン‼」
ルークは、男が攻撃動作に入る前に速攻を掛けようと合図を出した。
リオンが正面から攻める隙に、横からの追撃を狙おうとルークは男の左側に回り込んだ。
が、肝心のリオンがその場から一歩も動いていなかった。
「リオン⁉」
思わず、驚きの声を上げる。
(気圧されたか?)
「ごめん、ルーク。一瞬動けなかった。多分あいつのスキル」
男は優しく微笑んだ。
「名前も名乗らずに戦い始めるなんて、あまりにも寂しいじゃないか。俺はアーム。君たちは? と言いたいところだけど、今のでわかっちゃったからもういいや。よろしく、リオンちゃん、ルーク君」
あまりもの呑気さに後ろの王様たちが喚いているが、ルークとリオンはその声を耳に入れる余裕はない。
「ついでに、スキルの詳細も教えて貰えると助かるんだがな」
「そこまでお人好しに見えたのなら心外だな」
ルークは、余裕がないながらも無理やり笑みを作る。
(おそらく、時間停止系か空間固定系、リオンに動けなかったという意識があるようなので空間固定系が濃厚。問題は使用条件。距離か? 任意か? 視線が合ったらとか? 時間は? 同時に出来る人数にインターバルは?)
ルークの中で目まぐるしい分析をするが、明確な答えは出ない。
ルークもリオンも先天的スキルの種類は初見殺しに近かったが、どちらも触れて初めて効果が出る条件がある。
だが、腰に刺した長剣が邪魔で接近戦はお勧めできない。
侵入の為の移動速度を考え、重い長剣は装備せずに短剣や軽量級の武器しか装備してこなかったのが裏目に出ていた。
ルークの顔が自嘲気味に歪む。
「結局、スタンダートに戦うしかないってことか」
ルークが腰の裏に隠していたものを取り出す。
男はそれを興味深げにまじまじと見つめる。
「へぇ、鞭か。その先についてる分銅のようなもので威力やスピードが増すのかな? よく考えてあるね。でも、そんなものを武器にしている人間を俺は初めて見たよ。」
そう、ルークの最も得意とする武器は鞭だった。
だが、アームが言ったように鞭とは本来拷問の道具とされることが多く、戦いの場に持ってくるものは少ない。
先に述べた通りルーク、リオンともに触れて初めて発動するタイプのスキルである。
よって、鞭の絡むという特性は、手繰り寄せたり、動作を制限することには優れている。
勝負は一瞬で決まる。
リオンが短剣を構え、ルークがアイコンタクトをする。
そして左右から挟み込むように同時に動き出す。
鞭の射程範囲内に入ると、ルークはアームに向けて鞭をふるう。
その時、今度はルークの動きが止まった。
振りかぶっていた鞭が力なく垂れる。
(今度は、俺か⁉)
リオンの方に視線を向けると、リオンも不自然な体勢で固まっている。
(同時に掛けることも可能なのかよ‼)
アームは、ルークの方へ走り寄って来て、長剣を振りかぶった。
その軌道は、真っ直ぐ首にめがけてだ。
(動けー!)
その願いが通じたのか、長剣が首元をかすめる前に、後ろに盛大にこけることができた。
ルークは、死と急激な動作によって、荒い呼吸を繰り返す。
「―はぁ、はぁ、三秒かな?」
アームは、にやりと笑う。
「あの中で、よく数えていたな。ご名答だ」
ルークは、何とか発動時間を突き止めたが、肝心の発動条件が分からない。
それが分からないと、次は死が待っている。そう、首元の前を通り過ぎた冷ややかな剣圧が教えてくれていた。
しかし、一度受けてみて他にもわかったことがいくつかあった。
「リオン、あれを使え」
リオンは、静かに頷くと短剣をしまい、手刀で空を切った。
すると、少し離れていたところにいたアームの頬からスーッと血が滴った。
「……風の刃」
そう、リオンの後天的スキルは風の刃を手刀に乗せ放つことだ。
実践で試したこともなく、レベルもまだ低く薄皮一枚着る程度の威力で、今回は使うこともないと思っていたが、アームとの相性を考えたら悪くない。
リオン後天的スキル
【能力名】
威風堂々(ダストデビル)
【LEVEL】
LEVEL2
~次のLEVELまで、二百十一時間の睡眠が必要。
【スキル詳細】
手で目視困難な風で生成した刃を飛ばす。
刃詳細
・縦十五センチ、横三十センチがMax。
・刃を大きくするほどに、威力と飛距離低下。
・威力12
・飛距離二十メートル
「まぁ、さすがに遠距離の攻撃法一つなく、こんなとこに乗り込んでこないか」
アームの表情は、威力がいまいちだったせいか焦りは見られない。
だが、それでよかった。
見るからに接近戦向きの二人。
ルークの奥の手が鞭。
リオンの奥の手が風の刃。
そう思わせ、手札の底を見た気にさせる。
そして、鞭と風の刃で確認した。
固定できる空間は生き物という範囲においてだと言うことを。
インターバルが確かに存在する以上、スキルを使用してくるのは、攻撃を仕掛けてきたときに限られる。
ルークはそこを理解したうえで、リオンともに一歩下がる。
アームは怪訝な顔をする。
「何を?」
その疑問は一瞬で解決する。
ルークは腰からもう一つの奥の手を出す。
そして、アームに背を向けギリギリまで視界に入れないよう隠しそれを天井に放った。
この世界では、希少にして高価。
この世界の最先端。
リボルバー式の銃。
シンプルな科学の暴力。
放たれた弾は、天井のシャンデリアの留め具を打ち抜き、アームの真上へと落下する。
必死の回避を取ろうとするアームの足を、続けざまにリオンの風の刃と足元に絡ませるように投げ込んだルークの鞭が舞う。
バランスを崩したアームはその場に転がるしかなかった。
アームは諦めの表情を浮かべ、背中にシャンデリアを直撃させた。
物凄い落下音の後には、信じられないような静寂の時間がやってきた。
ルークは、アームのもとへ静かに歩み寄った。
「よぉ、生きてるか」
アームは額から血を流し、意識も朦朧としているように思えた。
だが、戦士としての最後の矜持か、ルークの呼びかけに答える。
「……なんとか、な」
「最後に答え合わせだ。お前のスキルの発動条件は相手の名前を知ること、で合ってるか?」
ルークが最後にアームに声を掛けたのは、戦いの賛辞や熱戦を演じれたことへの感謝などではない。
単なる知的好奇心を満たすためだった。
アームは、口の中に広がる苦いものを吐き出し、それと一緒に吐き捨てるように答えた。
「……正解だよ、つ、いでに名前も、教えてやる赤信号っていうんだ。カッコいい、だろ?」
返事はしなかった。
確認だけ済まし、急激に敵に興味をなくし、胸元に入れていた短剣を振りかぶった。
(へっ、こんな奴に殺されるとは、本当に何の為に戦ってきたんだろうな)
それがアームの最後の感想だった。




