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ただ一つの願い、それは遠く果てしない

 ナナキとの組み手でダメージを負ったバルコスを、城の中の医務室まで連れていった神崎は、その帰り道で褐色の肌の女性兵士、ルイと出会った。

 彼女は少し前に退院して、まだ包帯だらけ痛々しい姿をしているが、一応日常生活には復帰していた。

 互いの面識は薄いものの、神崎はお面のこともあり目立つ、ルイは神崎に声を掛ける。


「ん? あんたはルークの所の」

「えっと、君は修練場の師範代のルイだったかな?」

「あぁ、今は休職中だけどな」


 そう言って、ルイは両手に巻かれた包帯に忌々しそうに目を落とす。


「怪我の事ルークに聞いたよ、ごめん」

「なんで、あんたが謝るんだ?」

「僕があの時、もう少し早く駆けつけていれば、君は―」

「たられば言っても仕方ないだろ、それどころかあんたは私の命の恩人だぜ」


 ルイは歯を見せシシシと笑う。

 その言葉と明るさに神崎は少し救われた気分だった。


「ところで、私は見てのとおりこの両手の経過観察だけど、あんたはこんなところに何しに来たんだ?」

「あぁ、うん、さっき修練場でスキルありの組み手があってね。その怪我人を連れて来たんだ」

「へぇ、今はあまり顔を出してないとはいえ、師範代としては気になるところだ。で、誰と誰が戦ったんだい?」

「セブンズのナナキ君とバルコスだよ」


 その言葉にルイの顔から幼さが消え、目を細める。

 神崎はルイとバルコスが友人であり、師弟であり、ライバルでもある深い仲だということまでは把握していない。


「で、結果は?」


 ルイは決闘による怪我の状況よりも先に結果を聞いた。

 神崎の様子から、そこまで重症でない事を悟り、またバルコスの方が実力で圧倒的に劣っているため、怪我人もバルコスであろうと予想を付けていた。

 ただ、そのバルコスがどの程度ナナキに迫ったのかを先に知りたかったのだ。


「それがね、途中でニニの待ったが入ってね。それがなければ、引き分けか、下手したらバルコスの勝ちだったかもしれないね」


 ルイは予想を裏切られ意外そうな顔をする。

 心なしか口元も綻んでいる。


「へぇ、じゃあ、あんたが運んできたのはナナキの方か?」

「いや、勝敗はバルコスが優勢だったかも知れないけど、ダメージの具合もバルコスの方が大きかったんだよ。木刀による打撲で結構ボロボロだよ」

「なんだそりゃ、なさけねー奴だ」


 その言葉に毒はなく、どこか嬉しそうだった。

 

「仕方ねー、久し振りに顔でも合わせてやるか」


 そう言って、ルイは医務室の方へ向かった。

 神崎はその後姿に声を掛ける。


「友達?」

「いや、出来の悪い弟みたいなもんだ」

「そうなんだ」

「最近、私が退院するまであまり顔見せなくなった薄情な奴だがな」


 そこまで言うと、ルイは思い出したように一度足を止めた。


「あっ、そう言えば」

「何?」

「あんたは強いから余計なお世話かも知んないけどよ」


 ルイは少し言い辛そういぼさぼさの頭を掻く。


「セブンズには気を付けた方がいいぜ」


 神崎は一度その言葉を頭の中で含んで返した。


「ありがとう、気を付けるよ」


 ルイは振り向かずに手を挙げて「ルークも厄介な奴等を引っ張って来たもんだな」と吐き捨てるように言った。




 ルイは城の専属医に自分の両手の経過を聞くと、バルコスのいる場所を尋ねた。

 どうやら、生意気にも個室を取っているらしく、ルイは驚かせてやろうと音をたてずにその部屋に近づいた。

 この場合の音をたてないは比喩的なものではなく、ガチで無音だ。

 ルイには、調律師(ハーモニー)という音の音量を操ることが出来るスキルを持っているからだ。


 部屋の前のドアに立ち、ルイは中の音に聞き耳を立てる。


「うぅうぅヴぅ」


 中からは呻きの様な声が聞こえた。

 その声は確かにバルコスのものだ。


 なんだ? 負けたのが悔しくて泣いてんのか?

 ルイは訝しみ、多少の胸につっかえるものがあったが、迷わずにドアを勢いよく開けた。


「おっす、エロい事してんじゃねーだろーな」


 そこにいたのは、枕を口に咥え、悶えているバルコスだった。


「ヴぅううぅヴぁ」


 その声は明らかに苦しそうで、ルイは当たり所が悪かったのかと心配しバルコスの元に駆け寄る。


「おい、バルコス! 大丈夫か?」


その声に反応したバルコスの目は血走っていて、額からは血管が浮き出ていた。

 明らかに正気とは思えなかったが、ルイの登場で目の中に少し色が戻る。


「ヴヴぅ……ルイ?」

「あぁ、そうだ! どうしたんだ? 医者呼んでくるか?」

「いっ、いや、大丈夫だ、問題ない。それよりどうしてここに?」

「表で神崎に会ったんだ、そこで話を聞いてな」

「……そうなんだね」


 バルコスは先ほどまでの異常が嘘のように、正常に戻っていく。

 しかし、それでも心配するなと言うのは、酷なほど彼はおかしかった。


「本当に大丈夫なんだろうな? やっぱり医者を呼んだ方が―」


「くどい‼」


 ルイは始め、その言葉がどこから出たのが分からなかった。

 音量を操るスキルの彼女は、常に音の発生源を意識して生活している。

 その彼女がだ。


「どっ、どうしたんだよバルコス」

「いや、ごめん。だけど、本当に大丈夫だから」


 バルコスは冷静になり、謝罪したが二人の間に流れる空気は最悪だった。


「そうか、大丈夫ならいいんだ、邪魔したな」


 ルイは仕方なく、その場を切り上げる。

 その部屋に残ったのは、バルコス一人だ。

 バルコスは顔を上げ、白い天井を見つめる。


「待っていてくれ。君を守れるほど強くなって見せるから」


 彼は呪文のように、譫言のように、たった一つの願望を呟いた。



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