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邂逅、獣族

 神崎たちが到着した時には、アシュバルは蟲大蛇の手に押し潰され、圧死していた。

 彼の周りの地面は歪に沈没し、そこには原形もはっきりとしない元防衛団長の姿があった。

 そして、そんな彼を探しに駆けつけた声が二つ。


「アシュバル!」


 トライは、神崎とニニを見て目を見開いた。


「あれ? 援軍? 暇なの? 他の門も凄い事になってると思うけど?」


 神崎とニニは蟲大蛇の頭部に座っていたトライを見上げた。


「北門の魔物なら倒させてもらったよ」


「……ん? 今なんて?」


 その言葉を、真実を上手く受け入れられなかったのか、トライは大きく首を傾げた。

 そして、大きく息を吸い込むと、人間では出しえないであろう、独特で大ボリュームな音を発した。


「ドリュ‼ ドリュ‼ ドララララッラ‼」


 トライのその咆哮のようなものに、目の前の蟲大蛇が目玉だけをぎょろりと頭の上に向けた。


「……本当だ。北門の蟲大蛇だけ反応がない。本当に殺したんだね」


 トライは独り言のように呟いた。

 どうやら、今の咆哮は蟲大蛇との交信に使われた様だ。


 トライは、かなりの高さがある蟲大蛇の頭部から、身一つで飛び降りると、神崎たちの鼻先に舞い降りた。


「さっきの人には名乗らなかったけど、君たちには僕の可愛い友達を殺したことに敬意を表して教えてあげよう。僕は、四老獣が一人、トライ。獣族の中でもトップクラスで偉いんだ。だから、暇じゃないんだよ」

「なにそれ、四天王的なやつかな」


 目の前で相対するとはっきりと分かる。

 相手の力量がとんでもないことにだ。

 神崎は、この異世界に来てから初めて勝敗の分からない相手に出会った。


「……そんな忙しい人が、どうしてこんな人間の街に?」

「違う違う、忙しいんじゃないよ、暇じゃないだけ」

「?」


 トライは、身に着けていた黒い革の手袋を外した。

 そこにはびっしりと体毛で覆われた獣の手があった。

 五本の指はしっかりとその機能を保っており、人間のそれと違いはない。

 しかし、その指先に光る鋭い爪は人間では持ちえない強力な武器となるだろう。


「偉い人はね、忙しくないんだ。だから、暇が出来る、僕はそれが嫌いだ。だから、暇じゃないよう僕は常に動き回る。目的は持たない、でも楽しく生きよう」

「……つまり暇潰しってことかな? それって暇なんじゃ」

「ノンノン、暇潰している間は暇じゃない。だから、僕に暇はないよっと」


―バァン


 乾いた音が鳴った。

 それはニニの目には見えなかった。

 獣族特有の高い身体能力から繰り出されるただのパンチ。

それを神崎は眼前で受け止めた音。


 勿論、トライと相対した時点で発動している。

 滋養(マッスル)強壮(・アッパー)


「おや、挨拶に答えてくれるぐらいの力量はあって安心したよ」

「……どうも」


 神崎は手の平の痺れをやせ我慢しながら、答える。


 トライは身体の重心を一切ぶれさせることなく、一撃、二撃と腕だけで神崎に攻撃を加えた。

 神崎はそれを今度は相手の手の甲を狙い払い落とす。


(速い、だけど、重さは今のところ強華の方が上かな。)

神崎は冷静に判断を下すも、相手の底がまだ見えていない事と、街に侵入を許した蟲大蛇のことで気が気ではなかった。


「……それは恐らく君のスキルなんだろうけど、この速さの攻撃に全て見切った上で対応するなんて凄いね。もしかして、君のそれがウルーフの言ってた伝説のスキルなのかな?」


 実は神崎の滋養(マッスル)強壮(・アッパー)、身体能力を極限までアップさせるスキルだが、その身体能力とは、ただ筋力や持久力、柔軟性が上がっているだけにとどまらない。

