ラブジル、それは血塗られた国
建物が白い正方形で、それが城を中心に円形に囲まれているので、見た目としてはそれなりにインパクトがあり、面白いのだが、そこに生活している人は普通である。
元々、武器生産が盛んでそれを他国に輸出して財を得ていた国なので、それにちなんだグッズもちらほら見えるが、後は普通の市場と言った感じだ。
ただ、水や果物がホイホイの市場に比べると、少し高く、芋が安い事は特徴的だった。あと、肉類も扱っているものが若干ホイホイとは違った。メインも干し肉だ。
バレッタと二人で歩くルークは何か言いたそうな顔をしているが、当の本人はお構いなしだ。
「おい、ダーリン、これ見てみろよ。最近、うちの国ではやりだしたんだ。スイートポテトって言うんだぜ。って、こないだのお土産もこれだったっけ? 食ってみたか?」
「いや、ティグレの奴が全て食べてしまった」
「あー、あの食い意地張った姉ちゃんか、結構な量あったのにすげーな。おい、ババア、これ二つよこせ」
そう言われた店の女性は「ひっ!」と短い悲鳴を上げて、スイートポテトを差し出す。
「ほれ、ダーリン」
バレッタは受け取ったスイートポテトの一つをルークに渡す。
ルークは、手に持ったスイートポテトの味より気になることがあった。
「一つ聞いていいか?」
「あぁ、なんでもどうぞ」
「……いつも、こうなのか?」
「まぁ、こんなとこだ」
ルークたちが現在歩いているのは、ラブジルの中で一番活気があると言われている市場の通りだ。
さらに今はこの市場で一番客入りのいい午前中だ。
普段なら、隣にいても人混みで会話は聞き取り辛いものになっているだろう。
しかし、二人の会話はクリアだ。
当たり前だ、案内を始めてからバレッタ達の通る道はがらがらの半ゴーストタウン化するのだから。
バレッタの顔を見れば、みな早足で逃げ、店の店主たちは顔を伏せる。
中には午前中だと言うのに、店じまいを始めるものまでいた。
「次期国王に随分な挨拶だな」
「まぁ、いいさ、好き勝手やらせてもらってるんだ。このぐらいは普通だろ」
バレッタはその才覚と戦闘能力でラブジルと言う国を大きくした。
戦いに戦い、血で血を洗った。
しかし、国を大きくすることなど、おまけでしかない事は見ていればみなが分かったことだ。
戦争が大好きな王様。
生活がいくら豊かになろうと、その豊かな生活を共に過ごす者がいなければ、何の意味もないだろう。
人に恨まれているのは知っている。
しかし、それでもバレッタは止まれないのだ。
彼女が止まるとしたら、それは絶命の時だ。
「ルーク、私は狂ってるんだ」
バレッタはその両手を太陽に掲げる。
多くの命奪ってきたその両手を。
「お前は私と同じ匂いがする。私に見せてくれよ、私たちが生きやすい狂った世界を」
バレッタがルークの顔を覗く、その顔はまるで子供の様な無邪気な笑顔だった。
微笑みとすら言えたかもしれない。
「あぁ、善処するよ」
ルークですら、少し顔を引きつりながら、そう答えるのが精一杯だった。
―ヒュ
どこからか、小さな石がバレッタを飛んできた。
それをバレッタは右手で受け止めると、スキルを発動し握りつぶすと、サラサラと砂に変えてしまった。
ルークはその飛んできた方向に目をやると、小さな男の子がいた。
その男の子は目にいっぱいの涙を溜めて叫ぶ。
「よくも、よくも、兄ちゃんを返せ!」
バレッタは特段苛立つ様子もなく、男の子の言葉に反応する。
「あっ? 誰だよ、お前」
「僕は、お前の部隊にいたウキの弟のアミだ!」
「ウキ? やっぱり誰だ? 記憶にもないな」
その言葉にアミは目を見開き、拳を握りバレッタに飛び掛かる。
しかし、バレッタはその拳を掴むと、そのまま投げ飛ばし、アミの身体は数メートル先まで転がっていく。
周りは見て見ぬ振りをしながらも、独り言のように「酷い」「惨い」「あんな小さな子に」とバレッタを非難する。
「くそ、くそう、なんで」
アミは地面に伏したまま、己の無力さとバレッタへの恨み言を口にする。
「兄ちゃんは、お前を信頼してたんだ。尊敬もしてた。お前が単独でどんどん戦場の奥地に進んでいくのを追わなきゃ助かってたって、同じ部隊の人達も言ってたぞ」
その言葉にルークは大体の内容を把握する。
恐らくだが、ルークたちとの戦闘の時ではないのか?
