第三話 約束された勝利、それがラッキースケベ
「ルーク‼」
入り口には、リオンと、やや距離を開けてローブの女が待っていた。
ルークを視認すると、リオンは抱きつこうと飛び掛かってくる。
その時だった。
リオンが小さく悲鳴を上げる。
「あっ」
リオンは足元の小石に躓き、やや方向が変わり、ルークの隣にいた神崎の方へと倒れこんだ。
「あっ」
神崎が小さく声を上げると、二人は抱き合う形で倒れた。
「いてて」
ルークは、衝撃的なものを見る目で二人を見ていた。
正確には神崎を見ていた。
何故なら、神崎は二人が崩れ倒れる刹那、奇跡的なボディバランスで両手をリオンの両胸に滑り込ませていた。
―ムニムニ
俗にいう、ラッキースケベだが、勿論ルークはそんなものは知らない。
当然、それに気が付いたリオンはすぐに怒りをあらわにする。
「ちょっ、ちょっと、どこ触ってんのよ!」
リオンはスナップを効かせたビンタを神崎にお見舞いした。
覆い被さる形だった神崎は、そのビンタをくらい二、三メートル転がる。
リオンは起き上がり、神崎を一睨みすると、ルークを問い詰める。
「……何、こいつ」
ルークも、何とも言えない顔で、右目を抑え、その質問に答えた。
「……俺の片目の代価」
その言葉でおおよそを察したリオンは、信じられないものを見る目で神崎を見下ろす。
「えぇー」
神崎もようやく起き上がって、気まずそうに答える。
「……えっと、一応、僕がルークに異世界から召喚された神崎礼嗣……よろしくね」
その場には、何とも言えない空気が流れていた。
ローブの女ですら苦笑いだった。
町はずれのルークの家で、ローブの女は『名前のない異本』をパラパラとめくっていた。
「驚いたな、まさかこの本が召喚スキルを取得できる代物だったとは」
「というより、なんでお前は、当たり前みたいにここにいるんだ?」
ローブの女は、おどけ調子で返す。
「おいおい、冷たいな。私は君に力を与えてあげた恩人だぞ」
「力になるかどうかは、まだ怪しいがな」
憎まれ口を叩きながらも、ルークはローブの女に温かいミルクの入ったカップを差し出す。
「ところで、そろそろ名前ぐらい教えてくれてもいいんじゃないか?」
ローブの女は、そのカップを受け取ると、ふぅふぅと冷ます。
「そうだな、さっきはタイミングを逃してしまったからな……私の名前はティグレ……ところで、あの二人はどこに行った?」
「あぁ、あの『制服』ってやつじゃ、悪目立ちするから、二人で服を買いに行ったよ」
ティグレは呆れた顔をする。
「少し前に自分の胸を揉みしだいた男とよく買い物になんて行けるものだな」
その点は、ルークも少し呆れたが、基本的には世話好きのリオンの性格ならなくはないかなと納得していた。
「まぁ、あいつは結構図太いからな、それより、室内ではローブぐらいとったらどうだ?」
「それもそうだな、長らく浮浪者のような生活をしていたから忘れていたよ」
ティグレはそう言って、ローブを脱いだ。
出会った時から、何度かローブを脱ぐよう言ったが、断固拒否されていた。
散々焦らされていたルークは、容姿に難癖付けて笑ってやろうかと内心思っていた。
だが、そんな考えは一瞬で消し飛んだ。
ローブに隠れて、薄暗い闇の中から覗いていた瞳は、長いまつ毛に、宝石のように輝く大きな瞳だった。
髪は、毛先に軽くウェーブがかかっていて、艶やかさは流れる水の様だ。
とにかく、彼女の顔のパーツは、全ての箇所が、特上の賞賛を受けるようにできているようだった。
少なくとも、ルークはそう思っていた。
言葉のないルークにティグレは不思議がる。
「なんだ? 別に笑ってくれてもいいんだぞ?」
ティグレは特に自分の容姿に頓着は無いようだ。
ルークは何とか持ち直して、精一杯の強がりを言った。
「ああ、そうだな。あんまりにも面白味のない容姿なんで、言葉を失っていたよ」
「そうか、それは悪かったな。やっぱりローブを着ていようか?」
「いや、それはいい。ずっとそのままでいい。ローブを着られると、腹の底が読み辛くなる」
「そういうものか」
「そういうものだ」
ただ、ルークがティグレの顔を眺めていたいだけだった。




