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国とは、  である

 ラブジルの国王の城の中では宴が開催されていた。

 その夜は前夜祭だった。

 無論、ルークとバレッタの婚約を祝してだ。


 複雑な心境ではあるが、ルークたちは立食形式でテーブルに並べられた食事を楽しんでいた。


「ルーク、これ辛い」

「そうか? これぐらい普通だろ」


 強華は舌をベッとだし、皿にとった辛い料理とやらの残りをルークに渡す。

 二人が料理を楽しんでいると、珍しく羽目を外したシグレがワイングラス片手にやって来る。


「ルーク様、見てくださいよ。このお酒超美味しいですよ」

「……もう、そのグラス空ですよ」


 見た目が子供のように幼いシグレが酔っ払っているのは、妙な違和感があった。


「孫! まごー‼ マゴー‼」


 ラブジル王も上機嫌で飲めや騒げやと一人お祭り状態だ。

 もう呪文のように「孫、孫」と言っている。


 そして、一部が馬鹿みたいに浮かれる中、一人来客用の個室に戻っている者がいた。

 ティグレだ。

 元々、騒がしいのは苦手なのもあるが、宴は酒やイモ料理ばかりで肝心のデザートが充実していなかったのも大きな問題であった。

 勿論、後で部屋にモンブランとスイートポテトを届けるよう命じてある。


 彼女は撫でるように『名前のない異本』をなぞる。

 それはルークに異世界(ナ・)転生(ロウ)を発動させるために使用した貴重な書物。

 現在は彼女が保有している。

 

 ティグレがルークに話を持ち掛け、ルークがそれに乗った。

 それを思い出し、彼女は静かに笑う。


「ふっ、まさかあんな怪しい話に乗ってくる奴がいるとはな」


 スキルには、先天的に獲得するものと、後天的に獲得するものがある。

 後天的に獲得するには、何万通りものやり方があり、強力なスキルになるほど、その方法は難易度を増す。

 場所、時、先人の残した知恵の詰まった書物、本当に様々だ。

 究極に簡単な獲得方法の例でいくと、三回まわって「ワン」と吠えると、動物、魔物の鳴きまねが上手くなるスキルなんてものもある。


【能力名】

 物真似(ワン)芸人(ワン)

【LEVEL】

 LEVEL9(Max)