バレッタは司令塔であるルークのいる一番の奥地まで、単独で進んできた。
それは彼女にとって普通のことかもしれないので、本当にあの戦いかは分からないが、似たようなケースを繰り返すうちに彼の兄は死んだのだろう。
でも、ラブジルの直近の戦いはルークたちとが一番新しい。
可能性は高いだろう。
「あー? 全然思い出せねーわ、私はいつも戦場では好きにさせろって部下にはいつも言ってるんだけどな、そいつが間抜けだったな」
アミはのろのろと立ち上がる。
膝や肘を擦りむき、血が滲んでいる。
しかし、目だけはしっかりとバレッタを見据えて離れない。
「許せない! お前を許せない!」
アミは足元に転がる小石をバレッタに投げつける。
そして、それは只の小石ではない。
【能力名】
水分吸収麺
【LEVEL】
LEVEL2
~次のLEVELまで、自身が百十時間冷水に浸かることが必要。
【スキル詳細】
投擲した際、発動者から次の対象に触れるまでの距離が長ければ長いほど、投擲した物体は質量、面積ともに大きくなる。
生物は不可。
一日、三回まで使用可能。
アミがスキルを発動し投げたその小石は、数メートル離れたバレッタに届くときには、人の頭程の大きさになっていた。
「死ね!」
アミは叫ぶ、しかし、無情にもその願いは届かなかった。
【能力名】
握力超過
【LEVEL】
LEVEL8
~次のLEVELまで、同程度以上の戦闘能力を有するものとの戦闘が八十一回必要。
【スキル詳細】
自身の握力を百倍する。
発動時、倍化の威力調節は出来ない。
持続時間なし、自身が意識を保ち握力を込めれるだけの余力がる限り発動可能。
ただし、発動時は発動していない通常時より疲労が蓄積しやすい。
バレッタはそのスキルを発動した手の平で小石とはもう言えない石を受け止め、バラバラに砕く。
「面白い」
バレッタは、口にした。
「ガキぐらい見逃してやろうかとも思ったが、気が変わった。それに、これは正当防衛だよな。ガキ、今のもう一度してみろ。殺し合いをしようぜ」
「ひっ」
アミはバレッタの表情に短い悲鳴を上げた。
バレッタに怒りの様子は見られない。
寧ろ喜んでいる。
狂気に満ちた笑顔。
純粋に珍しいスキルの持ち主との殺し合いに興味が湧いてきただけだ。
ルークは悟った。
やはりこいつとはいつまでも手を組めないと。
いずれ、彼女の渇きは自軍を滅びに導いてしまうだろう。
「バレッタ、もういいだろ。昼からの予定もあるんだ」
ルークはこれ以上は無意味だと、バレッタを制止する。
バレッタは、その言葉に正気に戻り、短く舌打ちをしてアミに背を向ける。
「それもそうか、おい、殺してほしければ、いつでも尋ねてこいよ」
最後にそう吐き捨てると、その場を二人で後にした。
後に、この現場を見ていたものは、あのバレッタの暴走を止めた未来の旦那を救世主のように語り継ぎ、ラブジルではルークを崇めるものまで出てくるきっかけとなるが、それはまた別のお話。




