この世界の全貌、そして羨望 前編
いつもの参謀室。
そこには机にルークが座り、シグレ書類を読み上げていた。
「シグレさん、取り敢えず手土産の準備は終りました。現在の残存戦力を教えてください」
「はい、戦争前から比較し我が軍の兵士は二十パーセントが負傷、死者は十パーセントです。これはこの短いスパンで連戦したことを考えると奇跡的割合かと、また、他国侵略により手に入れた新戦力を考えると、戦争前から比べ、戦力は三百三十パーセントアップです。これも神崎さんと強華さんが出来るだけ敵兵を殺さなかった功績ですね」
「そうですか、小国とは言え、十近い建国反対派を潰し、支配下に置いたんです。これを手土産に乗り込みましょうか」
「……ただ」
「ただ?」
シグレの顔が曇る。
「我が国建国への最大反対国アシロとその傘下、まぁ、もう反対派はここしか残ってないのですが、物凄い抗議が来ています。難癖をつけた完全な侵略行為だと」
「まぁ、事実ですしね」
「あと、流石に人類最大国家のメアリカも良い顔をしていません。これ以上は不味いかと」
「あぁ、今のところ最大の問題はそこですね。そことの良好な関係が崩れるのはまだ不味いです」
シグレもその言葉に頷く。
「いずれ、人族の全てを統べるルーク様のお考えは面白いですが、焦らずにいきましょう」
「えぇ」
支配するのは人間だけでは終わらないがな。
ルークは内心ほくそ笑む。
シグレが一礼して部屋を出ると、入れ違いに四人が入って来る。
神崎、リオン、ティグレ、強華だ。
「ルーク、僕らに何の用なの?」
ルークは、参謀室の椅子に座って、にこりと内面の邪悪さを隠し微笑む。
「礼嗣、強華、良い機会だから説明しとこうと思ってな。そろそろ、人類統一も間近に迫って来た。お前らの力なら人間相手に苦戦することはまずないだろうが、ここ最近の小国と違って、これから相手にするのは大国ばかりだ。大国は他種族と関わり合いのある国もある。そして、人類統一が面白くない他種族もいる。どこかで、他種族との交戦になるだろう―」
二人は黙って、その話の続きを促した。
「―つまり、異世界から来たお前たちにもそろそろこの世界の人間以外の種族について説明しようってわけだ」
「なるほどね」
「了解」
神崎と強華は頷く。
リオンやティグレは勿論この世界のことは知っているが、ルークの説明の補足的役割として呼ばれている。
「とは言ったものの、そこまで肩ひじ張って聞く必要はない。たったの五種族だ。それも警戒するべきは三種族まで絞られる」
「へー、この世界の他種族って意外に少ないんだね」
「意外」
ルークは机に山積みされた紙の一枚を抜き出し、二人に見るよう促した。
二人はその紙を覗くようにルークの元に近寄る。
「獣族――」
「――見た目が獣、魔物とのハーフみたいな種族だ。身体能力が魔族の中でもかなり高く、パワー、スピードどちらを取っても油断できない。しかし逆に言えば、こいつらはそのフィジカルが化け物じみているだけが取り柄だ。俺たちのようなスキルはない。しかも、魔族の中で随一の力のコントロールが苦手な種族でよく有り余るパワーを暴走させている。そのため、力の暴走を抑える鉱石であるトリニティのある森や炭鉱を住処にしている。こいつらがトリニティの輸出を制限しているために人類の銃の普及が異常に遅くなっている。まず最初に制圧したい種族だ」
神崎たちは紙に描かれた獣耳にモフモフの手足の絵を凝視する。
「モフモフ」
強華が呟いた。
ルークはその様子を見て笑う。
「気を付けろ、そいつらの毛並みは柔らかいが針金より丈夫だ」
ルークは、続ける。
「亜人族――」
「――外見だけで言えば、俺たちとほぼ変わらないが、完全に俺たちの上位互換だ。エルフ、ドワーフ、ジャイアント、ニンフ、コロポックルとおもにこの五系統からなる種族が手を取り合って暮らしている。完全に人族だけ除け者だ。色々なところに暮らしているが、メインの国ガンダーは世界最大の領土を誇る。どいつもこいつも俺たちのスキルより強力なマジックと呼ばれる能力を持っている。魔王になる為に難所はここになるだろうな」
神崎たちはまたも紙に描かれた亜人族の絵を目にする。
見たところ、サイズ感や手足の短さ、耳の微妙な長さ程度の違いはあるが、見た目は人間そっくりだった。
「上位互換ってのがやりにくいね」
「あぁ、俺たちの事なんて頭の悪い子供程度にしか思ってない」
ルークは「最後に」とつけ声を低くして切り出した。
「鬼――」
「――魔王に最も近い力を持つとされる種族である鬼。とにかく強いとしか言えん。一定の縄張りや領土も持たず、少数部族の為、謎が多いが、最悪こいつらに出会えば、お前たちでも死ぬ可能性が高い事を肝に銘じておけ。そして、その亜種である吸血鬼は絶対に戦うな」
室内につばを飲み込む音が複数回聞こえた。
「でっ、でも領土を持ってないなら、僕らの敵になることもないんじゃ?」
「そこがわからんから怖いんだ。敵か味方かもわからん。ただ強いとだけ分かっている。イレギュラーに対応するために用心はしておけと言うことだ」
「戦闘スタイルがあまり分かっていないのも痛いわね」
神崎と強華が資料の紙を覗くが、そこに鬼の絵は描かれていなかった。
強華は資料から目を離し、ルークと顔を合わせる。
「ちなみに、後の二種族はどんなのなの?」
ルークは「あぁ」とどうでもよさそうに答えた。