 動体視力、反射神経など、身体の隅々まで能力をアップしている。

 故に強華やトライの目にも止まらない攻撃に反応できているのだ。


 神崎は速く決めなくてはと、トライの首目掛けてハイキックを繰り出す。


「あはは、攻撃が大きい大きい」


 それを、トライは笑いながら、一歩下がり躱す。

 しかし、神崎もそこで攻撃の手は緩めず、顎にめがけてフック、その躱された反動で裏拳と連続で攻撃する。


「早く決めたくて仕方ないのかな、それは僕に対してあまりにも失礼じゃない」


 神崎の狙いを見透かしたようにトライはにやりと笑う。

 神崎は歯軋りしながら、後ろで戦いに加われないニニに声を掛ける。


「ニニ! ここは任せて、君は街の中に入った魔物を頼む!」

「でっ、でも」

「頼む!」

「……しょーがないなぁ」


 ニニは、そのまま壊れた門をくぐって、街の中に消えていった。

 しかし、他の魔物はともかく、街の中で現在も暴れまくっている蟲大蛇二体はいくらセブンズのニニでも一人で手に負える魔物ではない。

 どのみち神崎が早めに決着をつけて、街の方へ駆け付けなくてはならないのに変わりはなかった。


「僕は暇じゃないから追わないけどね。って言うか、君も残酷だね、あれじゃ死んで来いって言ってるようなもんじゃん」

「……僕が死なせない」

「どうやって?」

「君を倒して、街の魔物も全て倒す」

「欲張りだね、そんなこと出来るわけないのに……そうだ! このままじゃ暇になっちゃうし、一つ良い提案をしてあげよう」

「提案?」


 神崎は怪訝な顔をする。


「あぁ、提案だ。このままじゃ街は壊滅、これは必至だ。理屈どうこうじゃない、絶対だ。ありえない仮定だけど、君がもし僕を倒せたとしても、僕の背後にはもう一体の蟲大蛇がいる。どう考えても救助は間に合わない」


「…………」


 神崎は否定も肯定もしなかった。


「結果の見えてるゲーム程面白くないものもないだろう? それでは僕の暇は潰せない。僕はあくまで人間の割に面白い事をしている新しい国とか、人間が持っているらしい魔王に匹敵するスキルを見たりはついでで、遊びに来たんだ。遊びは面白くないといけない」


 トライは猫が鼠を見つけた時のように妖しく瞳を光らせた。


「もし、僕を倒せたら、その時は他の門と街の中に入った魔物を引かせてあげる。どう? 君に一切の損はないと思うけど」

「……何が目的なの?」


 それは提案と言うより、一方的な設定。

 ただ、目の前の相手をやる気にさせる為だけの餌。


「だから、暇や退屈は嫌なんだって僕は君と言う面白いおもちゃで思う存分遊びたいの。なのに、君は急いで街に戻る事ばかり考えて焦って勝負を決めに来るだろ? それじゃ、面白くないし、隙も大きくなって僕が圧勝する運命しか見えない。だから、君とじっくり遊ぶためのハンデ? ハードル? んー? まぁ、なんでもいいや、わかった?」


 神崎は静かに笑った。

 その笑みに含まれた意図は二人だけにしかわからない。

 

「何となくわかったよ、つまり君を倒すのに全力を出せばいいってことだね」

「正解!」


 トライはウインクして微笑んだ。


 次の瞬間、神崎は後方に吹き飛んでいた。


 殴られたのか、蹴られたのかも分からない。

 ただ、背中に打ち付けられた壁の残骸の衝撃で攻撃を受けたと自覚しただけだ。


「さぁ、今からギアを上げていくよ」


 獣族、魔族内でトップクラスのパワーとスピードを持つ者たち。

 その中でも、別格らしい四老獣の一人。


 少なくとも、彼のスピードは神崎でも完全には追い切れなかった。




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