思い出、それは現在まで続く信頼
ホイホイ国の城内で一番イライラしている少女がいた。
いや、下手したら国内で一番かもしれない。
彼女は今、城内の自室でイライラと貧乏ゆすりに励んでいる。
彼女が足先で叩く床は悲鳴を上げている。
そんものに声を掛けようなんて物好きはいない。
只一人を除いて、
「良いのですか、リオンお嬢様」
「……何がよ」
イライラしている少女の名前はリオン、ルークの幼馴染にして腕の立つ実力者。
そして、それに声を掛けることの出来る猛者は、そのリオンのメイドであるアレットだけである。
リオンが幼い頃より世話係として見守って来た彼女だからこその無遠慮さだ。
アレットはリオンの両親の住んでいる屋敷に雇われているので、リオンの今いるホイホイの中心部から少し離れた場所にいるのだが、リオンを心配して毎週様子を見に来てくれている。
アレットはその真紅の垂れた瞳をジトは目にし、しれっと言い捨てる。
「愛しのルーク様がお婿に行かれるそうですが、良いのですか?」
―ガシャン
リオンは自室に置いてあった一番お気に入りのマグカップを割ってしまった。
「……どこで聞いたの?」
「毎週通ってますので、城内の方たちとはマブダチです」
アレットは無表情に似合わぬピースサインを指で作る。
リオンは貧乏ゆすりの速度を上げ、アレットに反論する。
「アレットは勘違いしているみたいだけど、別に私はルークの事なんて好きでも何でもないわよ」
その言葉にアレットは陸で溺れている金魚のように口をパクパクと苦しそうに開閉する。
「自分の主人がそこまで好意を隠すのが下手だと引きますね。以前、神崎様に教わったのですが、それツンデレって言うらしいですよ」
「なによそれ、何となく語感が気持ち悪いわね」
神崎はみんなの知らないところで変な文化を広げようとしていた。
割と最近のアレットの言葉使いが変なのもその仕業だったりする。
アレットとの会話で少し落ち着きが戻ったのか、リオンは強がりを言う余裕の出来る。
「まっ、まぁ、詳しく聞けば政略結婚みたいなものらしいわ。そんなことの為に自分すら道具にするなんてらしいと言えばらしいわね」
「……でも、結婚するんですよね」
「…………」
「私はメイドですので、よく知っております、初めは嫌々結婚させられた若い男女が共に過ごすうちにだんだんと距離を詰め、熱く燃え上がっていくのを」
何故、メイドだとそんなことをよく知っているのか、知らないが、彼女の言葉には説得力があった。
「そんなの一般論よ。あんな捻くれて螺子が一般の規格と違うルークに当てはまるはずがないわ」
アレットはわざとらしく溜息をつく。
「はぁ、昔からリオンお嬢様はルーク様を高く買っている傾向がありますが、ルーク様も所詮は只の男。平凡を絵に描いて後世に語り継がれるレベルで平凡です」
「そこまで平凡な男が今こんなことになっていないでしょ」
「悪運と諦めの悪さは認めます。しかし、それでも普通の男です。以前、この城に訪問されていたルーク様の結婚相手を目にする機会がありましたが、私ほどではないにしろそこそこの美人でした。迫られれば、子供の一人や二人すぐに作ってしまいますよ」
リオンは言葉に詰まる。
彼女が脳裡に思い起こす一つの思い出。
いや、思い出なんて綺麗なものではない。
ルークと初めて会った日の事だ。
幼い頃、屋敷を抜け出し、一人裏手の森の中を探検していると、いつの間にか迷子になってしまった。
それまでキラキラして見えた森は、たちまち恐怖の迷路に変わり、風になびく木々の音さえ怪物の笑い声に聞こえた。
そんな時、彼に出会った。
正確には、大樹の根元に転がっていた彼をリオンが見つけた。
彼はみすぼらしく、衣服はボロボロで至るところに擦り傷があった。
瞳はうっすらと開いているが、生きているのか死んでいるのかも分からない虚ろな目で合った。
そんな彼を心配してリオンの中にあった恐怖は忘れ去られてしまった。
二人で帰って来たときの珍しく慌てた様子のアレットの顔は少し笑えた。
あの日信じたルークをリオンは信じたい。
「……それでも、それでもルークなら」
アレットは涙も出ていないのに、ハンカチを目元に充てる。
「おいたわしいですね。私、メイドなので知ってます。リオンお嬢様がルーク様を思い今だに処―」
最後まで言わせてもらえず、リオンの拳が飛んできた。
そして、それを華麗に避けるアレット。
「あんた昔から思ってたけど、メイドの範疇越え過ぎよ」
「リオンお嬢様はルーク様に依存し過ぎです。もっと、視野を広く持ちましょう」
「……きっと、大丈夫よ。それに別に私はルークとどうなりたいとかはないわ」
アレットは人差し指を顎に当て、何やら考えると、その指を立てて報告する。
「因みに、リオンお嬢様のお父様とお母様は政略結婚でしたよ」
―バァン
リオンが自室のドアを力いっぱい開ける。
「ちょっと、用事を思い出したわ。出てくるわね」
「……お供します」
リオンは自分の両親のラブラブっぷりを嫌と言う程見ている。