【スキル詳細】

 一度聞いた動物、魔物の声を再現することが出来る。

 ただし、音域はスキル使用者の限界に準ずる。


 これは勿論最低ランクであるEランクだ。

 この通り、全く役には立たない。

 LEVEL9でこれだ。


 本来、AからEまであるるスキルランクのうちBランクを超える高位のスキルの獲得が出来る可能性の高い書物や巻物は高値で取引される。

 どれも一度使えば二度は使えぬ代物ばかりだ。

 大抵は誰かがスキルを獲得すれば、その書物は塵となり消える。

 元は同系統のスキル保持者が、死ぬ前にそのスキルカードを溶かし、書物や巻物に染み込ませ、そこにコツや癖を書いたことが始まりだ。

 多くはそのタイプであり、由緒ある家柄なら、一族でスキルを受け継ぐ者もいたりする。


 しかし、更に希少なものは突然発生するのだ。

 理由は分からない。

 どこかの家の倉庫、古書店、洞窟の中、山の頂上。

 いつの間にか、いつの日にか、それは発生する。

 そこに書かれたスキルは高確率でAランク、つまり超高位のものである。


 ティグレが持ってきた『名前のない異本』はこちらにタイプ分けされる。

 しかし、異世界(ナ・)転生(ロウ)はランク不明である。

 あまりに異質のスキルであるため、能力鑑定士もお手上げ状態だ。


 正直に言えば、ティグレにだって『名前のない異本』のことはほとんどわかっていないのだ。

 現に、ルークにそのスキルが発現するまでは召喚系のスキルであることさえ知らなかった。


 ティグレは、何の気なしに『名前のない異本』の一ページ目をめくる。

 そこには、様々の国の文字が混ざり合い、それが綺麗に並んでいた。

 ティグレには一部読めない文字があったりして、何が何だかである。

 どうやらスキル取得のための指示が書いてあるらしい。

 思えば、適当に声を掛けていたが、この文字が読めずにスキル取得が出来ない者がいてもおかしくなかったなと自分の適当さに呆れた。


 不思議である。


 先ほど、言ったように大抵は一度スキルを獲得すれば、その書物は塵となり消えるのである。

 しかし、今ティグレの手元に『名前のない異本』は存在する。


 そして、この本を手に入れた時、ティグレは隅々まで中身を眺めた。

 そして、今とその頃と一つ違いがあることに気が付いた。

 最後の十ページ、そこは空白だった。

 飛び飛びでしか、内容が理解できなかったティグレには、そこはとても印象に残っている。


「そして、今はその内の二ページが謎の文字で埋まっているか」


 パラパラとめくり、後ろの十ページをめくる。

 そこには一文字も読めない字が二ページにわたって埋まっていた。

 一ページ目と二ページ目は違う文字のようだが、ティグレには細かい違いは判らない。


『それは君の手に余るよ』


 ティグレの脳内には、そんな古い昔の言葉が思い出された。


「ふん、タンタリオンめ、今に見ていろ」


 そして、古い亡霊に悪態をつく。


―コンコン


 ティグレの思考を中断するように部屋をノックする音がした。


「誰だ?」

「ジャッカルです。頼まれていたモンブランとスイートポテトをお届けに参りました」


 それは、城の中を案内してくれていたもみあげの暑苦しいラブジル兵の名前だった。

 声は確かに本人のものだし、ティグレ自身が頼んでいたことなので、特に疑うことなくドアの鍵を開けた。


「わざわざ兵士に届けさせるとは、人使いの荒いコックなのだな」

「今は宴会の食事の追加やら何やらで一番忙しい時間帯ですので、仕方なくですよ」

「そうか、そんな時に頼んで悪かったな」

「いえいえ、客人ですから」


 ジャッカルはそのデカい図体に似合わぬほど、紳士的な男だった。

 手に持っていたデザートを客室内のテーブルに置くと、頭を下げた。


「では、私はこれで」

「さっき、最初に顔を見せた時宴会場に居なかったが、お前は宴会に加わらないのか?」


 ティグレの何気ない問いに、それまで紳士的だったジャッカルが吐き捨てるよに呟いた。


「―誰があんなとこに」


 ハッとして居住まいを正したが、もう遅い。


「どうした? あいつらの婚約が気に入らないのか?」


 ジャッカルは逡巡するが、すぐに諦めたように粗暴な物言いに変化した。


「全然、寧ろ王様と一緒、大歓迎だよ。意味は全く違うけどね。ルーク様に申し訳ないぐらいだ」

「と言うと?」

「よそ者のあんただから言うけど、バレッタはこの国一の嫌われ者だ。行きの都の人間の反応見ただろ? あれは、バレッタなんかと結婚させられるあんたのとこの大将を憐れんでたんだよ」


 ティグレは、行きで見た住人たちの反応を思い出した。

 皆、ひそひそと内緒話をするか、少し涙ぐんでいた。

 まさか、自国の次期国王をそこまで嫌っているとは思わなかった。


「ルークに聞いたが、ラブジルの今の規模まで大きくなったのは、バレッタのおかげなんだろ? なのに、なぜそこまで嫌う?」


 ジャッカルは大きな溜息をつく。

 ティグレの無理解を嘆くようにだ。


「やり方が問題なんだよ。自分はAランクの回復スキルを持っているからいいかもしれないが、毎回毎回命懸けの特攻みたいな戦い方で、兵士の身体が持つわけがない。都の住民にも家族を失ったものも多い。そして、奴はそれを一切省みない。好かれる方が不思議だ」


 確かに、ルークから聞いたバレッタの戦い方は自身が戦闘を楽しむためのもので、そこに合理性はあまり見られなかったとティグレに話していた。

 戦場でしか生きられない戦闘狂。

 それが、国のトップに近い位置にいるのは、たまったものではないだろう。


「あの女が戦場で一番先頭に立っている時、後ろの兵士たちは早く死んでくれと祈ってるよ。イかれてると思うかい?」

「別に。そこまで明確な理由があるんだ、不思議じゃない」


 ジャッカルは「理解してくれて助かるよ」と苦笑した。


「告げ口は無しで頼むぜ。別に言ったところで、あの女は気にしないと思うけどな」


 ジャッカルは、そのまま部屋の外に出ていった。

 ティグレは、ホイホイと言うルークの作り上げた異常な国の事を思った。


「変わっているのは、どこも一緒か」


 まともな国など存在しないのかもしれない。

 寧ろ、まともでは国など存在出来ないのかもしれない。

 ティグレは珍しく頭を使ったので、運ばれてきたデザートに手を付けることにした。




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